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リアクション
図書館での調べものを手伝って貰えませんか、と風森 巽(かぜもり・たつみ)に誘われて、コハクはイルミンスール大図書館に来ていた。
「セレスタインに伝わる伝承とか昔話なんかが、ここにある本に載っていたりしませんか?
そういうの色々を探して欲しいんですが」
密集する大量の蔵書に唖然としていたコハクは、巽の言葉に、はい、と頷く。
「セレスタインにいたコハクにしか、解らないものというのが、あるかもしれません。
よろしくお願いします」
それから、と、巽は前にコハクと話した内容のことを謝罪した。
「変なことを言って、貴公を傷つけてしまったと思います。すみませんでした」
いいえ、とコハクは首を横に振る。
「皆、僕のために色々考えてくれてるのに……」
それにいちいち動揺していては、ダメですね。と。
「そういうことじゃありません、コハク。
我の言うことが間違いだったら、『ヒ』を倒して問題ないということだし、もし正解なら対策を立てられるということです。
仮説は情報として生かすためのもので、貴公の精神の強靭さを試したりするものではありません」
頷いたコハクに苦笑してみせた。
「堅苦しく考えなくていいんです。
正解に辿り着くまで、出される仮説は山のようにあるのですから」
「でも、巽の仮説が正解かどうかは、どこで確認すんの?」
こっそりと、ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が巽に訊ねた。
「それですよね……」
ふう、と巽は溜め息を吐く。
「取りあえず、今は少しでも情報です」
「だね」
巽は資料探しに没頭し、ティアはコハクの傍にいた。
「ね、いいこと教えてあげる」
一息つこうと本から顔を上げたコハクを待ち構えるようにして、向かいに座っていたティアが身を乗り出す。
ひっそりと声をひそめて、離れた席にいる巽に声が届かないように。
「あのね。『迷いを断ち、想いを貫き、未来を掴め』ってゆーの。
巽が、おじいちゃんからいつも聞かされてた言葉なんだよ」
ボクもこの言葉好き。と、笑う。
「頑張ろうね。ヒーロー大原則ひとつ! 絶対諦めない、だよ!」
人差し指を口元で立てて、にこっと笑ったティアは、向こうの席に戻る。
ありがとう、とコハクは笑って、読んでいた本を本棚に戻す為に立ち上がる。
前方の通路から出て来た人物に、ぎくりとした。
「はあい、お元気、コハク?」
ざっと青ざめる。
そこに立っていたのは、メニエス・レイン(めにえす・れいん)だった。
「――君……、よく、こんなところに姿を現しましたね」
コハクの背後の本棚から、コハクの護衛で共にここに居た、橘 恭司(たちばな・きょうじ)が姿を現す。
「あらやだ、こんなところで物騒な考えはやめてくれない?
騒ぎにしたくないでしょう」
「じゃあ、何しに来たの?」
低く、感情をできるだけ抑えた声で、メニエスの背後からアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が歩み寄る。
それに対峙して、メニエスと背中合わせに、アリアに向かい合うように、横の棚からメニエスのパートナー、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が姿を現し、
「それ以上近づかないでください」
と、アリアを冷たく睨み付けた。
「別に私はこんな図書館、燃えてもかまいませんが」
そして、ふと、その顔に見覚えがあるのに気付いた。
「……いつぞやはどうも。借りを返させて貰いたいわ」
アリアは、ミストラルに操られてコハクを襲うという、屈辱的な経験があるのだ。
「それは、また後で。今日は話にきたのよ」
「何をです」
恭司がコハクを庇うように並ぶ。
「そうね、コハク、あの光珠、あたしにくれない?」
コハクはぎょっとして首を横に振る。
「……ふざけるな」
「ふざけてないけど」
睨みつける恭司に、あら怖い、と肩を竦めて、
「ねえ、コハク、あなた『ヒ』を追うつもりだったみたいだけど、こんなところでのんびりしていていいの?
追って何するつもりだったの? 説得? それとも、お友達が何かをしてくれるのを期待してた?」
ちらりと恭司や背後のアリアを見ながら、メニエスはくすくす笑ってみせる。
コハクはぎゅっと唇を噛み締めて、答えなかった。代わりに恭司が口を開く。
「それは君に答えなくてはならないことじゃありませんよ」
「つれないわね。ま、いいわ。じゃあまた。次は奪いに来るわね」
身を翻すメニエスに、
「何しに来たんですか、君は」
と、恭司が苦々しく呟けば、メニエスは振り向いた。
「一度話をしてみたかったのよ。内容は何でもよかったの。ああ、でも」
くす、と笑う。
「その中途半端な翼、みっともないんじゃない?
どうせならその片翼も切り落としてしまえばいいのに」
じゃあね、と、メニエスは笑顔で言い残す。
「次に会う時は、ご覚悟を」
ミストラルもそう言い残し、最後にちらりとアリアを見て、メニエスと共に本棚の向こうに消えた。
「待ちなさい!」
アリアは追いかけたが、恭司は残った。
図書館でなければ迎撃したいところだったが、こんなところで戦闘に及ぶわけにはいかない。
図書館内は迷宮だ。恐らくアリアも見失ってしまうだろう。
ぎゅっと本を握りしめているコハクの頭を、くしゃりと撫でた。
「……とりあえず君は、1人じゃないことをその鈍い頭に百回言い聞かせなさい」
「び……、びっくりしたあ」
ティアがぱたぱたと、音を立てないように走ってきた。
「コハクだいじょぶ?」
「うん。護ってもらった」
「宿に戻って休む?」
心配するティアに、大丈夫、とコハクは笑って、恭司を見上げた。
「もうここには来ませんよね?」
「恐らく」
「折角、調べてるのに、途中でやめるのは嫌だし」
「そっか。じゃあもう少しガンバろ!」
ティアはにこりと笑った。
それから更に暫くして、いつの間にか絵本のコーナーにいたコハクは、巽の元に1冊の本を持って来た。
「この本、セレスタインに伝わる偉人と、同じ名前の人が出てる」
「見せてください」
それは子供用に作られたものがたりだった。
むかしむかし、世界が美しく輝いていたころ、
世界の裏側の流れの中を縦横無尽に暴れまわる、怪物がおりました。
このままでは世界が壊されてしまいます!
女王さまに仕える勇敢な騎士たちが、怪物を退治するために、
世界の片隅、力溜まりの場所に追いつめました。
しかし怪物は不死身で、逃げようとしたので、騎士のひとり、ハウエルが、
もうひとりの騎士、カチエルと共に、身をていして怪物をおさえこんだのです。
「女王さま。われわれごと、この地面ごと、怪物を切り離してしまいなさい。
怪物を、この世界の外に出してしまうのです」
けれど、それはふたりの騎士もまきぞえにするということ。
女王さまはそれをためらいました。
「だいじょうぶ。わたしたちは、この怪物をおさえて、世界を護ります。
女王さま、あなたがわたしたちを必要としたときには、
きっといつでも女王さまのもとへかけつけるでしょう」
女王さまは泣きながら、世界から彼等を切り離しました。
怪物と、ふたりの騎士がとじこめられた大地は、島となって世界を離れ、
世界はまもられました。
騎士は今も最果ての島で怪物をおさえ続け、女王さまの嘆きはやがて、
島と世界を隔てる涙の壁となったのです。
「セレスタインの村は、このハウエルとカチエルの、2人の始祖から始まったんだって、言われてるから……」
「なるほど……」
ありがとう、とても役にたちました、と礼を言うと、コハクはほっとしたように笑った。
自分は、護ろうとしていた者を追いつめる盾だった。
藍澤 黎(あいざわ・れい)は、コハクの心を護れていなかった自分を悔いた。
コハクを苦しめていたことを、アズライアに詫びたかった。
彼女のように、コハクの芯の部分を支える存在でありたかったのに。
「なあコハク、これ憶えてる?」
フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)が、虹色のバンダナを示した。
何度も倒れたり傷ついたりで、今はコハクの腕には巻かれていないが、しっかりと大事に持ち続けていることを、フィルラントは知っている。
「コハクは一人ぼっちやと思い込んでないか?
皆一緒の仲間なんやから、忘れたらだめやで。
全く、そんな辛気臭いこと考えてないで、気分転換でもするとええで。
寝てばっかいるから、そんな卑屈なこと考えるんや。体力つけえ!」
「……そうだな。コハクはアズライアを探したいのであろう?
それには体力をつけねば。
……身につかなくてもいいから、少し剣術か体術か……何かコハクに合うものを探して、練習してみてはどうか?」
コハクに、戦えるようになるまで技術を身に付けろというのは酷な話だと思う。
だが、少しでもそういう動きを身につけることが出来れば、自信もついてくると考えたのだ。
「……うん」
「無理はしなくてもよいのだぞ」
「ううん」
「杖を使う武術はどうだ?」
と、閃崎 静麻(せんざき・しずま)がコハクに、買ったばかりの杖を渡した。
「杖術は教えられるのか?」
ああ、と黎は頷く。そりゃ良かった、と静麻は笑った後、表情を改めて、
「イルミンスールの聖地が見つかったそうだ」
とコハクに教えた。
「!」
コハクの表情が強張る。
「で、何か、そこの聖地の”守り人”は、役目を放棄しようとしてるらしい」
「えっ……」
「コハクはどうしたい? 『ヒ』も多分、来ると思うが……行くか?」
「反対だわぁ」
そこへのんびりとした声が割って入って、気配に気づかなかったコハク達はびくりとした。
いつの間にか隣りに1人の妖艶な女性が、視線を向けられると、うっそりと微笑む。
よく見れば、もう1人、隣りに小柄な少女がいた。
「あ、あなたは?」
見知らぬ顔に、コハクは戸惑う。
「知らないわよねえ。コハクと遊びたかったのに、いつもこわそ〜な人と一緒なんですもの〜」
ほう、と溜め息をひとつつく。
「とにかく〜、森の奥に行くなんてえ、子供だって今のコハクには危険すぎるって解りそうなものですわ〜」
静麻は心なしかむっとして、
「悪かったな」
と返す。ただ静麻は、コハクの意見を尊重してやりたかっただけなのだ。
「ねえねえ、たまにはあなた達以外の私達にも、コハクと2人っきりで話をさせてくれたり抱っこさせてくれたりぎゅーっと戯れさせてくれたりしてくれないのお?」
「わ、私達はコハクを護衛しているのです。離れて目を離すわけにはいきません」
傍にいて護ると誓ったのだ。レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が戸惑いつつ答えれば、
「じゃあ〜そうねぇ、ちょっとだけ、ナイショの話。ね?
その辺まで離れてくれればいいから。何かしようとしたら、すぐに取り押さえられる距離でしょう?」
静麻と黎は顔を見合わせ、いいよ、何? とコハクが言うので、話をさせてやることにする。
「ねえ、コハクくん」
くすりと笑って、小柄な少女が口を開いた。
「キミ、皆を利用してるって言ったんだって?」
びく、とコハクが固まった。
「それはそれとして、でもキミ、全然解ってないよ?
だって皆も、キミのこと利用してるのだからね。解っていなかった?」
「……何を馬鹿なこと」
「ボクは思うんだよ。キミは逃げてもいいってね。
彼等はさぞかし焦ってキミを説得しようとしただろうね。目に見えるようだよ。
――どうだい? ボクがキミを逃がしてあげようか。
ボクならキミを、自由にしてあげられるよ」
「…………あなたは誰?」
コハクは、キッと少女を睨みつけた。
「あなたは悪魔か?」
ぷっ! と少女は――桐生 円(きりゅう・まどか)は笑い出した。
「驚いた! そこまで馬鹿じゃなかったんだね!
キミを手懐けて、裏切る瞬間を、それは楽しみにしていたのに!」
「コハク!?」
黎と静麻が走り寄る。円とオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)はするりと彼等から離れた。
「ボクの言ってることは嘘じゃないよ、コハク!
よく考えてみるんだね!」
言い残して、2人は立ち去る。
コハクはぎゅっと唇を噛み締め、追おうとはしなかった。
「コハク……今のは」
黎が心配そうに様子を窺うが、コハクは黙って首を振る。
「大丈夫。……僕は、ちゃんと解ってるから……」
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