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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ

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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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 ■ 運命の書 ■
 
 
 
 
「こんにちはー。お世話になりますぅ」
 龍杜神社を覗いて、神代 明日香(かみしろ・あすか)が声をかけた。
 ここで未来見が出来るというので、興味を持った明日香はノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)を連れてやってきたのだ。
「差し入れはアイスです。たくさん種類があるので、選び放題なんです」
 アイスクリームが入った袋を両手で持ち上げて『運命の書』ノルンはいい笑顔を見せた。
 今回未来見をするにあたって、明日香は自分1人で見たいと主張した。自分も見たそうなノルンには、待っている間にアイスクリームを食べていてもいいからと言って説得した。
 恐らく……魔道書のノルンと人間の自分では、自分のほうが先に寿命で死ぬだろう。ノルンにそのシーンを見せてショックを与えたくは無かった。
「では、ノルンさんにはアイスを食べて待っててもらうとして、私たちは秘術を終えてからでいい? 先に済ませておいたほうが、落ち着いて食べられるから」
 龍杜 那由他(たつもり・なゆた)に言われ、それでいいですと明日香は答えた。
「大丈夫です。アイスは私がちゃんと保管しておきます」
 2人が未来見をしているうちに溶けてしまわないように、ノルンは自分の選んだアイス以外を氷に閉じこめておいた。
「ありがと。それなら安心してゆっくり出来るわね。見るのは未来、見る人数は1人でいいのね?」
「はい。あ、やっぱり那由他さん、一緒に見てもらえませんかぁ」
「もちろんいいわよ。じゃあ私も見せてもらうわ」
 那由他は水盤に寄って座り、明日香と共にの未来を覗き込んだ。
 
 
 
 ■ ■ ■
 
 
 
 きっとそれは数十年後。ノルンの姿は恐らく今のままで、明日香はおばあちゃんになっている。
 そんな未来を予想していたのだけれど、見えたものは全く違った。
 
 未来見に映る明日香は、まだ30歳にもなっていなかった。
 小柄でスレンダーなのは変わっていないけれど、ノルンが全く今と同じ姿のままだから、並んでいるとすっかり親子に見える。
「ノルンちゃん、あんまりミカン食べ過ぎると、手が黄色くなりますよぉ」
「コタツにミカンとお茶は定番なんです」
 湯呑みの隣に5つ目のミカンの皮を積み上げて、ノルンは答えた。今年もまたノルンはコタツの魔力に囚われっぱなしで、どうしてもの用事がない限り出ようとはしない。
「顔まで黄色くなっちゃうかもですねぇ」
 そう言いながらも明日香は、ノルンのお茶を熱いのと入れ替えてあげたり、ミカンの皮を片づけたりと、せっせと世話を焼いた。いつもなら、そのままノルンの向かいに足を入れて明日香ものんびりコタツライフ、といくのだけれど、今日は出掛けなければならない用件があった。
「私は少し出掛けてきますねー」
 最近明日香の外出が目立つため、ノルンはちょっとむくれる。
「もうー、またですか。何時帰ってくるんですか?」
「年が変わる前ぐらいに帰ってきますよー」
「かなり長いですけど、何しに行くんですか?」
 ちらっとカレンダーに目をやってから尋ねてくるノルンに、明日香は笑う。
「お母さんにチェックされてるみたいですねぇ。用件はちょっとした人助けですー」
「人助けならしょうがないです。でも、帰ってきたら一緒に初詣に行って、屋台でいろいろ買って欲しいです」
「お留守番してくれたお礼にご馳走しますからねー。期待して待ってて下さいー」
 こうして明日香がノルンを置いて出掛けるのは、稀なことではない。
 内緒の買い物からデートに探検探索、護衛の仕事に講師と、自分だけで事に対処することは何度もあった。
 何時までに帰ってくる、という約束はいつもきっちりと守っていたから、ノルンも別段止めたりついて行きたがったりせず、大人しく留守番してくれている。だから明日香も安心して出掛けられた。
「気をつけていってきて下さい」
「はい、いってきまーす」
 にこにことノルンに挨拶した明日香だけれど、1歩部屋を出ると表情は引き締まる。
 明日香が向かうのは、実は大きな危険をはらんだ依頼だった。
 
 
 世界が崩壊する。
 その情報は極秘裏に伝えられた。
 異世界との境界が綻び、そこから世界がさらさらと砂のように崩れていきつつある。今はその動きは緩やかだが、これは加速度的に範囲とスピードを増し、やがてすべてが崩壊してしまうだろう、と。
 今のうちに修繕と補強を施し、この崩壊を止めること。それが明日香に依頼された事柄だった。
 
 魔法の能力に長けたノルンも連れて行こうか、と考えなかったわけではない。だが、修繕にあたるならば崩壊の境に近づく必要がある。足場が悪いことも予想されるし、事が在れば体捌きが要求されることもあるだろう。ノルンの体格ではいざという時のフットワークが心配だからと、明日香はノルンに告げずに現場へとやってきた。
 
 皆の魔法の力を束ね、崩壊の端を支えて固定する。
 そして押しとどめているうちに、崩れている部分を修繕し固めてゆく。
 気の張る仕事だったけれど、世界の崩壊を止めるためなら致し方ない。疲労しつつも修繕を進めてゆき、ようやく今日でその作業も終わりという大晦日。
 
 ――明日香は失敗を悟った。
 そして知る。
 世界の崩壊は自然発生したものではなく、企てた者の手によってなされていたことを。
 崩壊停止に動いていた者に次々に襲いかかる凶刃、ばたばたと倒れてゆく仲間たち。
 そして明日香もまた深手を負った。
 傷口から流れる血が足下に水たまりを作ってゆく。すぐに撤退し、治療しなければ命に関わる。その後、人を集めて再び世界の綻びを修繕する。それが正解なんだとは分かっていた。
 ……けれど。
 ここは明日香とノルンが住んでいる場所から近い。
 そうして明日香が撤退、治療をおこなっているうちに、崩壊は恐らく明日香の家も呑み込むだろう。
 人を集めれば崩壊した部分も修復できる。けれど崩壊がもたらす被害……人の命も建物も自然も一度失われたものは還ってこない。
 自分の命と見ず知らずの数万人。それを比べるのならば、自分の命を取る選択もある。
 けれど、ノルンが留守番している場所に被害が及ぶというのなら、命を賭してでも臨む価値が明日香の中にはあった。
「……しょうがないですよね」
 自分の中にある魔力を……生命維持に必要な分も何もかもすべて、補修箇所を守るために放出する。
 これで。
 ――世界はきっと守られる。
 それを確かめる術は明日香にはないけれど。
 でもこれでいいんだと思う。
 心残りはただ1つだけ。
「約束守れなくて、ごめんね……」
 
 
 新しい年の始まり。
 ノルンは明日香を待ちながら、コタツですぅすぅと寝入っていた。
 
 
 翌日。
 ノルンが目を覚ましても明日香は帰ってきてなかった。
「約束を守れないなんて明日香さんもしょうがないですね」
 何時帰ってくるのか知りたくて、ノルンは『運命の書』を見ようかと思った。ノルンの本体であるこの本は、読むたびに内容が変化する魔力の伴ったルーン文字で記された、回避不能な未来を示す書物だと言われている。
 実は、この書物が参照されたことは数えるほどしかない。
 未来が分かっていては日々の努力も疎かになり、自堕落な人生が待っていそうだし、絶望が記されていたら弱い人の心では立ち向かえないかも知れない。魔道書としてのノルンの存在否定にも繋がるからと、明日香がこの書物の閲覧を限りなく抑えているからだ。
 明日が分からないから日々が楽しいんですよ、と言う明日香の主張を尊重して、ノルンもほとんど『運命の書』を開くことはないのだけれど、今回ばかりは気になった。
 本棚から運命の書を持ってこようとコタツから出、ノルンは立ちくらみを起こした。
 酷い倦怠感を感じる。コタツで眠った所為で風邪でも引いたのだろうか。それにしても、こんなだるさは初めてだ。
 動かない身体を無理やり動かして、運命の書を取り出しはしたのだが、それを持っていることも出来ずに取り落とす。
 身体がだるい……辛い……苦しい……悲しい……。
 起きていられなくなって、ノルンはもう一寝入りすることにした。それがパートナーロストの影響だということには気付かぬまま。
 
 ノルンが落とした運命の書は、あるページを開いたまま放置されていた。
 そこには2033年の末、異世界との境界に綻びが生じ、世界が危機にさらされることが記されていた。
 その綻びを生み出した者の名と、その崩壊を命を賭けて救った1人の女性の名と共に――。
 
 
 
 ■ ■ ■
 
 
 未来見からさめても明日香と那由他はしばらく無言だった。
「えっと、何て言っていいのか分かりませんけど、見せてくれて、ありがとう、ございました」
 明日香のほうが先に気を取り直し、礼を言う。
「……今見たものは未来の1つの形。少しの要因で変化するものよ」
 那由他はノルンをはばかるように小声で明日香に囁いた。
「あなたは見てしまったから、それに影響される。でもノルンさんは見ていない。この運命を変革できるとすれば、鍵はノルンさんと運命の書にあるはずだわ」
「ノルンちゃんと運命の書……」
「そうよ。だから……約束、守ってあげてね」
 那由他はそう言って水盤の傍らから立ち上がった。
「アイス食べますか?」
 ノルンが見上げる。何も知らない幼子の目で。
「もちろん食べるわ。好きなの選んでいいのよね?」
「はい。あ、でもこのアイスは明日香さんの大好物ですから、それ以外だと嬉しいです」
「分かったわ。どれにしようかしら」
「このアイスはミルクの味が美味しいです。後味もさっぱりしていいですよ。それからこっちのアイスは……」
 選ぶ那由他に、ノルンは1つ1つのアイスを詳しく説明していった。