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神楽崎優子の挨拶回り

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神楽崎優子の挨拶回り

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第3章 分校に集いし者

 キマクのサルヴィン川近くの喫茶店へ向かう道と、農家の母屋に向かう道の分かれ道で、百合園生にして分校長である崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、皆の到着を待っていた。
 約束の時間より随分と遅れて、馬車やバイクの姿が見え始める。
 ほっと息をついて、道の端で待っていると、程なくして馬車は彼女の前に到着し、中から人が降りてくる。
「先に喫茶店の方に行っていてくれ。私は農家の方々を送り、ご家族に挨拶をしてくる」
 優子が皆にそう命じ、バイクと馬車は喫茶店の方へと向かっていく。
「久し振り」
 と、微笑んで優子は亜璃珠に近付く。亜璃珠は手を伸ばして優子のシャツの襟を掴んだ。
「返り血がついてるわ」
 盗賊退治をするという話は先に聞いてあった為、倒した賊の血だということはすぐにわかった。
「っと、上着を着ていくから大丈夫だ」
 上着を着る優子に、亜璃珠は呆れ顔を見せる。
「全く天然なのね。それじゃよりC級四天王として名が上がっちゃうんじゃないかしら? まあ、これで分校生に『分かって貰えれば』御の字だけど。とりあえず分校生の前では上着はいらないわ」
「そうか」
 軽く笑い合った後、農家の親子と共に、母屋へと向かう。

 喫茶店には、多くのパラ実生が集っていた。
 中には入りきれないため、多くの者がバイクや地べたに座って、神楽崎優子の到着を待っていた。
「誰だ、こんなところに落書きしたのは!」
 高木 圭一(たかぎ・けいいち)は、壁にスプレーで書かれた『虎雲煮痴覇』『死苦! 華威虎宇』『華雲下威 華倶羅坐鬼総長』などの文字を指差しながら、周囲を見回す。
「総長来るんならこれくらい必要だろ? てか、もっと派手にやんねぇと、シメられんじゃね?」
「オレ、爆竹持って来たぜ」
「機関銃上空に乱射しようぜ〜!」
「馬鹿を言うな」
 苦笑しながら、圭一は1人1人を見て回る。
「武器類はしまっておけ。お前は煙草臭いぞ? 神楽崎四天王は煙草は吸われない。気分を害されないよう、着替えておけ。酒も今日は不要だ。武術の腕は確かな方のようだが、四天王は良家の息女と聞く。失礼のないよう気をつけるように。ほら、シャツをズボンに入れろとまでは言わないが、身嗜みは整えろ。モヒカンだけに気を使ってんじゃないぞ」
「へーい」
「うぃーす」
 パラ実生は気のない返事ながらも、言われたとおり直していく。
「落書きは消せ。農家の方々への迷惑行為は厳禁だ。シメられるどころじゃすまないぞ」
 スプレーを持っている少年にそう言うと、
「喜ばせようと思ってやったのによー。メンドクセー」
 不平を言いながらも、別のスプレーで落書きを消していく。
 圭一も昔、補導歴のある不良だった。
 担任教師の熱意ある指導により、まっとうに生きることを決意し、恩師のような教師になるために勉学に励んできた。
 地球では教員になることが出来なかったが、パラミタ人との契約をきっかけにパラ実の先生となることを選んだのだ。
 パラ実生達は、地球の不良よりも扱いが難しい。
 だが、心根は自分の少年時代と変わらないように思えた。
 少しずつでも良い方向に変えていきたいと圭一は考え、体当たりで指導に当たっている。
「センセー消したぜー」
 パラ実生が、ポイッとスプレー缶を投げ捨てる。
「コラ、ゴミはちゃんとゴミ袋捨て場に持っていけ」
「あー、うっせーな〜」
 面倒そうに缶を拾い上げて、少年はゴミ捨て場に向かっていく。

「このナンバーを知らないか?」
 イルミンスールのレン・オズワルド(れん・おずわるど)は、分校生達に紙に記した番号を見せていく。
「ん? あ、これ俺んだ」
「確認してくれ」
 声を上げたパラ実生を連れて、駐輪場へと向かう。
「おっ? やっぱ俺んだ。会いたかったぜ、相棒!」
 バイクに飛びつくパラ実生に、
「河にバイクを捨てるな」
 と、レンは言葉を投げつけるも、吐息をついてやさし目を見せる。
 少年ばバイクの調子を熱心に調べている。
「困っていたんだろ?」
 そう声をかけると、
「修理までしてあるじゃねぇか! サンキュ、恩にきるぜ!」
 と、明るい笑みが返ってくる。
 ハロウィンの日、事情を良くしらない戦いがヴァイシャリーで確かにあった。
 経緯もなにも知らないが、その後建てられたこの分校。そのトップに百合園生が就いていることから、まだ『戦い』が終りを告げていないことは読み取れる。
 だがそれは、彼女達の戦いだ。とレンは思っている。
 自分やここにいるパラ実の分校生には関係のない話だ。
 どれだけ重い使命や正義があっても、それを理由に誰かを利用したり貶めたりして言いわけじゃない、と。
 だから、か。今ただ、本気で分校生達と接し、彼等を認めてあげたかった。

「地球の料理って変なの」
 農家の四女が、鍋の中に指をつっこんで、舐めてみる。
「あまーい」
「うん、お節料理には甘いものも多いの」
 百合園の七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、喫茶店のキッチンを借りて、お節料理を作っていた。
 農家の四女が興味を持ち、手伝ってくれているが、あまり役には立っていない。
 だけれど、こうして一緒に料理を作ることだけでも、楽しかった。
「魚釣ってきたぜ」
 パラ実生がバケツを手に裏口からキッチンに入ってくる。
「ありがとう。わっ、大きい……下ろせるかな」
 バケツの中の大きな魚を見て、歩は心配になる。
「んなの簡単だろ。……やってやろうか」
「うん。お願い」
 歩の目を見ず、ちょっと恥ずかしそうにそう言った少年に、歩は微笑んで頼むことにした。
 キマクでは手に入らないものが多かったけれど、ヴァイシャリー経由で、栗きんとん、数の子、伊達巻、黒豆煮、昆布巻き、紅白なます、の材料は揃っていた。あとは、筍、ではないけれど、この魚で煮物を作るだけだ。

 農家の家族への挨拶を済ませた後、亜璃珠は優子と共に周囲を見回り案内していく。
「このあたり一角は、分校生に貸してくださるそうよ」
 荒地に近い畑だった。過去には作物を育てていたのだが、現在は使っていない土地のようだ。
 更に、丁寧な優子の挨拶と交渉により、日当たりに影響しないようなら、建物を建築しても構わないと了承を得ている。
「喫茶店に顔を出す生徒は多いのだけれど、授業の出来る状態にはまだ程遠いわ。片隅で興味のある生徒だけ受けているってところね。今の所大きな問題は発覚していないけれど、落書きなんかは絶えないわね……。厳しくしすぎると、離れていくでしょうし、難しいところだわ」
 一通り、現状の報告や確認が終わった後、会話が途切れた。
 しばらくして、先に口を開いたのは優子だった。
「もうすぐ新学期が始まる。ヴァイシャリーとの行き来も大変だとは思うが……本当に、任せても大丈夫か?」
 くすりと亜璃珠は笑って、頷いた。
「もとより私が望んだ事。あの時……病床とはいえあんなよわっちい顔されたら、断るわけにはいかないわ」
「よ、よわっちい顔なんてした覚えはない。まさか分校を設けることになるとは思ってなかったんだ」
 ぷいっと顔を背けた優子をおかしく思いながら、亜璃珠は言葉を続けていく。
「それに出来る事なら、分校の事であなたに後ろめたさを感じて欲しくない。百合園は関与に否定的だけど私はこの分校、鈴子さん方が思う以上の意味があると思ってるわ」
「……鈴子とどんな話をしたのかは、知らないが鈴子にとって現在この分校は非常に頭の痛い存在だと思う。白百合団は領分を弁える意味でも、外交問題に口を挟むことはできないし。何事にも慎重な彼女としては、早くパラ実に運営を任せて、百合園生全てを撤退させたい、くらいに考えていそうだ」