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過去から未来に繋ぐために

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過去から未来に繋ぐために
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4章 接触


 一方、ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)は生身でサイクラノーシュとの接近を試みていた。
 イコンの巨体では虹色の泡を避けては通れない。ならば生身で行動すべきだ。
 針葉樹の間を縫うように移動しながら、2人はサイクラノーシュへと接近していく。長年連れ添った2人の連携は鮮やかな物で、燃え盛る森林を駆け抜けるのは時間の問題だと思われた。
 だが、時間乱動現象が引き起こす影響は人知を遥かに超えていた。上空で『破壊される予定』だったブラックナイトの破片が『未来』に飛び、一気に2人に降り注いだのだ。
「フィル!」
 降り注ぐ破片から守るため、ジェイコブがフィリシアを突き飛ばす。
「ジェイコブっ……!」
 鋭利な破片がジェイコブの身体を両断しようとしたその時、虹色の泡がジェイコブを包み込んだ。


■再現された過去■


 ――1年ほど前の話だ。
 ジェイコブはフィリシアに強引に誘われ、空京の遊園地に行った。
「この観覧車からは空京が一望できるんだな」
 大観覧車の一つに乗ったジェイコブが話を切り出す。しかしフィリシアは答えない。
 ジェイコブは、女性相手との会話は苦手だ。どうしていいものか、さっぱり分からないのだ。胸中で湧き立つ困惑や苛立ちを必死で抑え込み、ジェイコブは努めて穏やかに振る舞った。
(オレにどうしろと言うんだ……)
 考えに考えるが、妙案など浮かぶはずも無い。
 仕方なく、相手の反応を窺うべく顔を上げる。眼前のフィリシアは俯き、その瞳からは涙が溢れていた。
 反射的に、ジェイコブは声をかけていた。
「おい、どうした? 大丈夫か?」
「あ、あの……わ、私は……」
 今にもかき消えそうな調子で――フィリシアは必死に、心の底からの言葉を告げた。
「私はっ……ジェイコブが好きなのっ! 本当に……本当に好きなのよ……!」
 ジェイコブの頭に言葉が浸透するよりも速く、フィリシアはジェイコブに口付けをした。
 余りにも予想外の出来事だった。どうしていいかも分からず、ジェイコブは流れに身を任せた。
 やがて、ジェイコブは理解した。フィリシアに告白され、しかもその上キスされたという事実に、徐々に実感が伴っていった。
 フィリシアがこちらに抱いていた想い。ジェイコブは、ようやくそれを受け止める事が出来たのだ。
「……な、何だ、いきなりすぎるぞ!」
 フィリシアの気持ちは分かった。とは言え、やはりどうしていいものか分からず、ジェイコブは不器用ながらに自分の気持ちを伝えた。
「……お前の気持ちはよく判ったよ。あー、これからもよろしく頼む」
「それって……」
 フィリシアの瞳から、涙が零れ落ちた。フィリシアがジェイコブに抱き付き、静かに嗚咽を漏らす。
 フィリシアに腕を回すジェイコブの動きは――やはり、不器用だった。


■現在■


「ジェイコブ! ……ジェイコブ!!」
 フィリシアの必死の叫びがジェイコブの意識を過去から引き戻した。
 ジェイコブは無傷だった。空を見上げたジェイコブは、改めて今の大廃都の異常さを理解した。
 ジェイコブの身体を両断するはずだった破片が反転し、宙に遡っていく。
 時間乱動現象によって、時間が巻き戻されたのだ。ジェイコブに直撃するはずだった破片は元の位置にまで遡ると、無傷のブラックナイトとして蘇った。
「時間乱動現象に助けられたか……」
 意識を取り戻したジェイコブはフィリシアの手を借りて立ち上がった。
「……いつもすまんな、フィル」
「え? 今、なんと……?」
 ジェイコブはどこか穏やかな表情で首を横に振った。
「何でもない。それより――」
 ジェイコブは前方に聳えるサイクラノーシュの威容を見上げた。サイクラノーシュの近くではイコン&空賊団がブラックナイトの集団と激しい戦闘が行われている。ただの戦闘ならば移動自体は可能だが、今の大廃都は時間乱動現象の影響下にある。
 ……この調子ではサイクラノーシュへの接近は不可能だ。大廃都を覆う時間乱動現象がもたらす影響は、余りにも常識を逸脱している。
 その時だった。ジェイコブの前にホワイトクィーンが現れ、手を差し伸べた。
『……乗るか?』
 ジェイコブとフィリシアは顔を見合わせると、頷いてみせた。
「ああ……頼む」
 2人はホワイトクィーンの掌に乗り、再びサイクラノーシュとの接近を試みた。
 サタディは時間乱動現象を熟知している。数多に発生しては消える虹色の泡を回避して森林地帯を抜けたホワイトクィーンは、サイクラノーシュの近くで2人をそっと降ろした。
『私たちは他の機体の援護に回る! 君たちは君たちで上手くやってくれ!』
 ホワイトクィーンのスピーカーを介して、ヨルクが告げる。
 ジェイコブとフィリシアはホワイトクィーンに礼を言うと、サイクラノーシュのすぐ手前にまで接近した。
 先客は……いた。【SSサイズ猫耳イコン】を着用する牡丹だ。
「『帰還する訳にはいかない』というのは、どういう意味なんですか?」
 どうやら牡丹とサートゥルヌス重力源生命体は、相当に話を進めていたようだ。
 ジェイコブは強引に割り込み、サートゥルヌス重力源生命体に言葉を投げかけた。
「おい。帰還するってのは、つまり、宇宙にか?」
「すみません、お二人の邪魔をしてしまって」
 ジェイコブが牡丹とサートゥルヌス重力源生命体の会話に強引に割り込んだ事に対し、フィリシアが謝罪を述べる。
「サートゥルヌス重力源生命体さん。もし宇宙に帰還するのでしたら、サイクラノーシュを……白機の王を共に連れていっては貰えないでしょうか」
 牡丹、ジェイコブ、フィリシア。戦場の真っ直中、危険を顧みず対話を続行せんとする3名に対し、サートゥルヌス重力源生命体は静かに応えた。
『……私と君たちの間には認識の違いがあるようだ。
 私は、遠い【未来】から来た存在だ。自身に課せられた役目を全うするまでは、私は【未来】に帰還できない』