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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

リアクション


・Chapter5


「なあ、やっぱり通常のクルキアータの三倍で……いや、何でもない」
 出撃を前に、星渡 智宏(ほしわたり・ともひろ)ダリア・エルナージが搭乗する【マモン】を見上げていた。
 ピンクに近い薄紫色の機体は、彼女の名と同じダリアの花に由来するものだろうか。
「何? 気になるわね」
 不思議そうな顔でダリアが智宏と顔を合わせた。
「……」
 イコプラ好きとしては気になるところだが、今は別に冗談をかわしたいわけではない。彼女には伝えたい想いもあるが、言葉にしてしまうと安っぽい。そう感じる。
 意識してダリアの頭に手をポンと乗せ、
「行動で示すことにするよ。無理はするなよ」
 とだけ言った。
「……っ!」
 触れられるのにはまだ慣れていないのか、あるいは久しぶりだったからか、ダリアは気恥ずかしそうだ。

(なんかもうお決まりになってきたね)
 彼らの様子を、呆れ半分で時禰 凜(ときね・りん)レイラ・サイードの二人が眺めていた。
(ダリア、久しぶりに会えて嬉しそう。素直じゃないけど)
 あの二人、なんだかんだで相思相愛な感じなのだが、いかんせん両方とも奥手なのである。見ていてもどかしい。
(「良い男になれ」って言われて気持ちが逸らないのは大人だと思うけど、少しはこう……無いの? 兄さん)
 とはいえ、戦いの前に想いを告げるというのは大概死亡フラグである。それを考えると、内に秘めたものがあったとしても、今口に出さない方がいいのかもしれない。
「なんだ、凛? そんな顔して」
「別に……何でもないですよ」
 智宏もどこかばつの悪そうな顔をしていることから、凛にダリアとのやり取りをどう思われているか悟っているようだ。
「……俺たちもそろそろ出撃準備に入ろう」
 ふとダリアを見れば、彼女はF.R.A.G.の軍人としての顔になっていた。

「ダリア・エルナージさん」
「何だ?」
 智宏との話が終わったところで、叶 白竜(よう・ぱいろん)はダリアに声を掛けた。
「今回の作戦に当たり、ぜひ『アルファ小隊』の小隊長になって頂きたい」
 かつては対立する勢力であり戦闘を交えた相手であるが、当時十九歳という若さでF.R.A.G.第一部隊長を務めていた彼女の実力がどれほどのものか、興味がある。それを間近で見るいい機会だ。敬意を持って、ダリアに依頼する。
「構わない。私が指揮をとろう」
「ありがとうございます」
 ダリアに向かって一礼し、白竜も出撃のため、自らの機体へと向かった。
 

* * *


「これが【シュヴァルツァー・リッター】。その名の通り、黒一色の機体なのだよ」
 阿頼耶 那由他(あらや・なゆた)は旧イコンデッキに佇む【シュヴァルツァー・リッター】を眺めた。
 パートナーたちが出撃する機体の整備は済んでおり、こうして整備という名目でやってきたのである。もっとも、彼女に許されたのは作業のサポートのみで、この機体のみ学生には一切触らせることはなかった。
(整備に携われるのは主任以上の教官、機体スペックは非公開。ライセンスの権限については公開されているのに、持ち主や機体に関しては情報を秘匿しすぎなのだよ)
 那由他はそれが気になっていた。国連の発行するライセンスは、所持していればイコンを個人で所有・運用できるというものだ。合法的にイコンを使える傭兵になれるが、今ある三例は皆国連に雇われているようなものである。地球上でのイコンの自由運用というより、国連の監督下での自由というのが今のライセンスの実態だ。
 もしライセンス所持者が地球に対し敵対的な行動や不利益を被るようなことをした場合、国連が総力を挙げて処分を下すことになっている。国際条約の制限も、「ライセンス持ち」の処分となれば例外が適用されるである。
 裏を返せば、「ライセンス持ち」というのはそのくらいしないと潰せないほどの脅威として国連が認識しているのである。当然、彼らを恐れ、排したいという者もいる。パイロットの個人情報が非公開なのは、彼らの命が狙われないようにするためだ。
(【シュヴァルツァー・リッター】、【アイスドール】、【ジャガンナート】……三組目はまだほとんど情報がないのだよ)
 【アイスドール】は氷剣を使い、パイロットは若い女性だという噂だ。接近戦において、彼女に勝てるパイロットは存在しないとさえ言われている。
 【シュヴァルツァー・リッター】については、その主武装と機体カラーが、かつてシャンバラと敵対した凄腕のパイロット――カミロ・ベックマンを彷彿とさせる。彼はシャンバラに連行されたが、どのような裁きを受けたのかはほとんど知られていない。
(ぽっと出のパイロットでないことは確かなのだよ。まあ、過去の戦闘データと今回の戦闘を比べれば見えてくるかもしれないのだよ)
 【シュヴァルツァー・リッター】の正体が分かるまでには、もう少しかかりそうだ。

* * *


「しっかし、何じゃいこれは?」
 エザキ博士が瞠目した。
「BMI搭載ジェファルコン【ヤタガラス】です」
 四瑞 霊亀(しずい・れいき)がざっと機体の概要を説明した。もちろん、学院から許可をもらった上で彼に見てもらっている。雪姫が【メタトロン】と【サンダルフォン】の調整に携わることとの交換条件のようなものだ。
「うむ、噂には聞いておる。じゃが、はっきり言ってワシの手には負えん」
 エザキによれば、たとえ設計図が手元にあったとしても、正常に稼働する機体は造れないという。
「しかし、ジールはよくこんなものを造れたのう……それを稼働できる状態までにした君も君じゃが」
 エザキの視線の先には、雪姫がいた。
「皆さん、お疲れ様です」
 そこに、【ヤタガラス】のパイロットであるシフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)ミネシア・スィンセラフィ(みねしあ・すぃんせらふぃ)がやってくる。
「お、やっぱり天学のエースは出るんだね」
「ドミニクさん、マルグリットさん」
 エザキを呼びに来たのか、ルルー姉妹の姿も現れた。4月からこの学院に留学しているものの、シフたちが言葉を交わす機会はあまり多くはなかった。それもあって、改めてちゃんと挨拶する。
「そういえば、これまで対戦したことなかったよね。訓練の予定がかみ合わなくてさ」
「ええ。いずれは、お互い全力を賭して戦ってみたいものですね」
 それは、ミネシアも同じのようだ。
「あとは、条件付での模擬戦闘もいいかもね。お互い武装ナシで殴り合い、とかさ。シミュならできるでしょ? シフも白兵訓練したいって言ってたしさ。こないだ【鵺】に一本取られたのが悔しかったみたいでね」
「格闘戦? だったら負けるわけにはいかないよっ!」
「頑張(頑張れーお姉ちゃん)」
 ドミニクとマルグリットのリアクションは対照的だ。マルグリットは射撃専門だから仕方ないのかもしれない。
「でも、【鵺】か……正直、七聖教官には勝てる気がしないよ。ちょっと前に、戦闘開始から一分でやられた時はショックだったなぁ……」
「迂闊(あれは迂闊に【鵺】の間合いに飛び込んだお姉ちゃんが悪い)」
 ドミニクたちが【鵺】の話題で盛り上がりそうになるが、雑談の時間はそこまでだ。
「雪姫さん、【ヤタガラス】のシンクロ率上限とかは変わらずでしょうか?」
「肯定。ただ、本来の性能の七割まで出せるようになっている」
 以前は六割。この一割は大きい。
「了解です。では、発進準備に入りましょうか」
「じゃ、マルちゃん。アタシたちもいこっか。お互い頑張ろ、烏(クロウ)ちゃん」
 そしてアカデミーに戻る前に、一度全力で対戦しよう。そう残して機体に向かうアカデミーの若き精鋭たちを、シフたちは見送った。

(あれは……)
 機体の整備が終わったという報せが入り、天沼矛のイコンベースに向かおうとしていた葛葉 杏(くずのは・あん)は、学院の校舎の窓から旧イコンデッキを眺め、そこに生徒会選挙の時に乱入してきた機体があるのを確認した。
「杏さん、どこに行くんですか〜?」
 橘 早苗(たちばな・さなえ)の質問には答えず、杏はその機体のある旧イコンデッキへと駆けていった。
「よっし、あとは最終確認だけだね」
 機体の前には、ドミニクの姿がある。彼女をびしっと指差し、杏は宣言した。
「勝負よ!」
「へ?」
 ドミニクが呆けた声を上げた。
「あんたが留学してきたときからずっと言いたかったんだけど……あんた、私とキャラ被ってるのよ。元気で明るい愛されキャラは一人で十分なのよ!」
 間髪入れずに続ける。
「それに、その機体にも見覚えがあるわ、模擬戦の時に乱入して私のレイヴンと『引 き 分 け た』機体じゃない」
 引き分けという部分を強調。ドミニクはぽかんとしている。そして、思い出したように手をぽん、と叩き、
「ああ、あの時は結局決着つかなかったよね。よし、乗った!」
 あっさりと了承した。
「勝負の方法は簡単、どちらがより多く敵を落とせるかよ!」
「いいの、数だけで? そしたらシュメッター狙いで稼いじゃうよ?」
「その心配はいらないわ。私が先に全部落として狙える機体を減らしてあげるから。私が勝ったら愛されキャラとしての座は私が手に入れる、私が負けたらあんたと同じ髪型にしてあげるわ」
 なお、夏休みが終わったらドミニクがアカデミーに帰ることを、杏はまだ知らない。そのため、ドミニクがニヤニヤとしている理由を、単なる余裕であると考えていた。
「どうよ、恐ろしい罰ゲームでしょう。さぁ勝負よ!」
 言うだけ言うと、杏は旧イコンデッキをあとにし、イコンベースへと歩を進めた。