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まほろば遊郭譚 最終回/全四回

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まほろば遊郭譚 最終回/全四回
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第ニ章 貞康の遺言1

 扶桑の噴花により、マホロバ幕府はもとより各藩もその対応に追われていた。
 ようやく集まってきた情報をまとめると、桜の花びらにより姿を消したものはマホロバ全土でも多数に渡っており、その数、数万から数十万人にのぼるのではないかと見られていた。
 一刻の早い対応が問われる事態に、城内も下や上へと幕臣たちが駆け回っていた。
「状況は良くはないな。噴花による二次災害も起こりうる。救護所の様子はどうなっている?」
 マホロバ幕府陸軍奉行並武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は次々にやってくる報告書や八咫烏のもたらす情報に目を走らせていた。
「このままでは……やはり、体制を整える必要があるな。総奉行殿にもお力をお貸し頂きたい」
 牙竜は、葦原明倫館総奉行ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)に、葦原からシャンバラ政府への震災復興の協力体制の助力を得られないかと打診した。
「もちろん、葦原はアメリカ軍への要請もしてるでやんす」
「俺は今後のことを考えて、葦原藩に外務的な役割をお願いできないかと思っている。シャンバラとの国交により、扶桑を助けた世界樹イルミンスールへの狩りも返さなくてはいけない。マホロバは復興を果たすと同時に、この事態を記録し国内研究も進めなくては……」
 ハイナは呼びかけるのは構わないが、それに対してシャンバラがどう応えるかは分からないといった。
「なにしろ、シャンバラは問題を多く抱えていやすからね。シャンバラ内だけでなくコンロン、カナン……エリュシオン。正直、マホロバにまで手が回るかは微妙でやす。つい最近まで東西分かれたり、戦争したり、悪魔と戦ったり……マホロバは巻き込まれなかったおかげで、国の体制を維持できたとも言えるかもしれない。下手に手を出して『藪をつついて蛇を出す』、ともいうでありんす。噴花が起きたとはいえ豊かさから言えば、もしかしたらマホロバのほうが上と言えなくないでありんすよ」
 女王不在によって土地が枯れ、人々の貧しい暮らしを強いられたことは、パラミタ各所で明らかになっていることだ。
「まず、国内をどうするかが先でありんす。数千年後にこうなることを想定して黄金を蓄えさせていたマホロバは、まだ望みがあるでやす。……で、その黄金はどうするのでありんすか」
「まず、復興に当てます。噴花による被害で怪我や心傷を負ったものも少なくありません。そういった人々の支えにします。また、マホロバの民が健康に安心して暮らせるよう、医療体制を整える必要があるでしょう」
 重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)は、幕府が率先して健康保険制度を取り入れるべきだといった。
 民間医療保障が進んでいるアメリカ人のハイナにはあまりピンと来ないようで、現代的な医療制度に馴染みがない将軍後継職の鬼城 慶吉(きじょう・よしき)も理解できず、リュウライザーに問うた。
「その保険とやらを幕府が管理するのか、どうやって。今直ぐできるものなのか? ……黄金である程度のほどこしはできようが……療生所の設置はどうか? 費用は幕府が出すが」
「もちろんです。これは提案の段階ですから具体的にどうするかは議論されなくては。当面は、今困っているものが優先されるべきでしょう」
 龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)がおずおずと顔をのぞかせる。
「私も提案があります。先日、大火で焼けてしまった東雲遊郭ですが……他の遊女街も東雲と同じように、条件を満たせば公許とする許可をいただきたいのです。そして、遊郭からの納められる税を黄金の蔵への貯蓄金として、マホロバの有事に備える――」
 幕府唯一の公許としていた東雲遊郭は、実は噴花に備えての蓄財を得る場所としてつくられていた。
 国内最大の遊郭をつくらせたマホロバ初代将軍鬼城 貞康(きじょう・さだやす)は、最期までそのことを語ろうとはしなかったが、彼が残そうとしたものは、今こうして彼らに引き継がれようとしている。
 慶吉は一同を見渡すように語った。
「それをきいたら貞康公はさぞお喜びになるだろうな。私には理解できなかったが、あの方は遊郭をただの金集めの場所としてではなく、本当に好いておられたようだった。たまに私の寝所に来られては、様々な男女の話をされていった。人々がありのままの姿で生きようとしているのを見守っておられたようだ。ずっとそのことを気にかけていて、遊郭でつくりだされる活力と金が……お上や国など関係ないと思っているような人間が、実は国や人々の支えとなることもできると知ったらと、よく言われていた」
「そうですね……遊郭はこれまでとは違う、日本の京都の祇園のような花街として社会的地位を目指します」
 灯は、それには水波羅遊郭の力も必要だといった。
 伝統あるあの街は、マホロバの文化の象徴ともなるだろうと考えた。
「武神様、ハイナ様、皆様……慶吉様も。皆様がお集まりになっているときいて、白姫も私の意をお伝えに参りました」
 樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)が、土雲 葉莉(つちくも・はり)隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)を連れていた。
 彼女たちは主を護るかのように従っている。
「一番の難題は、残った人々が噴花の輪廻転生を話しても受け入れられるかでした。天子様や貞康様が表にだされなかったのも、伝書されなかったのも、そのことがあったからだと思います。ですから今は、扶桑様、天子様のご病気ということで、被害からの復興を幕府主導で行っていただきたいのです」
「大奥の方々がそのようにお考えなら、我々もご協力いたします」
 牙竜も大奥の協力なしで、この局面をのりきれるとは思っていない。
 歴代の老中が、大奥への気遣いに苦労していたのを今更ながらに思い出していた。
武神 雅(たけがみ・みやび)が横から進言する。
「ただ扶桑に関しては、出来る限り記録を残しておきたい。噴花は情報の少なさ故に、こちらは完全に後手に回ったのだから」
 彼女は、今回の現象、発生した被害、かかった経費などを資料としてまとめるといった。
「情報集めのために都にいる見廻組も働いてもらおう。あちらも大変だろうが」
 牙竜たちの言葉に、白姫も少し安堵したようだった。
「まずはマホロバの安定が願いです。これから外国と付き合おうとするなら尚更のこと」
 また、白姫は、国交のあるシャンバラに対してもそのようにして欲しいといった。
「国内の農産物だけでは足りないかもしれません。埋蔵金でシャンバラから買い付けることができたら、各藩へ配布を。幕府と将軍家の復権が人々の不安を和らげるでしょう。そして――何よりも大事なこと、大奥は存続させます。これからのマホロバにも天鬼神の血は必要。鬼鎧の事を考えても、鬼の血を絶やさないようにしなくては……。将軍家の真実を知っても覚悟あるものだけが、大奥に入れるように私たちも力を尽くす所存です」
 白姫の決意は、大奥取締役、代理両人も同意を得ているとのことだった。
「さて、それじゃ支援方法について。諸藩への輸送なら俺様に考えがある」
 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が幕府の船団を使えるかの交渉していた。
「船舶である理由、陸送より大量・迅速な輸送が可能だからな。幕府が落とす金は、ここからマホロバ全体に回り始めるぞ」
 光一郎は藩内の物資の分配は、諸藩へ依頼するべきだといった。
 これは幕府財政の中央管理機構といえる勘定所管理の負担を軽減することを目的とするものである。
 その一方で、地方に置かれている代官所の見直しが行われ、光一郎がそれらにあたることになった。
 地方の監視体制が不十分であると、どうしても不正が発生することは避けられない。
 第四龍騎士団の動きが気になるところだが、瑞穂藩のこともある。
 瑞穂藩を取り潰すのではなく、もう一度マホロバ側に引き入れるためにも、物量と情報幕府が掌握し、その為の飛脚駕篭かきを優遇し幕府お抱えとする――。
 それが光一郎の構想であった。
 これは後々、近代的な戸籍制度を取り入れるための準備であり、土地や家ごとの年貢ではなくでは、個人や法人といった収入に対し現金による課税制度へ移行させるため、いずれは社会保障につなげようというものである。
 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が、輸送船団はその足がかりにすぎないと言った。
「マホロバの農業・経済は内需でも回ってこれたが、海外からの安い農作物が入れば、そうもいっておれんだろう。貨幣価値の変動もあるだろうし、国内農業保護のため国産品は多少割高でも買取る方針も必要だ。戦勝終結後に、民間資本を集めることが出来れば、国策輸送会社が作れそうだ。あるいは財閥とか……」
 オットーには心当たりがあるようだったが、この場にはいない人物だったためにそれ以上の発言を控えた。
「マホロバ国内での会社作り……白姫も考えていました。雇用対策と技術獲得は国の支援が必要です。南臣様、ハーマン様、何卒お願い申し上げます」
 噴花により、収穫の秋には未曽有の飢饉が起こることが予想される。
 その先にも課題は山積している。。
 第四龍騎士団の存在は、復興と自立を目指すマホロバにとて厄介者以外の何者でもない。
 何よりも早い戦争の終結が望まれ、その為に人々は力を合わせていた。




葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)様と離縁しただと? 本気でいってんのか」
 鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)に方針を伝えにきた牙竜は、貞継からの突然の知らせに絶句していた。
「もう託卵で将軍継嗣の子を残すことはできない。ここにいても、子を持てぬ房姫が惨めになるだけだろう」
「マホロバと葦原の関係はどうなる」
「葦原の尽忠報国の志が揺らぐことはないと信じている。それに、葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)だからこそ、今後に期待している」
 牙竜は貞継の表情から、これは後ろ向きな理由からではなく、マホロバの対外政策も絡んでいることを読みとった。
「白継(しろつぐ)はまだ子供だし、将軍というのは、容易に国を離れるわけにもいかないものだからな」
「……貞継、女に恨まれるぞ」
「これが噴花に逆らった者の成れの果てだ。一生、あがき続けるのだろう。よく、見ているといい」
 貞継は、幕臣たちによって書かれた書状に視線をおとした。
 物資の輸送先には瑞穂藩の名もあり、護衛のために鬼鎧やイコンが必要とあった。
「あとは瑞穂か……どこに着地するのか」
 貞継は鬼の血がざわめくのを感じていた。