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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~
精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~ 精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

リアクション

 
「……すっかり話し込んでしまいましたね。ごめんなさい、折角のお祭りですのに、重苦しい話を続けてしまって」
 精霊指定都市成立の裏に隠された話を一通り話し終えたセイランが、祥子とイオテスに謝罪の言葉を見舞う。
「そんな、セイラン様が謝ることなどございません。精霊という種族のことを知ることが出来て、良かったと思っています。……一つ懸念があるとすれば、イオテスがここを訪れにくくなるかもしれないことでしょうか」
「あら、では祥子と私でここに住めばよろしいのでは? ゆくゆくは都市に人間を受け入れる予定とお聞きしましたわ、セイラン様」
「そうね、貴女ほど聡明な方が傍にいることは、わたくしたちにとっても心強いですわ」
「……お誉めの言葉、有り難く頂戴致します。ではお互いの理解のためにも、私たちはより話し合う必要がありますね。差し当たってはセイラン様のケイオース様のことについてお聞きしたくございますわ」
「そ、それがどのような関係がございますの? 貴女の個人的な興味にしか聞こえませんわ」
 ぷいっ、と視線を逸らすセイラン、その白い頬には紅みが差していた。
「これは是非とも直接聞いてみる価値がありそうね。イオテス、申し訳ないけれど――」
「祥子、お酒はダメですよ? 前の精霊祭のことを忘れてはいませんよね?」
「そうそう、そういえば貴女たちの出会いについて聞いてなかったわね。是非とも知りたいものですわ」
「せ、セイラン様っ!」
 セイランの言葉に、今度はイオテスが頬を紅くする。
 そんなことを話しながら、一行は都市を後にし、イナテミスの中心部へと向かっていく――。

「……俺が話せることは以上だ。助けてもらった君たちを利用するような真似をしていることは、否定しない。どう思われたとしても総じて受け入れよう」
 精霊指定都市成立の影にあった、精霊の思惑を一通り話し終えたケイオースが、爽やかにすら映る表情で菫を見つめる。黙って話を聞いていた菫は沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「……ケイオース、あんたは、誰もが幸せに暮らせる世界を作りたいと思ってる?」
 その問いに、ケイオースは淀みなく肯定の意思を口にする。
「ああ。それがどれほど困難な道であったとしても。まずはこのイナテミスから始めていければと思う」
 その言葉に、菫が満足気な表情で頷き、すっ、と手を差し出す。
「なら、あたしとあんたは同じ。これからは、お互いが困った時にお互い力を貸し合える、そんな関係になれたらいいと思うんだけど」
「……フッ。つくづく、人間には驚かされてばかりだな。……ありがとう。その申し出、有り難く受けさせてもらおう」
 笑みを浮かべたケイオースが菫の手を取り、二人しっかりと握手を交わす。
「良かったですわ。……けれど菫、これまで一人で動いてきたあなたにしては、今回の行動は意外に思えるのだけれど?」
「そ、それは……あたし一人では何も出来ないって分かったし、それに……あたしを心配してくれる人に、これ以上心配かけたくないし……
「…………」
「…………」
 もごもご、と小さく口にする菫の頭を、アナタリアとヴィオラ、二人の手がそれぞれ優しく撫でる。
「な、何よ、もう! アナタリアはまだしも、ヴィオラにそうされるのはすっごく恥ずかしいんだけど?」
 口では不満を言いつつも、その後も結局為すがままにされる菫であった――。

 菫とヴィオラ、アナタリアがケイオースの下を後にし、部屋の中に一人ケイオースが残される。
(……後は、彼らの問題、か。それもおそらく、友が取り計らってくれているだろう。……いつまでもこの平和な時が続けばよいが、そうは行かぬだろう。共に歩むと決めた者たち同士、納得した上で行きたいものだ)
 心に思うケイオースの視線は、イナテミス中心部へと向いていた――。

 アーデルハイトとエリザベートの口から、エリュシオンにも精霊がいること、エリュシオンの精霊に対抗するためにシャンバラの精霊は精霊指定都市計画に乗ったことなどが告げられる。
「……シャンバラはエリュシオンに抵抗するため、シャンバラの精霊を盾にした。シャンバラの精霊はエリュシオンの精霊に抵抗するため、シャンバラを盾にした。簡潔にまとめると以上となるが、よろしいか、アーデルハイト女史?」
 エリオットの言葉に、アーデルハイトがうむ、と頷く。しかし、アーデルハイトの表情は未だ晴れない。
「……これまでの話で挙がっていない要素が、一つある。おそらくそのことについてと推測するが――」
「それ以上言わんでくれ。これではまるで宗教裁判の被告人じゃな」
 弱々しく笑いながら、アーデルハイトが残りの一つの要素を口にする。
「ミスティルティン騎士団のことじゃが……実はの、先のシャンバラ王国建国失敗……失敗とは言いたくないが、成功とは言い難いからの。その影響により、欧州魔法連合内での影響力が低下しているのじゃよ。おまえは立場上、何か知らされているのではないかの?」
 アーデルハイトがフレデリカに視線を向けると、フレデリカが頷いて口を開く。
「この間パパから届いたメールには、そのような旨が記載されていました。欧州魔法連合内で反シャンバラ勢力が台頭してきてる、とも。だから私は、開祖であるハイジ様にミスティルティン騎士団は今後どうするのかを聞きに来たんです」
 フレデリカが言うように、地球、欧州ではイルミンスール魔法学校の母体であるミスティルティン騎士団が、シャンバラ王国建国失敗の責任を被る形で欧州魔法連合(EMU)での影響力を弱め、代わるようにしてEMUでは反シャンバラ勢力が著しい伸びを示していた。
「うむ。……もしやすれば今後、EMUがイルミンスールに横槍を挟むかもしれん。そうなった場合我々は、エリュシオン帝国だけでなくEMUとも事を構えねばならんのじゃ。そのためにも味方は多い方がいいというか、その……」
 言葉に詰まってしまうアーデルハイトを見遣って、エリオットがため息をつく。彼はどうやら察したようであった。
「悪気があるわけではないことを先に言っておく。……つまり、御両方は自らが犯した失態の尻拭いを精霊にも背負わせるつもりで、精霊指定都市計画を持ちかけた、と見てよろしいか?」
 エリオットの言葉にアーデルハイト、そしてエリザベートが硬直する。
「……ごめんなさい、ですぅ」「……すまん」
 もはや謝るしかないと観念したか、二人が素直に頭を下げて謝罪の意思を示した。今までの話であれば、人間と精霊は対等の関係であると言えただろうが、これで人間――というよりはエリザベートとアーデルハイト――の罪が一つ多い格好になった。
 シャンバラ王国建国失敗の責任が誰にあるか、というのは難しい問題だが、各学校の校長とそのパートナーは少なからぬ責任を負うはずである。でありながら、責任の一端を自学校の生徒に背負わせるのはまだいいとしても――それでも、事前にもう少しどうにかならなかったのか、という思いはあるだろう――、精霊にまで背負わせようとしていたことは、果たしてどう受け取られるであろうか――。

「話は聞かせてもらったよ」

 扉が勢い良く開け放たれ、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)がいつも通りのニヤけた表情の中に鋭い眼光を忍ばせ、エリザベートを指差して声をあげる。
「今の話を聞くにエリザベート、君にはイルミンスールを率いる指導者としての覚悟、決意の程が見られない。時代は弱さを許さない。今すぐにでも君を校長の座から降ろして新しい指導者を――」

「エリザベートちゃんをイジメる方は、容赦しませんよ〜」

 話の途中でブルタが、背後から迫ってきた魔力の奔流に飲み込まれ、ばたり、と床に伏せる。まるでゴミを外に掃き出すように、光る箒でブルタを外へ追い出した神代 明日香(かみしろ・あすか)が、汚れを払って身だしなみを整えて、エリザベートに歩み寄り、そして――。
「はぁ〜、エリザベートちゃん可愛いです〜」
 うっとりとした表情を浮かべて、エリザベートの頭を撫でたり抱きついたりしていた。
「……アスカ、あなたも今の話、聞いてた……んですよねぇ? その……どう思いましたかぁ?」
 為すがままにされながら、エリザベートが不安な面持ちで明日香に問いかける。明日香がしばし考えるような仕草を見せて、そしておもむろに口を開く。
「エリザベートちゃんはイルミンスールのみんなが好き」
「? 好き、と言われれば好きですねぇ。私は、ちびに会うことが出来ましたぁ。生徒たちも、色んな人がいて飽きないですぅ。イルミンスールで守ってやってもいい、なんて思うこともありますねぇ」
「エリザベートちゃんは私のことがとってもとっても大好き」
「な、なんでそうなるですかぁ!? ……うぅ、す、好き、ですよぉ?」
 涙目を浮かべる明日香に気圧されるようにエリザベートが告げた直後、ぱあっ、と明日香の表情が笑顔に変わる。
「ならいいです〜」
 そして再び、エリザベートにべったりとくっついて愛で始める。
「……おまえは、何も思わんのか? 先程の者のように反感を抱いたり、疑問に思うことはないのか?」
 アーデルハイトの問いに、明日香の表情が一瞬、真剣なものに変わる。
「疑問は多々あります。ですが、どれも問いません。用意周到なアーデルハイト様が既に手を尽くしているでしょうから、私たちに道を照らしてくれるでしょうし、人手が必要なら声をかけてきてくれると思いますので」
 用意周到、の所を強調して明日香が告げ終え、またうっとりとした表情に戻ってエリザベートを愛でる。
「思うものは個人によって異なるかと思いますが……私は、貴女に受けた恩を忘れていません。1200年もの間存在理由を見出せずふらふらと彷徨っていた私に、イルミンスールという居場所をくださったこと……まだその恩返しをしていません。アーデルハイト様を脅かす者がいれば、ねじ伏せてみせましょう」
 ヴァレリア・ミスティアーノ(う゛ぁれりあ・みすてぃあーの)の発言に、ううむ、と唸ってアーデルハイトが腰を下ろす。
「……世界樹と契約出来ても、5000年の時を生きても、完璧でない以上失敗はするだろう。御両方はもっと、周りの声に耳を傾ける必要があると思われる。自画自賛を含むが、御両方の信頼に応えられる程には、研鑽を積んできているし、落ちぶれてなどいない。そう、思いたい」
「……なるほどな。では、今回ばかりはおまえたちの言葉に素直に従うとしよう。エリザベート、行くぞ」
「はいですぅ」
「あっ、待ってくださいエリザベートちゃんっ」
 微笑を浮かべてアーデルハイトが立ち上がり、その横にエリザベートが付き、背後に明日香が控える。一行が扉から外へ出ようとしたところで、フレデリカの声が飛んだ。
「ま、待ってください。結局ミスティルティン騎士団はどうするつもりなのか、まだ聞いていません」
 その声にアーデルハイトの動きがぴたり、と止まる、
「まあ、何じゃ。まず地球のミスティルティン騎士団はEMUとの抗争で身動きが取れんじゃろ。そしてこちらのミスティルティン騎士団は……その、これまでほとんど出て来なかったしな?」
「そんなどこかのお偉いさんの都合みたいなこと言って誤魔化さないでください。精霊さん達は私達魔導師にとって大切なパートナー、それなのにぬくぬくとこの街に、精霊に守ってもらうなんて私は嫌です! これからは、騎士団の秘匿体質を改善して、より開けた組織へと変わる必要があると思います!」
 フレデリカの凛とした物言いに、アーデルハイトは答えに窮した様子で沈黙した後、
「……エリザベート、行くぞ」
「はいですぅ」
「あっ、待ってくださいエリザベートちゃんっ」
 くるりと背を向けて、外へ出て行った。
「あっ、ハイジ様!? ……もう、パパにどう報告すればいいのよ……」
 ため息をついて腰を下ろすフレデリカを気に掛けるような様子で、ルイーザが心に呟く。
(フリッカ、やけにミスティルティン騎士団にこだわるのは、やはり……)
「……ああ!? 結局騎士団員にしてもらう的な流れに持ち込めなかったわ……今から後追いかけてみようかしら。ルイ姉、行こっ」
「ええ。たとえ嫌だと言っても、私は付いていくつもりでしたから」
 フレデリカとルイーザが連れ立って、部屋を後にする。
「エリオットさん、ヴァレリアさん、私たちも行きませんか? 注意喚起という目的は果たされたと思いますし、いつまでも難しいことを考えていては、流石に疲れてしまいますし」
 そして、残っていたエリオット一行も部屋を後にし、閉じられた扉の奥に静寂が満ちていく。