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静香サーキュレーション(第3回/全3回)

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静香サーキュレーション(第3回/全3回)

リアクション



【◎6―4・右往左往】

「もぉ! こうなったら、ミルミだけで捕まえちゃうんだから!」
 ひとりになったミルミは、廊下をしばらく走ったところで牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)と鉢合わせした。
「あっ、ミルミちゃん!」
 アルコリアは、ミルミを発見すると一気ににこにこになって駆け寄ってくる。
 ミルミとしても見知った相手に顔をほころばせ、
「ちょうどよかった。西川亜美っていう人を見かけま――」
 質問しようとしたのだが、アルコリアがそれより先に抱きついてきた。
「なんだか校長先生がいろいろ指示してましたけど。そんなこと、いいじゃないですか」
「ええ!? ちょ、や、わ!」
「ということで、ミルミちゃん、今回、貴女のアルちゃんは敵です。むぎゅー」
 抵抗無視する勢いで力ずくで抱きしめつづけ、何分もそのままハグして。
 やっと離れたと思えばお姫様抱っこでかかえ上げ、なんの躊躇もなくすたすたと前進前進前進。
「さー。私のお部屋まで行きましょうー。そしてゆっっくりお話しましょう」
「まってまって! ミルミはここを離れるわけにはいかないんだよ! やらなきゃいけないことがあるんだもん!!」
「……そう。わかりました」
「よかった、わかってくれたんだ」
「それじゃあ、ベッドインはそこの保健室に変更ですね」
「わかってないっ!!」
 そして本当にそのまま保健室へと直行し。
 抱きしめた格好のままベッドへとダイブするアルコリア。
 おかげで不満顔のミルミに、さすがにちょっと問答無用すぎたかなと考える。
「んー、ミルミちゃん。校長先生の命令、聞く気があって、もしかして私に手伝って欲しいとかだった?」
「そ、そうだよ! だからさっきそう言おうとしたのに」
「止めておいた方がいいわ」
 すっぱりと切り捨てる言い方で告げるアルコリア。
 きょとんとするミルミの目を、至近距離まで近づいて見つめて。
「地球のお話で『猿の手』というお話があるの……」
「ふぇ? な、なんの話?」
「ミルミちゃんが本当に願えば私は全力で戦うよ? 校舎が壊れようが、友達を傷つけ殺そうが、退学になろうが、殺されようが」
「そ、そうなの? それは……ありがとう(真っ赤)」
「つまりね……願いって自分で叶えるモノなのよ、他の何者かが叶えたら、きっと自分の思ってる通りにはならないの」
 ぎゅっ、と再び抱きしめてくるアルコリア。
 ミルミはなんだか、振り払うわけにはいかない気がして、手を背中に回し。
「んー、ふふ。冬なのにぬくぬくー。みーるみちゃぁん、すきすきすーき、んふふふ」
「あれぇ!? 今のシリアスムードはどこへ!?」
 しおらしくなった自分が恥ずかしくなるのだった。
 もっとも、アルコリアのほうはずっとシリアスのままで。戦いの中にいた両腕が、今はこうしてミルミを抱きしめることに使えてることが、満足感でいっぱいだった。
「んふふー、みるみちゃん、校長せんせーに文句言われたら言ってあげなさい。生身でイコン倒し、龍騎士と相打つだけの契約者をたった一人で抑えてたって!」
「わぁ! も、もぉ……ほんとに、もぉーっ!」
 笑うアルコリアと、ぷんすか怒るミルミの声。
 それらを扉一枚へだてて、ラズン、ナコト、シーマの三人は文字通り蚊帳の外で聞いていた。
「まったく。気楽でうらやましいわね」
「……ミルミ。本当に生意気ですわね、マイロードを!」
「まあ仕方ないであろう。ミルミに何かあっては鈴子団長に申し訳ない。ボク達はこのまま護衛を続けるとするのだよ」
 殺気看破で警戒するラズン。
 なんだかイライラ調子のナコト。
 油断せず心を落ち着けているシーマ。
 思考は異なるがパートナー想いのところは、同じであるようだった。
 そのとき、誰かがぱたぱたと走ってくる音がした。三人が目を向けてそれが誰なのかわかると、なんだか面倒なことになる気配を感じ取った。
 なぜならその人物はミルミのパートナーの、桜谷鈴子であったのだから。
 普段は事件であってもあまり作戦に加わらない彼女だが。今回は校長命令ということで、自らも奔走しているらしく。たまたまここへも立ち寄ってくれちゃったらしい。
「ごめんなさい。あなた達は、西川亜美さんをお見かけしませんでしたか?」
「いや。ボクらは見ていないのだよ」
 シーマの返答に、わずかに肩を落としながら鈴子はそのまま立ち去ろうとしたが。
 ミルミのさわがしい声が、かすかに鈴子の耳にも届いたらしく。
「あの。ところでなにをしていますの? 中に誰かいるのかしら」
 目を細めさせ、いつもの温和顔からは考えられないほど険のある目つきになっていた。
「べつになんでもないから、気にしないでよ」
 ラズンは誤魔化そうとしたものの、鈴子は引き下がる様子無く。
 むしろじりじりと扉へ近づこうとしていった。
「あまり気を張り詰めさせると、あぶないですわよ?」
 するとナコトの、炎の聖霊スキルが自動発動し鈴子に襲いかかった。
 しかも気が立っていたナコトは、そのまま凍てつく炎で威嚇を行なっていく。
 そのまま魔道銃まで構えようとしたところで、シーマが手を押さえて止めた。
「そのへんにしておくのだよ。むりに戦いにする必要はないであろう」
「わかってますわよ。今のは本気ではありませんし、彼女はあれくらいでどうにかなる人でもありませんわよ」
 ナコトの言うとおり、炎の聖霊が消えたあとも、鈴子はダメージどころか服に焦げあとすらつけない状態で立っていた。
 それを見てラズンは、白百合団団長の肩書きは伊達ではないわねと再認識し。いっそ傷つけてもらうのもいいかも、とかMっ気なことを考えたりした。
 自分が事態を収拾させないと面倒そうだと判断したシーマはそのあと、なんとか鈴子を刺激しないようどうにか話をつけて引き返させることに成功した。
 このとき。本来無口で世渡りも下手な自分がどうしてこんな役回りをしているのか、シーマが本気で悩みかけたのはまたべつの話である。

 食堂でレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)と、ミア・マハ(みあ・まは)は本日、新メニューを食べていた。
 それは『和風豆腐ハンバーグカレーランチ』と『きのこともやしのカロリーオフ定食』という、どちらもなんだか迷走している感じが出ているランチなのだが、頼んでみると意外と美味しかった。互いに分け合って味見しても美味しかった。美味しかったのだが……。
「ミア。ボク、ちょっと思ったことがあるんだけど」
「奇遇じゃのう。わらわもじゃ」
「これ、今日初めて食べてる筈なのに、もう五回ぐらい食べた気がするんだよ。まさかまたループしてるんじゃないかな?」
「うむ。このハンバーグのこってりしているのかあっさりしているのか、よくわからないながらも悪くない味付け……確かに何度か食した覚えがある。間違いなさそうじゃのう」
「でも事件は解決した筈なのに、どうしてループはまだ続いてるんだろ?」
「学院のもの達の話では、猿の手というものが、これまでの繰り返しを起こしていたらしいな……今はラズィーヤが調べておる筈じゃが」
「たしか地球の物語にある猿の手は、3回まで願いを叶えられた筈だよね? だとしたらまだ効力を失ってないってことかな?」
 話し合っているうちに徐々に不安になってきたレキは、もう一度猿の手をよく調べてみた方がいいかと考え席を立ち。ミアも後に続いた。トレイを返して食堂を出ようとしたところで、
「あっと。ごめんなさいですわ」
 桜谷鈴子とぶつかりそうになった。
「あなたたち。西川亜美さんを見かけませんでしたか?」
「え? いいえ」
「そう。なら、ここには来ていないようね」
 確認だけしにきたらしい鈴子は、そのまま捜索に戻ろうとしたが。レキは咄嗟にそれを引き止める。
「あの。それより、今また一日がループしてて……!」
「ああ。それは私も気づいていますわ。知ったのはつい最近ですけれど」
「桜谷先輩。でしたら、西川さんに事情を聞いてみてもらえませんか? 猿の手を持っていた彼女なら、ループを抜け出す方法を知っているかもしれませんし」
「そうですわね。丁度彼女を探しているところですし、見つけましたら一度詳しい事情説明を行なってみますわ」
 快く承諾してくれた鈴子はまたすぐに立ち去って。
 そんな風にさくさく行動していく彼女を見習い、レキ達も猿の手を確認すべくラズィーヤの元へと急ぐことにした。

 そのラズィーヤはというと。
 ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)や、祠堂 朱音(しどう・あかね)、そして冬山小夜子とエンデ・フォルモント達と共に、来賓室で鉄の箱とにらめっこしていた。
 このループではまだ動きはないが、いつ動き出すかしれたものでないとラズィーヤは油断していなかった。
「猿の手か。私の博識による知識だと……老夫婦がお金を願ったら、息子が死んでお金が入るんだっけか。願いは叶うには叶うけど、その結果に対する代償は大きいって奴だよな」と、ミューレリア。
「そうですわね。おそらく代償は高くつくことでしょう。亜美さんはそれをわかっているのでしょうか」と、小夜子
「これを破壊できれば、代償も関係ないのかもしれませんけど。そう簡単ではないのでしょう?」と、エンデ。
「ええ。こちらの攻撃がまるで通じている気配がありませんし。ただ……もう少しで何かに辿りつきそうな気はしているのですけど」と、ラズィーヤ。
「一体どうすればいいのかな、ボクたちが壊れるよう願いをかけてみるとか? 危険かもしれないけど」と、朱音。
「とはいえ、私はこうも思う。すごく細かく願いを指定して、叶えさせ方を限定させればきちんと叶うんじゃないかなって。それに、この猿の手にまだ効果があるのなら、試してみたいし」
 再びミューレリアが言い、ああでもないこうでもないと恐々としながら、どうするかを話し合っていくラズィーヤたち。
「すみません、失礼します」
 そこへ扉が開かれ、レキとミアが入ってきたので全員心臓が飛び出しそうになった。
「なんじゃ? わらわたちにそんなに驚いて」
「えっと……ボク達は、ラズィーヤ様と猿の手を調べようと思って来たんですけど」
 事情を話すと、ラズィーヤはコホンと咳払いして。
 簡単に状況説明の後。仕切りなおして再スタートをはかる。
「さて。それで、どうするかですけど」
「まずは中を見ないことには、はじまらないよね」
 レキは一度箱を手にとり、耳をくっつけてみる。
 音はしない。けれどずっしりと重くのしかかるような感覚が手に伝わってきて、すぐにまた机の上へと戻した。
「でもすこし怖いな。誰か開けてもらえない?」
「じゃあ、ボクが」
 レキがそう言うと、朱音が名乗り出て鉄の箱に両手をかける。
「いい? 開けるよ」
 朱音がそう言うと。レキは万一に備えてラスターハンドガンを構え、ミアは賢人の杖を手にする。小夜子もウルクの剣を構えて、エンデも警戒を怠らない。ミューレリアとラズィーヤも、いつでも戦闘に入れるように体勢を整えたところで。
「1、2の……さん!」
 鉄の箱は開かれた。
 直後、中の鎖が千切れる金属の音と共に、ゆらりとなにかが中空に浮かび上がった。
 毒々しい紅い毛に覆われ、黒い爪を持つ手。それは今、さして暴れることはせずに天井と床のあいだでふわふわと漂っている。
「これはなんとも、嫌な気配がするのう」
 ミアは呟きながら、ためしに清浄化を掛けてみた。反応はなし。
 ナーシングも試してみるが、やはり反応はない。暴れはしないが、停止もしない。
 中途半端に静かなのが、一同の不安をかきたてていた。
「よし。それじゃあちょっと、願いをかけてみるか」
 しかしミューレリアはさほど臆せず、右手でペンを左手でノートを持ちながら前に出た。
 ラズィーヤは止めようとしたが、それより先にミューレリアは告げる。
「猿の手よ、今から私が質問する事を、私が右手で触れているペンを使い、左手で触れているノートに書け。私たちが読める字でね。ただし、誰も傷付けず、何も破壊するな。それじゃあ、質問だ。『この猿の手に過去に願った者の名前、願われた願いの内容と、その結果猿の手はどのように願いを叶えて来たのか。その結果、願ったものはどのような代償を払ったのか』ここまでが質問だ。願いの新しい順からこのノートが終わるまで書いていけ。嘘を書かず正直に質問の回答を記せよ」
 途中何度か息継ぎしながら、願いを伝えたミューレリア。
 またなんの反応もないかと思われたが。突如、猿の手が笑った。
 口なんて無い筈なのに、おかしそうに、けたけたと嘲笑っているような、嫌な感覚が伝わってくる。あまりの気味の悪さから、レキは危うく引き金をひきそうになった。
 やがて猿の手はゆっくりと降下し、意外にもペンを掴んだ。
 そして。ノートにガリガリと乱雑な手つきで記述していき、やがてペンは地面に転がった。
 全員の目がノートに集中する。そこには、

『今カラ使用者ノ魂ヲ奪イニ行ク 次ノ願イハソノ後ダ』

 と、書かれていた。
 みなが戦慄した直後、猿の手は弾丸のようなスピードで来賓室の扉を破砕しながら外へと飛び出していった。
「いけない! 亜美が……危険ですわ!」
 ラズィーヤは血相を変えて後を追い。
 しばらく呆然としかけた他の面々もそれに続いた。
 ラズィーヤの後を追って走りながら、ミアはぽつりと言葉を漏らせる。
「そういえばのう、レキ」
「な、なに? こんなときに」
「わらわはさっきからずっと、記憶の中に猿の手なるものの情報があるかどうか思い起こしていたんじゃ」
「え? そ、それで。どうだったの?」
「ひとつだけ重要なことがあったぞ。それはな……」
「そ、それは?」
「猿の手は、なにがあっても破壊せねばいかん。それだけじゃ」