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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第2回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第2回

リアクション

(・ナイチンゲールを見上げて)


 天沼矛内、イコンハンガー。
 アウリンノール・イエスイ(あうりんのーる・いえすい)が機体の整備を行っている中、天御柱学院ではない生徒がハンガーの中にやってきた。
「こんにちはー、科長さん」
「おいおい、さっさと学院から出てったくせに何しに来たってんだ?」
 朝野 未沙(あさの・みさ)は整備科科長のグスタフ・ベルイマンに挨拶するも、怪訝そうな顔で睨まれる。
「ちょっとヴェロニカさん達に会いに」
「なんで今ここにいるって知ってんだ? まあいい、余計な真似したら追い出すが、一応はここで整備してたんだ。入っていいぞ」
 無事にハンガーの中に入った未沙はヴェロニカ・シュルツ(べろにか・しゅるつ)の姿を探す。
「ヴェロニカさーん、ニュクスさーん」
 手を振りながら、白金のイコン、【ナイチンゲール】を見上げる二人に声を掛ける。
「えーっと、未沙さん、だっけ?」
 学院の整備科にいたとき、未沙は度々ヴェロニカと顔を合わせている。とはいえ、それほど話したことがあるわけではなかった。
 が、彼女にとってそれは大した問題ではない。
「そうだよ、久しぶりー」
 そのまま間髪入れずに本題に入る。
「イコンシミュレーターってさ、機体のデータがそのまま反映出来るんだよね?」
「うん。科長さんからそう聞いてる」
「でもそのためには、まずは機体の整備をして実データを取得する必要があると思うんだ」
「え、そうなの?」
「まあ、妥当な考えね」
 ニュクス・ナイチンゲール(にゅくす・ないちんげーる)が呟いた。
「内部的に得たデータに頼ると思わぬ落とし穴に嵌まることもあるから、整備の基本はやっぱり人手によるものだよ」
「うーん、そうなのかな?」
 シミュレーターの場合、そういった機器の故障のようなトラブルは、そういう想定でのシミュレーションにしない限りは起こりえない。だが、現実の世界ではそういった事態が常に起こり得る。
「だからお願い! あたしにも手伝わせて」
 本当は試作段階の第二世代機、ブルースロートの整備を行いたいものの、学院の生徒ではない今は触らせてもらえそうにない。
 だから、その元になった唯一の機体なら、ヴェロニカとニュクスに頼めばいじらせてもらえると思ったのである。
「えっと……私達だけで『いいよ』って勝手に判断出来ないの」
「あくまで整備科の管轄なのよね。外部の整備士に手伝ってもらうときは、ちゃんと手続きを踏まなきゃいけない。まあ、一通り見るだけなら構わないわ」
 さすがに、そう単純にはいかないようだ。
 とりあえず、機体がどんなものかを見せてもらう。
「これはあたしが整備をする上での考えなんだけど」
 機体を眺めながら、未沙は二人に言う。
「今、この子があるのは、造ってくれた人や今まで整備してくれた人達の想いがあるからで、あたいはその想いを受け継いで反映してあげれたら良いな。
 ……って思ってるんだ」
 ナイチンゲールはきっと、色々な人の想いが詰まってる大事な機体。自分もそういう人達の仲間になりたい。
 そういう考えがあってのことだ。
「ニュクス、どうしたの?」
 ヴェロニカが急に寂しげな顔をしたニュクスを覗きこむ。
「…いえ、何でもないわ」
 それまで優しげな表情をしていたが、一瞬だけ鋭い視線を感じた……ような気がした。
(気のせいだよね)
 現に、今はもうさっきまでと同じ雰囲気だ。
「おい、そこで何をやってやがる?」
 不機嫌そうな声が耳に響いてくる。
「ったくあのジジイ、何やってんだか……。おい、朝野。お前、学院からすぐにいなくなった分際で、『原初のイコン』に触ってんじゃねーよ」
「あ、いえ教官長さん、これは……」
「シュルツ、ナイチンゲール、お前らも部外者に勝手なことすんな。ちゃんと話は通せ」
 目つきの悪いツナギ姿の整備教官長、『姉御』である。
「見学は終わりだ。さっさと帰った帰った」
 そのまま『姉御』によって強制的にイコンハンガーから締め出された。

* * *


「機体のデータ取り、完了です」
 葉月 可憐(はづき・かれん)は機晶爆弾を対イコン妨害用に使えないか検討するため、アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)と一緒に自機である【澪標】からデータを抽出していた。
 ハンガー内にあるコンピューターを使い、データを色々組み合わせて試している。
 そんなとき、同じハンガー内で二人の少女の姿を発見した。
「こんにちは、ヴェロニカ様♪」
 ヴェロニカに笑顔で手を振る。
「こんにちは」
 表面的には、特に変わったところはない。
 が、シャンバラでの戦いのときから、ちょっと雰囲気が変わった、そんな気がした。
 ヴェロニカ達と一緒にナイチンゲールの機体を見上げる。
「そういえば守るって……決めたんですね。見方も、敵も、人全てを」
「……うん」
「ということはイコンも……守るんですよね」
 意外そうな顔をするヴェロニカ。
「……ふふ。地球ならともかく、ここはパラミタですからね」
「もちろんだよ。だって、イコンも私達と共にあるものだから」
 ニュクスがそんなヴェロニカを見て、「相変わらずね」といった感じで微笑んでいる。まるで保護者だ。
「これは私の自説なんですが……『人』の定義はきっと、もっと広いんです。
 シャンバラ人、機晶姫、魔道書、ドラゴニュート、神。あるいはイコン。自らの意思を他へ伝達する存在はすべからく人と定義してもいいんじゃないかって、私は思っています」
 パラミタの種族は、全員が地球人と同じような姿形をしているわけではない。そういったホモサピエンスとしての特徴に固執しているのは、おそらく地球人だけだろう。
 現に、彼女のようにパラミタ種族に対しそういった先入観、あるいは固定観念を持たない者も、パラミタと地球の交流が深くなるにつれ増えてきている。
「イコンの、意思?」
 果たしてイコンは自分の意思を持っているのか。ヴェロニカが視線で問うて来ている。
「それは簡単に見つかるじゃないですか。ニュクス様がまさに、そうじゃないですか」
「たしかに、【ナイチンゲール】はわたしの身体同然のようなものね」
 彼女にように、はっきりと自我を持っているイコンを、可憐は知らない。だが、意思があると思わせるようなものを感じてはいる。
「他のイコンだってそうですよ。ただそれを他へ伝達する方法が他の『人』と比べて乏しいだけ。それは『暴走』であったり、『覚醒』だったりと私達には伝わりにくいだけ。自分の中に入ってきた操縦者二人が、その全てを二人で分けようとするから拗ねているんです。本当はイコンだってそこにいるのに……」
 ゆっくりと歩きながら、彼女の機体である【澪標】へと近付いていく。
「曖昧な部分をイコンの意思だと認めてあげて、二人じゃなくて三人で乗っているんだと自覚すれば、きっともっとうまくいくんじゃないでしょうか。ヴェロニカ様と、ニュクス様と、ナイチンゲールのように」
 操縦技術が未熟なヴェロニカが機体をコントロール出来ているのは、ニュクスとナイチンゲールを信じ、また彼女に応えようとニュクス達が力を貸しているからだ。この前の戦場で、それが分かった。
「……だから澪標は、本当の意味でも境界線なんです。私と、アリスと、その間の存在……ね?」
 機体を撫でながら、呟く。
「ヴェロニカ様。この子達のことも……お願いします。この子達がこの子達足りえるように……。
 もちろん、私も出来る限りヴェロニカ様のお力になります」
「うん、ありがとう」
 トレードマークの青いスカーフをぎゅっと握り、ヴェロニカが答えた。
「そういえば、『暴走』『覚醒』以外にも意思を見られる破片はあるよねー」
 アリスが思い出したように口を開いた。
「それは、『女神の祝福』――。
 ナイチンゲールが、他のイコンへ私達には分からない何らかの手段でその意思を伝えている。だから、私達には影響がない。そう、生身の人間には」
「夢を壊すようだけど……そんなものじゃないわよ、『女神の祝福』は。それと、『覚醒』も。だって……」
 ニュクスがどこか寂しげな目で何かを伝えようとしてきたが、そこで押しとどまった。
「いえ、何でもないわ。けれど、そういう夢物語は嫌いじゃないわ」
 他ならぬイコン自身でもあるはずの彼女が、なぜ「意思」に対してどこか否定的なのか。
 ただ、可憐もアリスも、今聞くのは躊躇われた。
「二人は、何をやっていたの?」
 ヴェロニカが尋ねてくる。
「『暴走』した機体を落ち着かせる周波数を発する爆弾……とか。イコンに見られる現象がアビリティであるとするなら、それを防ぐ手段だってあるはず。
 だから可憐と一緒に研究してるんだけど、なかなかうまくいかないねー」
 アリスが苦笑する。
「あ、ヴェロニカさん、ニュクスさん、お茶飲む? なんだか頭こんがらがってきちゃったし、息抜きしよー」
 アリスが誘うと、二人は快諾した。
「ごめんなさい。先行っててもらえるかしら」
「どうしたの、ニュクス?」
「ちょっとね。すぐに行くから大丈夫よ」
 
 ヴェロニカ達が行ったのを確認すると、ニュクスは【ナイチンゲール】の前に一人佇んだ。
「……別にあの子達は何も悪くない。いえ、このままでいいのよ。何も知らないままで」
 その瞳に映るのは、決して戻らない遠い日々。
「大丈夫よ、ヴェロニカ。今回のあなたは決して孤独なんかじゃない。あなたの仲間が、きっと導いてくれるはず。だからわたしは――」
 自分の頭の中だけで言葉にする。
「あなたと、あなたの仲間を守り抜くわ。今度こそ、必ず」