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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

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 第2章

「お疲れ様です、ソフィアさん」
 タイムマシンから降りたソフィア・レビー(そふぃあ・れびー)に、ルークは労いの言葉を掛けた。助手席には、『プリンプト製薬』と印字された段ボール箱が固定されている。
 未来での『異常』――病気を解決する方法が伝えられた後、2人はそこから病気が発生したその元を考えた。
 リィナは病気が微生物に因るものだと特定した。更に、治療薬まで見つけるという申し分のない結果を出した。だが“何故”微生物が未来人達の体内に侵入したのかは判っていない。経緯があるからこそ結果は生まれる。この“何故”が解明されない限り、一度解決してもまた同じ『異常』が起きる可能性がある。
 そこでルーク達は、皆が安心して未来に目を向けられるように病気が発生した原因を特定することにした。
『……話では、ムッキー・プリンプト氏が作った薬でのみ効果が期待出来るとのことでした。で、あるならば、彼の作った薬がそもそもの発端になっているのではないでしょうか』
『その点は私も同意見です。それを踏まえて、これを見てください』
 ソフィアは、付箋の貼ってある雑誌のある1ページを開き、ルークに見せた。
『これは……サプリメントの広告記事ですね。聞いた事のない商品名ですが……』
 見開き数ページを使って、商品の売れ行きについて特集記事を組んでいる。雑誌の後半に載っているような怪しげな広告ではなく、目次に太字の見出しがついたメイン特集だ。
『未来に存在する商品です。この雑誌は、未来から持ち帰られたものの中の1冊です』
 あれから――LINについての騒動も終わり、ブリュケの処遇についての話も終わった後、彼等は未来に行った者達――イルミンスールに帰り着いた者達も含めた全員――に各種資料を見せてもらって情報を纏めた。ソフィアはリィナの出した解決法を聞いた後、雑誌を捲っていた時に記憶に残っていたこのページについて思い出したのだ。
『商品はごく普通の健康サプリメントですが、発売時期が例の病気の発生時期と被っています。記事を読むと、製造メーカーの流通経路が元々しっかりしていた事と、健康補助食品として学校の給食で配られるようになったのが切欠でパラミタ大陸全体に広がったと書かれています。文章からも信用の厚さが伺えます』
『そのようですね……それで、ソフィアさんはこのサプリメントが病気の原因ではないかと……? あれ? ここに、プリンプト製薬って書いてありますね。プリンプト製薬……』
 ルークは読んでいた記事から目を離し、ソフィアと顔を見合わせた。彼女の表情は変わらないが、考えている事は同じだったろう。
 ――そして、ソフィアは未来から戻って来た。目的である健康サプリメントを手に入れて。
「ムッキー・プリンプト氏とムッチー・ムース氏についても調べてきました。ホレグスリを製造している者の会社の健康食品がそこまで信用されるものかと疑問でもありましたが、ムッキー氏は未来でホレグスリの配布販売は一切していないようです。その上で、優秀な薬剤師としての高い評価も得ています。また、ムッチー氏はこの会社に就職して研究開発を担当しているそうです」
 やはり、因果関係があるのではないか――ソフィアが目で問いかけると、ルークは「とりあえず」と段ボール箱を注視した。
「それが事件の発端となった商品かどうか、分析してみましょう。その結果で、この病気が人為的に広まったものなのか判断する事が出来ると思います」

              ◇◇◇◇◇◇

「……本当に店で売ってたんですね、盲点でした」
 元「白狐の里」の土地権利書を悪い手段で無理矢理入手した葛葉は、ヒラニプラで購入した智恵の実を持って清明と一緒に里の土を踏んでいた。彼等の前では、息絶え絶えになった保名が横臥している。
「ようやく全て揃いましたね」
「はい、父様……清明は準備万端です」
 生真面目な表情で、清明は頷く。
「さあ、母様を元に戻しましょう」
「ええ……では、始めますよ清明」
 そう言うと、葛葉は保名が中心になるように地面に魔方陣を描き始めた。それが終わると、彼と清明は陣の縁に立つ。
(最初に見た時は何の冗談かと思いましたよ、全く……)
儀式を始める前に、葛葉は保名が「白面九尾」へと堕ちた時の状況を思い出した。そして気を入れ直す。
(――保名様、今助けます!)
 気迫と共に、自らの魔力を魔方陣に注ぎ込む。禍々しい魔力は陣の中で荒ぶり、暴れ狂う。それを安定させる為に、清明もまた魔力を魔方陣に注ぎ始めた。こうして陰陽の力を合わせる事で保名の和魂を呼び起こすのだ。
「くっ、制御が難しい……」
 弾き飛ばされそうになるのに耐え、清明は魔力を操り続けた。
 ――けど、母様……父様の為に頑張るのです!
 やがて、滅茶苦茶に暴れていた魔力が静かに陣の上で揺れ始め――
 葛葉は一気に呪文を唱えた。
「我が言葉に耳を傾けよ。汝、この土地の守護者也。己が身、己が心、己が神格を今一度、思い出せ!」
 唱え終わると同時、保名の口に智恵の実を突っ込んで抱き締める。清明も、母の身体をぎゅっと抱いた。実を飲み込んだ保名の脳裏に、小さな光が瞬く。

 ――ああ……何だろ……長い事、夢を見ていた気がする。
――……長年、土地の守護者として敬われ、土地を奪われ、はぐれになり……それでも昔寵愛した巫女と出会い、その子と愛し愛され、番いになり、愛しい我が子を産んだ記憶……実に苦くも愛しい素晴らしい夢だった……
 ――儂はかつて遠い土地で発生した怨嗟の集合体……朽ちるだけの祟り神……
(けど、何じゃろう……この冷たくもあたたかい温もりは……。……ああ、そうかこれは……儂の愛しいもの達のぬくもり……そして儂の名は……
「やす……な……?」
「成功……?」
 漏れ聞こえた3文字に、清明が僅かに身体を話す。その彼女に顔を向けると、保名は「清明……?」と呟いた。
「母様……よかった……未来を変えられて本当に良かった!」
 感極まって、清明は号泣すると共に再び保名に抱き付いた。葛葉は愛しさを込めて妻の背を撫でる。
「ああ……保名様、お帰りなさいませ……もう離しませんよ」
「……葛葉……」
 夫の名を呼んだ保名は、それから暫く呆と虚空を見詰めていた。理性が戻り、そのうち理解が追い付いてきた彼女は起き上がって気勢良く「呵々!」と笑った。
「何、心配するな! もうお主等を手放したりせぬよ」
「保名様……」
「母様……」
 涙の残る顔で見返してくる2人に、彼女は微笑む。
「済まぬな、葛葉、清明……儂の為にありがとう。……そして、ただいま」

「父様……母様……」
 抱擁し、喜び合い、近況報告を兼ねたちょっとした雑談をする。3人での時を束の間過ごした後、清明は葛葉と保名に別離の挨拶をしていた。
「清明、いえ宿儺はこれから自立するのです。この世界の清明の為にも、別々に暮らすのが一番なのです」
「そうか……おぬしがそう決めたのなら、儂は止めはせんよ」
 少し寂しそうにしつつ、保名は認めてくれた。最後に、清明は葛葉に言う。
「父様、母様の為にも悪い事はやめてくださいです……では、2人とも息災で!」
 自分を見送る2人の視線を感じながら、彼女は白狐の里を後にした。この後、葛葉は悪事から手を引き、保名と一緒に白狐の里を復興させていく。里の分霊の地祇として赤子の清明と愛しい夫との毎日は保名に幸せを感じさせ、その日々は長く長く続いていった。
結局、清明も何だかんだと何回も里帰りする事になるのだが――
(皆様は今日、パークスに行くと言っていましたですね!)
 ――それはまた、別の話である。

              ◇◇◇◇◇◇

「例えば、どんな風に言う事を聞かないんですか?」
「どんなって……反抗するとか、そういうんじゃないんだけどね、勝手に色々動くんだよ」
 パークスの地下メインフロアで、話を小耳にして訪れた大地にブリュケは顰め面でそう言った。
「ほら、今も1体足りないだろ? さっき、整備の為に電源を入れたから……その間にどっか行っちゃったんだな。予備電源を利用して歩き出す場合もあるんだけど……」
 呆れたようにブリュケは人型機械達を示す。足りないと言われても、もともと何体居るのか大地も、加えて紫月 唯斗(しづき・ゆいと)も把握していない。改装中のアクアの工房に行った時にこの話を聞いた唯斗は、大見得を切ってブリュケの行動を止めた手前、このくらいは協力しないとと様子を見に来ていた。
「人工知能にバグでも出たんじゃねーか?」
「そう思って調べたけど、何も変な所は無かったよ。となると、多分……あ、まただ。こういう事も最近多いんだよな」
 会話をする彼等の前で、人型機械達が何だか小競り合いを始めた。ブリュケは2体の間に入って、「止めろ。止めろって!」と喧嘩を仲裁している。
「ブリュケさん、何か困ってるんですって?」
「初依頼であります! 『アクアのアトリエ』が出動してきたでありますよ!」
 そこで、ファーシーとスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)、アクアが姿を見せる。彼女達と行き合い一緒に来たメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)も、ブリュケの後見人になったレンを通して事情は知っている。喧嘩していた2体をひっぺがして電源を落としたブリュケは、人数が増えてちょっとほっとした顔になった。
「ああ、人型機械達を見てほしいんだ」
「ブリュケ様の言う通りに動かないんでありますよね、一大事なのであります!」
「と言っても、理由は予想がつきますけどね」
「! え、アクアさん分かるの?」
 スカサハに続いてのアクアの言葉に、ファーシーが驚く。ブリュケ達皆の視線が集まる中でアクアは頷き、自信を込めてスカサハが答える。
「言う事を聞かないという事は、自我が芽生えたという事でありますよ!!」
「自我……やっぱりか……」
「ブリュケ君も、そう思っていたのですか?」
 溜息交じりに言うブリュケに、メティスは訊ねる。すると、多少納得いかなそうながら答えが返ってきた。
「そうとしか考えられない。これは基礎の人工知能で、成長型じゃないんだけどな……」
「人工知能も、まだまだ奥が深いという事ではありませんか? まあ、俺達が出来ることであれば手伝いますよ」
「それなら、全員に名前を付けようと思っていたんです。数も多いし、一緒に考えてもらえませんか?」
「名前ですか、分かりました」
 大地とメティスは、人型機械達に近付いてその表情や顔つきから名前を考案し始める。同時に、メティスは人型達に組み込まれたデータを確認する。
「動きとして登録されている種類が少ないので……もう少し、社会に溶け込めるように人間らしい動作のデータを入力してもいいですか?」
「え? ああ、うん、解るなら……」
「解ります」
 データの入力方法と文字列の仕組みを把握したのか、メティスは人型達に「大丈夫ですよ」と声を掛けつつ作業を始めた。心配なのか、ブリュケは彼女の傍で作業の様子を見守っている。アクア達も、無言ながら何か言いたそうに見える人型機械達と対峙した。中には、この場から離れたいオーラを発している個体も居る。僅かな表情の違いで、それが分かった。
「……私達も始めましょうか」
「うん、それで、何をするの?」
「スカサハ達は、皆の個性を尊重して各々を望む姿に改造と調整をしていくでありますよ! あ、無理強いはしないでありますよ。工房の理念に違えるでありますから」
 話の中で、人型機械達の警戒心が少し膨れ、またそれが萎んでいく――ような気がした。続いて、人形達はどこかそわそわがちゃがちゃとし始める。予備電源を使っているのだろう、ファーシーは機械達の反応の意味が掴めなかった。
「これは……どういう反応なんだろう? 逃げたがってる……のかな」
「……いえ、まんざらでもなさそうですね」
 アクアは以前に機晶石を組み込み、送り出していった機械人形達を思い出す。浮き足立っている、とでもいうのだろうか。そんな時の反応に何となく似ている。試しに1体の電源を入れてみると、人型は逃げる事なくアクア達を見つめた。
「どうだ? 見た目とか変えてみてえか?」
 唯斗が聞いてみると、その1体はこくんと頷いた。次いで電源をつけた他の機体に訊ねても、概ね同様の動作で人型達は応えてきた。ありあわせの金属で作られたいびつな機体だ。自我が生まれた人型達は、大なり小なり容姿には不満があったのかもしれない。
「んじゃ、希望を聞きながら改造してくか。……ん? でもどうやって希望を聞くんだ? こいつら、喋れるのか?」
「プログラム表示画面から分かるよ。簡単な返事をさせる為に入れた機能だけど」
 ブリュケが説明し、アクアが腰にある表示画面に顔を近付ける。「何か喋ってください」と彼女が言うと、画面に文字列が出現した。
「本当ですね……。言語は英語のようですけど」
「英語!? ま、仕方ねえか」
「そうね……ちょっと苦手だけど……」
「では、早速始めるでありますよ!」
 スカサハはアクアと唯斗、ファーシーと一緒に人型機械の改造に着手した。機械達の望みに合わせ、調律師として機晶技術や機晶解放を駆使し、時には調律改造を使って作業を進めていく。未来での問題を解決する方法も判明した今、彼女達は楽しみながら手を動かすことが出来た。メティスも、1体ずつ確実に追加データを入力していっている。
「え、子供?」
「そうです。イディアちゃんと未来で作った機晶姫とは違うかもしれませんが、この子達は紛れもなくブリュケ君の子供ですよね」
「子供…………。……うん、まあそうかも……」
 意識したことはなかったが、メティスの言葉はブリュケの中に違和感を伴わず落ちてきた。考え、控えめな返事ながら認める彼に、メティスは少し厳しめに注意した。
「子供なら、親としてちゃんと皆の声を聞いてあげてください」
「あ、ああ……そうだね」
 押されつつも頷くと、立ち上がったメティスは普段の柔らかい口調に戻って彼に言った。
「もし1人で手に余るようなら、手伝ってもらうようにイディアちゃんに頼んでみたらどうですか? 躾も、親の役割です」
「イディアに? うん……」
 ブリュケはふと、フィアレフトの顔を思い浮かべる。『病気』の特効薬が出来るまで、自分達には特筆してやる事はない。頼めば手伝ってくれるだろう。未来で『子供』を作っていた時の事を思い出しながら、彼はフィアレフトに連絡を取った。

 ――1体、どこかに行っていた人型機械も戻ってきて、要望を確認しての改造作業はほぼ丸1日を掛けながらも終了した。統一感が無さすぎて個体識別が難しかった機械達も、個性がつけられ大地とメティスが考えた名前も貰えた。これでコミュニケーションが改善されれば、ブリュケと機械達の関係も改善されていくだろう。
「ふぅ、大仕事でありましたが何とか終わったのであります。この調子で色々と活動していきましょう!」
 スカサハは嬉しそうに人型達を眺め、アクアとファーシーに意欲満々の笑顔を向けた。
「大丈夫であります。私達なら正しくやっていけるでありますよ!」
 アクアが忌避したがっている、意識のある誰かを実験等に使わない――それを守っていけるのだと力強く言う。「そうね、きっと何とかなるわよ」とファーシーがいまいちずれた発言をする中、アクアは2人からついと目を逸らして小声で言った。
「……当たり前です」
「遅れてしまってすみませんです!」
 その時、清明――宿儺がフロアに現れた。走ってくる彼女に、アクアはいつも通りの調子で訊ねる。
「彼女は、元に戻ったのですか?」
「……はい。『アクアのアトリエ』の皆様、不束者ですがこれからよろしくお願いします!」
 思い切りお辞儀をして。
 顔を上げた宿儺は、明るい笑顔を仲間達に向けた。