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仮初めの日常

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仮初めの日常

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 休憩後に、もう一度祈りを捧げた後、一行は村の跡地から森へと出てきた。
「こんにちは」
 入り口にある慰霊碑に、花を手向けている者がいた。
 その人物は優子に目を留めて、微笑みを浮かべた。
「東園寺雄軒と申します。鋭い目をお持ちだが、優しそうな御方ですね」
 30代半ばに見える、長身の男性だった。
 護衛だろうか、体格の良い男を2人連れている。
「ごきげんよう。百合園女学院の神楽崎優子です」
 会釈をして挨拶をすると、優子は彼の脇を通り過ぎようとした。
「途中までご一緒させていただきますね。物騒なこともあるようですから」
 東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は、優子に並んで歩き出す。
 そうして、森を出て乗り物に乗るためにツァンダの街へと入るまで、雄軒は優子に世間話を持ちかけていた。
 彼女は心ここにあらずという感じではあったが、邪険にすることはなく、雄軒の話に相槌を打っていた。
 頃合を見て、雄軒はこんな事を優子に話し出した。
「アレナさんのこと、存じてますよ。桜井校長と引き換えに身柄を要求されたこと。辛うじて助かったようですが、離宮を封印されたそうですね」
 全く知らない人物からの出た言葉に、驚いて優子は不審げに彼を見るのだった。
「自分を犠牲にして彼女は離宮を封印しましたが、本当は平穏に暮らしていたかったのではないでしょうか?」
「……貴方は、アレナとどういった関係だ?」
「お会いしたことも、見たこともありません」
 その返答に優子は目を鋭く光らせて、睨むように雄軒を見た。
「まあ……情報はどんなに規制しても、どこからか漏れるものですよ」
「……」
「ご気分を害されたようでしたら、申し訳ありません」
 雄軒は頭を下げて謝罪をする。
「お時間をとらせてしまい、申し訳ありませんでした。……これは冗談と考えていただいていいのですが」
 そう前置きをした後、雄軒は言葉を続けた。
「仮に再び離宮に入れるようになったら、アレナさんを連れ戻しますか?」
「封印が必要なくなり、連れ戻せるのなら勿論連れ戻す。冗談ではなく」
「そうですよね」
 雄軒はにっこり微笑んだ。
「私もお手伝いさせていただきたいものです。それでは」
 雄軒は再び、頭を下げると付き従っている護衛と思われる者達と、立ち去っていった。
 彼の真の目的は、この時はまだ誰にもわからなかった。

〇     〇     〇


 美しく飾られた薔薇の学舎の校長室から、生徒であるクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が出てくる。
 2人はヴァイシャリーの地下の調査結果について覚えている限りをレポートにまとめ、校長のジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)に提出したのだった。
「洞察力の不足など己の力不足を実感した。次があるなら、もっと上手く立ち回りたい」
 と感想を残したクリストファーに、ジェイダスは労いの言葉をかけてくれた。
「傷は癒えた?」
 廊下を歩きながら、クリスティーがクリストファーに問いかけた。
「あ、うん。心配かけてごめん」
 クリストファーは素直に、クリスティーに謝罪をした。
 離宮で、敵に洗脳されていたジュリオ・ルリマーレンと戦った際、クリストファーはジュリオの長剣で、顔を大きく切り裂かれていた。
 その傷は……完全に消えることはなかった。
「無茶してごめんな」
 傷跡に触れながら、もう一度言うと、クリスティーは軽く首を横に振った。
「その体に刻まれた歴史、勲章はキミのもの。ボクがそれを奪う事は許されない行為だ。ボクもこの体に歴史を刻んでいくよ」
 クリストファーとクリスティーはパートナー契約の直後に体が入れ替わってしまい、以来そのまま過ごしてきた。
 クリスティーは元に戻ることを日々考えてきたけれど……そんな停滞、後ろ向きな日々ではなく、今より前向きに人生を歩んでみせると心に決めていく。
 とはいえ、戻ることを完全に諦めたわけではないが。
「うん……お互い頑張ろう」
 クリストファーはちょっと複雑そうな顔でそう答えた。
 身体を返す気はとっくになくなっているけれど、面と向ってそう言われるとなんだかもやもやした気持ちになる。
「あれ? あの人は……」
 クリスティーが生徒に案内されながら校長室に向っていく女性の姿に気付く。
 薔薇の学舎に女生徒はいない。賓客のようだ。
「神楽崎、さん」
 クリストファーが声を上げると、女性――神楽崎優子が振り向く。
「キミ達は戻ってたのか。世話になったな」
 軽く頷いた後、クリストファーは優子にこう尋ねてみる。
「今でもアレナの存在は感じられるのかな?」
 優子は僅かな戸惑いの表情を見せた後、こう答える。
「……わからない。だけど、私には契約者としての力がまだ残っている。それがアレナと繋がっている証拠だ」
「いつも相棒と一緒の俺が言っても説得力が無いけど、確かに相棒と繋がってるという感触に助けられる時がある」
 クリスティーはそう言って、微笑み「優子さんだってそうだと思うよ」と、続けた。
 優子は少しだけ笑みを浮かべて、頭を下げると校長室の方へと歩いていった。
 クリストファーとクリスティーは彼女を見送った後、顔を合わせて軽く笑みを浮かべた後、並んで喫茶室の方へと歩いていく。
 帰還の祝いと百合園からの来客の歓迎に、スイーツ愛好会の面々がささやかながら有名店のケーキを振舞ってくれるとのことだった。