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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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第五章 瑞穂の姫君2

「御前試合などと。兄上はどうしてこんなことをなさったのっでしょう」
 婚礼に出発する前日、瑞穂の城では婚礼衣装を確認する姫君の姿があった。
 魁正の実妹で、名を瑞穂 香姫(みずほの・こうひめ)と言った。
 カトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)が「さあ」と答える。
「香姫様は何か気づいたことは無かったの? 例えば、最近魁正様を尋ねた人とか?」
 カトリーンは身元を隠し、香姫の腰元として身の回りの世話を行っていた。
 パートナーの英霊明智 珠(あけち・たま)の働きもあってのことである。
 香姫は思い当たることがないと言った。
「兄上は戦続きで城をあけることも多かったですから。でも、武菱との縁組が決まって、一番喜んでくださったのは兄上なのです」
「そうなのですか。この時代では、政略結婚が当たり前ですけども……」
 珠も英霊となる生前、目の当たりにしてきた。
 互いに愛し合って添い遂げるなど、許される時代ではなかった。
 珠は相手のことが気になった。
「お輿入れ先の武菱 大虎(たけびし・おおとら)様は、どのような方なのでしょうか」
「武菱様は名将、名君と聞いております。都の上洛もその力があってのこと。武菱の隣りに葦原 総勝(あしはら・そうかつ)が居なければ、もっとはやく上ったであろうと、兄上も言っていました」
 香姫は真新しい織物に袖を通してみせる。
「わたくしはそのような名家に嫁げて幸せ者です。瑞穂のためになるのでしたら、喜んで両家の架け橋となりましょう
 そうとはいえ大虎と香姫は親子以上の年が離れている。
 魁正も断腸の思いがあったのではないかと珠は考えた。
「香姫様……? お願いがあって参りました」
 ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)と名乗る女性が、香姫たちの前に現われた。
 鬼鎧虚無の乗って現われ、鉄の鬼を差し出すことで魁正に取り入ったのだという噂のある女性だった。
 目が不自由なのか、もう一度香姫の名を呼ぶ。
「香姫様? 実は、手紙を書いていただきたいのです。私は姫と共に武菱に参りたく思います。仕官したいのです。その紹介状をお願いします」
 ファトラの願いに香姫も戸惑った。
「なぜ武菱に仕官したいのです。なぜ、わたくしとともに?」
「瑞穂は強力な同盟国を持ちません。このままでは織由・鬼城にやられてしまうでしょう。魁正殿もそれがよくわかっているからこそ、武菱と手を組もうを考えられた。私は、瑞穂に勝者となってほしいのです。我が子……のためにも」
 香姫はファトラの事情はよく飲み込めなかったが、子供のためにという理由は受け入れられた。
 母の愛情と子への願いとは、両親を早く無くした香姫にとって思慕にも近く、魁正は父親代わりでもあった。
「わかりました。今宵、兄上にお話しましょう。あら、今日は下弦の月なのですね……」
 香姫は空を見上げる。
 『時空の月』がここからでもはっきりと見えた。
 2月15日の夕刻を告げる鐘が鳴った。

卍卍卍


【マホロバ暦1185年(西暦525年) 2月15日】
 瑞穂国――



 このごろ彼は妙な夢をみた。
 鬼の仮面が彼を取り囲み、『天下を取れ』とささやくのだ、
 始めは夢だと取り合わなかったものの、そのうち声ははっきりと聞こえ、現実のように思えてきた。
 そして、その後は決まって、戦への抑えがたい衝動が彼を突き動かすのだった。

 瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)はその夜、妙な胸騒ぎがあった。
 蝋燭の明かりが一瞬燃え上がり、揺れる。
 仮面がぼんやりと現われた。

「夢ではないのか!?」

『鬼は……鬼城 貞康(きじょう・さだやす)は生き延びたようだ。悪運の強い男よの……瑞穂の軍神と呼ばるる主(ぬし)の時代が一歩、遠のいたのではないか。瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)殿』

「お前は……俺に何のようだ」

『瑞穂の勝利をもっと確実なものにしとうはないか。天下をその手の中に……!』

「鬼の力なんぞ借りぬ。ここから去ね!」

 魁正が槍を振るった。
 待ってましたとばかりに、桐生 円(きりゅう・まどか)が飛び出す。
 このときのためと、円は魁正に何度も部屋をたたき出されながらも、張り込んでいたのだ。

「あんた誰よ? 仮面なんかつけちゃって。趣味悪いんじゃないの?
 円の挑発に、仮面はけたたましい笑い声を上げた。

観測者か……時空を越える力を使って、せいぜい間違った歴史を変えるがよい。そのために、この時代へわざわざ呼んでやったのだからな……!』

「ちょっと、それどうゆうことだよー?!」

 仮面は答えず、高笑いを続けながら闇の中に消えていった。
 円は捕まえようと躍起になったが、空振りする。
 まるで宙をつかむようなものだった。

「兄上どうされました。怖いお顔をなさって」
 それと入れ替わるように花嫁衣裳を着けて現れたのは、魁正の実妹である瑞穂 香姫(みずほの・こうひめ)だった。
 魁正の額には汗がにじんでいる。
「わたくしはこれより武菱の大虎の元へ嫁ぎます。長い間お世話になりました」
 このとき香姫は、武菱への輿入れの際に腰元を数名連れて行きたいと申し出た。
「お前が選んだのなら、俺がとやかくいうまでもない。が、なぜ俺にきく?」
「……兄上おひとりを瑞穂に残すのが辛うございます。はやく身をお固めになったらよいのに。葦原 祈姫(あしはらの・おりひめ)様はいかがですか。まだどこにも縁組が決まってないとお聞きいたしております」
「祈姫は確かまだ七つだろう? 俺に子供の面倒を見ろと。それとも、俺が子供だといいたいのか?」
 香姫は笑った。魁正も笑顔を見せた。
 兄妹は別れを惜しむように、久しぶりにざっくばらんに語り合った。
 夜が明ければ、互いに他国のもの同士である。
 こうして話すどころか、会うこともままならないことだろう。
 その様子を物陰から伺い聞き入る人物がいた。
「香姫と先ほどの鬼……どう係わり合いがあるというのか」
 ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)はこのとき、香姫は実は貞康の母親である鬼子母帝(きしもてい)と何か関係があるのではないかと思っていた。
「それも、武菱に着いたらわかること……」
 ファトラはこのとき、『鬼』の手によって瑞穂の歴史の歯車が動き出していることをまだ知らなかった。