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第6章 傍にいること

「一曲、歌わせてもらいましょう」
 神野 永太(じんの・えいた)が、マイクを手に取った。
「はい」
 返事をした燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)は少し落ち着かない様子だった。
 永太が番号を入力し、音楽が流れてくる。
 地球にいた頃、流行していた歌だ。
 明るいその曲を、永太は元気に歌っていく。
 2人は今日、空京のカラオケボックスに来ていた。
 歌好きなザイエンデに楽しんでもらおうと、永太が誘ったのだ。
 彼女の歌を早く聞きたくもあるけれど、お手本としてまず永太が歌っているところだった。
「どう? 少し窮屈かもしれないけれど、周りを気にせず思い切り歌えますよ」
 歌い終えると永太はリモコンの操作方法をザイエンデに教えていく。
「最近の曲は良くわかりませんけれど……。この曲なら」
 ザイエンデはパラミタで有名な応援歌を見つけて、その曲から歌ってみることにした。
「それじゃ、入力しますよ」
「お願いします」
 番号を入力する彼に、ザイエンデはちらりと目を向けた。
 永太はとても楽しそうに見えた。
 家に置いてきた他の永太のパートナー達には申し訳ない気持ちもあるけれど、彼と2人きりで遊びに出掛けたのは久しぶりだから。
 今日は存分に楽しませてもらおうと思っていた。
(2人っきりで歌を聴いてもらうなんて、初めてかもしれない……なんだか気恥ずかしいけれど、頑張ろう)
 そう思いながら、ザイエンデは渡されたマイクを自分の口に向けた。
「うおおおーっ」
 ザイエンデの力の籠った歌声が響き渡り、永太はタンバリンをとってタンタン叩き、しゃかしゃか振って盛り上げていく。
 彼の様子にくすっと笑みを浮かべながら、ザイエンデは歌い続ける。
 先に注文した軽食も次々に運ばれてきて、ビールやおつまみも沢山テーブルに並んでいた。
 間奏に入ると、永太はビールをがぶがぶと飲んで、更に陽気になっていく。
「おー、最高! 元気がでます!」
 右手にタンバリン、左手にマラカス。鈴やカスタネットも身体に括りつけるように持って、永太はリズムをとって、叩いて、陽気な笑顔で笑い。拍手を送る。
「喜んで頂けてうれしいです。次は何を歌いましょうか?」
「よし、デュエットでもどう!?」
「はい」
 ザイエンデが返事をすると、永太はもう1つのマイクをとって、自然に少し、彼女に近づいた。
 人間と、機晶姫。
 数十年後に、永太は他界しなければならない。
 だけれど、ザイエンデは長く生きられる造りの機晶姫だ。
 本当は今すぐにでも想いを伝えたいほどに、彼女を想っているのだけれど。
 悲しまる未来が訪れることは確実だから。
 距離を縮めることが出来ずにいた。
 ザイエンデの方も、今は永太の傍にられて、傍にいられるだけで幸せだけれど。
 彼が居なくなってしまった後、残された自分はどうすればいいのか。
 彼に依存した現在の幸せな日々が失われることが、怖くて。
 だからといって、彼と離れるのも怖い。
 彼が死んでしまうのがとても悲しい。
 今の幸せがずっと続くことを切に願っているのに。
 終わりが来ることが解っていて。怖くて。
 今以上に、自分から踏み込むことは出来ずにいた。

「さあーて、次は何の歌を歌ってもらいまひょうかー!」
 デュエットを楽しんだ後も、永太はビールをがば飲みして、更にハイテンションになっていく。
「永太様、呂律が回っていませんよ。そろそろおやめください」
 そう言って、歌を止めて、ザイエンデはビールを永太から取り上げた。
「へーき、へーき、まだまだ飲めるろー! うぷっ」
「気持ちが悪いのですか?」
「ううん〜。気分は最高ですぅー。でも、目が回ってきましたよぉ」
 ふらふらと、永太が揺れ出して、ザイエンデは心配そうに手を伸ばした。
「少し休んでください。子守唄でも歌いましょうか?」
「聞かせて聞かせて……」
 にこおっと笑みを浮かべて、永太はザイエンデの手をとって、それから彼女の体――太腿に頭を乗せて横になった。
 ザイエンデは拒否しなかった。
 そっと、彼の頭に手を乗せた後。
 ページをめくって、選び出した曲を入力し、歌い始めた。

  ゆっくり、目を閉じて
  体中で、感じてほしい
  大地の鼓動を
  空の呼吸を
  わたしが傍にいることを
  おやすみなさい
  あなたが目を覚ますまで
  わたしはここで、奏でているから
  自然と共に
  命の音を、奏でているから

 永太はザイエンデに膝枕してもらいながら。
 安らかな寝息を立てていく。
 ザイエンデは彼の髪に触れて、首筋に触れて、顔に触れて。
 彼が生きていることを確かめていく。
 ここにいることを、感じていく。