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雨音炉辺談話。

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雨音炉辺談話。
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22


 スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)が工房を訪れたのは、もう夕方近くになってからだった。
「紫陽花を見たいって駄々をこねてる子供がいると聞いてやってきたぞ」
 相変わらず、からかうような口調でクロエに言うと、クロエはふふんと胸を張って「もうみたもの!」と言ってきた。おや、生意気な。
「そっかー。じゃあ、クロエに見せてあげようと思って探しててきた、紫陽花が綺麗に咲いてる公園は行かなくて平気だな」
 しかし、こうやってちょいと気持ちをつついてやれば、すぐに「えっ」とうろたえる。最近ませてきたとはいえ、この辺りはまだまだお子様だ。
「どうする?」
 にこー、と笑って訊いてやる。クロエは頬をぷっくり膨らせて、だけど、「いきたい」と頷いた。
「素直な子にはこれやるよ」
 持っていた荷物から雨合羽を取り出す。明るい緑の雨合羽。
「転んでも大丈夫なようにね。しかし似合うな、カエルのカッパ……プフッ」
「ならどうしてわらうのよー!」
「いやいや、似合いすぎててつい、ね……ッププ」
「ヤなたいど!」
 散々からかったらいざ出発。傘を取り出したスレヴィに、クロエが「かっぱきればいいのに」と言った。恐ろしいことに、「おそろいで」と。もちろん聞こえなかったふりをした。
 ヴァイシャリーの街まで来て、しばらく歩く。住宅街の角を曲がったところにある公園が、スレヴィの見つけた紫陽花スポットだ。
「わっ」
 公園に入ってすぐ、クロエが駆け出した。転ばないかなー、と見守ってみたが、そんな素振りはなかった。ので、後をついていく。
「きれいね!」
「だろ?」
 名所とかではなく、ごく普通の公園だけど。紫陽花はとても綺麗に咲いていて。
 目をきらきらさせて見ているクロエが、なんだか微笑ましい。
「クロエは何色の紫陽花が好き?」
「んっと……えらべないわ。どれもきれいでどれもすき」
「なら俺と同じだな」
「スレヴィおにぃちゃんも、みんなすきなのね」
「クロエが言ったように、全部綺麗だからね」
 ふふ、とクロエが満足そうに笑う。どうやらお気に召していただけたようだ。
「ところで物事には何でもに面性があってさ」
 不意に話し始めたスレヴィに、クロエが大きな目をさらに大きく見開いた。じっ、とスレヴィの目を見て、話を聞いている。
「紫陽花にもあるんだ。知ってた?」
「はなことば?」
「花言葉も確かにそうだな」
 辛抱強い愛情、とか謳っていたと思えば、移り気だの浮気だの。元気な女性、かと思いきや冷淡で、無情。
「でもまあ、そこじゃなくてさ」
 スレヴィは、時計を見た。もう夕方といっていい時間。そろそろ見れるだろう。『紫陽花の二面性』が。
「あ、ほら」
 出てきた。
 指差すと、クロエが「きゃ!」と小さく悲鳴を上げた。
「これなーんだ?」
 クロエの反応が面白くて、わざと注目させるように言ってみる。クロエは、じぃっと『それ』を見る。
「ナ、ナメクジ……」
「あ、さすがに知ってた?」
 そう。
 雨の日の紫陽花の傍には、ナメクジがたくさんいるのだ。
 そしてやつらは、夕方になるといっせいに姿を現す。
「しかし見事に出てきたな」
 地面いっぱい、うにょり、うにょり。
 クロエは、嫌悪と好奇心が混ざったような顔をしている。そうだよなあ、こんなに多くちゃ気持ち悪いよなあ。と思いつつ、
「踏まないように気をつけろよ?」
 そっと囁いた。
「クロエの重さに踏まれたら、ひとたまりもないからな」
 なんて、言っている間にナメクジはスレヴィとクロエの周りを囲んで行く。
「う〜……」
 さすがに、気持ち悪いさが勝ったのか。クロエがスレヴィの服をぎゅっと握った。見たくない、と言うように、服に顔を押し付ける。
「あはは。さすがのクロエも無理だった?」
「だって」
「魔法少女だし、飛んで逃げればいいのに」
「こんなきゅうに、しゅうちゅうできないわ」
「飛べないか。でも突っ立ってたらそのうちもっと出てくるけど?」
「!!」
 あわあわ、とわかりやすく慌て、一歩足を退こうとし、ナメクジを踏まないかとハッとする。
 一連の動きがおかしくてクックッと笑っていたら、背中をぺしんと叩かれた。
「なんだよー」
「たすけてよぅ」
「しょーがないなー。運んでください、ってお願いするなら運んであげる」
「おとなげないわ!」
「大人気ないよ?」
 で、どうする? と意地悪く問うと、ものすごく小さな声でクロエがお願いした。あっはっは、と笑ってクロエを抱き上げる。
「スレヴィおにぃちゃんって、やっぱりいじわるだわ!」
「ご立腹ですかお姫様。ここで降ろそうか?」
「やだぁ!!」
 公園を出てもしばらく降りようとしなかったので、とりあえず抱っこしたまま歩いた。
「なかなかいい紫陽花見物だったな。また来年も行くか?」
「……ナメクジでないなら、いくー」
 どうやら、軽いトラウマにしてしまったようだ。
 俺って罪な男、と笑っていたら、ごつんと頭突きを食らわされた。