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薔薇色メリークリスマス!

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薔薇色メリークリスマス!
薔薇色メリークリスマス! 薔薇色メリークリスマス!

リアクション

3.

 薔薇園の東屋……といっても、煉瓦造りの小ぶりながら立派な平屋の建物だ。外へと大きく窓が作られ、ゆったりとしたベルベット生地のソファに座ったまま、薔薇園を楽しむことができるようになっている。壁には本棚もあり、気軽に読書を楽しむこともできた。
 今日は喫茶室がメインということで、東屋の灯りは落とされ、外に飾り付けられたイルミネーションの明かりだけがほんのりと室内を照らしている。
「へぇ……こんなとこ、あるんだねぇ」
 よほど好奇心をそそられているのだろう。キルラス・ケイ(きるらす・けい)の白い猫耳と尻尾が、ぴこぴことひっきりなしに揺れている。その様に、城 紅月(じょう・こうげつ)は目を細めつつ、ソファに腰掛けた。
「紅月って、元薔薇学の生徒だったんだなぁ。……ここにも、よく来てたんさぁ?」
「そうだね。たまにだけど」
 転校前と、ほとんど変わっていない空間が、紅月には懐かしくも嬉しかった。
 せっかくの機会だからと、仲間であり相棒のような関係であるキルラスを誘って、パーティに来たものの、せっかくだから喫茶室のほかにも見てみたいとキルラスが言うので、こうして少し抜け出すことにしたのだ。
「格式高いって噂には聞いてたけど、やっぱりどこも綺麗なもんだねぇ」
 本棚の本や、飾られた壺などに、おっかなびっくりキルラスは顔を寄せている。ここにはそう重要なものなどは置かれていないので、紅月も好きにさせていた。
 ただ、そのたび、目の前で白い尻尾が揺れて、なんだかイタズラを誘っているかのようだ。
「キルラスの尻尾って……綺麗だよね」
「は? 何言ってるのさぁ」
 自分が超感覚を発動していると自覚のないキルラスが、小首を傾げた。だが、その途端不意に尻尾をなで上げられ、キルラスはびくんと飛び上がるほど驚いてしまう。
「あぁ、感度イイね? 可愛いよ……」
「ぁ、……っ」
 尻尾はキルラスの弱点だ。指先が震え、全身の力が抜けてしまう。
 その機に乗じて、紅月はキルラスを膝の上に乗せた。もちろん、弱点と気づいた尻尾からは、手を離さないままだ。
「白猫って好きなんだ」
 そう囁きながら、片手は器用にキルラスの白いワイシャツのボタンを外していく。緩く締められていた光沢のある紫のネクタイだけが、白い肌の上で滑る。
「ぁ、あの、っ……この状況、俺よく分かんねぇんだけど…何しようとしてるんさぁ…?」
「俺からの、プレゼントだよ」
 紅月は耳元で妖しく囁き、薄い耳たぶを唇で挟むようにして愛撫する。小さく声をあげ、キルラスはきゅっと目を閉じた。
 ぞくぞくとわき上がってくるのは、あきらかに、嫌悪感だけではない。白い頬は、次第に薄赤く染まりつつあった。
「こんなところ、で……だめ、さぁ……っ」
 それでも、ぎりぎりの理性でもって、キルラスがいやいやと首を横に振る。だが、紅月には、逃がすつもりなど毛頭なかった。
「良い子にしてて? キルラス……」
 もう一度そう囁いて、目の前に差し出されたような首筋に、紅月はためらいなくその歯をたてた。痛みは、一瞬。にじみ出す赤い血が奪われると同時に、キルラスの感覚はなおのこと乱されていく。
 ――そうして、窓硝子に映る姿は、黒薔薇の森に住む吸血鬼のようでもあった。
「は、……ぁ、……」
 抵抗する術を奪われて、次々に与えられる感覚。
 ずるずると、しかし確実に、快感の淵へと鎮められていく。
「ほら、見て?」
 キルラスの顎に手をやり、唾液に濡れた唇を撫でながら、紅月が正面の窓硝子へと視線を促した。
「ぇ……? ……っ!」
「外から、見えるかもね……? キルラスの、可愛いところ、全部」
「いや、さ…ぁ…っ」
 紅月の膝の上で、足を大きく広がされた状態のまま、力の抜けた両腕で身を隠すこともできない。はだけたスーツから覗く素肌は、快楽をすでに隠せない状態だ。その恥ずかしさに、キルラスの赤く染まった目の縁に涙がにじむ。
「声出していいよ。もっとも……イイ声で啼いて欲しいけど?」
 紅月の指先が、甘く、容赦なく、白い肌を嬲る。
 二度とは忘れられないように、逃れられないように。肌へと快感を塗り込めるような愛撫は時に執拗なほどだ。
 キルラスの声が、意味を成さない嬌声へと変わるのに、そう時間はかからなかった。
 二人分の吐息と、水を叩くような粘着質な音が、薄暗い部屋に響く。
「ほら、しっかり受けとめて……俺からのプレゼント」
「――ぁ、……っ!」

 ――それは、快感という名の罠だった。




 薔薇園では、のんびりとしたデートを楽しむ恋人達の姿もあった。
 薔薇の垣根の間を、ゆったりと伸びた小径。ほのかな灯りが照らすその道を、鼻歌を歌いながら少女が歩いて行く。彼女の歩くリズムにあわせて、ツインテールの髪の先も一緒に踊るように揺れていた。
「楽しそうだな」
 成田 樹彦(なりた・たつひこ)が、そう口にする。すると、くるりと少女――仁科 姫月(にしな・ひめき)は振り返り、答えた。
「もう、当たり前のこと聞かないでよ。兄貴と、こうしてクリスマスにデート出来るんだよ。しかも恋人として。」
 花が咲き綻ぶような満面の笑みを、まっすぐに姫月は樹彦へと向ける。
 素直になれないが故に罵詈雑言を並べ立てていた頃とは違う、姫月の心からの笑顔と言葉は、眩しいくらいに魅力的だった。
「…………」
 思わず樹彦は彼女に見とれ、それから、慌てて「そうか」と顔をそらした。赤面した顔など、見られたくなかったからだ。
 だが、そんな樹彦の反応に、ますます姫月は嬉しくなる。照れているだけだなんて、お見通しだ。
(あ、そうだ)
 姫月は手を伸ばすと、長身の樹彦の腕に飛びつくようにして抱きついた。
 だって、デートなのだ。もっと近くにいたい。もっと、存在を感じたい。
「お、おい」
 慌てる樹彦に、姫月はいたずらっぽく、上目遣いで囁いた。
「さ、楽しみましょう。今日はクリスマスなんだから」
 そう。今まですれ違っていた分。恋人にはなれないと、叶わない願いだとあきらめていた切なさの分。そして、想いをごまかすために、わざとキツい言葉ばかりを選んでいた時間の分を、取り戻したいから。
 大好きな人を、傷つけることはもうしない。一緒に、幸せになる方法だけを、考えたい。
「……そうだな、楽しもう」
 姫月の想いが伝わったのだろう。樹彦は優しく柔らかく同意をすると、そっと目を細めた。
「寒くないか?」
「ううん、平気。……こうしてれば」
 ほんのりと伝わってくる、樹彦の体温が、なによりも姫月には暖かい。
 腕を組んだまま、二人はゆっくりと、薔薇園を歩いて行く。イルミネーションの輝きと、咲き誇る薔薇が、聖夜を彩っている。
「きれい」
 二人を囲む景色を見つめ、うっとりと姫月が呟いた。
「……姫月のほうが、きれいだ」
 ぼそりと、樹彦が返す。
「え?」
「…………」
 姫月に聞き返され、繰り返すのはさすがに躊躇われた樹彦は、頬を染めて一瞬黙ってしまった。ただ、姫月の瞳はきらきらとイルミネーションのように輝いていたから、おそらく聞こえていたはずなのだ。
「聞こえていたんだろ」
「聞こえなかったのよ。ね、なんて言ったの?」
 教えて、と。
 姫月が甘えてねだる。
 やっぱりその顔も、どんな薔薇より、イルミネーションより、可愛らしくて綺麗だと樹彦は思うから。
「……姫月のほうがきれいだって、言ったんだ」
 照れつつも正直に答えると、姫月は幸せそうに笑った。
「ありがとう。一番の、プレゼントかも。……メリークリスマス、兄貴」
「メリークリスマス、姫月」
 微笑みあい、樹彦の手が、そっと姫月の髪を撫でた。

 寄り添い合った影は、そのまま、離れることはなかったのだった。