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パラ実占領計画 第1回/全4回

リアクション公開中!

パラ実占領計画 第1回/全4回

リアクション



二つのコンサート


 ガガ・ギギが四十八星華の公演チケットを売っている頃、弁天屋菊は警備のハスターやペンギンゆる族の店員に弁当の差し入れをしていた。
 菊は種族ごとの好みに合うように、事前に店員や警備員から話しを聞いておいたのだ。
 ペンギン店員は大喜びだった。
 各階にあるスタッフルームを下から順に回り、最後に劇場のある最上階へ。
 重労働であったが、達成感もあった。
 何より、菊の弁当をあけた時の最初の笑顔や、一口食べた後の「うまい!」の一言を聞けると、次はもっとおいしいものを作ってやろうという気になれる。
 上の階に行くにつれ、菊の機嫌は良くなっていったのだが……、御人 良雄(おひと・よしお)のいるこの部屋に足を踏み入れたとたん、その上機嫌もたちまちしぼんでしまった。
 弁当係や売店の売り子として雇われた時、菊はここに囚われているという良雄のことをハスターの一人に尋ねた。
 良雄も人間なので食べなければ死んでしまうため、弁当係ならと彼は菊を案内した。
 そこはちょうど劇場の裏側に位置する。裏側といっても分厚い壁で仕切られていて、入口もわかりにくいところにあるのだが。
 薄暗く、ただ広いだけの部屋の奥、良雄は何かの装置のような一人分の大きさのカプセルに閉じ込められていた。
「良雄」
 菊は呼びかけたが、返事はない。
 今にも泣きそうな、けれど虚ろな目で座り込んだ先の床を見ているだけだ。
 時折、口元が何かを呟いている。
 菊がカプセルに耳を寄せてみると、
「僕、もう汚れちゃったよ……」
 と、衝撃の言葉をこぼしていた。
 菊は引きつった表情で案内してくれたハスターを振り返る。
「汚れちゃったって……こいつ、何されたんだい?」
「さぁ……」
 彼は良雄にはまったく関心がなかったようで、菊に聞いて初めてこの呟きを知ったようだ。ひどく戸惑っていた。
「とりあえず、こいつにお茶でも飲ませたいんだけど」
 菊が水筒を見せると、男はカプセルの傍にある小さな搬入口に置くように言った。
 言われた通りに置けば、彼はボタンを押す。
 すると水筒は搬入口に吸い込まれ、カプセル内に運ばれた。
「良雄、お茶でも飲みな。落ち着くから」
 菊は軽くカプセルを叩いて呼びかけたが、良雄からは何の反応もなかった。
 そして再び訪れた良雄のいる部屋。今度は弁当を持って。
 カプセルの中の良雄の姿勢は変わっていた。ぼんやりした表情はそのままだったが。
 搬入口に水筒が出ており、その中身がからであることを確認して、菊は少し安堵した。
 今度はそこに持ってきた弁当を置いて、朝と同じく付き添いのハスターが操作する。
「良雄、弁当だよ。少しでもいいから食べるんだよ」
 返事はなかったが、菊は部屋を出た。
 劇場ロビーへ戻った菊は、見たことあるような顔が増えたなと思いつつ携帯を取り出すと、これらのことを朱黎明や姫宮和希に伝えた。
 さらに黎明には、四十八星華の公演チケットはいつでも特等席を用意している、とも付け加えておいた。
 一生懸命やって光っているところを見せたら認めてくれるだろうか、という健気な思いからの行為だ。
 その黎明からはすぐに返信が来たが、その内容に菊は思わず叫ぶところだった。
(ガイアが……!?)
 最後に黎明から「気をつけるように」と心配する一言。
 菊はその一言に心があたたまる思いだったが、もしここに黎明がいたら、
「別にあなたの父親だからとかそういう意味はありませんよ」
 と、念を押していたことだろう。
 菊が『見たことあるような』と感じた顔ぶれの中に、アイン・ペンブローク(あいん・ぺんぶろーく)がいた。
 彼はアイドルアリス100人のプロデューサーとして、四十八星華の活動が気になっていた。
 金儲けのためなら労力を厭わないアインは、この劇場に上ってくるまでに、各階の調査もしてきている。
 わかる範囲で迷路のような店内の図を描き、商品の置き方、客の出入りなど細かに書き留めたメモが懐に大事にしまわれていた。
 できるかぎり店員に見咎められないように気を配ったが、一応商品も買っておく念の入れようだ。
 結果アインが考えたことは、パラ実の勢力図が変わるなら良雄から渋谷に乗り換えるのも一つの手だ、ということだった。
 それは最近の吉永竜司の行動にも原因があった。
(あいつは良雄に肩入れしすぎでしょう……今だって)
 と、ここにはいない竜司を思い、表情が渋くなる。
 今回はもう止められないだろう、と諦め、アインは竜司へ知り得たことを伝えた。
 そして彼も菊のようにガイアがハスターによって太平洋に落とされたことを知り、ますます乗り換えの考えを強めるのだった。

卍卍卍


 先に吉永竜司から御人良雄の居場所について聞いておいた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だったが、劇場のどこにいるのかまではわからず、また見つけることもできずにいた。
 そんな時、
「せっかく劇場があるんスから、公演しながら良雄さんの情報集めるっスよ!」
 と、言ったサレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)の案は別の意味で詩穂の気になっている部分を突いていた。
 こんなところに四十八星華の劇場ができるなんて、カケラも聞かされていない。
 ということである。
 現在売られているグッズの利益をどうするつもりでいたのか。
 チケットについてはサレンの提案を受けて急遽作ったものだから、ごまかされることはない。
 ふふふ、とアイドルにあるまじき暗い笑みをこぼす詩穂。
 しかしその笑みも、日が暮れてきて公演時間になると、キラキラと輝く笑顔に変わるのだった。

 詩穂ちゃんだ!
 サレンちゃーん!
 菊姐さーん!

 まだ舞台が暗いうちから客席からのコールが響く。
 裏方スタッフはペンギンゆる族だったが、そこそこ手際は良かった。
 やがて時間になるとBGMが止まる。
 そして──。
 クラッカーの派手に弾ける音と金の紙吹雪と共に舞台全体がカッと照らされ、アイドルコスチュームに身を包んだ詩穂、サレン、菊が舞台袖から軽やかに登場した。
 ホールは爆発したような歓声に満ちる。
 リーダーの詩穂が歓声に負けないくらいの声で挨拶を始める。
「今日は突然の公演にも関わらず、こんなにたくさん集まってくれてありがとー! 三人だけの公演だけど、いっぱい楽しんでいってね!」
 歓声はもはや叫び声のようだ。
 歌と踊りを交えたアップテンポな一曲目のイントロが流れた。
 三人は声をそろえ、時には各パートに別れて美しいハーモニーを生み、緩急のある振り付けにファンを魅了した。
 そしてその曲のラスト。
 動きが早く激しくなっていった時。

 ビリッ

 もともとちょっと危うかったサレンの衣装のファスナーが飛んだ。
 身を起こす動きと同時に彼女の豊かな胸があらわになる。
 これまでとは違う意味でファンが沸く。
(わっ、わわわっ)
 サレンは内心焦り、慌てて衣装の前を片手で引き上げながら最後のポーズを決めた。プロ根性と褒めるべきか。
 二曲目の間にサレンが中心となったミニトークが入るのだが、予定を変更して菊か詩穂のトークにして衣装を直したほうが、と菊が囁いたがサレンは首を横に振った。
 任せて、と口の動きだけで告げると、ファンに向き直り呼びかける。
「ちょーっと張り切りすぎちゃったっスかねぇ! あはは……。ところでみんな! いきなりっスけど、みんなに教えてほしいことがあるんスよ。実は、私の生き別れの兄さんがこのキマクのどこかにいるそうなんス!」
 会場がざわついた。サレンの話の続きを促すように、ファンの視線が舞台に注がれる。
 サレンは特徴をゆっくりと並べていく。
 それぞれが顔を見合わせて「見たことあるか?」「はて?」と囁きあっている中、誰かが言った。
「良雄さんの特徴に似てるな。あの人に似ている人を探せばいいんじゃねーか?」
 特に大声ではないのに、やけに響いた。
 ざわめきがふくらむ。
「よっしゃー! 見つけ出して連れてきてやるぜ!」
「グズグズ言うなら力ずくで引きずってきてやる!」
 口々にファンがサレンに協力を申し出る。
 パラ実生は荒っぽいし悪さも山ほどするが仲間は大切にするようで、生き別れの肉親を探していると聞いて黙っている者は少ない。
 菊はきょとんとしてサレンを見ていた。
 サレンが探している人物について確認しなければ、と腕を引いて舞台袖に引っ込む。
「なぁ、探してるのは良雄かい?」
 頷くサレンに、菊はやや気まずそうに良雄の居場所について話した。それから、外で突入の機会を窺っている者達についても。
 サレンはひどく驚いていたが、やがて頭の中を整理すると「それなら」と会場のファンを誘導して突入組の手助けをしよう、とたくらんだように笑った。
 途中の休憩時間に詩穂にも話さなくちゃな、と菊は心に留めておく。
 突然舞台に一人残された詩穂だったが、何とかうまく繋いでいた。
 サレンの衣装の背中のファスナーは、菊が安全ピンで留めて応急処置とした。
 その後、この突発公演は突入組が現れるまで盛り上がりが途切れることなく続けられることになる。

卍卍卍


 その頃、キマク商店街の近くに作った野外舞台では、ソラ・ウィンディリア(そら・うぃんでぃりあ)メアリー・ブラッドソーン(めありー・ぶらっどそーん)のデビューコンサートが行われていた。
 急ごしらえの舞台だったが、照明も音響装置もどこからともなく商店街の人達が持ってきてくれたのだ。
 会社への協力にはまだ結論の出せない店長も多くいたが、二人の公演には手伝いを申し出ていた。
 あれからもソラとメアリーは光条兵器の使用についていろいろと試してみたが、やはりうまくいかなかったのでイメージに近い青色のシフォン生地でミニスカートタイプのウェディングドレスを作り、それを衣装とした。
 四十八星華公演以上に突発公演であり、しかも無名の新人デビューコンサートにしては、客の入りは上々であった。
 ポスターに惹かれた者、同時に行われている四十八星華公演に目当てのメンバーがいなかった者、誘われてきた者などが集まってきているようだ。
 白い光の中、ソラとメアリーが自己紹介から始める。
「こんばんは! ようこそ! あたしは【魔法戦士ブルーブライド】や! よろしうな! ほんでこっちが……」
「皆様初めまして。今日はお忙しい中足を運んでいただき心より感謝いたしますわ。わたくしは【魔法戦士ブラッディブライド】!」

 二人合わせて【ふたりはブルブラ】!

 ソラとメアリーがポーズを決めて名乗ると、ワッと歓声があがる。
 まったくそうは見えないが、やはり緊張していた二人は観客の反応に無駄に張り詰めていたものが消え、自然とやわらかい笑みがこぼれた。
「私達のデビューソング『まにっしゅ★すとらいく』、お聴きください!」
 メアリーの曲目紹介で、イントロが流れ出す。

♪でるでる〜ぼとぼと〜
ぐちゅぐちゅ〜うにうに〜
色即〜是空〜諸行〜無常〜

わたしの海馬に〜枝毛が〜微笑んでる〜
電波じゃない〜サイコでも〜わたしは〜マチュピチュ〜

右脚の脇に〜ヒトデメロン色のヂカバチ夫婦が暮らしてます〜
ゴルダ〜ゴルゴダ〜サーティーン〜

パパ嫌〜ごめんうそ〜♪

 ノリの良い曲に意味がよくわからない歌詞だったが、ソラとメアリーの振り付けをさっそく覚えた客達が、一緒になって歌って踊った。
 『まにっしゅ★すとらいく』の作詞作曲、さらにはダンス指導までてがけた酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)は、ホッとしたように満足そうに微笑み頷いていた。
 この感じなら、グッズなどの商品販売や二人を使った各種の企画に手を伸ばすことができそうだ。
 さらには新人発掘もやりたいし、それらが成功すればパラ実軽音部のように音楽を志す人の活動がしやすくなったり、周囲から評価を受けて成長する機会にも繋がり、ひいてはキマク経済の発展と芸能活動に夢を懸ける人々の役に立つはずだ、と美由子は考えた。
 ソラとメアリーがその布石になればいい、と。