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そんな、一日。~某月某日~

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そんな、一日。~某月某日~
そんな、一日。~某月某日~ そんな、一日。~某月某日~

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2030年4月??日


蒼空学園を卒業したベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、ツァンダの街で一人暮らしをしていた。
 一人暮らしを始めて、わかったことがある。それは、今まで以上に時間の自由が利くようになったということだ。何をするにも自分基準で始められるし、やることも一人分なのですぐ終わる。
 そのためか、はたまた寂しさもあってか、ベアトリーチェは今もよく人形工房に顔を出している。
 交通手段はもっぱら車だ。それは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と共に遊びに来ていた時から変わらない。慣れた道を走り、工房を目指す。
 六年も経ち、街の景色は変わることもあるのに、街から工房までの道は四季の彩り以外変わることはない。それがなんとなく安心させてくれるので、ベアトリーチェはこの道が好きだ。
 ほどなくして道が終わり、ベアトリーチェは車を停める。直後、工房のドアが開いた。エンジン音を聞きつけて準備を済ませておいたのだろう、リンスもクロエもすぐに出かけられる格好だ。
「こんにちは、ベアトリーチェおねぇちゃん」
 助手席の扉を開けて、クロエが微笑む。
「こんにちは、お待たせしました」
「ううん、全然待ってないわ。調度良かったくらいよ。ね、リンス」
 クロエの言葉に、後部座席へ乗り込んだリンスが「うん」と頷いた。
 クロエは、ここ数年で随分と変わった。
 元からはつらつとした子だったが、五年前、百合園女学院の中等部に進学してからその明るさにさらに磨きがかかった。舌っ足らずでおしゃまな印象のあった口調も、だんだんと自然になり、今ではあの頃を思い出す方が難しいくらいだ。
「ごめんね、いつも迎えに来させちゃって」
 一方でリンスも、こうして平気な顔で遠出をするようになったりと、徐々に変わっているらしい。
「アイブリンガー?」
「どうかしたの?」
 ふと、懐かしさに浸っていたら二人から心配そうな顔をされてしまった。「いえ」と首を横に振って、ハンドルを握る。
「それじゃあ、行きましょうか」
 向かう先はツァンダ、美羽の家である。


「パパ、ただいまー!」
 クロエ直伝の『ろけっとだっしゅ!』で幼稚園のバスを降りてきた娘を抱きとめて、コハクは笑った。
「美奈はいつも元気さんだね」
「うん! げんきさんよ! クロエおねぇちゃんが、げんきはいいことよっていってたの!」
「そっかそっか。今日も幼稚園、楽しかった?」
「うん!」
 美奈の手を握り、コハクは家までの道を歩く。美奈は、楽しそうに今日あったことを語った。拙い言葉で一生懸命伝えようとする様はとてもいじらしい。
「そうだ、パパ! きょうは、みんなくるのよね?」
「うん。ベアトリーチェも、クロエも、リンスさんも、みんな来るよ」
「たのしみ! あのね、クロエおねぇちゃんにおりょうりおしえてもらうやくそくしたのよ!」
「へえ。何を作るの?」
「クッキー!」
「すごいな。じゃあ、今日のおやつは美奈のお手製だ」
「うん! たのしみにしてて!」
 それからねー、あのねー、と取り留めのない話をしばらくすると、家が見えてきた。
 家の手前にはベアトリーチェの車があり、それを見つけるなり美羽は「あ!」と嬉しそうな声を上げて家までの道を走る。
「ただいまーっ!」
 美奈に引っ張られながら家に入ると、「おかえりなさい」と美羽が出迎えた。
「ママ!」
「はーい、ママですよ。美奈、早く手を洗ってうがいしておいで? お姉ちゃんたち、来てるよ」
「うん!」
 元気よく返事をした美奈は、ぱたぱたと軽快な足音を立てて洗面所へと駆け込んでいった。
「コハクも、おかえり。いつもお迎えありがとう」
「ううん、なんてことないよ。それより僕もみんなに挨拶しないとね」
「ふふ。みんなね、早く帰ってこないかなって待ってたんだよ」
「あはは。僕も会うのが楽しみだ」
 玄関先で話していると、洗面所から大きな声が聞こえてきた。
「パァパ! てあらいしなきゃ、めーでしょーっ」
 美羽と顔を見合わせ笑ってから、「はい、すぐ行きます」とかしこまった返事を投げた。
「……じゃあ、手を洗ってから行くから」
「うん。私、お茶の準備しておくね」
「ありがとう。お願いします」


 家に帰ってきた美奈は、クロエと一緒にキッチンに立っている。美奈はクロエにずいぶんと懐いていて、話し方まで真似ていた。二人が揃っているところを見るたび、美羽はなんだか姉妹みたい、と思い嬉しくなる。
「クロエ、うちの子にならないかな?」
 と悪戯っぽくリンスに言えば、リンスは「うちの子です」と少し口を尖らせる。
「わかってる、言ってみただけ」
「知ってる。美羽の家に来るたび言われてることだ」
 リンスは、美羽とコハクが結婚してから二人のことを名前で呼ぶようになった。曰く、「同じ名字が二人いたらどっちを呼んでいるかわからなくなるでしょう」とのことで、最初は違和感が強かったが今ではすっかり慣れてしまった。
「そういえば、リンスは結婚しないの?」
「何が『そういえば』なのかわからない」
「なんとなく」
「……まあいいけど」
「で、どうなの?」
「……時期が来たら?」
「ってことは、相手いるんだ!」
「んー。うん。いる」
「えー気になる」
「内緒」
「えー!」
「式には呼ぶよ」
「絶対? 約束だからね?
 ……あ、それとね、これ、見てよ」
「雑誌?」
「うん。ほら、ここ。リンスの工房が載ってたよ」
「へえ。……あ、これ紡界がカメラマンやってたやつだ」
「えっ、そうだったんだ。……あ、ほんとだ。カメラマンって名前書いてある。コンちゃん、すごいね」
「雑誌以外にも色々やってるらしいよ。結婚式場での撮影とか、風景写真投稿したりとか」
「風景?」
「もともとそっちやりたかったんだって」
「へえー。今度連絡してみよ」
「……あ。この雑誌、ヴィンスレットも載ってる」
「あ、そうそう! 載ってたんだよ、その話もしたくて持ってきたの。インタビューで、フィルの顔も載ってるんだけど……」
「……見た目、変わらないね」
「うん、それが言いたくて。すごいよね……」
 と、絶え間なく話をしていると、時間が経つのは早いもので、キッチンから甘い、いい香りが漂ってきた。
 ややして、
「できたーっ」
 美奈の可愛らしい歓声が聞こえる。キッチンを見ると、美奈とクロエがハイタッチをしているところだった。ほっこりとする光景に、口元が緩む。
「熱いから気をつけてね」
「うん!」
 と、クロエに促され、美奈は鉄板の上のクッキーをそっと皿の上に移し替えた。やがてすべて移し終えると、満足げな面持ちで皿の上のクッキーを見る。
 次に美奈は美羽たちの方を向いて、「できたー!」と誇らしげに言った。ぱちぱち、と美羽が拍手すると、美奈は笑顔を見せて皿を持ってくる。
 皿の上に乗っていたクッキーは、みんなの顔を象ったものだった。
「わぁ……すごいね、美奈! みんなのお顔作ったの」
「うん! これがママでね、こっちがパパでね、ベアトリーチェおねぇちゃんでしょ、それからクロエおねぇちゃん! あと、こっちがリンスおじさん」
 クッキーは少しいびつで、だけどそれは美奈が頑張った証と思うと愛しくて、それに何よりクッキーのみんなはすごく幸せそうな顔をしていて、美羽の心に温かいものが広がった。
 こんな幸せがずっと続くといい。
 美羽は、心からそう思った。