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雪花滾々。

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雪花滾々。
雪花滾々。 雪花滾々。

リアクション



18


 キッチンで、コーヒーを淹れるためのお湯を沸かしながら。
 テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)は、リンスとクロエを見た。
 リンスが作業する傍らで、何かとクロエがお手伝いをしている。そんな様子を、じっと。
 クロエが、テスラの視線に気付いて顔を上げた。にこり、嬉しそうに笑う。テスラも笑って手を振った。同時にお湯が沸く。コーヒーを淹れて、二人のところへ戻って。
「どうぞ」
 マグカップを、それぞれの前に置く。
「ありがと」
「ありがとう!」
 淡白なものと、元気なものと、対照的なお礼を受け取り席に着き。
 また、さっきと同じように、二人の姿を眺めた。
 リンスにとって一番大事なものは、家族だろう。
 かつては姉のリィナ。
 今は妹のクロエ。
 それ以上のことは考えられていないのだろう。きっと、これで手一杯なのだ。
 ――でも、少しずつ変わってきてる。
 クリスマスを過ごす姉の姿を見たことで。
 変わったからこそ、別の何かがまた変化するだろう。
 それは、どのような変化か。
 不意に。
 リンスとクロエの関係が、自分とマナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)の関係に似ていると思った。
 『あなたのために』と在って、そっと傍に居てくれて。
 でも。
 例えば、この先。
 そう、例えば、テスラがリンスと一緒になったとして。
 ――マナは、どうするんだろう。
 どこかへ行ってしまうのだろうか。
 別に、それでも構わない。
 彼に行きたいところがあって、そちらを選ぶ分には構わない。
 だけど、テスラを思って身を隠すような真似は許さない。
 同じことが、クロエに言える。
 椅子から降りて、クロエの傍に歩み寄り。
「ねえ、クロエちゃん」
 しゃがんで視線を合わせ、話しかけた。
「なぁに?」
「あのね、」
 クロエの居場所は、リンスの傍でいい。
 誰かがそこに来たからと、譲るような、いなくなるようなことはしなくていい。そんな選択肢、選ばせない。
「これからも、宜しくね、って言いたかったの」
「これからも?」
「そう。これからも、ずっと」
 相手のことばかり、考えなくていい。
 あなたが望むように振舞って。
 ――それが許される私という場所でありたい。
 手を伸ばす。伸ばした腕の間に、クロエが飛び込んできた。ぎゅっと抱き締める。
「独りにさせないからね。どこに行っても、迎えに行くから」
「ぜったい?」
「絶対」
 クロエがここに来た最初の日に。
 この家に帰ってきた時のように。
「どこに居ても私がわかるように、あなたに聴こえるよう歌いながら」
 迎えに行くから。
「あなたはただいまって言って」
 私はおかえりって言うから。
 腕の中で、クロエが頷いたのがわかった。よしよし、と頭を撫でる。
 ――……なんだか、連れ子と新しいお母さんの関係みたい。
 なんて。
 話の中で見聞きしたものに自分を重ねてしまった瞬間、恥ずかしくなった。
 それでも、伝えたかったのだ。
「あなたのことも、好きなんですよ、って」
 何せ、想いというものは無音なもので。
「思っているだけで伝わるなんて、虫のいい話ですし」
 ね? と、先ほどからちらりちらりとこちらの様子を気にしていたリンスに微笑みかける。
 まぁ、うん、と曖昧に頷いていたけれど、さてさて?


 何だか良い話になっていたので口を挟むことはしなかったけれど。
 一段落したなら、言っておかなければならないことは言っておこう。
「お嬢様」
「何?」
「お嬢様は、『私がいなくなったら』と心配しているようですが。そういう台詞は雪道を一人で歩けるようになってから言ってくださいね」
「う、」
「せめて転ばないように」
 じゃないと、こちらから離れていくなんてとてもできない。
 きっと同じことがクロエにも言えるのだろうな、と思った。確かに似たもの同士であると納得して、席を立つ。
 行かなければならないところがあった。
 ここには小さなしっかり者のお嬢さんがいるから、テスラたちのことは任せて行ってしまおう。
「どこへ?」
「ご挨拶に参りましょうかと」
 誰に、とは訊かれなかった。大方予測がついたのだろう。
 たぶん、その予測の通りの場所へ。
 魔女を訪れるために、フィルの店に向かう。


「最近お呼び出しが多くて嫌になるの」
 と、開口一番彼女は言った。手の内で、綺麗にラッピングされた箱を玩びながら。
 明らかな皮肉にも動じない。笑顔で流す。と、魔女はつまらなそうに息を吐いた。
「で、今日は何かしらァ。まさかただチョコレートを渡すために呼んだわけじゃないわよねェ?」
「ご挨拶に、と」
 これからお世話になるので。
 そういった含みを込めて笑んでみせると、魔女も唇を歪めた。箱のリボンが触れてもいないのに解け、セロハンが綺麗すぎるほどに剥がされ、包装紙が剥かれる。
「地球のチョコレートって久しぶりだわァ」
「召し上がられたことはあるのですね」
「長生きしてるとねェ? まずは食の愉しみから追及していくの」
 チョコレートが宙に浮き、魔女の指先を漂う。彼女は細い指で一粒を選ぶと口に放った。
「甘ァい」
 そして、満足そうに笑う。
「上等なものをもらったわね。お返しに何を御所望かしらァ?」
「私などへお返しなど勿体無い。
 先ほど申し上げましたとおり、今日はご挨拶に参りましたので」
 ええ、そのチョコレートを渡すためだけに、呼びました。
 いけしゃあしゃあと告げると、また、魔女が楽しげに、笑った。


 同時刻。
 『Sweet Illusion』には、ウルスとリィナも居た。
 それも、奥へと続くドアの近くの席に。
 だから、マナが入ってきたことにも気付いていた。
 マナが来るだいぶ前に、フィルが店の奥に消えたことも。
 マナが来たことで、店に出てきたことにも。
 そこから考えれば、今、マナが何をしているのかなんて予測は容易くて。
 恐らく今話しているであろう内容も、察しはついていて。
「ウルスくん、見て見て。外、雪だるまがあるよ」
「お、ホントだ。でっかいなー。俺らも作る? あれに負けないくらいの大きいやつ」
「いいねぇ。私、雪だるまって作ったことなかったんだよねぇ」
「マジで。じゃ、なおさらだ。外行って作ろう」
 だけど、表には出さなかった。
 だって、誰と、どんな話をしていても。
 誰についてなんの話をしていても。
 ――全部覚悟の上だって。
 だから、変わらず時を過ごす。
 彼女と過ごせる短い時間を、精一杯。


*...***...*


 別に、寒いのが苦手なわけではないけれど。
 進んで外に出たりはせず、茅野 菫(ちの・すみれ)は仕事をこなすリンスの横で自らも作業に取り組んでいた。
 作っているのは、くまのぬいぐるみ。
 去年、リンスに作ってもらったのとは違って、大きすぎない普通のサイズで。


「誕生日プレゼントにしたいから、パーツだけ作って」
 と、いう注文をしたのは少し前。
 菫と、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)の誕生日がもうすぐ、に迫った二月上旬のこと。
「パーツだけ?」
「仕上げとか組み立てとか、そういうところはあたしがやりたいの」
 頷いてから答えると、リンスもなるほど、と顎を引いた。
 それから、パーツを作ってもらって、一生懸命組み立てて。
 ひとつひとつ教わりながらやっていたら、誕生日である十四日はすぎてしまい、今日になり。
「もうすぐ出来そう」
 こそっと報告。すると、「よかったね」と微笑まれた。薄く、軽く。だけど褒められた気がして、ちょっとだけ嬉しかった。悪い気はしない。
 そこでふと、視線に気付いた。何、と視線を巡らせる。と、
「…………」
 パビェーダが、不機嫌そうにこちらを見ていた。
「何よ、へんな顔して」
「変な顔とか言われたくないわよ」
 つい、とそっぽを向いてしまった。
「どうかした?」
「さあ。でもなんか、機嫌悪いから」
 ――早く完成させて、お祝いしたいわね。
 そうすれば、少しは緩和できるだろう。


 いらいら、していた。
 昼間に工房を訪れてから、菫はリンスにつきっきり。
 最初こそ傍にいようとしたものの、すぐに菫に「あっち行ってて」と遠ざけられてしまった。
 それは、サプライズプレゼントにしたいがための行動だったのだけれど、パビェーダには知る由もなく。
 おまけに、なにやらこそこそと話をしたり、笑ってみせたり。
 感じが悪いというか、のけ者にされているのがすごく嫌というか。
 ――あとは、ちょっと、胸がざわざわするっていうか……。
 やけにちくちくするのだ。リンスと菫が仲良さそうにしているのを見ると、なおさら。
 ――相談とか、したかったんだけど。
 菫の誕生日。
 一緒に食事には行ったものの、プレゼントを用意したりはしなかった。そのため、何か案をもらおうかと思っていたのだけれど。
 ああも二人が一緒にいては、どうしようもなく。
「パビェーダ、」
「何よ」
 菫に話しかけられたとき、ついつんけんした声のまま返してしまった。菫も、リンスも、きょとんとしている。はっとした。大人気ない。非常に、大人気ない。
「……ごめん」
 とりあえず、と謝罪の言葉を口にした。それでも、もやもやは消えないけれど。
 外はとっぷり日が沈み、暗くなっていた。
 ――私の心みたいね。
 ちょっぴり、嫌になった。


「機嫌、悪いね」
 リンスが言った。菫は頷く。
 ぬいぐるみが完成したので、声をかけたらあの対応。
 どうしたものかと腕を組んだ。
「お茶でも淹れようか」
「お茶?」
「このままじゃ会話にならないでしょ。紅茶とコーヒー、どっちがいい」
「じゃ、紅茶」
「はい」
 頷き、リンスが席を立った。お茶。確かに、いいクッションになってくれる、かもしれない。
「パビェーダ。お茶、しよ」
「…………」
 誘いかけると、無言のままではあったけれど来てくれたし。とはいえ、どことなく腑に落ちないといった顔をしていたけれど。
 ややして、リンスが戻ってきた。湯気の立つティーカップを、二人の前に置く。
「…………」
「…………」
 沈黙が場を支配していた。重い。居心地が悪い。
 困っていたら、
「はい」
 と、テーブルの上にラッピングされた小さなものが置かれた。
「何これ?」
 パビェーダと同時にそれを手にして、呟く。
「誕生日プレゼント。二人で揃いのストラップ」
 淡々と言われ、次いでじっと見られた。次は茅野だよ。そう言われている気がした。
「……パビェーダ」
 当惑した様子のパビェーダに声をかける。あからさまに彼女は驚いた顔をした。
「誕生日おめでとう」
 言うと同時にぬいぐるみを渡す。
「あ、…………」
 パビェーダがぬいぐるみを受け取った。ただ言葉を失って、抱き締めている。
「……これの、ために、今日こそこそ、してたの?」
「え、ああ。うん、そうよ」
「……私、二人がこそこそしてるから。何だかすごく落ち着かなくって……」
「ごめん。でも、隠したかったの。驚かせたかったのよ」
「驚いたわよ、馬鹿っ」
 俯いたままのパビェーダに、なぜか怒られた。リンスと顔を見合わせて、失敗したかな? と肩をすくめる。と、その時、ぱっ、と顔が上げられて。
「……ありがとうっ」
 お礼を言った彼女の表情は、嬉しそうなものだったので。
 成功、と菫も微笑んだ。