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【選択の絆】常世の果てで咆哮せしもの

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【選択の絆】常世の果てで咆哮せしもの

リアクション


【10】


「“山葉涼司を何がなんでも振り向かせろ”……本質はそんな物理的な話じゃない」
 詩穂は両手に盾を持って、絶対防御の構えをとる。
 手裏剣のように飛んでくる直径1kmの剥がれた地面を受け止める。
 とんでもない衝撃に200mほど後ろに押しやられるも、耐え、涼司に視線を向ける。
「未来に向かうには振り向いちゃいけない。けど、置いてきたものは過去にしかない」
「だから俺は取り戻そうとしている!」
「違う。取り戻さなくちゃならないのは先輩自身だよ!」
「俺、自信……?」
「思い出して。ここまで歩んできた先輩の気持ちを!」
「う……」
「押し込めないで。みんなに支えられて、弄られて、愛されてきた先輩の素直な気持ちを!」
「……なんだ。なんでこんなにも心がざわつく……」
 セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)はソウルビジュアライズで涼司を見た。
「……ノーン様の歌で、涼司様の心が落ち着いてきたようです。今のうちに説得を」
 彼女はクリエイト・ザ・ワールドで涼司のまわりに蒼空学園の教室のイメージを創造した。
「!?」
「涼司様と花音様をはじめとした皆様との思い出が沢山詰まった蒼空学園です。あなたの世界にこのような冷たく色のない場所はありません、皆様の元へ帰るべきです」
「……蒼空学園。懐かしいな……」
 教室を見回す彼の前に、ヨルディアが現れた。彼女は変装で出会った頃の花音の姿をしている。
「花音……! 俺は幻を見ているのか……?」
「涼司さん。初めて会った頃のことを覚えていますか?」
「勿論だ。覚えてる……」
「埼玉の古墳で眠っていた私を、涼司さんが見付けてくれたんですよね。それからパラミタに来て、一緒にたくさんの冒険しましたね。この教室でも色々なことを学びました。楽しい学園生活は私にとって初めてのことばかりで楽しかったです」
 ヨルディアは教室の柱の影に隠れていた、もう1人の、花音に変身した人物とバトンタッチした。
 その花音は、涼司が蒼空学園の校長となり、剣の花嫁として覚醒した頃の花音の姿だった。
「ろくりんぴっくからナラカエクスプレス……涼司さんなりに奔走し続け、幼馴染の環菜さんの死を乗り越えました。私も剣の花嫁として生きる覚悟を決めました。なんだか大昔のことみたいですね」
 垂は目をパチクリさせ、詩穂に小声で……説得の邪魔をしないように耳打ちした。
「あのもう1人の花音は誰がやってるんだ?」
青白磁さんだよ
「青白磁…………ええっ!?」
 清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)と言えば、中身は気のいい男だが、超強面の顔面893である。
「う、嘘だろ……どう見ても花音……」
「スキルってすごいよねぇ」
「さ、詐欺だ」
 青白磁花音は続ける。
「同時に涼司さんは蒼空学園の校長として覚悟を決めたからこそ、今手にしている光条兵器の柄が手元にあるんです。どうして私の姿を探してばかりで、自分の手元足元が見えないんですか、涼司さん?」
 ヨルディア花音も出てきて問いかける。
「涼司さんは強い人です。過去とも向き合えるはずです。乗り越えられると信じています」
「俺は……俺は……」

 迷う彼に、泰輔とトマスたちが語りかける。
 フランツはウィーン風の甘いお菓子を机の上に並べ、香りのよい紅茶を入れた。
「疲れた時にはこれが一番。この寒さでは随分疲れたんじゃないかい?」
「……そう言えば、まだ学生だった頃は放課後、こうして仲間と過ごしたこともあったな」
 涼司は穏やかな表情でお菓子を手に取った。きっと色々な思い出が沸き上がっているのだろう。
「ねぇオルフェウスとエウリディケの話は知ってるかい?」
「?」
「妻を取り戻すため、冥界に降りた男の話さ。なんだか君を見ていたらそれを思い出してね」
「フランツがギリシャ神話を紐解くならば、我は日本神話を聞かせよう」
 そう言ったのは顕仁だ。
「黄泉国神話でのイザナギとイザナミの一説が伝えるのは、死者は、死者のままということじゃ。いつわりの生によって、その死者を侍らせたとして、如何とするか? まことの生を生きてあった時のかの者が、そのような“いつわり”を望むものかどうか? 山葉よ、そは己れ自身で気づかねば、如何ともできぬ」
「山葉さん。もし、私か泰輔さんの命か、どちらか二者択一を迫られたら……」
 レイチェルは泰輔を横目で見て、
「……答えは一つ。花音さんがかつてそうしたように。そうして誇り高くパートナーとしての生を全うしたなら、どれほど光あふれる『生』に執着があるとしても、後に『疚しい手』を取ってまで、2度目の生を望みません。今の、正常な意思を持つ私としては、です」
「……………………」
「私が理性を失い暴走したら、泰輔さんの手で止めて頂きたい……。山葉さん、あなたなら?」
「花音さんを山葉さんの元に返すとして。その代償に何が求められるのでしょう?」
 魯粛は言う。
「振り返ってはならぬ、といいますが、振り返ったら、どのように“いけない”事になるのでしょう? ぶっちゃけ何もないのに五千万円も渡しに来る政治団体がありますかって事です。それを受け取って猪……じゃない山葉さん、後でどんな言い訳をします?」
「ほんまそれ!」
 泰輔は大きく頷いた。
「山葉さん自身どの程度自覚があるかはさておき、影響力の大きい方です。『結果どうなる』を思慮せずして、短絡的に行動してしまうのはどうかと思いますよ」
「それは……」
 言葉を飲む涼司に、泰輔とトマスはこう続けた。
「なぁ山葉はん。何も焦ってせやならんこっちゃない。ホンマに花音はんが山葉はんの元に戻ってくるっちゅう確証が得られてからでも、遅いことはないやろ? 考えて判断する時間は確保するようにするわ。しょうむない喧嘩・同志討ちの無駄は判るやろ?」
「山葉さんがこのまま光条世界を抜け出したい、というなら、それは構いません。パートナーを失う痛みは、僕はまだ経験した事はないけれども、耐えがたいに違いないでしょう。
 だから、それを埋めようとする気持ちは、想像できるつもりです。山葉さんは、花音さんの喪失を『戻したい』んですね? そのお気持ちは尊重します。ですが、もうしばらく時間をいただけませんか? これまで耐えてこられたのですから、あとほんの少し……」
騙されないで、涼司さん
「!?」
 花音の声が、涼司の背中に貼り付いた光から聞こえた。
『この人たちは闇に取り憑かれた人たち。私が復活出来ないよう邪魔をしてくるの』
「な、なに!?」
 説得にあたっていたメンバーはぎょっとした。
『姿形は涼司さんのお友達そっくりだけど、邪悪な存在なんです。決して耳を傾けちゃだめです。こうやって足止めをしているのは、邪悪な仲間達が来るまでの時間稼ぎに違いありません』
 落ち着いていた涼司の表情に険しさが戻って来る。
「……やはり俺は進まなくちゃならないようだ。道を空けてもらう……!」
「あ、あかん!」
 涼司が地面を踏み付けた瞬間、亀裂が走り、大地が砕け散った。
 陥没し、あるいは隆起した地面にそこにいた皆は……後方にいた者も含め、全員飲み込まれた。
 また、前進を始めた涼司。しかしその前にミカエラが立ちはだかる。
 素早く氷の中から這い出した彼女はまっすぐ彼を見つめた。
「どうしても先に行くのなら、私を倒してからいきなさい!」
「ま、待て、ミカエラ!」
 氷の欠片に身体を挟まれ、脱出出来ずにいるトマスはそれを見て叫んだ。
 涼司はゆっくり彼女に近付くと……その肩に優しく手を置いた。
「……邪魔をしないでくれ」
「!?」
 そしてそのままそれ以上の攻撃はせず、その場から立ち去った。