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The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り

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The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り
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2.

「困ったことになりましたわね」
 薔薇の学舎の正門へと急ぎながら、ペルラ・クローネ(ぺるら・くろーね)は呟いた。急ぎ足のため、豊満な胸がいつにもまして存在感を見せつけている。
「うん。校長先生に会えるといいんだけどなぁ」
 ミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)もそう答え、可愛らしい瞳を、校舎へと向けた。
 二人は、ある人物たちを警戒し、タシガンへとやって来ていた。事前にツァンダ側で聞き込みを済ませ、情報は手に入れている。
「あ、でも、ペルラは待っててね」
 女性であるペルラは、薔薇の学舎には入れない。そのため、ミルトが一人でジェイダスを尋ねる予定だった。
「わかってますわ。……でも、いいですか? くれぐれも、お行儀よくね」
「わかってるってば、大丈夫だよぉ」
 ミルトは軽く拗ねた調子で反論するが、ペルラは心配顔のままだ。
 すると。
「誰だ?」
 鋭い声が飛び、二人はそちらの方へと視線をやった。
 薔薇の学舎の正門に、一人の少年が立っている。……その顔に、ペルラは見覚えがあった。同時に、相手も気づいたらしい。ただし、顔でというより、胸で、だったようでもあるが。
「瀬島さん」
「なんだ、ペルラとミルトか。……ってことは、さっき見かけたイーグリットも、おまえらか」
 瀬島 壮太(せじま・そうた)はそう言うと、手にしていた銃を下ろした。
「もー、びっくりさせないでよー!」
 ミルトは憤慨するが、壮太は「警備中だからな」と答える。
「第一、薔薇学生徒でもないのに、どういう用事だ?」
「校長先生にお話があるの!」
「ええ。おそらく、警戒しているのは、瀬島さんと同じ理由かと思いますわ。それに、私たちにはある情報がありますの」
 ペルラがそう前置きをし、壮太をじっと見つめる。
「……情報?」
 年上のお姉さんぽい相手には、はっきり弱い壮太だ。照れのため視線をそらしつつも、そう尋ねた。
「はい。教導団の駐留所にも、あとで届け出は致しますけど。……ろくりんピックテロの脱獄犯三名が、タシガンに入ったようです。彼らのイコンを見た者がいる、と」
 ペルラの言葉に、壮太は息をのんだ。
「目的はわかりませんが、ウゲンさんが行動を起こされるならば、ならず者がウゲンさんの元で、一旗揚げようと押しよせても不思議はありませんわ」
「ああ、その通りだな」
「ね、でもさ、じゃあ、なんで壮太はここにいるの?」
 壮太にしても部外者じゃないか、とミルトは頬を膨らませる。
「俺は、護衛だよ。イエニチェリは今あちこちに散らばってるからな。かえって手薄になったここに、誰かがひっかきまわしに来るかもしれねぇし」
「それなら、ボクらも一緒にやるよ! イーグリットに乗った時も、建物けっ飛ばしたりしないから!」
 にこにこ笑って、ミルトがそう提案する。
「よろしくお願いしますわ」
「そりゃ、まぁ、助かるわ。俺一人より、心強いしな」
「じゃあ、でも、勝手にやるのも良くないよね。ボク、校長先生に、ご挨拶してくる!」
「あ、ミルト」
「行ってくるねー! ペルラ、待ってて!」
 手を振って、元気よくミルトは走っていってしまう。まるで仔猫か子犬のような素早さだ。
「まったく……」
 転ばなければいいけど、とペルラは心配顔だ。その横で、壮太は空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「一体奴らは、何を企んでやがるんだか」
 奴ら、とは、脱獄犯の三名のことだろう。ペルラは顔をしかめ「わかりませんわね」とだけ、答えた。
「どちらにせよ、良いこととは思えませんわ」
「だろう、な」
 肩をすくめ、壮太は、それぞれに健闘しているだろう友人達の無事を内心で祈るのだった。



「えと、校長室、校長室はぁ……あ、こっちかな」
 ミルトは、数度迷いつつも、薔薇の学舎の校長室へとたどり着いた。
「…………」
 だが、廊下にはテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が立っていた。……いつも快活な彼だったが、今は、なにやら沈痛な面持ちだった。
「えっと、校長先生に会いたいんだけど、いいかなぁ」
「今は、だめだよ」
 ミルトの言葉に、テディはそう首を振る。
(どうしたんだろ?)
 たぶん彼も、薔薇の学舎の生徒のようだし、警備に努めている風ではあったが。
「えーと、じゃあ、待つね!」
 ミルトはそう言うと、踊るように身を返し、数歩テディから離れた。
「えっとねー、ボクも、警備させてもらおうと思って、来たんだよ」
「そう」
「うん! なんか、悪い奴がね、来てるっていうから」
 ミルトはそう話しかけるが、テディはどこか上の空だ。ひたすら、背後のドアの内側……そこで起こっていることに、神経を尖らせている。
(つまんないなぁ)
 ぷぅ、とミルトは頬を膨らませた。

「……だから、何故ボクをイエニチェリにしたのか。それを、教えてよ」
 他にいくらでも、美しく有能な生徒はいる。何故自分のような凡庸な生徒をイエニチェリとしたのか、それがどうしても、皆川 陽(みなかわ・よう)には納得がいかなかった。
 陽はもともと、自分が薔薇の学舎に馴染まない生徒であるとの自覚が強かった。それが、なんの間違いかイエニチェリとして選ばれ、ますますいたたまれない日々を過ごしていたのだ。
 思い詰めた彼は、こうして、ジェイダスに直接尋ねに来たのだった。
 ……わかっている。どうせ、自分は所詮数合わせなのだろうということは。他のイエニチェリたちが星なのだとすれば、陽はさしずめそれを輝かせるための夜景。引き立て役なのだ。いくらそう自覚していたとしても、あらためてそうと思い知らされるのは、耐えられない。
「本当にボクをボクとして「選んだ」というのであれば、ボクを愛してみせてよ」
 陽は挑戦的にそう言い放つと、眼鏡ごしにジェイダスの赤い瞳を見つめた。
「どうせ、イヤなんだよね? ボクなんて、美しくもなんともないか……」
 陽の言葉が途切れたのは、ジェイダスの長い腕が、彼を強く抱きしめたからだ。
「……え……」
 そうしてみせろ、とは口にしたが、本当にされるとは思ってもみなかった。戸惑う陽の頬が、ジェイダスの厚い胸板に押しつけられる。彼の褐色の肌は熱く、陽の白い肌までも焼くようだ。
「おまえを選んだのは、おまえの健気さが愛おしく感じたからだ」
「…………」
「迷うおまえに、居場所を与えてやりたかった」
 そう囁きながら、ジェイダスの唇が、陽の額に触れる。それはこめかみや頬へと、熱い雨の雫のように降り注ぐ。敏感な耳にジェイダスの吐息を感じ、無意識に陽は肌を震わせた。
「ぁ……」
「ここにいろ。私の側に。それが、……今のおまえの場所だ」
 ジェイダスの言葉が、暗示めいて胸に響く。陽の四肢を支えるジェイダスの腕は、変わらず力強いものだった。
 しかしその影に、微かに。ジェイダス自身の苦悩が感じられる。強く引き寄せながら、彼もまた、すがりつく相手を探しているかのようで。
「校長……」
 陽は、目を閉じた。