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リアクション
武雲嘩砕一日目〜近づく影
牢番にもいい加減飽きていた董卓は、火口敦(ひぐち・あつし)に黙って抜け出し文化祭会場まで繰り出していた。
そこかしこから漂うおいしそうな匂いにつられてやって来たのは肉まん屋。
しかし董卓は財布を持ってきていなかった。
垂れそうになるヨダレを我慢して、穴が開くほどにじっと見つめていると、やや迷惑そうにしている店主ではなく、知らない女に声をかけられた。
「肉まんが欲しいのね。プレゼントするわ」
誰だか知らないがありがたい申し出に董卓の顔がパッと輝く。が、すぐに女と一緒にいた男に気づき、こいつの連れかと納得した。男は少し前にご飯を奢ってくれた者だった。
「足りなかったら言ってね」
そう言って十個ほどの肉まんが詰められた袋を差し出す小柄な女。
彼女はメニエス・レイン(めにえす・れいん)と名乗った。
メニエスはさっそく肉まんにかぶりついている董卓を店舗の裏側の誰もいないところに連れて行き、声を落として話を始めた。
「あたし達が何者なのかは知っているのでしょう?」
「ウンウン」
その後に何かフゴフゴと続いたが、口いっぱいに詰め込んでいるため言葉になっていなかった。けれど「鏖殺寺院の者だろう」と言ったことは容易に想像できる。
メニエスは微笑むと先を続ける。
「あたし達、あなたに興味を持ったの──いいえ、あなたの力を必要としているのよ。心から。……ねぇ、このままあたしと一緒に行かない?」
「ングング……お前とぉ〜? でも、勝手について行ったら敦がうるさいからなぁ〜」
もしかしたら今頃董卓の姿が見えないことに気づいて探しているかもしれない。
「そのことなら、あたしから伝えておくわ」
「ン〜」
「もし来てくれたら、もっとおいしいものいっぱい食べれるわよ」
「ンン〜」
だいぶ気持ちが傾いているようだが、まだ董卓は迷っていた。
メニエスが男に目配せすると、彼はすぐに追加の肉まんを買いに行った。
さらに二十個の肉まんを手渡された董卓に、メニエスは甘い声で誘いをかける。
「それなら一日だけ。一日だけならどう? 連絡は携帯でも取れるし、一日くらいなら怒られないでしょう?」
「一日だけ……」
ついに董卓が首を縦に振ろうとした時、ぬっと影が差した。
いつ現れたのか、青い目が物欲しそうに董卓の抱えた肉まんの袋を見つめていた。
メニエスは一瞬目つきを鋭くしてラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)を睨むが、すぐに表情を戻すと董卓の背を軽く叩き、
「また後で会いましょう。ああ、そうそう。この肉まん屋の主人にあなたが好きなだけ食べられるように伝えておくわね。でも、あんまり食べ過ぎるとまた太っちゃうかしら。ふふ」
と、残して男とどこかへ去って行ってしまった。
メニエス達との会話など聞いていないラズは、勝手に肉まんの袋に手を突っ込んでかぶりつく。
董卓は文句は言わなかったが、競うように食べる速度を上げた。
大食いの二人の攻撃に、あっという間に袋は降参した。
もちろん足りない。
董卓はメニエスの言葉を思い出し、肉まん屋へ走った。
店主はメニエスと男から二日間分よりはるかに多い金額を受け取っており、訪れた董卓のために笑顔で肉まんを蒸かした。店員達は急いで材料の買出しに走ったり生地を作ったりしている。
気づけば肉まん屋は、ラズと董卓による大食い早食い大会の場となっていた。
事の成り行きを知らない通りすがりが見物人と化していき、歓声や野次が飛び交い始める。
途中、肉まんが切れてしまうという事態もあったが、とうとう二人にも腹休めの時間がやって来た。安心したのは肉まん屋だっただろう。二人が貪り食っている間、休む間もなかったのだから。
一息ついたラズは、ハッとあたりを見回す。
肉まんで頭がいっぱいになっていてすっかり忘れていたが、連れの二人がいないではないか。
ガミガミされてはたまらん、とラズは携帯を取り出してボタンを押した。
すぐに連れの羽高 魅世瑠(はだか・みせる)とフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)が風のように駆けつけてきた。そして現場を見て二人は同時に「あーっ!」と声を上げる。
何してたんだ、と怒鳴られるかもと首を縮ませたラズだったが、続けられたのは全然違う言葉だった。
「二人でこんないいもの食ってやがったのか! あたし達にもよこしな」
まるでカツアゲのようだが、董卓はチラリと店主を見やるだけだった。
やっと休めるはずだった店主は乾いた笑いを漏らして店員達に作業再開を促したのだった。
新たな肉まんができあがる頃には、ラズと董卓の食欲も回復しており、今度は四人での肉まん争奪戦となった。
何個目かわからない肉まんを手にした時、そういえば、と魅世瑠が思い出したように董卓に話しかけた。
「火口が探してたぜ。こんなところに何しに来てたんだ?」
「腹が減ってこっちまで来たら、この店がうまそうな匂いを出していてなぁ〜、でも金ないしと思ってたら、親切な人が奢ってくれたんだよぉ〜」
「親切な人?」
「野郎と美人の鏖殺寺院のモンだぁ〜。実はいい奴なのかもなぁ〜」
「食い物くれる、いい奴」
「いい奴、じゃねぇよ! 見ろ、フルがむせてるじゃんか! ラズも頷くな!」
そういう魅世瑠も肉まんが口の端からこぼれ落ちている。
面倒なのと接触しやがって、とブツブツ言いながらも魅世瑠の頭は、まだその二人組は近くにいるのではないかと思っていた。
食べかけの肉まんを一気に口に詰め込んで飲み込むと、董卓に火口敦と曹操を呼ぶように言いつけ、フローレンスとラズに二人組を探しに行く旨を伝えた。
何だかわからないながらも魅世瑠の迫力に押されて従う三人。
敦と曹操が揃うとすぐに駆け出す。
どこにいるかなどはわからないが、待っている間に董卓から聞き出した二人組の特徴を、適当に捕まえた人に聞いて回った。
簡単に事の次第を聞かされた敦の表情は渋い。
まさかちょっと目を離した間にこんなことになっているとは思ってもみなかったのだろう。
どれくらいの人に尋ねただろうか、人にぶつかりそうになったのは何度目だっただろうか、もういなくなってしまったかと諦めかけた時、この賑わいには不釣合いな暗い空気を纏った男が魅世瑠達の行く手をふさぐように現れた。
こいつだ、と誰もが感じ、身構える。
「こんなところで喧嘩をする気はないぜ」
男は肩をすくめて軽く笑った。
その言葉を信じたわけではないが、魅世瑠は構えをといて男を見据える。
「君みたいな美人に追いかけられるなんて、嬉しいねぇ。どう? これから一緒にデートにでも行かないか?」
「……行き先は鏖殺寺院か?」
「よくご存知で。ああ、董卓に聞いたのか。そんな物騒な話じゃない。一日見学に来ないかと誘っただけさ」
「それだけのために、あの肉まん屋に大金を渡したっスか?」
董卓の横にぴったり張り付いた敦の視線も警戒に満ちていた。
「それだけの時間をもらうんだ。安いくらいだと思うけどね。──ふむ、何なら君達も来るか? 鏖殺寺院一日体験ツアーご招待。歓迎するぜ。うまいものもたらふくごちそうしよう」
ラズと董卓がピクリと反応したが、魅世瑠と敦の足が同時にそれぞれのパートナーのつま先を踏んだ。
それを答えと見た曹操が代表するように前に出て男に告げた。
「貴公についていくのは、ちと無理な相談というものだ。お引取り願おう」
「……そう。それは残念だ。本当に来ないのか?」
男の視線は曹操を通り過ぎ、魅世瑠達を見回す。
「キミ達みたいな面倒なのに関わる気はないね。とっとと帰りな」
腕組みして言い切った魅世瑠に、男はやれやれと首を振って諦めた。
人ごみに紛れていく男の背が完全に見えなくなるまで、魅世瑠は目をそらさなかった。
魅世瑠は特にミツエに心服しているわけではない。フローレンスやラズにいたっては、条件しだいでは様子見についていってしまったかもしれない。その条件もよほどのものでなければ乗らないだろうけれど。
魅世瑠が拒否したのは、単に面倒事が嫌だっただけだ。
「あーあ、走ったらお腹すいたよ。魅世瑠、肉まんはもういいから他のもの食べに行こうよ」
フローレンスの呑気な一言に場の空気が一気に和んだ。
敦が魅世瑠にお礼を言った。
「知らせてくれて助かったっス。それにしても勇ましかったっスね。かっこよかったスよ!」
「董卓には首輪でもつけとくんだね。キミ達はどうする? 一緒に行く?」
「それもいいっスね。牢番は先に戻ってきたナガンが代わってくれたんスよ。じきにミツエも戻るって言うし」
曹操だけが帰るにことになった。
魅世瑠達と歩きながら敦は董卓に「知らない人についてっちゃダメっスよ」とお母さんのように説教をしていたとか。
董卓がきちんと聞いていたかはわからない。
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