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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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bold}・1月19日(水) 16:45〜


 放課後。
 この日から、風紀委員のテストが始まる。超能力の使用による精神力の消耗を考慮し、一日あたり大体三、四人でルージュが試験日程を組んでいた。
 自分の番に合わせ、葛葉 杏(くずのは・あん)は試験会場である超能力訓練所まで足を運んだ。
「実績のある人間を指名するんでしょ、その指名する手間を省いてあげに来たわ」
 会場にいるルージュの姿を見つけた。
「なんだったら、風紀委員長にもなるわよ」
「大した自信だ」
 彼女に対し、堂々と宣言した。
「葛葉 杏。『例外』か。面白い女だ」
 その二つ名は引っ掛かるが、超能力科にも彼女の名前は知れ渡っているらしい。
「手っ取り早く言うと、あんたをぶっ飛ばせばいいのよね。楽勝、楽勝」
「五分だ。俺を無理に倒さなくても、それだけあれば実力は判断出来る」
「五分? 一分あれば余裕よ」
「それは俺が決めることだ。始めるぞ」
 テスト開始だ。

「杏さん頑張ってー。その人元ランクSの強化人間ですぅー」
 橘 早苗(たちばな・さなえ)は、間延びした声で杏の応援をした。新体制に移行した際、強化人間のランク制度は廃止になったが、風紀委員の管区長の一人である彼女は有名だった。一応、杏と早苗も、アイスキャンディ事件の際にルージュを手伝っている。非契約者であるにも関わらず、契約者と互角以上に戦えるとの話だ。だが、杏はルージュ達の本気を見たことがない。ゆえに、やや心配な部分はある。
 しかし、自分大好きで他人を自分の引き立て役としか思っていないように見受けられる杏が、人のために動く風紀委員会に所属するというのだから、何か意図があるのだろう。ならば挑発的な態度とは裏腹に、相手をしっかりと見据えてこのテストに臨んでいると考えられる。
 テスト開始直後、流星のアンクレットで加速した杏が、ルージュとの距離を詰めた。遠距離だと、炎を自在に操るルージュに分がある。
 杏の前に、炎のカーテンが広がった。
「杏さん、それに触れちゃダメですー!」
 それ自体は、パイロキネシスによるものだ。だが、ルージュの炎は触れれば確実に「侵食」し、本人が解除しない限り消えることがない。
「だったら!」
 サイコシールドを構え、フォースフィールドの力場を展開し、カーテンを突破する。だが、そこにルージュの姿はない。
「上!」
 杏が炎を突破するタイミングで飛び上がり、バック宙を行っていた。
「避けてみろ」
 炎の壁が杏を囲い込む。
 ルージュが指を鳴らすと、それが杏を飲み込んだ。
「さっきのは虚勢か、葛葉 杏?」
「さんを付けろよ火遊び野郎!」
 だが、杏は無傷だった。炎の壁を抜けたと見せかけ、ミラージュを発動。フェイントによる残像が炎の中に残り、本人は壁の外に後退していたのだ。
 傍目から見ていた早苗は、それに気付かなかった。それほどまでに、杏の力は上がっていたのだ。
 空中で身を翻すルージュ。だが、彼女の落下地点に回り込み、地に足が着いた状態の杏の方が優位だ。
「この距離は『私の距離』!」
 早苗の目では見えないが、杏はフラワシ「キャットストリート」と共に、拳を繰り出した。
「見えなくても、そこにあるなら『感じる』ことは出来る」
 最小限の動きでそれらをルージュがかわしているのが見て取れた。
(そういえば、同じランクSには達人級の武術の使い手がいましたね……)
 彼女から手ほどきを受けたのだろう。
「どうやら、この距離では炎が使えないようね。避けるだけじゃ、限界が来るわよ」
「……そうだな」
 ルージュが杏を掴みにかかってきた。直接触れて炎上させるつもりだ。しかし、コンジュラーではない彼女に、「キャットストリート」の攻撃を避けながらそれを行うのは厳しいだろう。
 ルージュが触れるのが先か、キャットストリートの連撃がルージュを捉えるのが先か。
「私の立ち位置は、私が自分で決める!」
 杏がヒプノシスで眠らせようとする。だが、高位の超能力者に精神系の攻撃は通用しない。だが、一瞬何かをする、という素振りを見せることが重要だった。
 伸ばした手を引き戻し、ルージュが「キャットストリート」の攻撃をガードした。弾かれ、そのまま受身を取って着地した。
「お前の実力は分かった。テスト終了だ」
「あれ、終わり?」
「もう一分は過ぎている。それで余裕だと言ったのは、お前だろ?」
 結果は合格だ。
「そうだったわ。ま、テストならこのくらいよね」
 ESPカードを取り出し、杏がポーズを決めた。
(あ、杏さんはまだ本気じゃなかったっていうんですか)
 その事実に、早苗は驚愕した。

* * *


「ルージュさん、今日はよろしくー」
 この日、最後の受験者となったのは月谷 要(つきたに・かなめ)である。風紀委員に応募する際、停学処分になったことがあるため受けられるか不安だったが、杞憂だった。それを言ってしまえば、ルージュはクーデターを起こした側にいた人物である。表面的には「オーダー13」で操られていたという扱いのため、他の強化人間達と同じく処分は免れていた。
 要は現在高等部三年生であるが、4月から超能力科に編入ということで、原級措置が取られることになっている。もっとも、パイロット科に留まったままでも各科目の出席日数が足りず、単位不足で留年となっていたが。パイロット科を辞めるのは、左目の視力が著しく低下してしまったためである。まだ書類手続きは済ませていないが、それほどまでに致命的だ。
 周囲、特に知人から人外と呼ばれていることも考えれば、むしろ超能力科の方が性に合っているようにも思える。
「それじゃ、始めるか。準備はいいか?」
「おっけーだよー」
 ルージュの実力を、要は知らない。分かっていることといえば『炎帝』と呼ばれ、パイロキネシスだけなら学院で彼女の右に出る者はいないということくらいだ。しかし噂によれば、今の彼女は6月事件以前の四割程度の力しか出せないという。
(力を制限されてるからって、油断出来る相手じゃないよなぁ……)
 超能力科、特に旧強化人間部隊所属者は超能力の扱いに長けている。そのため、書面上の戦闘能力と実際のそれとの間には隔たりがある場合もある。
 開始直後、ゴッドスピードで速さを上げ、それに任せて先制攻撃を加える――と見せかけて、実際には途中でブレーキをかけて光学迷彩を展開。ルージュの放つ炎の壁に飛び込まずに済んだ。
 そこから、機巧龍翼で上昇。炎の壁よりも上から、ルージュを見下ろした。液体金属製の腕を槍状に――無論殺傷力は持たせないよう先端を丸め、疾風突きを繰り出した。
「手段を選んでられる程、強くも余裕もないんで、ねっ!」
 だが、要の視界に映っていたのは、幻だった。
「いない!?」
 会場を見渡しても、ルージュの姿はない。
『生憎、テストである以上相手の戦い方に合わせて実力を測る必要があるからな。手段を選ばない奴には、手段を選ばずにいかせてもらう』
 おそらく、ミラージュだろう。だが、彼女は炎の使い手だ。熱による光の屈折現象を起こすことで、自身の姿を消しているのだろう。
「見えているぞ」
 背後から声が聞こえた直後、強い衝撃が要を襲った。その一撃で機巧龍翼が機能不全に陥る。
「強くないのは、俺も同じだ。弱者には弱者なりの戦い方がある」
 理屈は単純だ。攻撃がぶつかる瞬間、サイコキネシスで衝撃を内側へ流し込む。サイコキネシスそれ自体の威力は使用者の腕力程度だが、瞬間的に与える力は馬鹿に出来ない。
「立てよ人外。この程度じゃないだろ?」
 発破をかけるためか、ルージュが挑発してきた。
「人外で結構! それで大切な人を守れるならねぇ!」
 姿を現したルージュに向かって、腕を変形しながら飛び込む。
 それを彼女が弾いた。
「本命はこっちだ!」
 ルージュが発火させる前に、左目からビームを発射した。彼女がそれを回避しようとするも、制服の右袖に直線状の傷が出来た。バランスを崩すも、すぐに受身の態勢に入る。
 要はこの隙を逃さなかった。もう一度腕を突き出す。が、その腕をルージュが咄嗟に掴み、身体を捻って回転し、要を地面に叩きつけた。

「まったく、とんでもない戦い方をする奴だ」
 基本的な戦闘能力は高いということで、要は合格となった。ルージュ曰く、「お前の攻撃は読めるが、身体は読めない」ということである。
「あ、ピロシキ食べる?」
「くれ」
 今日のテストは終了、ということでそのまま流れで談話していた。
「ルージュさん、その右腕」
「ああ、半年前に吹き飛んだからな」
 服の上からでは分からなかったが、ルージュの右腕は肩口から機械の義腕となっていた。また、顔の右側はメイクで誤魔化しているが、火傷の跡がうっすらと窺える。この半年、彼女も大変だったことだろう。
「月の方でも何か色々動いてるみたいだしねぇ。何もないのが一番なんだけど、まぁ何かあったらお互い頑張りましょう、ってことで」
 今後ともよろしく、と改めて握手を交わした。