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そんな、一日。~某月某日~

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そんな、一日。~某月某日~
そんな、一日。~某月某日~ そんな、一日。~某月某日~

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2024年12月25日


 琳 鳳明(りん・ほうめい)が人形工房に着いたのは、もう日付が変更しそうな時刻だった。
 ノックも忘れ、勢い良く扉を開ける。既にパジャマに着替えていたリンスが、驚いたように鳳明を見ていた。
「メリィ、クリスマスッ!」
 ひとまず今日じゃないと言えない言葉を投げかける。ぜえはあと、みっともないほどに息が上がっているがすぐには整えられなかった。
「ご、ごめん、ね。息、上がってるのは……かなり急いで、来た、からで。ま、まだ、ぎりぎりクリスマス、だよね?」
 恐る恐る壁にかかっている時計を見ると、零時十分前だった。本当にぎりぎりだ。でも間に合って良かった。
「メリークリスマス。とりあえず、ドア閉めて、暖かくして、お茶でも飲んで」
 言われて初めて、自分がドアも閉めずに入ってきたことに気付いた。ごめん、と謝りながらドアを閉める。
 ちょいちょいと手招きされてテーブルにつくと、ココアの入ったマグカップが置かれた。
「あ、ありがと……」
 両手で包むようにマグカップを持って暖を取っていると、小さく笑う声が聞こえた。顔を上げると、リンスが笑っている。リンスは自分の鼻を指さし、「鼻、真っ赤。耳も」と言った。急いで飛び出してきたから防寒が疎かになってしまった。恥ずかしくなったけれど、顔を俯けたりはしなかった。
「外、寒かった?」
「うん。明日にも雪が降るでしょうって、ニュースで言ってた」
「道理で」
 短いやり取りの後、沈黙が流れた。
 工房には、二人きりしかいない。
 時計の秒針が立てる音が、鳳明の緊張を加速させる。
 以前、地球に帰るとリンスに言った。
 あの時リンスは、何か言いたくても言い出せない、そんな表情をしていた。それを見た瞬間、鳳明は自分の発言を後悔した。
 迷惑だっただろうか?
 余計なことを言ったのだろうか。
 返事がない、ということに不安しか残らなくて、だけど訊くこともできなくて、忙しいことを言い訳に自分を誤魔化し続けてきた。
 教導団員として最後の任務に就いた時、偶然会ったリンスに返事を貰うため帰って来ると啖呵を切りながら、怖くて会いに行けなかった。
 その後鳳明は教導団を辞め、空京大学に入学する道を選んだ。祖父を空京に呼び、今は一緒に暮らしている。
 空京大学に通い始めてからも、鳳明は言い訳を続けた。
 新生活は出だしが肝心だから。
 まだ空京での生活に慣れていないから。
 気付けばクリスマスイブになっていた。
 リンスに告白した、鳳明にとって特別な日。
 工房へ行こうと思った。落ち着きなくそわそわと動き回った。家を出ようとしては引き返した。一人で考えてもしょうがないのに、考え続けた。
 そうこうしているうちに眠ってしまい、目が覚めたらクリスマスの昼前になっていた。
 行かなきゃ、と決めてヴァイシャリーに駆け込んだのが一時間ほど前で、勢い余って街の入口から全力疾走。息が切れて挨拶もろくにできない。ここまで来ると、本当に馬鹿だと思う。
 だからいっそ、吹っ切れた。
 不安はなく、ただ、伝えたい想いがここにある。
「あ、あの……私、琳鳳明はリンス・レイスが好きです! 今もずっと、凝りもせずに好きです」
 リンスは、面食らったような顔をして黙っていた。鳳明は、構わず言葉を続ける。
「リンスくんは……私のこと、どう想ってる? ……お友達かな? ……こ、恋人だったら、嬉しいな。
 ……あ、あと、そんな権利ないとか、そういうのは言いっこなしね! だって、それを言ったら私にだってなんの権利もないし、むしろ汚れすぎた私の手なんて、誰にも触れないって……悩んで、クロエちゃんに慰められるような情けない大人だし。
 ああ違う、そんな話がしたいんじゃなくて。えっと、とにかく」
 これを言ったら終わるんだなぁ、と思いながら、鳳明の言葉は止まらなかった。
「……どうしても答えが出ないなら、リンスくんの中の私は答えを出させる程の存在じゃないってことだから……。
 ごめんって、一言、言って。これ以上、リンスくんに負担かけたくない。
 そうでないなら……私を受け入れてくれるなら……その、お願いします」
 ぺこり、と頭を下げた。怖くて顔は上げられなかった。心臓が破裂しそうだ。どうしよう。伝え終わってから、どれくらい経った? 数秒? 一分? わからない。どうしよう。また、迷惑をかけているのだろうか? わからない。
 かち、と時計の音が大きく響いた、気がした。
「ごめん」
 リンスの声が、一言だけ、鳳明の耳に届いた。
「うん」
 と頷いた自分の声は、自分でも驚くほどはっきりとしたもので、立ち上がった足もしっかりと地面を踏みしめていた。
「わかった。今まで、ごめんね」
「琳、」
「ありがとう! 今日は、それだけ」
 言うが早いか踵を返し、工房のドアを開けて外に出た。
 街へ向かって歩きはじめた後、頬に冷たいものが落ちてきた。空を見上げると正体は雪で、なんとなく携帯電話を取り出し時間を確認すると、零時を回っていた。ああそうか、今日には雪が降るって、ニュースで言っていたっけ。ホワイトクリスマスには間に合いませんでしたが、とか、なんとか。
「……終わったんだ」
 ぽつりと、呟く。
 いつの間にか隣には南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)が居て、鳳明の手を握っていてくれた。
「ヒラニィ」
「なんだ」
「私、言えたよ。全部、言えたよ」
「ああ。お主はよく頑張った」
「うん。……うん」
 結果は、幸せなものではないけれど。
「好きだったなぁ……」
 いつまでも同じ場所に居続けることはできないから、どこかで一歩、踏み出さなければならない。
 ただやっぱり、好きな人と共に道を歩きたかったと思う。
 降りしきる雪が頬を伝い、涙と混ざって流れていった。