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サラリーマン 金鋭峰

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サラリーマン 金鋭峰

リアクション

 このスタジアムに入り込んでいた鏖殺寺院の数人の工作員たちは……あっけないほど簡単に捕まった。雲雀が見つけた居住スペースに隠れ住みながら、地下の工事の進捗具合を確認していたらしい。待ち伏せを食らった工作員たちは、不意を打たれほとんど抵抗もできないまま全員が成すすべなく囚われの身になった。
 が、彼らはどれほど尋問しようとも寺社イコンに関しては何も話さなかった。口が堅いというよりも、下っ端で本当に知らないらしい。
 やはり、パスワードを解くしかないようだった。
 が……それは本社の連中に任せよう。
 金ちゃん達はまた一心に労働に打ち込み始める。一般労働者たちも、鏖殺寺院の工作員たちが捕まったことにより安心して働けると現場に戻りつつあった。少しずつ……輪ができ結束が強くなっていく。
 そしてまた……数日が経った。
 金ちゃんは相変わらず家には帰らなかった。本社にも顔を見せず現場に泊まり込んで生活している。あの鋭利だった金団長でも鉛筆を削っていた庶務課の金ちゃんでもなく、日に焼け無精ひげを生やした完全な労働者と化していた。だが、それが楽しい、と金ちゃん。
 見た目もワイルドになりこれはこれでカッコイイ金ちゃんなのかもしれなかった。
「金ちゃんがここまでやってるのに俺達は何をやってるんだよ!」
 金ちゃんを冷ややかな目で見つめていた電気水道関連を担当の小坂(こさか:ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる))もついに立ち上がった。
「ざっけんじゃねえぞ! このままじゃ、俺達のほう格好つかねぇじゃねえか! ……やってやるぜ!」
「見せてくれるじゃねえか! サラリーマンにそこまでそこまでやられちゃだまってられないぜ!」
 小坂についていた東郷(とうごう:強盗 ヘル(ごうとう・へる))も共に働き始める。彼らが参加してくれたおかげでどんどんと作業がはかどり始めた。
「負けたぜ、金ちゃん。サラリーマンにしてはやるじゃねえか」
 そんな小坂に金ちゃんはニッと闊達な笑みを浮かべる。団長としてはありえない笑顔だった。
「頼むぞ、小坂」
「誰に物を言ってんだ? 俺達にかかれば、こんなものあっという間だぜ!」
 小坂と東郷の働きにより見る見るうちに電気水道関係が整備されていく。
 そして……。
「いるか、おっさん!」
 金ちゃんは詰所の扉を蹴り破り、奥に控えていた荒垣 正信(あらがき まさのぶ:エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす))の胸倉をつかみ上げる。
「いつまで呆けているつもりだ。鏖殺寺院の工作員は捕まえて、もうテロは起こらない。これ以上グダグダ言うようなら、貴様はただの腐ったジジイだ」
「……待ってたぜ」
 金ちゃんの手を振りほどき、ニヤリと笑みを浮かべる。くわえていたタバコをプイと吹き捨て、愛用の工具類を担いだ。
「いい目になったな、金ちゃん。いっぱしの職人の目だ」
 正信はそういうと、それでも最後までサボってうだうだやっていた連中に号令をかける。
「整列!」
 その一言で、さぼっていた労働者たちが弾かれたように集まってきて、ビシッときれいな横隊になった。その技と経験と人柄から、現場作業員達から絶対の信頼を得る漢、荒垣正信。金ちゃんでも一目置かざるをえないほどの貫録だ。
「安全確認、よし! 足元確認、よし! ゼロ災でいこう、よし!」
 掛け声とともに、一糸乱れのない動きで指差し確認を終えると、作業員たちはそれぞれの持ち場についた。これまでとは見違えるような動きで働き始める。
「感謝するぜ、金ちゃん。また……いい仕事ができそうだ」
 正信の初めて見せた笑顔が印象的だった。


 毎日のように律儀に挨拶に来る、叶 竜(かのう りゅう:叶 白竜(よう・ぱいろん))。大石派らしいが何とも勤勉な男だった。そんな彼を見つめる人影があった。
「しかし……似ている……」
 それは教導団の世 羅儀(せい・らぎ)であった。彼は竜に教導団のパートナーとしての面影を感じもしやと思って近づいていく。
「あなたは……?」
 羅儀が声をかけた時だった。つい、懐にしまってあった拳銃がゴトリと落ちてしまったのだ。
「……!」
 それを見て恐怖と驚きに眼を見開き腰を抜かしそうになる竜。
(やはり違ったか……ただのサラリーマンだ)
 羅儀の知るパートナーなら拳銃などに驚かない。むしろ必携品である。やや失望しながら落ちた拳銃を拾いしまいこもうとすると。
「日本では銃は禁止だ。君はそんなことも知らずにここに来たのか?」
 見つけた金ちゃんが、向こうからやってくる。羅儀は思わず硬直した。労働者の格好をしておりいつもの冷厳な団長とは風貌が違う。だが、その眼光と迫力はいつにも増して強烈だった。
「場を考えろ、羅儀。……拳銃は、私が預かっておこう……」
 逆らえるはずもなかった。羅儀は素直に携帯していた拳銃を差し出す。金ちゃんが去っていくのを見やりながら、竜は呟く。
「とうとう、鏖殺寺院のテロリストたちすらあっさり捕まえてしまったらしい。私の……完敗だ」
「サラリーマンもやるねぇ」
 羅儀の言葉に竜は自嘲気味に笑う。そして聞いた。
「私は上司を選び間違えたらしい。……あなたの上司は信頼できる方ですか?」
「まあね」
 羅儀はパートナーを思い出し、へへっっと笑う。
「では、とことんまでついていってあげてください」
 竜は羨ましそうに言った。それに対してへへっっと笑う羅儀。
 二人の間に、何か特別な空気が流れたような気がした……。



 さて、一方本社では……。
「あらぁん壊れちゃってますわぁ。庶務二課にあるシュレッダーで処理しちゃいますから、この袋に紙ゴミ入れてくださぁい」
 雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)、は大石ジュニアの慎一郎の周辺を嗅ぎまわった後、彼の所属する営業部へとやってきていた。彼女は慎太郎がよそ見をしている隙に強引にゴミ箱ごと資料を袋に詰めると、この何日かですでに色仕掛けで手なずけてあったシステム部のネットワーク管理者にしなだれかかる。
「うふふ、こんにちわぁ。私ぃ、ちょっと公に出来ないお仕事頼まれちゃってぇ。協力してくださらない? どうも社内メールで不倫の逢引のやりとりしている人がいるらしくて……どうしても証拠が欲しいって人が泣きついてきたのよぉ」
「庶務二課は暇だな、そんなことまでやってるのか」
「でね、内緒だけどその人を泣かせているのはジュニアの大石部長さん」
「まさか」
「ふふ、これで私達共犯ねぇ。部長さんのメールBOX、会社にあるパソコンで何をしているのか。調べて欲しいの」
「いや、しかしなぁ……」
「勿論ご褒美は用意してるわぁ……なんだか、分かる?」
 彼女はいきなり襲いかかり、「ご褒美」の先渡しをしておく。
「お、おおう……」
 システム君は相好を崩す。これで……仕掛けは打った。さて、どうなるか……リナリエッタは様子を見る。
 一方……。
「ここだけの話なんですけど……実は山場の手の人間が新入社員の中にもいるんですのよ」
 もう一人の庶務二課崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)もその色香をもって大石ジュニアに接近していた。
「いつ足元を掬われるかわからないし……それにほら、最近大石社長の周りも華やかになったと思いません? だからセキュリティは強化しておかないと……ね?」
「う〜ん……」
 慎一郎は真剣に何かを考えているようだった。



「レオの野郎、俺をアゴでこき使いやがって……!」
 平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)のパートナー出雲 カズマ(いずも・かずま)は、この会社に係長として潜り込んでいた。一見どこにでもいる中の中の係長。だがその実態は潜入捜査のため自由に動き回れないレオの代わりに奔走する、特命社員であった。
 実のところ、レオは大石を退治するために潜り込んでいたのだ。大石の信頼を得、ぴったりつき従い必要な情報を全て手に入れる。社長秘書であるから自由には動き回れない。その代りにカズマがレオの分まで働かなければならない。それだけならいいが……。
「これ終わったらコロす……主に大石」
 カズマはかつてないほどの屈辱感に身を震わせていた。
 ここはゴミ捨て場。会社中のゴミが集まっていて、週に二度業者が取りに来るらしい。その時まであと一時間ほど。その中をカズマは引っかき回す。
 本社に隠された寺院イコンの配備資料を手に入れるためのパスワードの一片が記された紙が、一緒に捨てられたというのだ。
 潜入してからもうずいぶんと経っていた。皆の協力のおかげで、事件の全貌も明らかになりつつあるし、パスワードの解析も進んでいる。用心のため、それは一つではなく三つに分かれて記されていた。
 二つまではシステム部に潜入していた諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)が社長室のパソコンを取り換えたことで判明している。大石が入力した際に暗号化されたワードを拾い解析に成功したのだ。あとの一つは、大石ジュニアの慎一郎が持っていたようだが、それを庶務課の女の子が一緒に捨ててしまったという。しかも、ご丁寧にシュレッダーまでかけて。
「昔から凶暴な俺の拳をくらわさねえと割に合わねえ……!」
 ゴミだらけになりながら、紙片を探すカズマ。もはや係長ですらなかった。
 が……。
「あったぜ! 助かった……!」
 ようやく難行から解放されるカズマ。収集車がきたのは、その直後のことであった……。