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そんな、一日。~夏の日の場合~

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そんな、一日。~夏の日の場合~
そんな、一日。~夏の日の場合~ そんな、一日。~夏の日の場合~

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4


 工房にて。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、クロエと並んでテレビを見ていると、気になるニュースが流れていった。
『猛暑日が続き、パラミタ各地では熱中症で倒れ、病院に搬送される人が急増』
 アナウンサーが告げるには、今日だけでもう十数人。多い時はその倍以上だという。
 美羽は黙ってクロエを見た。クロエも黙って美羽を見ていた。そしてふたりは、まるで示し合わせたように同じタイミングでリンスを見た。リンスは、一連の流れに気付いていないらしく、黙々と机に向かっている。
「……倒れたりしないよね?」
「きょねんはげんきだったわ。ことしもそんなにあつそうなそぶり、みせないし」
「そういう人の方が危ないらしいよ。体温調節できてないとかで」
「ありえる!」
 きゃあっ、とクロエが悲鳴を上げた。リンスの許へと駆けて行く。
「ねぇリンス、からだへいき? ぐあいわるくない?」
「? 大丈夫だけど」
 しかし、本人にそう言われてしまってはどうしようもなく。
 後ろ髪引かれるような態度で、美羽のところへ戻ってきた。
「だいじょうぶかしら。ほんとうに」
「心配だよねぇ……」
 何せリンスは滅多に感情その他を表に出さない。具合が悪くてもそうだ。だからいつかのように急に倒れることになるのだと、美羽は思う。
「よし」
 ならば、倒れる前に手を打とう。
「滋養強壮、だ!」
 協力してね、とクロエの手を取ると、クロエは強い瞳でこくりと首肯した。


 美羽とクロエが、手を取り合って頷いている。
 それを見て、また何かするのかな、とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は思った。あのふたりが一緒にいると、大体必ず、何かある。だからコハクは毎回、危険な目に遭いやしないかとはらはらとした気持ちで見守っていた。
 今日は何をするのだろう。少し離れた場所でじっと見つめていると、不意に美羽がこちらを向いた。
「行ってきます! 留守番よろしく!」
「えっ!? は、はいっ!?」
 宣告は突然のことで、コハクは裏返った声で返事をするしかできなかった。何せ美羽はクロエと一緒に、物凄いスピードで工房を出て行ったのだから。
「だ、ダブルろけっとだっしゅ……」
 久しぶりに見る爆走だった。比喩でなく、本当に風のように走って行った。工房から出て市街へ続く道を見ても、すでにふたりの姿はない。追いかけたかったけれど追いつける気がしないし、ましてどこへ行ったのかまったく手掛かりがない。つまり、言われた通り大人しく留守番をするほかなかった。
 美羽とクロエが戻ってきたのは、ほんの十分ほど後だった。
「ただいまー!」
 声を揃えて帰宅した、ふたりの両手にはエコバック。あのスピードで飛び出しておきながら、しっかり持って行ったあたりがなんとも自然に優しい。
「――じゃなくって。どこに行ってたの?」
「お昼ご飯の材料買いに」
 ほら、と美羽が買い物袋の中身を見せる。中には、生クリームやチーズ、パスタが入っていた。
「これって」
「うん。夏にも美味しい料理を作るよ」


 キッチンに、美羽とクロエが色違いのエプロンを着て並んでいる。
 その光景を見て、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)はふっと静かに微笑んだ。
「アイブリンガーは手伝わないの」
 不意にリンスに声をかけられ、ベアトリーチェは振り返る。仕事は一段落ついたのか、それともただの休憩か。どちらにせよ、話しかけてくれるのは嬉しいし、話ができることも嬉しい。笑みを浮かべて、顎を引いた。
 コハクのために料理の修業をしている美羽と。
 毎日、リンスのために料理を作っているクロエ。
「ふたりが頑張っているのなら、私の出番はありません。できることといえば、そうですね。お茶を淹れるくらいでしょうか」
「控えめ」
「事実ですよ。お茶、実はもう準備できているんですよね。先に頂いちゃいますか?」
「ううん、いい。待つよ。みんな揃ってからにしよう」
「リンスさんならそう言うと思ってました」
 キッチンから、クリームソースの香りが漂う。
 食欲が沸く、いい香りだった。


 美羽が考え付いたこと。
 それは、料理を作って食べてもらうことだった。
「これなぁに?」
「パンチェッタ。豚バラの塩漬けだよー」
「うんうん。どうするの?」
「ここにパルミジャーノチーズがあります」
「はいっ」
「これを加えたクリームソースを作ります」
「はいっ」
「パンチェッタも入れて、冷たいパスタに和えます。はいできあがり!」
 説明しつつてきぱきと手を動かし、完成したのは冷製カルボナーラ。
 これならさっぱりしているし、冷たいから暑い夏でも食べやすい。そして、豚肉やチーズが入っているため体力もつけられる。
「前、ベアトリーチェに教えてもらったんだよね〜。それにちょっとアレンジしてみましたっ。どうどう? 美味しそう?」
「とっても! あとでわたしにもつくりかたおしえて?」
「もちろん! じゃあお皿に盛り付けて、持って行こう!」


 テーブルに、美羽お手製の冷製カルボナーラが並ぶ。
 グラスに入ったお茶は、ベアトリーチェの淹れたピーチフレーバー入りアイスティー。
 テーブルに五人全員がつくのを待って、仲良くいただきますと手を合わせた。
「……あ、美味しい」
 まず、コハクが言った。美羽の表情が、ぱあっと明るくなる。
「本当!?」
「うん。美羽、料理上手くなったね」
「ふふふ。修行の成果、あり……!」
「修行、って」
「あ、いや。……だって、あの、……美味しい料理、食べさせたいじゃない。……いつも食べてくれる人に」
「〜〜っ!」
 やり取りに、当事者ふたりが赤くなる横でリンスが言った。
「本当、美味しいね」
「あのね、みわおねぇちゃんにレシピおそわったわ。だからわたしもつくれるの」
「じゃあ今度、また作ってもらおうかな」
「ちゃんとできるかふあんだけど」
「大丈夫。失敗しても残さない」
「しないわよっ。しっぱいっ」
「うん」
 二組の様子を見て、ベアトリーチェはやはり静かに微笑みを浮かべる。
「リンスさんとコハクくんは幸せですね」
 その微笑みに、誰も応えはしなかったけれど。
 なんとなく、ベアトリーチェは誰が何を言いたいのかがわかるような気がした。