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リアクション
盃が流れ去る前に
催し物の手伝いをすればタダで飯が食えてしかも花見が出来る。
そんなうまい話には乗るしかないっ、とアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)に言われ、パートナーこぞってホテル『荷葉』へとやってきた。
「これは……動きづらくてかなわんのぉ」
十二単を着せられたルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が、腕を上げ下げしてみせた。何枚も重ねられた着物が邪魔をして、かなり動きは制限される。
セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)もそうですねぇとシェイメアに同意した。
「意外と重たいですし、裾は長いですし……歩くだけでも大変ですねぇ」
当人たちは大変そうだが、普段パートナーの着物姿なんて見たことのないアキラにとっては新鮮だ。
おーと声を出しながら眺めた後、ちょこちょこと歩いてくるアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)に目を留める。
「て、アリスも衣装があったのか?」
「ウン。ちょうどいいサイズのお雛様の衣装があったカラ、特別にそれを貸してもらったワ。糊がききすぎて、ちょっと硬いケド」
アリスの姿はまさしく歩くお雛様のようで、アキラはほうほうと感心する。
興味津々で十二単をしげしげと眺め、ふと気になってアキラは尋ねてみた。
「これ、帯の端ってどこにあるん?」
「無いですよ」
「へ? 無い?」
「何じゃ、いやに残念そうじゃのう」
よからぬことでも考えているのではないかとルシェイメアが尋ねてくるのに、アキラはしれっとして答える。
「着物を着たら帯を引っ張ってクルクル〜はむしろお約束だろう。つーか男のロマンだ」
スパァァン!
「捨ててしまえ! そんなロマン!」
「いってぇ〜〜」
きれいに決まったハリセンに、アキラは頭を押さえた。
指定された位置につくまでは賑やかだったけれど、いざ曲水の宴が始まると会場の雰囲気を壊してはいけないとアキラは緊張した。
足を何度も組みかえし、生きた心地もせずにこっそりとパートナーたちを見やれば、皆涼しい顔で座っている。
(えっと、そんなことより句をどうするか……。『いつの日も 俺の頭は 花畑』でいいかな)
そうすればきっと、ルシェイメアは突っ込みを入れてくるだろう。セレスティアは止めに入って、それをアリスが茶化すだろう。そう、いつも通りに。
良いことがあれば一緒に喜んでくれるし、自分がダメな時は叱ってくれる。
(俺なんか大したことはしてやれないのに。むしろ迷惑ばっかりかけているのに)
それでもいつも一緒にいてくれるパートナーたち。
(そうだ。もう1つのテーマ……)
ふっと思いついたアキラは、自分の番がくると緊張を振り払うように少し声を張った。
『 照れくさく いつも言えない 「ありがとう」 』
その句を聞いたルシェイメアが意外そうな顔で、セレスティアとアリスはちょっと目を見開いてアキラを見る。それが気恥ずかしくて、アキラはそっぽをむいて白酒を飲んだ。
「……なんだよ。別におめーらのことじゃねーかんな」
そんな様子のアキラを、嬉しそうに静かに微笑んで眺めたルシェイメアは、自分の番に詠う。
『 言わずとも わかっておるわ ドアホゥが 』
「だからおめーらの事じゃ……」
反論するアキラに、ルシェイメアはすまし顔。
「なんじゃ? ワシは貴様の事とは一言も言ってはおらんがの」
「むぅ〜」
それを微笑ましく見ていたセレスティアの詠んだ句は。
『 恋の花 咲くか散るかな 胸の中 』
恋の花、という言葉にどきっとするアキラをルシェイメアがふふりと笑う。
「貴様の事とは限らんし、散るかも、という所がミソだがの」
「えー」
「私の事ではないかもしれませんよ?」
セレスティアまでそんなことを言い出して、アキラは唸った。
アリスの句はストレートに。
『 シャンバラの 皆に笑顔の 花開け 』
手の届かぬアリスの代わりに、セレスティアが甘酒の盃をとってやった。
「甘くて美味しいのネ」
まだ唸っているアキラを横目に、パートナーたちは視線を交わして微笑みあうのだった。
雛祭りに行こうとハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)に半ば無理矢理引っ張ってこられたホテル『荷葉』。
それだけでもやや悪かった若松 未散(わかまつ・みちる)の機嫌は、着替え室に連れて行かれて本格的に悪くなった。
「どういうことなんだ? これは」
「せっかくの雛祭りなんだから、こういうのも良いでしょう。思った通り、まるで平安のお姫様のようでございます」
ハルは手放しで褒めるけれど、未散には信じられない。
「私こんなの似合わないし……」
でも、と未散は衣冠束帯に着替えたハルと神楽 統(かぐら・おさむ)を眺めた。
(2人とも絵になるなぁ……)
神楽のことは常々格好良いと思っていたから、ああやっぱり似合っているという感想を持ったのだが、ハルの方は……普段残念なイケメンだと認識しているから、そのギャップにどきりとしてしまう。
そんな未散の気持ちも知らず、ハルはしげしげと十二単姿を眺め、また褒める。
「未散くんかわいい!」
「……別に可愛くねーし」
機嫌を損ねている未散はつっけんどんに答えた。
「いや、未散超かわいいよ」
けれど統に言われると、ちょっと照れて目を逸らす。
「うっ……別に、かわいくないです……」
「ちょっと未散くん、なんですか、その反応の違いは!」
思わず抗議するハルに、未散は言い返す。
「うるせーよ!」
そんないつもの様子を面白そうに眺めると、統は2人を促した。
「ここで騒いでいると着替えの邪魔になる。外に行こう」
最初はむくれていた未散も、緋毛氈の敷かれた日本庭園を見ると目を輝かせた。普段なかなかこんな景色を見ることは出来ないから、自然とテンションもあがってくる。
「未散くん、あまりはしゃぐと危ないですよ」
「はしゃいでなんか……うわっ!」
言い返すうちにもつまづく未散を、統がさっと腕を差し出して支えてくれる。
「あ、ありがとう」
未散は礼を言って、今度は踏まないように気を付けて緋毛氈に座った。
3人の中で最初に詠むのはハルだ。
『 君の瞳が 私を映す それだけで 』
続いて統が詠む。
『 未だ開かず 散ることもない 若き花 』
どちらも未散を思って詠んでいるのだが、自分の句に夢中な未散は気づかない。
(ええっと、大切な人に贈る言葉か……私の大切な人って……)
考える脳裏に浮かぶのはハルの顔で。
(いやいや! ないない!)
慌てて否定しているうちに、盃は流れていってしまった。
「も〜未散くんは何してるんですか」
「お前のせいだよ!」
「え? って……あうっ!」
何がどうなっているのかも分からないまま未散に殴られて、ハルはじんじんする頬を押さえた。
大切な人に贈る言葉。
そのお題を聞いて、音井 博季(おとい・ひろき)の脳裏に浮かぶのはただ1人。
この催しにもできればリンネと一緒に来たかったのだけれど……と周囲を見渡せば、仲良さそうなカップルが目に入り、ついため息も出てしまう。
(恋人さんたちが羨ましいな……)
つい羨ましい視線を投げた後、今日は皆の幸せを分けてもらおう、と博季は思い直した。
離れていても想うことは出来る。いつか彼女と来られるようにとの願いをこめて、博季は読み始めた。
「咲く花に 貴女の笑顔を 重ねては ため息ひとつ 風に乗せて……あっ」
想いが口をつくままに詠みかけて、博季はこれは短歌だ、と慌てる。
(俳句俳句……ああもう! 文字数足りないよ)
その間にも無情に盃は流れてゆく。自分の前を過ぎるぎりぎりで、やっと博季は句を作り出した。
『 有難う 貴女がいるから 僕が在る 』
自分が幸せなのは、彼女が笑っててくれるから。自分が戦えるのは、彼女がいつも頑張っているから。
そして……自分が優しくなれるのは、そんな自分を好きでいてくれる彼女がいるから。
今の自分があるのは彼女のおかげ、という気持ちを込めて詠むと、博季は拾い上げた盃をぐっと飲んだ。
「うっ……」
甘酒も酒も苦手だから、飲むふりだけしていよう。そう思っていたのに焦ってつい飲み干してしまった。
「急かされるのはどうもダメですね……」
口の中に残る甘酒に閉口しながら、博季はこっそりと呟いた。
好きな人となかなか共に出かけられないのは、シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)も同様だった。
もし間に合えば来てくれると言っていたのだけれど、自分の番が来てもセイニィの姿は見えない。
十二単なんて滅多に着る機会がないから、是非見てもらいたかったのだけれど……と残念に思う。英国人であるシャーロットが日本文化に親しむ機会があまりないように、セイニィもきっと珍しがってくれただろうに。
(夜までには間に合ってくれますように……)
そんな願いをこめて、シャーロットは大切な人に贈る俳句を口にする。
『 梅月夜 恋(いと)しき人と 迎えたい 』
恋しきを『こいしき』ではなく『いとしき』と読んだのは、恋という文字の成り立ちからだ。
恋の旧字『戀』は、糸が2つと言と心で出来ている。
糸(いと)しい糸しいと言う心……それが恋。
だからシャーロットは敢えて恋をいとと読んでの俳句に仕立た。
いとしいいとしいあの人と、梅月夜を迎えたい。
シャーロットはストレートに気持ちを詠むと、盃をそっと取り上げた。
ゆったりと流れる雅楽の調べ。
遣り水の両側に敷かれた緋毛氈に座す、平安装束の生徒たち。
「風雅なひなまちゅりですねぇ」
十二単を纏い、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は周囲の風景を見渡した。
ホテル荷葉の庭はもともと日本風だから、こんな衣装も飾りつけもとてもしっくりと馴染んでいるように見える。
「こんな衣装を着ていたら飛べませんね」
ちょっと窮屈そうにミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)は身じろぎする。
綺麗で雅なのはいいけれど、やはり気になるのはこの重さだ。
「日本のお姫様はこんな衣装を着ていたんですねぇ。ちょっと重いですが、根性で何とかしましょう」
乙女に必要なのは愛嬌と根性だと笑っていると。
「あ、もしかして曲水の宴に参加するですかぁ?」
通りかかったルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)が、2人の格好を見て尋ねてくる。
「はい。ルーシェリアさんもですかねぇ?」
「私はひな人形の格好をする方の手伝いをする予定なんですぅ。着替える前にちょっと、曲水の宴がどんなものなのか、見たいなって思って来たんですよぅ」
何だか良いですねぇとルーシェリアは曲水の宴の様子を見渡した。
「確か、『花』あるいは『大切な人に贈る言葉』がお題と聞きましたが……それをどうするのが俳句というものなのか気になったんですぅ」
「それを五七五の十七文字の中に織り込んで詠むんです……そろそろあちきの番が来ますから、良かったら近くで見物していきますか?」
「いいんですかぁ? じゃあ見させてもらいますぅ」
ルーシェリアは邪魔をしない位置まで離れると、そこからレティシアとミスティが句を詠む様子を眺めた。
そうして見物しているルーシェリアにもはっきり聞こえるようにと、レティシアはゆっくりと俳句を詠む。
『 春の日の 麗らかな風 華の舞 』
花ではなく華を詠んだものになったけれど、堅苦しい席ではないから構わないだろう。
「あちきは温かくて生姜の利いた甘酒が好きなんでねぇ」
流す人にあらかじめ頼んでおいた、好みにあわせた味の甘酒の盃を取ると、レティシアは美味しそうに飲み干した。
今度は自分が詠む番だと、ミスティは流れてくる盃にあわせて句を詠む。
『 花吹雪 里野駆け抜け 春うらら 』
里野の風景を思い浮かべながら詠み終えると、冷やしておいてもらった甘酒の盃を取り上げた。
喉をすべる冷たさが緊張にほてる気分を鎮めてくれる。
対照的な甘酒を飲み終えると、レティシアとミスティはこちらを眺めているルーシェリアに笑顔を向けた。
今日だけは風雅な気分で、雛祭り――。
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