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三つの試練 第三回 砂漠に隠されたもの

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三つの試練 第三回 砂漠に隠されたもの

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●第七試合 メインパイロットヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)・サブパイロットキリカ・キリルク(きりか・きりるく)VSメインパイロットクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)・サブパイロットクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)

『ゴライオン選手、シパーヒーに搭乗しての試合となります』
 二体のシパーヒーが向かい合う。
 そのコックピットで、クリスティーはきりりと表情を引き締めていた。
「よろしく頼む」
 機内に響いたのは、対戦相手であるヴァルの声だ。
「……こちらこそ」
 クリスティーが答えた。

 この試合の前。クリスティーたちは、とある提案をヴァルから持ちかけられていた。
「協力してほしいんだ」
 そう前置きをし、ヴァルは自らの考えを話した。
 この試合においてすべきは、イコンの性能を100%以上見せつけ、鏖殺寺院への牽制および、地球王族側との関係をより良好にするということだ。
 そのためには、「シパーヒーの特性をより引き出し、同時に、弱点を晒さない」ことが必要となる。互いを制するためではなく、より『魅せる』ための戦い。それを彼は望んだ。
「それは、そうだけど……」
 クリスティーは返答に迷い、傍らのクリストファーに助けを求めるように視線を送った。
「……提案の意図は理解する。だけど、試合結果はどうする。引き分けを狙うのか?」
「勿論、それは最初の十分だけだ。残りの五分は、本気でぶつかろう」
「本気で……良いんだね」
 クリスティーは決意を秘めた眼差しで、顎をひき、ヴァルへと尋ねた。
「ああ」
「なら……わかった。協力する」
 クリスティーがそう決めたのならば、クリストファーには異論はない。
「ところで。……お前は、イエニチェリを目指しているのか?」
「え?」
 突然の問いかけに、クリスティーは若干戸惑い、瞬きをする。それから、……静かに、頷いた。
「そうか。俺もだ。……互いに励もう」
 ヴァルはそう宣言をすると、クリスティーの肩を叩き、その場を去った。後に従うキリカが、二人へと会釈をしていく。
 ヴァルにとって、イエニチェリを目指す理由。それは、イエニチェリを薔薇学の一枚岩とせず、蟻の一穴となり他校からの介入余地を残すためだ。果たしてそれが叶うかはわからない。わからないが、それでも。イエニチェリという立場ににはなにかがあり、おそらくそれは軽い責務ではない。栄光というには、重すぎる。ならばその荷を負おうと、彼はそう思ったのだった。
「ヴァル。まもなくです」
「ああ」
 キリカの言葉に、ヴァルは彼女を振り返り、きっぱりと告げた。
「俺に、ついてこい」
 キリカは、無言のまま頷いた。ただその瞳に、全幅の信頼をたたえて。

 そして、試合が始まった。

『これは、美しい試合です! 両者、見事な戦い!』
 そう侘助が実況をする程に、両者は息のあった動きを繰り広げていた。
 軽やかに宙を舞い、鮮やかな一閃を繰り出したかと思えば、それを受け手は流れるような動きで回避し、その軸すらぶれることはない。
 緊迫感は決して損なわれてはないが、まるでどこか、ワルツを踊るかのような優雅さだった。
 そうして、試合開始後、十分が経った。
「協力、感謝だ。……本気でいこう」
「ええ。ボクも……本気で、いくよ」
 ヴァルとクリスティーが、そう互いに宣言をした。

 まるで曲のテンポが変わったかのようだった。
 そして、事実……変わったのだ。

 クリストファーが、深く息を吸い、歌い出す。……それは、『悲しみの歌』だった。通常ならば、イコン同士の戦いで、相手に影響はさほど無かったかも知れない。しかし、今、二体の通信は固定状態で繋がったままだ。
「どうしますか?」
 キリカが、通信回路の強制切断をするか、ヴァルへと尋ねる。だが、ヴァルは首を振った。
「かまわない。俺自身の攻撃力が下がったところで、イコンには影響はないからな。それに、美しい声を聞きながら戦うのも、悪くない」
 影響については、ヴァルの判断は正しかった。しかし、クリスティーの狙いは、そのほかにあったのだ。
 クリストファーの歌声のテンポと、あえて異なる自分のテンポを内に刻み、攻撃に転じる。その微妙なズレにより、相手の動きのタイミングを狂わせること……それこそが、目的だったのだ。
 だがそのことに、ヴァルが気づいた時には、すでに勝敗は決していた。
 まもなく試合が終わろうとするそのギリギリ。クリスティーの操るサーベルは、ヴァルの乗るシパーヒーの首筋ギリギリで、その動きをぴたりと止めていた。――あと少しで、破壊できるその寸前で。
「勝負あり!」
 ラドゥが片手をあげ、試合を止めた。
『勝者、クリストファー・モーガン!』
「これは、……やられたな」
 ヴァルは素直にそう認め、クリストファーへと賛辞を送った。
「決着はさておき、対戦できたのが君で良かった」
「……こちらこそ」
 クリスティーははにかみつつそう答え、二体のイコンは、丁重な礼を交わした。
「ありがとう、クリストファー」
 勝利に頬を紅潮させ、クリスティーはクリストファーにそう声をかける。だが、クリストファーの反応は、やや鈍いものだった。
「あ、ああ……気にするなよ。それより、勝って良かった」
「……? クリストファー、どうかした?」
「いや。少し、疲れたかな」
 そう誤魔化しながらも、クリストファーの視線は、モニター越しに上空を見つめたままだった。
(まだ、か……)
 ――昨夜カミロ・ベックマンとおぼしき人物から、クリストファーへと打診があった。名前は最後まで名乗らなかったが、あの声には覚えがある。
 彼は、この御前試合の正確な開始時刻およびスケジュールと、その列席者を確認してきた。もっとも、王族関係者については、クリストファーも正確には知らない。答えられたのは、ジェイダスとウゲンがいることであり、そして彼が知りたがっているのも、主にそのことのようだった。
 通信は一方的に切られ、今はこちらからカミロの位置や情報を得ることはできない。しかし、どうやら情報元の一つとしては、数えられているようだ。
(……カミロは、シパーヒーについて、興味があるのか)
 だとしたらただ、遠くから見ている可能性もあるが。
 今のところ、すでに地球の鏖殺寺院と思われる集団は、すでに捕縛されている。おそらくは、カミロとは全くの別働隊なのだろう。
 かといって、何故カミロと繋がりがあるのかと問われるわけにもいかず、情報をおおっぴらにすることも、クリストファーには躊躇われた。
 それでも、シパーヒーから降りると、すでに一休みをしていたヘル・ラージャへとクリストファーは近づいた。そして、ごく小声で一言、告げたのだった。
「……黒い影に、気をつけろ」 と。
 それが彼からの、精一杯の警告だった。