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第2章 大切なお友達だから

 空京の商店街では、2月に入ってからバレンタインフェスティバルが開かれている。
 バレンタイン間近の今日は、買い物客の女の子の姿が多いけれど、少し早目のバレンタインを楽しむカップルの姿も見られた。
 街はチョコレートを模した飾りや、ピンクのハートの飾り、イルミネーションなどで、可愛らしく飾り付けられている。
 フェスティバル加盟店では、催しが行われていたり、カップル限定サービスがあるらしい。
「あっ、これ可愛い。1つ下さいー」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、動物やお花の形のチョコレートが入ったハート型のボックスに目を止めて、一つ購入する。
「あと飲み物も……。あたしは何にしようかな、甘くなり過ぎそうだから、ホットミルクが良いかも」
 歩はちょっとだけ迷って、チョコドリンクとホットミルクを購入した。
 そして、街並みの見える、2階のテラス席へと持っていく。
「悠希ちゃん、お待たせ〜」
 席を取って待っていた、友人の真口 悠希(まぐち・ゆき)の元に歩み寄って、チョコドリンクが入ったカップを差し出した。
「ありがとうございます」
 悠希は少しだけ微笑んだ。だけれど、その微笑みはとても寂しそうだった。
 チョコドリンクは悠希のリクエストだ。甘い、とっても甘い物が欲しくて。
「あとこれ、一緒に食べよう」
 歩みはハートのボックスに入ったチョコレートをテーブルに置いた後、悠希と向かい合って腰かけた。
(うーん、やっぱり悠希ちゃんには、ちょっと辛かったかな)
 カップを両手で包み込んで、カップの中を見つめ続けている悠希の様子に、歩はちょっと眉を寄せる。
 悠希は桜井 静香(さくらい・しずか)に片思いをしていたのだけれど、親しくなることは出来ても、恋愛的に結ばれることはなかった。
 失恋のショックで、悠希は数か月の間、立ち直れずにいた。
 そんな中で迎えるバレンタインは、やっぱり辛かった。
 歩や、皆が励ましてくれているのは分かる。
 だけど……世界で一番愛した人と理解し合う事もできなかった……。
 その拭えない一点で、ダメな自分が許せなくて。
 自分の全てに絶望しかけた。
「いただきます」
 悠希は一口、チョコドリンクを飲んだ。
 甘くて、とても温かい。
 この甘さと、自分をこうして連れ出してくれた、歩の優しさが……。
(ボクの心を繋ぎ止めてくれてる。一時はもう二度と誰も信じられない、愛せないとさえ思えたのに……暖かい……)
「悠希ちゃんは、こっちどうぞ。あたしはこっちね」
「はい、いただきます」
 歩が差し出したチョコレートを、悠希は受け取りはするものの、やっぱりどこか辛そうで、悲しそうで……。
(うーん、ショックなのはわかるけど、皆悠希ちゃんのこと、心配してるんだよ……あたしも)
 歩は気分転換にと散歩に誘ったのだけれど、普通に会話は出来るものの、悠希の元気はやっぱり戻らない。
「可愛いだけじゃなくて、このお菓子凄く美味しい。ここお気に入りのお店になっちゃうかも」
 どうしたらいいのかなと思いながらも、歩はいつものように女の子同士のたわいもない話をしていく。
 悠希も相槌を打ちながら、お菓子を食べてまたちょっと微笑みを浮かべた。
 そんな風に雑談をしながら、街を歩く人々を眺めていて。
 歩は菓子屋から出てきた女の子に目をとめた。
 彼女が持っている大きな袋の中身は何だろう。誰にどんなものをあげるのかな? そんなことを考えながら、悠希に目を向けて微笑みかける。
「バレンタインのプレゼントとかって、選んでたり作ってたりするときが一番楽しくて、いざ渡すときになったら相手がどう思うかって怖くなっちゃうよねー。何で作ったりしてるときってあんなに楽しみなんだろ」
「うん……分かります」
 悠希はこくりと頷いて、テーブルに目を向けた。
 隠していたたけど、静香接していた時も。
 静香にどう思われるかずっと怖かった。
「あたしの個人的な考え方なんだけど、やっぱり人って良いことしてる時にはすごく楽しい気分になるんだと思う。でも、相手のこと考えたら、それが良いことかわかんなくなっちゃうから不安になっちゃうのかなぁって」
 またこくりと、悠希は頷いた。
「でも、それでも一緒に選んでたり作った人には、きっと悠希ちゃんの善意は伝わるんじゃないかなぁ」
「……はい。ありがとうございます、歩さま」
 それから、悠希は歩に目を向ける。
 歩はいつもと同じような優しい微笑みを浮かべているけれど……。
 もしかしたら、歩も今、怖いという気持ちを持っているのかもしれないと。
 相手がどう思うか……悠希のことを、励ませるかどうか。
「悠希ちゃんのこと、心配してる人いっぱいいるんだよ。みんなが悠希ちゃんのこと皆で励まそうとしてたのは、そう思ってたからだと思う」
 歩だけではなくて、皆、も。
「前にも一度言ったけど、一人じゃないんだよ」
 歩のその言葉を、悠希は心の底から嬉しいと感じる。
 こうして一緒にいてくれたことで、どれだけ救われたか。
 まだ、元気は戻ってこないけれど、一人でいたのなら……自分は、どうなってしまっていたか。
「ボクも歩さまの様な、本当の意味で他の方の力になれる人になりたい」
「あたしは、そんなにすごい人じゃないよ?」
「ううん、ボク、本当に嬉しくて、助けてもらったから。歩さまは、本当に凄い人だと思います。ボクも、同じように、他の方の力になれる人になりたい……だけど」
 悠希はまた、俯いてしまう。
 愛し合えた人とは一生一緒だけど、歩や皆とは別れが来る。
 無理矢理一緒にいたり頼り続けたら、いつか愛想を尽かされ嫌われてしまうと、悠希は考えてしまう。
 頑張らなきゃと思う反面、悲しかった。
 悠希は目をぎゅっと閉じて、首を軽く左右に振った。
「御免なさい……まだあまり前向きになれないけど」
 目を開いて、悠希は心配気に自分を見つめる歩の、腕をとった。
「ボクが頑張ろうとできるのは歩さまのお蔭ですっ……!」
 そして、今は歩が自分の側にいることを確かめるかのように、抱きしめた。
 悠希の目から、涙がぽたりと落ちる。
「少しずつ、歩いていこうね。みんな元気な悠希ちゃんの姿、見たいんだよ」
 歩は優しい声で、悠希を励まし続ける。
 こくりと頷く悠希の目から、またぽたりと涙が落ちた。