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リアクション
煉と肥満はまだ話している途中だったが、ガレージに車が入ってくるのが見えて一時中断した。
停まったのはトラックだ。
開いたままのシャッターをくぐって、姿を見せたのは威勢のいい女、すなわち弁天屋 菊(べんてんや・きく)だった。
「石原さん、渋谷の闇市で、ここに来りゃ会えるって聞いたんでね」
一通り仁義を切った後、菊は肥満に切り出した。
「あんたんとこで商売させてほしいんだが」
さて石原の狸め、どう出るか――と、菊は不安半分、期待半分の体であったが、意外にも肥満は穏やかな反応を見せた。
「渋谷の闇市は勝手御免だ。いちいち俺に挨拶に来る必要はねぇぜ」
だが瞬時、剃刀のような視線になる。
「ただし、ヤバい薬や人身売買、それに、詐欺の片棒みたいなことをしたいんなら、やるは勝手だがいずれ、改めて挨拶に行かせてもらう」
なるほど、と菊は思った。腹に一物も二物もありそうな晩年の石原と違って、若さからか割合ストレートなのがこの頃の彼のようだ。といっても一筋縄ではいかない雰囲気に違いはないが。
まあそれなら、こちらのケレン味ってやつも披露させてもらおう。
「ブツが気になるなら見てくれよ」
菊はトラックに戻るや箱を担いで戻ってきた。
「ちょうど、袋詰めまで済ませてきた。今後はこいつを売りたい」
「ほう」
石原は身を乗り出した。彼だけではない。多くの愚連隊がいつの間にか集まって、涎でも流しそうなかおをしている。
宝石のように赤いものだった。
りんご飴である。
「あたしには屑りんごを買い取るルートがある。それから作ったモンさ、滅多に食えない甘い物だ。飛ぶようにとは言わずとも着実に売れるだろうさ」
という菊に、
「さっそく買うぜ、ひと箱だ」
即決で肥満は言った。
「見たところそう金持ちってわけでもなさそうだが、払えるのかよ」
「作る」
「代金をか」
「そうだ」
菊の視界の隅で、鷹山という側近が動くのが見えた。どうやら金のことは、石原ではなくあの男が万事仕切っているらしい。
鷹山だけではない。いつの間にやら窓の外に人間が増えている。若い連中ばかりだがいずれも不敵な面構えだ。愚連隊の面々だろう。命令されたからやっているというより、自主的に集まったというように見えた。
「石原さん、あんた愛されてるね」
「妙な言い方をするなぃ。ま、皆俺に取っちゃ兄弟ってなもんよ」
「子分じゃないのかい」
「また俺たちをヤクザと一緒にしてるのが来たようだな」
ぷっ、と石原が破顔したのがわかった。
「いいかい、弁天屋さんよ、俺たちゃ任侠じゃねえ。ヤクザ連中は職業だ。だから序列も上下もうるせえ、規律がなけりゃ職業団体にならねえからな。けどな、うちは自由だ。アウトローとして最低限のルールはあるが、縛りつけるもんはねえから入るもも出るも自由よ」
出会い頭俺をブン殴って、それで入ってきたやつもいる、と彼は思い出話のように言った。(聞きながら煉は妙な顔をしたが、黙っていた)
それが本当だとすれば、居心地のいい場所かもしれないだが、それだけに資金力という意味では弱いはずだ。世の中綺麗事だけで渡っていける訳がなく、金がないとできない事も待っているだろう。肥満が『もう一つの世界』をひっくるめて何かを成したいなら、長期的視野で資金のプールが必要ではないか。今日を含めて三日、ただの用心棒兼商売人ではなく、資金運営の指南もしたいものだと菊は思った。
数秒、まっすぐに肥満を見て、やがて菊は破顔した。
「いいさ。これは挨拶がわりだ。金は要らないよ」
「恩に着るぜ」
石原は礼を言って受け取ると振り向いた。
「おい祥子、これを『ジュニア』たちんとこに持ってくぜ」
すぐに宇都宮祥子が出てきて箱の中身を数え始めた。菊を見てすぐに自分と同じ時間旅行者だと気づくも、素知らぬふりで、
「石原さんはね、戦災孤児のグループの面倒を見てるの。あの子たち、喜ぶと思うよ」
と、言ったのである。