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タングートの一日

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タングートの一日
タングートの一日 タングートの一日

リアクション

5.満漢全席


「紅華飯店、本日リニューアルオープンです! 特別サービスとして、本日は無料にてご飲食を楽しんでいただけます。是非、お立ち寄りください!」
 夕方、花魄が店を開けてパーティをはじめると、すぐに噂を聞きつけた大勢の人々が集まってくる。広い店内は一階も二階も解放され、すでに机の上には美しく盛りつけされた料理が何品も並び、美味しそうな匂いが漂っていた。
 お茶やお酒はバーカウンターがあり、そこで注文するシステムになっている。
「やっとついたわ……」
 讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)の手を半ば借りるようにして二階へとたどり着いた大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は、心なしかげっそりと頬がこけ、腹のあたりを押さえている。
「泰輔さん、どうしたんですか?」
 異様な雰囲気に、思わずレモはそう声をかける。
「どうもこうも。タダで美味いもんが食えるっちゅーんなら、たどり着いた時にエネルギーぎりぎりの状態になるように計画的に絶食してくるんが当然やろ!」
「あ、ああ……なるほど」
 さすが泰輔だ、とレモは頷かざるを得ない。
「で、その荷物は?」
 ふらつきながらも、しっかと手に握ったままの大きな紙袋を指さし、カールハインツが尋ねる。
「これか? そら、フランツたちへの土産用や」
 紙袋のなかにぎっしり詰まっていたのは、プラスチックの容器や、蓋の閉まるビニール袋、それだけではなく水筒やポットの類いまであった。用意周到といえばその通りだが、せこいといえばそれ以上に似合う言葉も無い。
 一方で。
「折角の新装開店に、祝いの花束一つ用意するのに気が回らぬとは……我が伴侶としてなさけないのぅ、泰輔?」
 そう言いつつ、顕仁は用意してきた花束を、迎えに出た花魄へと差し出す。
「綺麗。胡蝶蘭の隣に、飾りますね。佐々木お姉様も、お花を持ってきてくださってんです。それと、『ぷりてぃぷりんせす』って、不思議な食べ物も!」
「佐々木お姉様って……」
 カールハインツが小さく呟く。しかし。
「で、もう食ってええのかな?」
「はい! 是非、たーくさん、召し上がってくださいね」
「そうさせてもらうわ〜」
 にやり、と泰輔が笑う。顕仁とカールハインツが、若干呆れたため息をついた。
「じゃあ、いただきましょうか」
 レモも苦笑しつつ、早速ご馳走の並ぶテーブルへと向かったのだった。


「あ、これも美味しい」
 たっぷりとソースのかかった肉を口に運ぶなり、ぱぁっとセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の瞳が輝く。
「さすが、タングート一と言われるだけのことわあるわね。ほら、セレアナも」
「ええ、いただいてるわ」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は微笑むが、どちらかというと、ご馳走よりも、それに対して旺盛な食欲を見せるセレンフィリティを見守っているのが幸せそうでもある。
 二人とも、今日は制服ではなく、パーティということでシンプルなドレス姿だ。どちらも、一見すると良い所のお嬢様といった風だが、一本通った芯の強さもどこか感じさせる。つまり、タングートの女悪魔からすると、かなり魅力的な女性達だ。
 自然と、同じく招待されていた女悪魔や、給仕の子たちが、二人のまわりには集まっていた。
「お姉様、こちらのお料理も絶品でしてよ」
「あら、こちらだって。辛いものもお好きですか??」
 遠くのテーブルの料理も、綺麗に盛りつけて、次々と彼女たちはセレンフィリティのところへと運んできてくれる。
「ありがとう。嬉しいわ」
 セレンフィリティは微笑み、渡された料理をたいらげていく。だが、けっしてがっついてはいない。良く噛んで味わって、そのたび、心底嬉しそうな表情を浮かべていた。その表情が見たいが故に、彼女たちは嬉々として料理を運んでくるわけだ。
「でも、お姉様。そんなにお食べになって大丈夫?」
「大丈夫だからこそ、美味しいものをたくさん食べるんじゃない」
「素敵、お姉様……!」
 きっぱり言い切るその胃袋宇宙っぷりに、きゃわきゃわと少女たちは歓声をあげている。
「たいそうモテていらっしゃるわね、貴方のお連れの方」
 一方、それを見守るセレアナにも、色っぽい女悪魔が声をかけた。
「皆さんに良くしていただいて、ありがたいことです」
 上品に微笑み、セレアナはそう答える。
「でも、あれだけ召し上がるのに、羨ましいほどのプロポーションを維持してらっしゃるのね。なにか秘訣がありますの?」
「私たちは、日頃から訓練で身体を動かしていますから。それと……」
 セレアナは頬を少し赤らめ、声を潜めて付け加えた。
「今夜は多分、眠れそうにありません」
「まぁ、素敵ね」
 扇を口元にあて、彼女は妖艶に微笑んだ。
 セレアナがそんな会話をしていると、セレンフィリティのほうへと、花魄がやって来た。
「お料理の追加、お持ちしました! 揚げたてなので、火傷しないように気をつけてくださいね」
 ニコニコ笑顔で、湯気のたつ大皿をテーブルに置くと、カラになった皿をてきぱきと花魄は片付けている。
「花魄さん、どれもとっても美味しいわ。招待してくれて、ありがとう」
「え! あ、……ありがとうございます!」
 綺麗な女性に話しかけられ、花魄はぱっと頬を紅潮させて頭を下げる。そのまま、手を滑らせて、せっかく片付けたお皿を床に落としてしまう。
 引っ込み思案は治ってきたものの、まだ初心でドジなのは相変わらずだ。
「す、すみません! ……あ、ドレス、汚れますから!」
「気にしないで」
 すぐに膝を突き、セレフィリティは散らばった皿を片付けるのを手伝う。幸い、どれも割れてはいないようだ。
「ごめんなさい、みっともない所をお見せして……」
 すっかりしょげた花魄に、「あら、あたしだったら、このお皿割ったりしてるわよ」と笑ってセレンフィリティは言う。
「そんな……」
 花魄はフォローのために大袈裟に言ってくれているのだと思っているが、セレアナにしてみれば、本来は皿どころかこの店一軒ぶっ壊すことだってやりかねない、とわかっているので、つい小さく笑ってしまった。
「お店に来る前に、少しこのあたりを歩いてから来たのだけど、タングートはとてもよいところね。また遊びに来たいわ」
 その町歩きの最中にも、実は買い食いをしていたという事実を知れば、また花魄たちは驚くだろうが……。
「ええ、是非!」
「お姉様、そのときは私に案内させてくださいね?」
「ずるいわ、私だって!」
 またきゃわきゃわと小鳥が囀るように騒ぎ始めた少女たちに、セレンフィリティは楽しげに笑う。そして、その様子をセレアナも、微笑んで見守っていたのだった。


 その、一方で。
「泰輔さん、もうそろそろやめたほうが……」
「や、まだまだや。まだイケる。……吐いたらアカン! 吐いたら損や! ぐ……」
「ほんトに、大丈ブ??」
 ブルドーザーのごとくご馳走を平らげていく泰輔を見守っていたレモとカルマが、はらはらしながら両側から様子をうかがう。
「なに。こういう時のために……秘密兵器も用意してあるんや。どや! 変身!!」
 最高のどや顔で、泰輔はベルトを抜き去る。が、事前に用意しておいたサスペンダーのおかげで、制服のズボンの位置はそのままだ。
「すゴーい!」
 ぱちぱち、とカルマは手を叩き、「本当に用意周到だね……」とレモは驚き顔だ。
「よし、まだイケるで。あ、お土産も詰めんとな。労働によって、腹をすかせて、さらに補充! ……うわ、耳からスープ出そうや」
「ええ!?」
 どんな状態!? とさすがにレモも突っ込みたいが、実際それくらい食べている。
「止めないのか、あれ」
 カールハインツが、優雅に食事を続けている顕仁に尋ねた。
「あれが、泰輔の美学である以上、止める必要はなかろうよ」
「美学ねぇ……」
「なに、念のため胃薬は用意してある」
「それが入る隙間がありゃいいけどな……っていうか、なにげにあんたもよく食べるよな」
 体型はひとつも変わらないのに、どこに入っているのだろう、とカールハインツは訝しげな目で顕仁の姿を見る。それに、顕仁はただ涼しげに微笑んでみせた。
「おかわりはいかが?」
 そこへ、おでんとケバブの皿を持って、かなり体格のよい美女が給仕に現れた。
「あ」
「……君、それ」
 当然、佐々木 八雲(ささき・やくも)の女装姿であることに、レモも泰輔もすぐに気づく。泰輔など、思わずかたまり肉をそのまま飲み込んでしまったくらいだ。
「ん、がっくっく!!」
「あーら、しっかりして?」
 喉に詰まらせた泰輔の背中を叩き、勢いで泰輔の身体が吹っ飛ばされかける。
「あの、な」
「なかなかこんな美人いないから、驚いたでしょ」
 あくまでそう八雲は通すらしい。
「……まぁ、むちゃくちゃ驚いたわ、うん」
 涙目で泰輔はかろうじてそう答える。
「どうかしましたか??」
 花魄が騒ぎに顔を出し、小首を傾げている。それに、「ああ、大丈夫大丈夫」と八雲はにっこりと微笑んだ。
「ほら、厨房に戻らないといけないんでしょ?」
 そう口にして、いつもの癖で彼女の頭を撫でる八雲の顔を、花魄はじっと見上げる。
「どうかした?」
「あ、いえ……えっと……」
 女装した佐々木たちのことは、親族なのだとは聞いている。けれども、時々どうにも、同一人物のように花魄には感じられるのだ。……まぁ、実際そうなのだけど。
「何かあたしの顔についてる? ほんとに無防備だね。顔近いし……それに、そんな近くだと簡単に唇奪われちゃうよ」
「えっ………!!」
 途端に、ぼっと顔を赤くし、花魄はぴょんとその場で跳ね上がった。
「え、ええっと、みなさま、ごゆっくりお過ごしください!!」
「転ばないようにねー」
 一目散に厨房に逃げ帰る花魄の背中に、八雲はそうゆったりと呼びかけたのだった。
「さて、あらためて、どうぞ」
 おでんもケバブも、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の手作りだ。
 乗りかかった船、ということで、今日も二人は店の手伝いにまわっていたのだ。
 おでんは、移動屋台「料理☆Sasaki」で不定期に出されるものだが、具にシュウマイが入っている。ケバブは、串に刺して焼いたシシケバブだ。弥十郎としては、本当はケバブロースターで焼いたドネルケバブを作りたかったのだが、機材がないので諦めたらしい。その肉に、ヨーグルト、トマトで作ったソースと千切りキャベツが添えてある。それらを、ピタパンのかわりに饅頭で挟んで食べるのだ。
「おいシイね」
 カルマが両手でケバブ饅頭を抱え、もぐもぐと食べている。
「こぼさないようにね」
「ほら、ナプキン」
 レモとカールハインツが、そう世話を焼く様を、顕仁は愉快げに見つめていた。

 さてその頃、花魄が厨房に戻ったかわりに、鼠白は弥十郎とともに一端休憩に入ることにした。
 弥十郎も八雲と同じく女装姿で、タシガンで会った人物とは別ということにしてある。鼠白は当然気づいている様子だが、あえて何も口にはしていない。
 店の裏手に置かれた、籐で出来た椅子に並んで腰掛け、暖かいお茶で一服する。昨夜から料理し通しではあるが、鼠白は疲労の色は見えない。……というより、白黒毛皮の下の顔色はよくわからないのだが。
「このお茶美味いっすね。コレに合わせるならどんな料理を出しますかぁ?」
 弥十郎が問いかけると、鼠白は目をとじ、ひくひくと長い鼻面を震わせてから、静かに答える。
「お主であれば、どうする」
「ワタシの意見ですかぁ。そうですね。食前、食後、デザートで考えますねぇ。食後にさっぱりさせるなら、あえて濃い目の味付けでとか」
「ふむ……」
「鼠白さんはどういう風にします?」
「干菓子。香りのない、しかし強く甘い。その後の茶がよりひきたつものであろうか」
「なるほどぉ」
 たしかに、それも良いだろう。うんうんと頷く弥十郎を、じっと鼠白は見つめていた。
「あ、このカッコのことは、まぁいいですから」
 女装について触れられるのかと、弥十郎は笑って誤魔化そうとする。だが、鼠白はただ、急に椅子からぴょんと立ち上がると、ぴんと長い尻尾をたて、深々とお辞儀をした。
「花魄を育ててくだすって、感謝する」
「え……いや、そんな」
「花魄は、自信がもてぬ。己を恥じる人間には、一流のものは作れぬと教えているつもりだが、その芯までは届かぬままであった。しかし、貴殿らのおかげで、あの子は変わった。むろん、まだまだ学ばねばならぬだろうが……」
 誠実に、訥々と、鼠白はそう感謝を述べる。同時に、花魄への愛情もひしひしと感じ、弥十郎は微笑んだ。
「いえ。ワタシもたくさんのことを、学ばせていただきましたし……ありがとうございましたぁ」
 同じように立ち上がり、弥十郎は鼠白の手をとって、そう言ったのだった。