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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―
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第四楽章「対価」


 トゥーレからイコン部隊が出撃する少し前まで遡る。
 ホワイトスノー博士から選択肢を与えられた者達は、答えを決めていた。いや、彼女の場合、その存在を知ったときから迷うことなどなかったのだろうが。
「当然ですよ。鋼鉄の腕は私の細腕より脆いのですか? 的が大きくなった分を補える機動も出来ないのですか?」
 リスクを知った上で「それでも乗るのか」とい問い掛けに、牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は平然と答えた。
「何も変わりませんよ」
 イコンに乗っていようが、生身で戦おうが。単に自分の身体がイコンサイズになっただけ。アルコリアにとってはそんなものだ。
 一度失くした四肢が生えてくるなんてことはない。だが、機械であるイコンは直すことが出来る。それが甘えや無謀を生むことになるのは、必然的とも言えるだろう。だが、それが自分の身体であるという自覚がある以上、彼女にそんなものはない。
「……そうか。では、最終調整を始めよう」
 レイヴンに使われているブレイン・マシン・インターフェイス技術の応用によるモーショントレーサー。その機能を十分に引き出すためには、パイロットの詳細な身体データが必要になる。
「先日、マイロードの生身の戦闘データが必要ということでしたので……シーマ、例の物を」
 ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)を呼び寄せる。
「生身での戦闘データだ。集められるだけ集めた」
 アルコリアの基礎的な身体能力だけでなく、実戦における戦闘データも提供する。
 メモリープロジェクターのメモリとナコトの復元したもの。および最近行ったアルコリア対シーマの模擬戦闘の映像があった。
「戦闘時の気温湿度、戦闘を行った高度、気圧、攻撃時の衝撃波と飛び散る血肉・装甲破片の速度、角度等……ほぼ計算してきてありますので、それなりに正確なデータかと。確認ついでに算出した資料はこちらになりますわ」
 それらを元に、ホワイトスノー博士が調整を進めていく。
「これだけあれば十分だ。ダメージフィードバック機構以外の部分に関してはほとんど完全な状態までもっていけるだろう」
 慣れた手つきでデータ入力を行っている。途中、何かに気付いたかのようにナコトと視線を合わせたかと思うと、博士が一枚のメモリーカードを彼女に手渡した。
「現時点までの魔力ユニットの設計図と、構造理論だ。渡しておこう」
「なぜ、今それをわたくしに?」
「地上部隊と一緒に、私もあの古代都市に乗り込む。万が一のときに備え、魔法の心得のある者に引き継げるようにすべきと思ったからだ」
 プラヴァーのマジックパックよりも高度な技術が必要であるため、まだ実装することは出来ない。しかし、魔力ユニットはあと一歩というところまできているようだ。
「では、ありがたく頂戴致します」
 機体性能を考えれば、ナコトが随伴するのは困難だ。彼女はそれを元に魔力ユニットの開発と、古代都市における機体の戦闘データの整理を行うことになるだろう。
「塗装はこんなところか」
 シーマが機体に迷彩塗装をする。空の蒼色だ。
 機体の調整が終わり、アリコリアはレイヴンモーショントレーサー搭載型――【アリスジャバウォック】への搭乗準備を始める。
「行きましょうか、シーマちゃん、ラズンちゃん」
 ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)を身に纏う。
『きゃははは。素敵な素敵な、捻じ曲がった『健常者』と戯れるなんて、最高ね』
 実に楽しげに、ラズンが声を発した。
『反吐塗れのこの世界、許せないのはノーマルな人だけ。化物染みた力を持ってるくせに、自分自身はノーマルを気取り、反吐が大好きな変態は理解出来ないから全てを洗い流し、『健全』な人だけでやり直そう? 大好きだよ、そういうの』
 その手の人種だけでなく、反吐の大好きな変態も。アルコリアもラズンも、二人とも。
「……本当に退屈しませんね。この世界は」
 戦う理由など、それだけで十分だ。

* * *


「ミネシア、この戦いは戦争でも何でもありません。敵味方問わず、誰も死なせないで終らせます。これが私の、力を持つ者としての答え。そしてノヴァへの意思表示です」
 シフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)もまた、覚悟を決めていた。
「わかってるよ、わざわざ言わなくても、さ。『つー』と『かー』ってヤツだよね? シフとなら地獄の果てだって大丈夫だからさ……何があっても置いてかないでよね?」
 ミネシア・スィンセラフィ(みねしあ・すぃんせらふぃ)がシフを見上げる。
 ブレイン・マシン・インターフェイス搭載ジェファルコン、通称【ヤタガラス】。その潜在能力は、まだ机上の空論に過ぎない第三世代機のコンセプトを実現出来るものだとホワイトスノー博士は説明してくれた。
 だが、まだ調整が完全ではなく、その性能ゆえにパイロットにどれだけの負担がかかるかは計り知れない。
「ええ、もちろんですよ。では、そろそろ戻りましょうか」
 【ヤタガラス】はトゥーレからではなく、天沼矛内にあるイコンベースの無事だった区画で行われる。
 そこで整備されるのはわずか三機――いずれも特殊な機体だ。
「悪いが、話は聞いちまったよ」
 ヤタガラスの元へ戻ろうとしたとき、一人の青年が声を掛けてきた。紫月 唯斗(しづき・ゆいと)である。
 イコンを改造するためには、葦原島では設備が不十分だ。そのため、この天沼矛のベースに運び、技術者に「鬼鎧のデータ収集と引き換えに」整備依頼を出していたのである。
 クーデターでベースの四分の一が破壊されたことを聞き、機体の無事を確認しにやってきた。その途中で、偶然にもシフとミネシアの会話を聞いてしまったらしい。
「ま、どーせ言っても止まらないんだろ? だったら俺を一緒に連れてけ。これでもそこそこ戦えるんだ」
「紫月さん、いいのですか? お気持ちは嬉しいのですが……」
 思いがけない申し出に、少々戸惑う。
「単機で出るよか生存確率は上がるだろうよ。何かあっても絶対に助けるからな」
 そう言われると、断る理由もない。
「分かりました。宜しくお願いします」
 出撃後に合流するということで示し合わせ、その場は一旦別れた。

 ちょうどその頃、シフのパートナーの四瑞 霊亀(しずい・れいき)は、【ヤタガラス】の調整を行っていた。
(伝承では八咫烏は太陽の化身とも言われるし、道を照らすというのもありうるかもしれないわね)
 ホワイトスノー博士から由来を聞いたところ、やはり日本神話からであり、三本足をトリニティ・システムと掛けているようだ。
「博士、確認してもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「レイヴンで出来たことは、この【ヤタガラス】でも出来ますか。その際、シンクロ率の最低値なども含めて違う箇所はありますか?」
 博士に尋ねる。
「当然、レイヴンで出来ることはこの機体でも出来る。各々の機能に必要なシンクロ率は同じだ」
 基本的には今まで乗っていたレイヴンのベースがジェファルコンに変わったと思えばいいらしい。しかし、「第三世代相当」ということは、まだ何かあるような気がした。
「機体性能でまだ教えて頂いていないことがあれば教えて下さい」
 シフ達が無事に帰れる確率を少しでも上げるために。
「決して誰にも話さないことが条件だ」
「はい。シフとミネシア以外に伝えるつもりはありません」
 一呼吸おいて、博士が口を開いた。
「ネクスト――ジェファルコンとの違いは、ブルースロート抜きでエナジーウィングのシールド化が行えるという点だ。また、その翼は刃にもなり、翼を形成するエネルギー粒子をビームとして広範囲に射出することも可能だ。攻撃と防御は同時に行えないが、従来通りのフォースフィールドやサイコキネシスの出力による力場形成も併用すれば、隙はなくなる」
 それだけでも圧倒的だが、さらに「完全覚醒」の存在を知らされる。
「限界時間は十分、ですか」
「一度起動したら途中での解除は不可能だ。限界時間に達すれば、機体出力が大幅に低下する。第一世代機であるイーグリット以下だ。教えておいてなんだが、あえて言おう。
 ――パートナー死なせたくなければ、使わせるな」
 ホワイトスノー博士によれば、トランスヒューマンでさえ機体を起動させるだけでも脳と身体の両方に大きな負荷がかかる可能性が高いという。完全覚醒状態ならばそれがなくなるらしいが、それが切れた後、どれほどの反動が来るかは分からない。
「……はい」
 それで【ヤタガラス】の説明は終わる。
 そこへ、シフとミネシアが戻ってきた。
「出来うる限りの調整はしたが、それでもまだ安全であるとは言い切れない。それでも、気持ちは変わらないか?」
「はい。博士、ありがとうございます。新しい翼、ただ戦うためではなく、より良き道を照らす標として使わせていただきます。
 ――この戦いで、最良の未来を得る為に」
「無事に帰って来い。自分の造った機体が、乗り手を殺すというのは本意ではないからな」
 口振りからするに、墜とされないだけの絶対の自信を持っているようだ。
 霊亀は魔鎧の姿となり、シフに纏われる。
『いつものことだけど、セルフモニタリングは忘れずにね?』
「ええ、分かってますよ。では、行きましょうか」