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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第2回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第2回

リアクション


第十二曲 〜Real Emotion〜


(・一人じゃない)


 夕方。
 夕日の下で佇むヴェロニカの姿を、ミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)が見つけた。
「ヴェロニカ、こんにちは。今日もいい天気だねぇ。そういえばこの間の作戦ですごかってって聞いたよ」
「やっぱり、結構みんな知ってるんだね」
 柔らかい表情で言葉を返してくる。ただ、どこか寂しそうにも見えた。
 彼女に声を掛ける人間は、皆そのことで近付いてきたのだろうか?
「ヴェロニカは、今僕達が戦ってる相手のこと知ってる? ソースイとか青いイコンとか肩書きやイコンじゃなくて生身の人間のことだけど……」
 一旦深呼吸し、真面目な顔でミルトはヴェロニカに問う。
「ううん、知らない」
 ただ、シャンバラが敵だと判断しているということは分かる。
「ねぇ、ヴェロニカは怖くないの? 急にそんなにすごい力を与えられて。普通の女の子の自分がどうして!? とか……人殺しは嫌だとか。周りの人に、特別な人間として期待されたり怖がられたり、それに特別な機体のパイロットってだけでも嫉妬する人はいるでしょ? ヴェロニカが戦う理由ってなぁに?」
 ヴェロニカが迷うことなく答えた。
「さっき言ったよね、生身の人間を知ってるかって? それを知るために戦場に出る必要があるなら、戦場に出る。戦うんじゃないよ、確かめるため。この世界や、人を確かめるためだよ。怖くないかって言われたら、やっぱり怖い。だけど、私は絶対に誰も殺さない。もし、無闇にただ武器を振り回す人がこっちにいたら、まずはその人を止める。それに、私はどう思われようと……例え【ナイチンゲール】に乗っていなかったとしても、この学院には私に敵意を向ける理由もあるから。まだ知られてはいないけど」
 なぜ、学院が彼女に敵意を向けなければいけないのか。
 それについては教えてはくれなかった。
「ヴェロニカ」
 二人で話しているところへ、パイロット科長とニュクスがやってきた。
「あ、イ……科長」
「とりあえず、明日からの訓練プログラムだが……おい、グリューブルム、なんでこんな所にいるんだ? 野川から今日の訓練に出ていないって聞いたが?」
 科長に睨まれる。
「とりあえず来い」
 そのまま襟首を掴まれ、引っ張られていく。
「うわーん。パイロット科の訓練好きでサボったわけじゃないのに、パイロット科長のおにー! ボインー!!」
 抵抗するが、科長はまるでびくともしない。
「……僕だって、ヴェロニカみたいにみんなの役に立ちたいけど、あんな風にはなれないよ」
「なる必要はない。お前はお前だ。自分に出来ることを出来るようにしろ」
 そして、遠くを見て一言呟いた。
「自分に出来ることって?」
「そのくらいは考えろ。ヴェロニカはただ【ナイチンゲール】のパイロットだからって、あんな風なわけではない」
「じゃあ、どうして?」
 が、それに対しては答えない。
 はぐらかすように、遠くを見て一言だけ呟いた。
「……ほんと、国とか組織のしがらみというのは厄介なものだ。どこに属するかじゃなく、その人間が何をなすかの方がよっぽど重要だろうに」

* * *


 ミルトがパイロット科長に引っ張り出されしばらくした後、館下 鈴蘭(たてした・すずらん)はヴェロニカとニュクスの元へやってきた。
「ヴェロニカちゃん」
 彼女に声を掛ける。
「これ、作ってみたんだけど、どうかしら?」
 目を丸くするヴェロニカに、鈴蘭はミサンガを手渡した。ヴェロニカのトレードマークであるスカーフの青、花飾りの白、そして希望を込めて黄色の、三色の紐で編まれたものだ。
「切れたときに願いが叶うのよ」
「ありがとう」
 微笑を浮かべて、ヴェロニカがそれを受け取った。
「似合ってるわよ、ヴェロニカ」
 それをニュクスが温かく見つめている。
「ニュクスちゃんにもお揃いを用意したわよ」
 それを聞いて、彼女が少し驚いたようだ。
「……ありがとう」
 【ナイチンゲール】の化身のような存在でもある彼女だが、ちゃんと実体はある。
 受け取ったミサンガをただじっと見つめるニュクスの瞳は、どこか切なそうだった。
 まるでもう戻らない日々に想いを馳せているような、そんな感じだ。
「ニュクス、どうしたの?」
「……なんでもないわ」
 ヴェロニカ、ニュクスの二人が鈴蘭から受け取ったミサンガを付け、示し合わせたように顔を合わせた。
「あれは……?」
 ふと、ヴェロニカが誰かの存在に気付いたようだ。
 鈴蘭のパートナー、霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)である。物陰から彼女達のやり取りを窺っていたのだ。
「鈴蘭ちゃんはどうしてその子と普通に話せるの?」
 どうやら、まだヴェロニカのことを快く思っていないようだ。
「幾ら白金が防御型だって、みんなに戦わせて、自分は後ろで見てるだけなんて……」
「もう、まだそんなこと言ってるの?」
「だって――」
 いたたまれなくなったのか、沙霧が逃げるように駆け出していった。
 それを、ヴェロニカが心配そうに見つめている。
「ごめんなさいね」
「え、いや、謝らなくても……鈴蘭さんが悪いわけじゃ……彼が悪いことしたわけでも、ないし」
 ヴェロニカ自身、自分のせいだと思っているらしい。
「あれが自然な反応よ。わたし達は確かに守る力を持っている。だけど、その守りと引き換えに剣を振るわせている。その事実だけは、決して変わるものではないわ」
 ニュクスが静かに呟く。
「だけどそれは……例え恨まれようとも、戦いを終わらせるために必要なことなのよ。その先へと、本当の夜明けを迎えるために」
「ニュクス……?」
「……いえ、なんでもないわ」
 そんな彼女も、沙霧がいた辺りをじっと見つめていた。
「彼も色々あるのよ。ううん、沙霧くんだけじゃない。学院にいる子達も色々な事情や想いを抱えている。それは知っておいて欲しいの」
 目の前にいるヴェロニカも、何らかの事情があって編入してきたのだろう。未契約の状態で、強化人間志願者としてやって来たのだから。
「ヴェロニカちゃんも聞いたでしょ、勇輝くん達のこと。きっと、もう会えない友達のことを思い出しちゃったのね……。
 学院の子達が犠牲になるのは、戦場だけじゃないわ。彼は私のことも巻き込んでしまったと気に病んでるようだけど、そうじゃない。私は自分で望んでここにいるの。あなたもそうでしょう?」
「……うん」
 ぎゅっ、と青いスカーフを握りしめるヴェロニカ。
「ヴェロニカちゃんの役目はとても辛いことかもしれない。これからも、みんなが苦しんで、傷付いて、戦えなくなって……死んでいく姿を見続けなければならないかもしれない。それでも……私達と一緒にいてくれる? 最後まで、私達を見届けてくれる?」
「……せないよ」
 ヴェロニカが鈴蘭の目を見て、告げた。
「誰も死なせない。傷付けさせたりはしない。もう二度と……あんな思いはしたくない。だから、最後まで一緒にいるよ。みんなを見届ける」
 強い意志を感じた。
「あのとき」
 今なら聞いてもいいだろう。先の戦いでのことを。
「青いイコンが現れた後、シールドが切れて、ヴェロニカちゃん達の【ナイチンゲール】も動きが乱れたわね? 何があったの?」
「青いイコンから、兄さんの声が聞こえたの。ほんの一瞬だけど」
「兄さん?」
「うん。私の家族。兄さんを追って、私はここまで来たの。この学院に来てすぐに死んだって聞かされたけど……生きてたの」
 だが、それは決して感動的な再会とはいかなかった。
「あの青いイコンの女の人は、私の知ってる兄さんのパートナーじゃなかった。それに兄さんは、ちょっとひねくれたところはあるけど、決して誰かを傷付けて楽しむような人じゃない」
「そうだったのね。それで、ヴェロニカちゃんはその『兄さん』をどうしたいの?」
「兄さんがどうしてああなったのかを知りたい。その上で……助けたい」
「真実は残酷かもしれないわ。それでも?」
 人は変わる。
 何かが彼女の兄を変えてしまったのかもしれない。
「それでも、どんなに厳しくても、私は兄さんを助けたい」
「それなら……私も力になりたい」
 ヴェロニカの手を取り、彼女に告げる。
「剣を持たないあなたの代わりに、道を切り拓く剣になるわ」
「ありがとう」
 彼女の瞳には涙が浮かんでいた。
「また一人、力を貸してくれる人が増えたわね」
 ニュクスが微笑む。
「あなたの他にも、ヴェロニカが心配で来た人がいるのよ」
「学院の人は仲間だって……言ってくれたの」
 それもあって、ヴェロニカは悩みを打ち明けるようになったらしい。
「大丈夫よ、あなたは一人じゃないわ」

 一方、駆け出した沙霧の方は、複雑な心境を抱えていた。
(本当は見てるだけなんかじゃないって分かる……でも……特別な子は、皆普通だって言う。だけど違うんだ、それは僕達みたいな出来損ないを知らないから……!)
 頭では、決してヴェロニカが悪いわけじゃないということも分かっている。だけど、納得は出来ない。
 レイヴンの暴走、強化人間や超能力の実験で廃人同然になった人達。落ちこぼれ同士で励まし合ってきたが、無理な実験がたたって再起不能になった友達。
 それらは決して学院で表沙汰にはなっていない。ただ、始めからいなかったかのように、学院の記録から消されていく。今は『処分』されることはなくなったというが、やはりそれを真に受けることは出来ない。
 それがこの天御柱学院という学校だからだ。
 生徒を追い詰めるのは、決して外からの敵だけではない。

* * *


 そして完全下校時刻となった。
 とはいえ、まだ完全な暗闇になったわけではない。
 帰路に着こうとしたヴェロニカを、桐生 理知(きりゅう・りち)は見つけた。
「こんにちは、ヴェロニカちゃん」
 笑顔で彼女に声を掛ける。
「この前一緒に戦ったの覚えてる? あのときの、えーっと『女神の祝福』って凄いんだね。守ってくれてありがとう」
「あ、いや……あれは……」
 照れくさそうに顔を赤らめる。
「覚えることいっぱいあって大変だけど、一緒に頑張ろうねっ」
「うん!」
 にっこりと微笑むヴェロニカ。
 つい昨日までどこか不安そうな顔をしていたが、今は大丈夫そうだ。
「ヴェロニカちゃんは【ナイチンゲール】好き?」
「え?」
 目を見開くヴェロニカ。なんというか、ヴェロニカは表情豊かな子のようだ。
「私は【グリフォン】好きだよ。信頼してるし、その想いに応えてくれる……。
 智緒とグリフォンは私の大切なパートナーなんだよっ。だから戦いの道具扱いされるとイヤだし、悲しくなるんだよね……。
 ヴェロニカちゃん、大切な人のことって知りたくならない?」
「うん、知りたくなる」
「そうだよね。小さな発見とかあると嬉しくなったり。だから、【ナイチンゲール】のこともパートナーのことも好きになって欲しい。そうしたら、自然と身に付いてるから。えっと、イヤよイヤよも好きのうち?」
「それは好きこそもの上手なれっていうの!」
 北月 智緒(きげつ・ちお)が突っ込みを入れる。
「理知ったら、それじゃヴェロニカちゃんがツンデレになっちゃうじゃない」
『別にナイチンゲールのことなんて知りたいわけじゃないんだからねっ!』と言ってるヴェロニカはどうにも想像は出来ない。
 というより、そんな話をしていたのではない。
「【ナイチンゲール】――ニュクスのことはもちろん好きだよ。私をパイロットにしてくれたし、新しい世界を見せてくれたから。だけど……そうだ、私はまだニュクスのこと、ほとんど知らない!」
 ヴェロニカがはっとする。
 そういえば、そのパートナーであるニュクスはどうしたのだろうか。
「たまにニュクス、一人になるときがあるんだよね。今もそうだけど。すぐに来るって言ったのに……」
「きっと、そのうち分かるようになると思うよっ」
 前向きに考えて、と励ます。
「一緒に訓練出来ないって聞いてるから、一緒に居れないのは残念だけど、訓練以外は会えるよね?」
「実機とシミュレーター訓練以外はみんなと同じだから、大丈夫だよ。もうすぐ新年度だし、一緒の授業を取ってれば学校の中でも会えるわけだし」
 ヴェロニカと理知は同い年だ。新年度からは二人とも高等部二年生となる。
「ヴェロニカちゃんは寂しくない?」
 智緒が尋ねる。
「なんか前の理知に少し似てる気がしたから。理知も、来たばっかりの頃は地球に帰りたいって景色を見ながら言ってたの。でも地球で住んでた街にそっくりな場所を見つけてから言わなくなったのよね……。
 ここで守りたいものが見つかったって言ってた笑顔は今でも憶えてるよ」
 今度は理知が頬を赤くする。
 そのことに触れられると、少し恥ずかしい。
「頼りないけど、何でも言ってね。言いにくかったら手を出して。そしたら私が握るから」
 きょとんとした顔のヴェロニカの手を握る。
 その手には、四葉のクローバーがあった。
「幸せのおすそ分けっ。ヴェロニカちゃんは笑顔が一番似合うよ!」
「え、あ、ありがとう」
 まじまじとそれを見つめるヴェロニカ。
「智緒には悩んでる理由は分からないけど、ここを好きになって欲しいって思うの」
 智緒もまた、ポケットから飴玉を取り出し、ヴェロニカに手渡す。
「あっ、これお友達の印なの。智緒の元気もおすそ分けするね!」
「二人とも、本当に……ありがとう!」
 笑顔を浮かべるヴェロニカ。
 だけど、どこか泣きそうでもあった。
「もう、大丈夫。みんなのおかげで、私……決められたから。これから、どうするのかを。今日は、いっぱい助けられちゃったな」
 なるほど、やっぱり今日ヴェロニカに何か変化があったらしい。
「今度、ちゃんと話すよ」
「分かった。それじゃ、また明日ね!」
 この日はここで別れた。

 理知達が帰ってほどなくして、オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)はニュクスを待つヴェロニカの姿を見つけた。
「ヴェロニカさん」
 そんな彼女に、声を掛ける。
「この前の戦いのときからちょっと悩んでいるようでしたが、大丈夫なのですか?」
「うん、もう大丈夫だよ」
 今日一日で心境の変化があったのか、今はすっきりしたような、そんな様子だ。
「もし良かったら話して欲しいのです。その、何で悩んでいたのかを。掘り返すようで申し訳ないのですが」
「シャンバラでの戦いのとき、青いイコンが出てきたよね。あれに、兄さんが乗ってたの」
「お兄さんが?」
「そう」
 あのとき、オルフェリアは心を乱したヴェロニカを、身体を張って守った。それもあってか、ヴェロニカは彼女に本心を打ち明けることにしたようだ。
「それで、ヴェロニカさんはお兄さんを助けたい、ってことですね?」
「……方法は見つかってないんだけどね。今日、そのことで協力してくれるって言ってくれた。何人も」
「そうとくれば、その『みんな』と考えるのです」
「ありがとう。だけど、すぐにとはいかないかもしれないの。それに、兄さん達があれからどこへ行ったのかも分からない。私には分からないことだらけなの」
 そうだろう。
 天御柱学院にやってきたと思ったら、白金の【ナイチンゲール】のパイロットとなり、シャンバラでの争いに駆り出され、鏖殺寺院のものと思われていた青いイコンがその寺院を壊滅させたと思ったら、それに乗ってる女パイロットのパートナーが自分の兄。
 あまりにも激しい三ヶ月間だ。
「……あの女の人は、戦場で壊すことを楽しんでいるみたいだった。だったら、戦いが起こるところに行けば、また会えるかもしれない」
「でも、あれを止めるのは簡単なことではないのです」
「うん。だけど、きっと大丈夫。今はそう思えるの」
 元々、オルフェリアは青いイコンのパイロットを殺さないようにしたいと考えていた。相手はベトナムで教官達と、イーグリット部隊を消し去った上に、五月田教官の腕を持ってった。
 学院にとっては、天敵でもあるのだ。
 いくらヴェロニカの兄だろうと、あれに強い敵対心を持っている生徒だっていることだろう。
 それでも彼女の兄さんを助けるために、自分のように、友達としてヴェロニカの力になりたいと考えている者がいる。
 そういう仲間が彼女を励ましたからこそ、今の毅然としたヴェロニカがいるのだろう。
「お待たせ、ヴェロニカ」
 そこへニュクスがやってくる。
「ふふ、ほんとモテモテね。嫉妬しちゃうわよ?」
「か、からかわないでよ、ニュクス」
 そしてオルフェリアに、温和な顔を向けた。
 そっと耳打ちをしてくる。
「あの子のこと、これからもよろしく頼むわね」
 ヴェロニカを独りにしないように、と。
 そう口にしたわけではないが、そんな意味が込められているに、オルフェリアには感じられた。