天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

リアクション公開中!

四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~
四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~ 四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~ 四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~ 四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

リアクション

 
 第19章

『浴衣? 何か、気恥ずかしいな……。普段着じゃダメなのか?』
『涼司くんは、浴衣姿も似合うと思いますよっ』
 そんな会話の後に、彼の着付けも手伝って。そして、浴衣を着た山葉 涼司(やまは・りょうじ)は、山葉 加夜(やまは・かや)の思っていた通りに、いや、それ以上に格好良かった。
 昼間は忙しそうだから、夜になってから花火大会へ。
 出店が並ぶ通りを抜けて暫く行くと、人が沢山集まっている場所に出た。他の場所より樹木や遮蔽物が少なく、上空の花火が良く見える。
 だが、加夜は彼等には混じらず、別の場所を探すことにした。もう少し、人混みから離れた場所を。
「ここで見ないのか?」
「人前だと恥ずかしくていちゃいちゃ出来ないので……」
「……そうか」
 照れながらそう告白すると、涼司は、ふと優しい笑顔を浮かべた。加夜について、ゆっくりと歩く。
「じゃあ、一緒に探すか」
 日が暮れてからもう大分経って、何となく、人も少なくなってきているように思う。きっと、どこかにひっそりとした場所がある筈だ。
 やがて、涼司は道の最中で立ち止まった。木々の立ち並ぶそこは明らかに歩行用の場所ではなかったが、だからこそ人が少ない。この木々の向こう側に行けば、花火ははっきりと綺麗に見えそうだった。
 草履を履いた片足を芝生の上に乗せると、加夜が慌てたような声を出す。
「えっ、え……良いんですか?」
「いーんだよ。たまには羽目も外さないとな。それに、どこにも立ち入り禁止とか書いてないだろ? 皆、立ち入り禁止だと思いこんでるだけだ、多分」
 まだ、地球の埼玉県に住んでいた頃、環菜が校長をしていた頃は、よく馬鹿をやったものだった。最近は、色々と肩肘を張りすぎている。それで、ほんの些細な規則破りを、してみたくなったのかもしれない。
「誰かに見つかったら、ここは穴場だって教えてやればいい。俺が蒼空学園だ」
「……もう! ここはツァンダですけど、蒼空学園じゃないんですよ!」
 少し膨れた顔をして加夜がついてくる。そういう顔も、可愛いなと素直に思えた。彼女は下駄を履いていて、だから、草に足をとられないように手を繋いで進む。
 花火が上がる。
 花火と花火の間隙には、虫の声が聞こえた。
 空気は昼間よりも少し涼しく、秋が近い、という事が実感できる。
「帰ったら、ごはん作りますね」
 繋いだ手の先から、そんな声が聞こえてくる。もう、膨れてはいないようだ。
「こういう日くらい、休んでもいいんだぞ」
 それは確かな本音であったが、屋台の飯も上手そうだよな、ともちらりと思ったことは否定できない。
「私、山葉家の味を少しずつ覚えて、作れるようになったんですよ。気付いてました?」
「え? ああ……そうだな」
 そういえば、最近食事中に懐かしさを覚える事が多くなっていた様に思う。影でそうして、努力してくれていたのか。感謝の言葉が、自然と口をつく。
「……ありがとうな」

「仕事ばかりだと疲れてしまいますから、楽しい息抜きも必要ですよね」
 手は繋いだまま、2人寄り添って花火を見る。昼の気温ではくっついたり腕を組んだりする回数はどうしても少なくなる。加夜は、こうして近付けるのが、嬉しかった。
 そしてまた、それが受け入れられる、ということが。
 結婚して2ヶ月ぐらい。新しい幸せは、日々見つけることができて。
「……私、涼司くんの寝顔が見れたり、一緒に寝れる事が嬉しいんです」
「え……」
 突然そう言われ、涼司は少しうろたえた。慌てて周囲を見回してみる。誰も居ない。誰も居ないけれど――やはり、顔が熱くなる。寝顔を見られていたのか。
 やがて、ハート型の花火が空に舞った。珍しい花火が打ち上がると聞いていたが、彼女達のように好き合っている者同士で来た誰かがリクエストしたのかもしれない。
「……2人で花火を見ながら過ごせるのって、幸せなことですね」
「お、おう……」
 雰囲気のある花火を見て、徐々に、涼司は平常心に戻っていった。伴侶である彼女への愛しい思いが、慌てた心に勝っていく。そこで、一際強く風が吹いた。冷気を帯びた風は心地よかったが、加夜は肌寒かったのかもしれない。ぎゅっ、と抱きしめてくる。
「まだ新婚ですから、甘えたくなるんです……」
 その言葉からは、彼に触れていたい、という純粋な思いが伝わってきた。そっと、涼司も抱き返す。
「最近、山葉さんって呼ばれることにも慣れてきたんですよ」
 一拍の間を置いて。
「はは……そうか」
 と、照れくさそうに、彼は笑った。

              ◇◇◇◇◇◇

 子供用プールに、沢山のヨーヨーが浮いている。永井 託(ながい・たく)は、南條 琴乃(なんじょう・ことの)とその前に座り、釣り鉤のついた紐片手にヨーヨー釣りに挑戦していた。水の中には、マーブル模様や水玉模様、色とりどりのヨーヨーが入っていた。吊りゴムの先は小さな輪になっていて、その輪に鉤を引っ掛けようと奮闘する。
「こういうのは取れそうで取れなかったりするんだよねぇ」
「あっ、落ちちゃった!」
 ぽちゃん、という音と共に、隣で白のヨーヨーを狙っていた琴乃が声を上げる。紐と鉤を繋いでいたコヨリが切れ、あと少しというところで失敗してしまった。
 続けて、託のコヨリも切れて釣り上げかけていたヨーヨーが落ちる。見ていた琴乃がそこで驚いて、また「あっ!」と言った。
「あと少しだったのにー!」
「あはは、難しいねぇ〜」
 残念そうにする琴乃に、託は苦笑した。それでも、こうして2人で失敗してしまうのもまた楽しい。加賞に缶ジュースを2本貰って、それを飲みながら並んで歩く。お祭だから2人共浴衣姿で、浴衣を着た琴乃も可愛いなぁ、と託はしみじみと思う。
「浴衣、似合ってるよ、琴乃」
「え? そ、そうかな? 託もかっこいいよ」
 てれてれになってそう言う彼女が愛しくて、託はそっとその手を握る。
「うん、ありがとう」
「……うん。……ねえ、これから何しよっか?」
「そうだねぇ、お祭といったら、後は射的だったり輪投げだったり……僕は結構好きなんだけれど、ちょっと子供っぽいかなぁ?」
「?」
 琴乃はきょとん、と不思議そうな顔をしてから、にこっと笑う。
「ううん、そんなことないよ!」
 彼女はいつも、楽しそうに笑う。周りを明るい空気にしてくれる。そんな笑顔を見て、託も笑った。
「そっか、じゃあ行こうか」

「うーん、何にしようかなあ……」
 射的や輪投げをわいわいと楽しんでから、託と琴乃は出店でクレープを選んでいた。街中にあるお店と同じくらいに豊富な品数で、メニューを見て琴乃は真剣に悩んでいる。
「種類がいっぱいあるよねぇ」
 かといって、もちろん全部は食べられない。
「それじゃあ、何とか2つに絞って、あとは2人で分け合わないかい?」
 そうすれば、2つの味が楽しめる。一緒に来てる時の、特権だ。彼の提案に、琴乃はいいアイデア! というように頷いた。
「うん! じゃあね……」
 あれがいいかなこれもいいかなと2人で選んで。
 ほんのりと暖かいクレープを、順番に食べさせあった。

 屋台の並ぶ界隈を抜け、開けた場所で花火を見る。大小の様々な色、形の花火が咲き乱れて、何度見ても、やっぱり花火は綺麗だと思う。
「そう言えば、蝶やハートをかたどった様なちょっと変わった花火もあったりするみたいだねぇ」
 そういう花火は平面だから難しかったりするらしいけど見れたらいいな、と思っていたら、ピンク色のハートの花火が1つ、高々と打ち上がった。白く光る外枠の中が、ピンクの光で埋め尽くされている。誰かが、花火師にお願いしたものかもしれない。
「わぁ……」
 すぐ傍で聞こえた声に、ふ、と目を琴乃に移す。花火を見て微笑んでいる彼女があまりに可愛くて――
「わ!?」
 気付いたら、頬にキスをしていた。びっくりしたように彼を見る琴乃に、託は困ったように笑って、「いや、頬にクレープの残りがついていたんだよ」と言って顔を背けた。我ながら、バレバレな嘘だと思う。
 そう思っていたら、頬に微かに、柔らかいものが当たった。振り向くと、すぐそこに琴乃の笑顔がある。
「ほら、頬にクレープのクリームがついてたから」
 悪戯っぽく笑う姿が、また可愛い。惹きつけられるように顔を近づけて見つめあう。
「……うん、もう一箇所クレープが残っている場所を見つけたよ」
「……私も」
 花火を背景に、そして彼等は口付けを交わした。

              ◇◇◇◇◇◇

 ファーシー達と別れた後、風祭 隼人(かざまつり・はやと)はルミーナと2人で祭会場をまわっていた。山車や盆踊り、太鼓やお囃子まで、大体のイベントも見ることが出来た。
 そして、今は花火を見に行こうと移動の途中で。
 2人は、様々な装飾品を売っている出店の前で立ち止まっていた。隼人は、和柄があしらわれた花のコサージュを持っている。
「ルミーナさん、この髪飾りとかどうかな」
「まあ……かわいらしいですね」
「ああ、今の浴衣姿に合わせたら絶対に綺麗だぜ」
「えっ……、は、隼人さんたら……」
 ど直球で褒められ、更に真っ直ぐに見つめられて、ルミーナは頬をほんのりと染める。ありがとうございますと言うのも恥ずかしいくらいな殺し文句だ。しかし、こういったシーンはいくつも見ているのか、出店のおばちゃんは涼しい顔をしている。
「もちろん、私服の時でもめちゃくちゃ似合いそうだ。ということで、プレゼントするぜ」
「……ありがとうございます」
 購入したコサージュを受け取って、ルミーナは今度は素直にお礼を言った。何かを考えるようにそれを見つめ、隼人に笑いかける。
「……隼人さん、つけてくださいますか?」
「え゛っ?」
 ――店の端に寄って、ルミーナの髪にそっと触れる。思った以上に何だか、ふわふわしていた。少しの緊張と共に髪を結っている間、ふと、ファーシーと話した時の事を思い出す。隼人とルミーナが付き合いを始めたことを報告すると、彼女は『えっ!?』と、物凄く嬉しそうにした。きらきらした瞳からきらきら成分が飛び出してきそうな喜び方だった。
『本当に? どっきりとかじゃなくて? ……よかったあ。実はね、わたし、すっっっごい気になってたのよ! だってね、ほら……。
 わたしがまだ銅板だった頃。あの頃から、なんとなく特別な匂いがしてたから』
 ずっと応援してたのよ、と、自分のことのように、ファーシーは喜んだ。
「……ほら、出来たぜ」
 この間、ルミーナはくすくすと笑っていて、何だかからかわれているらしいことが分かったけれど。
 それは、全然イヤなものではなかった。

 夜空がよく見える場所に行って、彼女の肩を抱いて花火を見る。花火も綺麗だけれどルミーナも綺麗で、時折、彼女の横顔に見惚れてしまう。
 思わずキスしようと顔を近付け、そこで、はたと気付く。
 付き合うことになったあの日、ルミーナは隼人に『誠実であること』を約束してほしいと言った。彼も、その望みに応えるつもりだ。不意打ちのキスは果たして、誠実と言えるか否か。
「ルミーナさん」
 声を掛けると、じっと花火を眺めていたルミーナは不思議そうにこちらを向いた。
「キスしても……いいかな」
「隼人さん……」
 ルミーナは僅かに目を瞠って、それから「はい」と微笑む。
 2人のシルエットが、重なった。