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リアクション
■ ヴァイオリンの調べにのせて ■
ヨーロッパにある実家に帰ったテスラ・マグメル(てすら・まぐめる)は、気心の知れた使用人に囲まれてしばらくぶりのお嬢様らしい時間を送った。
「お嬢様。一年経って成長した姿を見せませんとね」
実家でくらいお嬢様らしい恰好をしませんとと、マナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)ははりきってテスラをドレスアップした。そうしているとテスラはいかにもお嬢様然として見え、マナもその出来映えに満足する。
「パラミタからのお土産は届いているかしら?」
先に送っておいた土産を皆に配り、その話題で盛り上がる。
パラミタという別世界での出来事に、それも自分たちのお嬢様が関わっているとあって、使用人たちはあれこれと質問を差し挟みながら、興味津々にテスラの話を楽しんだ。
けれど、そうしてテスラが使用人の皆と久しぶりの再会を楽しんでいても、父のアウル・マグメルは書斎に籠もって姿を現そうとはしなかった。帰宅したとき、ちらっと父の姿を見たような気がしたけれど、それ以来全く書斎から出てこなくなってしまった。
「私とは顔を合わせたくないんでしょうね」
勝手にパラミタに行った自分を許すはずもない、とテスラは開かぬ書斎の扉を見つめて呟いた。そう思っているから、テスラ自身も書斎の扉を開けることが出来ない。
「お嬢様、奥様の墓前にたたれてはいかがですか?」
そんなテスラにマナは花束を渡し、墓地へと送りだした。
「お母様……」
幼い頃に亡くなった母の墓前に佇み、テスラは呼びかけた。
「お母さんが引き合わせてくれたマナと共に、渡しはパラミタの大地を歩んでいます。敷かれた道を外れ、私自身で選んだ道を。……そんな私に好きな人ができましたと言ったら、お母様、貴方はどんな顔をするでしょうか。そしてお父様は」
テスラには父親の決めた婚約者がいる。
なのに、テスラは音楽とは全く関係のない人を好きになってしまった。
知ったら父は怒るだろうか。それとも……。
テスラが母親の墓参りをしている間に、マナは書斎のアウルを訪れた。
口数少なく厳めしい態度を取る父親に、テスラは嫌われていると誤解していたが、実はアウルは重度の子煩悩であり、書斎にはマナが毎月送っているテスラの活動状況が大事にファイリングされ、溢れかえっていた。
マナがテスラに関する報告をすると、アウルは身を乗り出すように耳を傾ける。
本人は隠そうとしているが、アウルがテスラのことを気に掛けていることは、当人2人以外すべてが知っていることだろう。
帰省したテスラを居間でちらと見て以降、娘との間合いを計りかねて書斎から出られずにいるが、その一瞬にアウルの目はテスラの成長を見て取っていた。
そして……好きな男が出来たのだろうということも。それに気づけぬほど鈍い感性ではない。
複雑な父親心にマナは微苦笑し、報告の終わりにこうつけ加えた。
「いつか、大旦那様からお嬢様に教えてあげて下さい。大旦那様と奥様の大恋愛のことを。大旦那様が弾くヴァイオリンの音色のことを」
結局、この滞在期間にテスラはアウルのいる書斎の扉をノックすることは出来ず、またアウルもテスラの前に出てくることをしなかった。
使用人達に見送られながら、テスラはマグメル家を去ってゆく。
そのとき――。
庭にヴァイオリンの音色が流れてきた。
「この曲は……」
テスラが幼い頃に父が聞かせてくれた曲だ。
それに応えるように、テスラは今の自分の精一杯の想いを歌にのせた。
(お父様ならきっと分かってくれる筈。私の一年間の軌跡、成長、そして想い)
今なら父の想いが分かる。だから自分の想いもきっと伝わる。
(大丈夫、貴方の娘の選んだ道を信じて下さい)
短い間ながらもテスラは謳いきって一礼した。
土産をたくさん持って帰ってきた筈なのに、今はむしろ、この胸に抱えきれないほどの想いを受け取った気がする。
「さて。それじゃ帰りましょう」
「はい、お嬢様」
再び歩き出しながら、テスラはふと思う。
(お父様が最後に弾いたあの曲。地球よりもパラミタにあるメロディラインに似ていたのだけれど……)
気になりはしたけれど、それは次の帰省の楽しみにしよう。
パラミタに戻るテスラの足取りは、行きよりもずっと弾んでいた。