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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~決着~

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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~決着~

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 ……その後、竜形態になったニーズヘッグにイルミンスールの枝を括りつける作業が行われていた。
「うぅ、イタイですぅ……」
 その間、エリザベートは頭を抱えていた。当人にとっては、髪の毛を思い切り引っ張られた感覚があったらしい。
「校長先生、少しの間、お話いいですか?」
 ミレイユが傍に寄り、一呼吸置いて、話し始める。
「エリザベート校長はわがままだなんだって言われているけど、それだけじゃなかったですよね。
 いい事も悪い事も一生懸命受け止めようってがんばってくれてたの、ワタシ……覚えています」
「……そうなんですかねぇ。私にはよく分からないですぅ」
 ミレイユのおそらく賞賛の言葉を受けて、エリザベートはぷい、と視線を外す。表立って褒められるのに、慣れてないから。
「なら尚更、それがどれだけ重荷になってたのか、もっと考えるべきでしたね。
 ごめんなさい……」
 深々と、ミレイユが頭を下げる。どうしてあなたが謝るのですか、という顔をして振り返るエリザベートに、ミレイユが言葉を続ける。
「こんな事になって、もう無理なのかもしれないけど……。
 悪い事ばかりじゃなかったって、思い出してもらえるだけでもいいですから。
 ……全部、嫌いにはならないで下さい。お願いします」
 言ってもう一度、頭を下げるミレイユ。ややあって、エリザベートの言葉が降る。
「……好きとか嫌いとか、難しいですぅ。あなたの言う、嫌いではない、というのはどういう状態なのか、私はどうあなたたちに接すればいいのか、それがよく分からないのですよぅ」

 はっきりと人を好き、嫌い、というのは全体から見れば少ない。1割好きで1割嫌い、後残りは『好きでもないが嫌いでもない』という感じである。
 人によっては、この8割の人に対する接し方にひどく難儀する。相手が自分のことをどう思っているかが、はっきりと分からないから。
 考えれば考えるほど、好きか嫌いかがよく分からなくなってくる。そこに熟慮が加われば、『曖昧なもの』で社会は成り立っているのだということが自分なりに理解できるかも知れないが、十年も生きてないエリザベートにそれを求めるのは難しいだろう。

「ワタシはこれからも、イルミンでがんばっていく。そう決めてますから」
「……そうですか」
 エリザベートにとって、今はそれだけを答えるのが精一杯だった。
『おい、準備が出来たぞ。すまねぇがちっと手伝ってくれ。なに、一緒に来てくれるだけでいい。
 チビに力使わせるわけにもいかねぇしな』
 そこに、ニーズヘッグからの“声”が聞こえてくる。
「チビって言うなですぅ!」
 ぷんぷん、と怒りながらエリザベートが立ち上がり、
「あなたたち、行きますよぅ」
 ミレイユとコウに手を差し出し、テレポートの準備をする。二人は手を取り、そしてニーズヘッグの下へと向かう――。

『よし、これで行けるぜ。見ろ、枝がぼんやりと揺れてる様に見えるだろ?』
 ニーズヘッグの発言通り、クリフォトに差し込まれたイルミンスールの枝が、その形を保っていないように揺らいで見えた。枝そのものが、クリフォト内部、ベルゼビュート城とを繋ぐ道になっているというのだ。
「では、行きますよぅ――って、あなたたちは何ですかぁ?」
 行こうとしたエリザベートとミーミルの前に、複数の生徒たちが立ちはだかる。
「クリフォトの中でしたら、多少は徘徊して構造を知っていますので、案内は出来るかと思います。
 招待されていたのに路を閉ざす結果になった責任もあります、校長がベルゼビュート城へ向かうのであれば、私達も付いて行きます」
「そーそー、それに向こうに行く用事もあるしね! だから一緒に付いて行きます!」
 沢渡 真言(さわたり・まこと)三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)がそれぞれ思いの内を語り、二人の背後ではマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)がやれやれといった表情を浮かべ、ミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)がのぞみとロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)、双方に険しい視線を向けていた。
「リリも、大ババ様に渡すものがあるのだ。大ババ様にも帰りの切符を渡してやるのだよ」
「敵の本拠地なわけだから、当然魔族がわんさかいることになるわよね? いくら校長だからって、帰って来れなくなるかも知れないじゃない」
 棺桶(中にはアーデルハイトのスペアボディが入っている)を箒に乗せてリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が、如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が、「アーデルハイトもエリザベートもちゃんと帰って来れるように」と付いて来ることを宣言し、カイン・クランツ(かいん・くらんつ)ユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)が続く。
「ちょっくら大ババ様にぶちかましてくる。思うところがあるんでな」
「がっはっは! ルシファーだか何だか知らねぇが、俺様のテクでモノにしてやるぜ!」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)がハリセンを片手に、ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)が両手をワキワキさせながらアーデルハイトに会いに行くと言い、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)バーバーモヒカン シャンバラ大荒野店(ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん)もやはり続く。
「なんだかんだで皆、婆さんのこと助けたいって思ってんじゃない? こんなに付いてくって人いるんだからさ。
 何とかなるわよ、今までだって何とかなってきたんだからさ」
 パビェーダを連れた菫が、ニーズヘッグとアメイアに視線を向けて言う。イルミンスールはこれまで、聖少女――ミーミルとヴィオラ、ネラ――、精霊――五精霊――、雷龍と氷龍――ヴァズデルとメイルーン、守護龍と七龍騎士――ニーズヘッグとアメイア――と、壮絶な戦いを繰り広げた後に仲間として受け入れて来た。ここに魔族が加わるのは別段おかしいことではないだろう、そういうお話であった。
「……まったく、皆さんバカばっかりですねぇ!
 こんなことをするのは私一人で十分ですよぉ! それでも付いて来たければ、勝手にしなさぁい!」
 ぷいっ、と後ろを向いてしまうエリザベート、だがしばらくして、どこか恥ずかしそうに振り返って、

「……分かりましたよぅ。みんなで一緒に行くですぅ」

 そう、確かに口にしたので、

「……おーーー!!」

 それに応えて、そして皆が手を取り、揺らぐ入口へと向かっていく――。

「さて……後は中で何やら切羽詰まってるアイツが、早まらねぇかだな」
「ああ……おそらくアーデルハイトは、一人で決着をつけるつもりのようだからな」
 生徒たちを見送ったニーズヘッグとアメイアが呟く、直後、一機のアルマインが入口へと飛び、何やら準備をしているようだった。

「大ババ様! ここまで大きくなった事態に一人で決着を付けようなんて真似はさせませんよ!」
「もし、少しでも自分達を信じてくれる気持ちが残っているなら、早まらずに待っていて下さい!
 皆さんが必ずそこへ向かい、貴女の事を助けます!」

 ザカコの乗る機体が、スピーカーを使って内部に呼びかけているようであった。
「……どう思う?」
「効果は知れぬが、声が届いた場合は、躊躇うだろうな。ともかく、無駄ではないと思う」
 二人がそう評した所で、今度はまた別のイコンがクリフォトに向かっていく――。

『突然呼ばれたと思ったら、まーた幽那ちゃんの植物愛の暴走でしたのね』『でも、そういうの嫌いじゃないぜ!』
「……たとえ世界の敵であろうと、植物を救うのは当然であろう?
 母もそれを望まれている、ならば治療に、全力を尽くすまでだ」
 龍樹【ロサ=アテール】上で、キャロル著 不思議の国のアリス(きゃろるちょ・ふしぎのくにのありす)アッシュ・フラクシナス(あっしゅ・ふらくしなす)がそれぞれ口を開く。二人の前に乗る多比良 幽那(たひら・ゆうな)は、穴を穿たれ見るも無残な姿になったクリフォトを目の当たりにして、たいそう心を痛める。
(確かに、クリフォトちゃんを痛めつけないと今後が危ないのは知ってるわ。流石の私も、そのくらいは許容する。
 ……だけど! しっかり治療はさせてもらうわよ? だって、クリフォトちゃんは私の娘だもの)
 たとえこれまで散々イルミンスールを苦しめてきた“敵”であろうと、幽那の前では等しく“娘”であった。
『私はこっちの枝を切りますわ』『俺はこっちの枝を落としてやるぜ』
 アリスが刃物を持ち、傷ついて回復の見込みがない箇所を落としていく。ざくざく、ざくざくと実に楽しげに切り落としていく。
「母よ、この薬で合っているか?」
 綺麗にした傷口から、アッシュが薬――と書いているが、肥料のようなもの――を流し込んでいく。粘性の液体は枝を艶やかに濡らし、細かな傷口を塞ぐ効果がある。
「後は、大きな傷口から雑菌が入らぬよう、覆って……と」
 そして幽那が、包帯を巻くように傷口を自然素材のもので覆い、これを全ての傷口に対して同様に行なっていく。たった一組で途方も無い作業量であるが、一行はどこか楽しげであった。
「母よ、効果はどれほどであろうな」
「これだけのケガだもの、すぐには出てこないかも知れないわ。
 でも、私はやる。きっとこの子を、回復させてみせる」
 効果があろうとなかろうと、実行する。それが彼女なりの植物愛であった。

「…………どう思う?」
「…………言葉に迷うな。世界樹を治療するなど、聞いたことがない」
 幽那たちの行動を見て、ニーズヘッグとアメイアはどうコメントするべきか悩んでいるようだった。……ちなみに後で分かったことだが、この時の幽那の行動が、コーラルネットワークに影響を与え、「もうちょっとだけ見守ってみるか」という判断を下させたのであった。
 故に、彼女の行動は、全く無駄ではなかったのである。