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うるるんシャンバラ旅行記

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うるるんシャンバラ旅行記

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「遅くにすみません」
 結局、ヴァイシャリーにたどり着いたのは、真夜中近くになっていた。
 しきりに詫びるレモに、「連絡はもらっていたから、かまわないわよ」と宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は優雅に微笑む。
「とりあえずヴァイシャリーにいる間はウチに泊まればいいわ。でもベッドは1つだけだから、カールはソファね」
「ああ、わかったよ」
「え。それなら、一緒に寝ましょう?」
 レモは至極当然のようにそう口にし、カールハインツを見上げる。実際、レモはまだ小柄だから、なんとか同衾はできるだろうが……。
 ちらりとカールハインツは祥子を見やる。
 薔薇の学舎の生徒ととはいえ、二人の関係は、兄弟か友達といったところだ。問題はないといえばない。
「誓って、おかしなことはねぇよ」
「……レモがそれで良いなら、異論はないわ」
 祥子は微苦笑とともに、レモの提案を許可した。
「明日は、この街を案内するわね。今日は疲れているでしょうから、お昼からにしましょう。他の百合園の生徒も、一緒に来てくれる予定よ。……あ、でも学校の見学はできないわよ? 男子禁制の女の子だけの場所だから」
 そう、てきぱきと祥子は説明をする。
「そうなんですよね。少し、残念です」
「でもレモなら百合園の制服似合いそうだけどね? どう? 女装して入ってみる?」
「え……!」
 それはさすがに、とレモは慌てて首を横に振った。
「まぁ、似合いそうだけどな」
「カールハインツさんまで!!」
 悪ノリはやめてよ、とレモが頬を膨らませる。
「それはともかく、今日はゆっくり休んでね」
「はい。ありがとうございます」
「世話になるぜ」
 ぺこりと二人は頭を下げた。


 水上都市であるヴァイシャリーは、かつてはシャンバラ古王国の離宮だったこともあり、タシガンとはまた違う貴族的雰囲気が溢れている。また、街の中を張り巡らされた水路に浮かぶゴンドラは、ここならではのものだろう。
 昼食を食べて、祥子に案内された二人が最初にたどり着いたのは、はばたき広場だった。
「ここはね、羽ばたき広場っていうの。そうそう、地球にもヴェネツィアっていうヴァイシャリーによく似た街があってね。世界で一番美しいと言われる広場があるのよ」
「レモさん、ようこそー!」
 そこで待っていたのは、百合園女学院のレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)カムイ・マギ(かむい・まぎ)の二人だ。
「レキさん、お久しぶりです」
 小走りにレキの元に走り、レモはそう挨拶する。それにしても、周囲には人が多く、賑やかだ。
「今日は祭りでもあるのか?」
「いえ。時計塔が一番の観光名所ですから、ここには沢山の人が集まるんです。本当のお祭りがある時は、仮装用の仮面やマントから獣耳バンドに発光する猫じゃらしまで、露店が立ち並んで通路をつくってしまうくらいになりますよ」
「時計塔って、あれですか?」
 そう言うと、レモは広場の中央にそびえる塔を指さした。
「そうだよ! でも、この広場自体も、見るところはたーっくさんだからね。案内しても良いかな?」
「ええ、もちろん」
 祥子が頷くと、レキはさっそく気合をいれ、楽しそうに歩き出した。その後を、カールハインツが続く。小柄なレモがはぐれないようにと、カムイがその手をとった。
「レモさん、はぐれないように気をつけてくださいね」
「う、うん」
 きゅっとカムイの手を握り返し、レモは正面に目をやった。
「ここは広場がまるで羽を広げたような形をしてる事から名付けられたんだ。敷き詰められた白い石畳も羽の白さを現しているしね。それに、ここには装飾品だけでなく様々な露店があるんだよ」
「ちなみに、僕のおすすめはクレープ屋さんです」
 レキの説明に、カムイがそう補足した。
「クレープかぁ、美味しそう!」
「でもその前に! ほら、こっち〜! この大きな噴水はね、広場中央にある時計塔の次に有名な噴水なんだよ。一定時間で水の流れが変わるし、夜にはライトアップされて綺麗なんだ」
「こりゃ大きいな」
 カールハインツも噴水を見上げ、感嘆する。水の流れは、レキの言うとおり、時折その流れを変えて、また形をかえてきらきらと陽光に輝いていた。
「あ、夜っていえばね。時間があったら、ヴァイシャリー外の高台にも行くと良いよ! 街灯の明かりが街全体を浮かび上がらせ、湖面に光が反射して、まるで都市が湖に浮いているように見えるんだよ」
「ああ、そういえば、来るときに綺麗だと思ったな」
「え、そうなの?」
「レモはよく寝てたからな。見てないんだ」
 ちぇ、と唇を尖らせるレモを、「また機会はありますよ」とカムイが慰める。
「ほら、次のところいくよー? この像はね、ヴァイシャリーの有名な昔話を表しているんだよ」
「かつて、ヴァイシャリーに水害が起こり疫病が流行った時、万病に効くという花を求めて人々が争った。それを一人の女性が調停したの。彼女はヴァイシャリー家に連なる人物だったと言われているわ」
 レキの言葉を受け、祥子が昔話について解説をする。
 白い石で作られたその像は、中央に花束を抱えた女性が立ち、その足元に沢山の花が咲いているというデザインだ。その花々から水が流れ落ちているのが、いかにも水上都市のヴァイシャリーらしい。
「偉い人なんですね。……争いって、勝つんじゃなくて、収めることができたら、一番良いですよね」
「そうですね」
 カムイが穏やかに頷いた。
「じゃあ、次はゴンドラに乗って、街を巡りましょうか」
 祥子の提案に、「賛成!」とレキは両手をあげた。

 せっかくだからとクレープを買ってから、一行はゴンドラに乗り込んだ。
「ヴァイシャリーには古王国時代の離宮があったんだけど、今では街の地下深くで眠ってるわ。ただ、それに関連したものは、今も多く残されているの」
「たとえばぁ、ほら、見えてきた。あれが、【騎士の橋】。別名、ピエトロ橋っていうんだよ。古シャンバラ王国時代からの建造物だと言われているんだ」
 豪華な大理石で作られた橋には、屋根がついており、ちょっとした屋敷のようにも見える。彫り込まれた繊細なレリーフは、年月を経ても、色あせない魅力があった。
「見えるかな? 柱のところに、シャンバラ女王に仕えた六人の騎士の姿が彫ってあるんだよ」
 レキの指さすほうに、レモは目をこらす。
 ゆったりと運河をすすむゴンドラにゆられながら、左右に広がる街並みを楽しんでいるうちに、あっという間に一周がすぎてしまった。
「どう? タシガンとはまた違う文化だったでしょう」
「はい。うまく言えないんですけど……なんだか、匂いが違うなって」
「匂いって?」
「う、ううんと……それこそ、薔薇の花と、百合の花の違いみたいな」
「なるほどね。レモがそう感じたのなら、その感覚を大事にすると良いと思うわ。実際に肌で触れて感じたものは、どんなガイドブックにもない、貴方だけのものよ」
「僕だけの……」
 祥子の言葉に、感じるものがあったのだろう。レモはそう繰り返すと、そっと自分の胸元に触れた。まるで、大切なものを、そこにしまい込むように。
「ね、ね、気に入ってくれた?」
 ぴょんぴょんとポニーテールの先を跳ねさせ、レキが尋ねる。
「うん、とっても」
「よかった! ボクね、ヴァイシャリーの街が大好きだから。キミが気に入ってくれて、嬉しいな」
 無邪気に喜ぶレキの傍らで、カムイも満足げに微笑んでいる。
 たぶん。この街がより美しく見えたのは、この三人のおかげだろう。
「よかったな」
 カールハインツにぽんと頭を撫でられ、レモは頷いた。

 五人でヴァイシャリーでも評判だというレストランで夕食をとった後、レモがどうしてもとねだるので、カールハインツの車で夜景も見に行くことにした。
 レキの言うとおり、街の灯りが湖に映し出され、幻想的な美しい光景がそこには広がっている。
「ほら、白い翼も見えるよ?」
 はばたき広場の一角を指さし、レキがそう教える。
「…………」
「どうした?」
 ふと黙り込んだレモの顔を、カールハインツがのぞき込む。
「う、ううん。ただ、……なんだか少し、わかった気がするんだ」
「そうか」
 なにを、とはカールハインツは尋ねなかった。
 そのかわり、ただ隣に並んで、夜景を見つめていたのだった。