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そんな、一日。~台風の日の場合~

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そんな、一日。~台風の日の場合~
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4


 明日、台風が直撃するらしい。
 夕食が終わってニュースを観ていたら、気象情報でそのようなことが流れてきた。すでにどこどこでは大雨だとかなんだとか、胸騒ぎのするようなことも報道している。
 不安になったフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は、家中の雨戸を閉めた。それでもなんとなく落ち着かなくて、水漏れしそうな箇所はないか、屋根は平気か、と屋内だけでなく外まで見て回る。
 だから、いつ、忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が家からいなくなったのか、わからなかった。
「……ポチ?」
 そういえば、見当たりませんね。フレンディスが思った頃には時すでに遅し。慌てて探し回ったがポチの姿は見つからない。
 代わりに書き置きが見つかった。ご丁寧にも肉球スタンプが圧されたそれには、
『ペトラちゃんとの約束があるので行ってきます。
 明日の晩には戻りますので心配しなくても大丈夫なのです。
                                 ポチの助』
 たったこれだけのことしか書かれていない。フレンディスは、目の前が真っ暗になる思いだった。
 へなへなと床に座り込み、壁に掛かった時計を見る。もう既に、時刻は二十一時を回っている。
 こんな夜遅くなのに。まだ子犬なのに。たったひとりなのに。
 心配ごとが頭の中をぐるぐると回る。胃の辺りを見えない手につかまれたような気分になった。
 床を這うようにして携帯を手に取り、ポチの助の番号を呼び出して通話ボタンを押す。呼び出し音は十数回続き、やがて機械的な音声対応に変わった。無言で切って、もう一度。
 何度やってもポチの助が出る様子はなかった。そうこうしている間にも、時計の針は動き続ける。今もきっと台風は近付いている。
「ポチ……!」
 探しに出かけようと立ち上がり、ふっとベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の顔を思い浮かべた。もしかしたら。ベルクなら。
「何か……」
 知っているかもしれない。知っていてほしい。
 一縷の望みをかけて、フレンディスはベルクの携帯に発信した。
 しかし、期待はあっさりうち砕かれた。事情を説明した次の瞬間、ベルクは「はあ!?」と素っ頓狂な声を上げたのだ。ああ、マスターは何も知らないのだ。理解して、再び目の前が暗くなった。
 私が探しに行くしかない。着の身着のまま飛び出そうとした瞬間、電話の向こうから『おい』とベルクの切羽詰った声がした。
「は、はい」
『今から探しに行く方が危ないからやめろ』
「ですが……」
『俺も今からそっち行くから。すぐに行くから、待ってろ。少しだ』
「はい……」
 本当は、探しに行きたかった。危ないと言われても、それでも、今この瞬間ポチの助が危険かもしれないと考えると辛かった。だけどきっと、自分がここから出て行ったら、同じ気分をベルクにも味わわせてしまうのだと思うと動くことはできなかった。
 今自分にできるのはポチの助の無事を願って待つだけなのだと思うと、情けなくて泣きそうだった。


 涙目のフレンディスをなだめながら、ベルクは内心で舌打ちした。
 ポチの助が出て行ったのは計画的犯行だ。
 当日になって天気が荒れたら心配性のフレンディスに止められる上、葦原から出て行けるかも怪しくなる。だから今しかないのだと、フレンディスの目が切れた瞬間を狙って駆け出した。そうとしか思えない。
 書き置きを残していくあたり余裕があるというか思いやりの心を持っているというか、いやそこまで頭が回るのならなぜ日程を変更しようという考えには至らなかったのか。
 フレンディスはフレンディスで、電話に出ないポチの助のことを心配して風唸る外へ飛び出さんばかりの勢いだし、色々と頭が痛くなる。
「いい加減落ち着けって」
「電話に出ないんです……怪我をしているのかも……!」
「んなヤワじゃねぇだろ。心配しすぎなんだよ、フレイは」
「でもっ……!」
「あいつだっていつまでも子供じゃねぇ。それはわかってるだろ?」
「ですが……」
「……わかった。でも今探しに行っても見ての通り外は真っ暗だ。ミイラ取りがミイラになっちまう。せめて夜が明けてからにしよう。それからアルクラントに連絡だな。もうシルフィアの家についてるかもしれねぇ」
「……はい」
 そわそわと落ち着きなく暴走してしまいそうなフレンディスをなだめすかしながら、ベルクはアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)に電話した。
 ……が、アルクラントも電話に出ない。もしかしたら眠っているのかもしれない。恐る恐るフレンディスの方を見ると、半泣きというかもうほとんど泣いているような状態で震えながらベルクを見ていた。
「マ……」
「落ち着け。大丈夫だから」
 たぶん、という言葉は言わないでおく。
「うわぁんポチー!」
「あああもう! てめぇポチ帰ったら覚えてろよ……!」