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リアクション
●雨中のファンタジー
戦況とは刻一刻変化するもの。
……その変化は、ふとした綻びから取り返しのつかぬものになることも多い。
ブラッディ・ディバインの五人は精鋭である。本来ならばこのようなミスをするはずはなかった。
しかし不利な状況からの逆転と、その高揚感が彼らにミスを生じさせた。
白竜らを森の奥まで深追いしたこと、それがミスの一つ目だ。
久我内椋一行が撤退したにもかかわらず勝ちに乗じてしまったこと、これが二つ目。
さらに、いつの間にかΚが離脱しているのを把握できていなかったこと、これが三つ目である。
三つのミスは数分後に結果を返した。森に踏み込んだ五人の、まず最後尾の二人が静かに姿を消したのである。
「……」
一人は、口を押さえた状態でナイフを背に突き立てられていた。
もう一人は、背後から裸絞めの要領で失神するまで締め上げられていた。
「さて」
セレンフィリティは冷然と死体を見下ろし、セレアナは倒れた敵の足首を縛って樹に吊した。
いつの間にか二人は、ブラッディ・ディバインの背後に回り込んでいたのである。
セレンフィリティが耳を澄ませていると、雨音に混じって、前方から短い射撃音が二度聞こえた。ややあって、
「どうやら、クランジKは追っ手の中にはいないようですね。一人消えた兵士がいます。恐らくは、それでしょう」
白竜が羅儀を伴い、来た道を戻ってきていた。
「島の地形は頭に叩き込んで来たんだよ。待ち伏せするポイントを含めて、ね。追いかけてこなければ無事に済んだかもしれないのに……」
羅儀が銃を突きつけ、歩かせているブラッディ・ディバイン兵は一人きりだ。残りがどうなったかは想像がつくだろう。
「恐らくΚは、私たちの誰かに化けて独自行動を開始したものと思われます」
という白竜の言葉を継いで、
「オレか白竜のどちらかに化けていればいいんだけどね……できるだけ多くの人に、特徴を伝えてあるから」
羅儀は空を見上げ、やまぬ雨に辟易したような顔をした。
Κの発見と捕獲はならなかった。だが無事、彼らはブラッディ・ディバインを一掃できたのである。今日はこの戦果だけでも持ち帰ろう。
森を抜けると東の海岸に到達する。
「……反対側か」
白竜に化けたままでΚは舌打ちした。こんなミスは彼女らしくなかった。雨と、直前モードレットに言われた言葉で混乱したのか。
「……?」
なんとも奇妙な光景だった。岸壁に一人、男が座禅を組んでいる。今日の作戦からすれば浮き上がっている姿である。何かの修行なのか。雨に打たれ、念仏を唱えるようになにかひたすらブツブツと繰り返している。
軽く咳払いしてΚは彼に近づいた。単独で行動しているよりは、こんな人物でも道連れにしたほうが疑われまいと思ったのだ。
「そこの君、私は教導団の者ですが……」
が、ここで言葉に詰まった。Κは彼を知っていた。
「それは東京の店なのか北海道の店なのかどっちなんですか!? じゃなくて! ラーメンスープを飲料にはしないでしょ! ていうかこのやりとりで多分Κさん引いてますよ。ドン引きですよッ!」
「というわけで変態紳士が三人で参上! お兄さんはクド・ストレイフと申します!」
「触診、それは、愛!」
生温かい思い出が蘇る……クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)ではないか! よりによって!
Κは寒気がしてきたのか両腕をさすった。しかしこの姿ならばクドには馴染みがないはずだ。落ち着いて白竜のふりを続けようとするも、クドは満面の笑顔を浮かべたのである。
「Κさん! Κさんですね! とんち鮮やかな小坊主さんよろしく、Κさんと会える方法を座禅で考えていたんです! そしたらあなたから来てくれるなんて!」
「え!? いや……なんのことだか……」
現在、白竜本人は絶対見せないような表情をΚはしていた。
「なに言ってるんですか、きゅうりをあげるから姿を戻して下さい! 変装だなんて野暮です、野暮ですよ、ええ!」
必死で否定しようとするΚに構わず、
「大丈夫、お兄さんも曝け出しますから! この肉体を!」
などと一方的に宣言し、クドは、脱いだ。激しい雨に風術で大風まで起こし、赤裸々にドラマティックに、そして恥じらいに身悶えしながらパンツ一丁になったのである。
「大丈夫なことがあるか! この変態!」
とうとう耐えきれずΚは仮面を装着し元に戻った。そしてクドの首をグイグイ絞め上げたのである。
「どうして見破った! 言え! 言えば命だけは助けてやる!」
「ああ……美少女に絞め殺されるというのも、紳士的にはビクンビクンします……」
恍惚の表情を浮かべつつ、それでも彼は言ったのである。
「別に隠すほどのこともないのでお教えしましょう。あなたが変身していた将校さんからは、事前に連絡がありましてね。Κさんを追うつもりだが、Κさんが自分に化ける可能性があるとかなんとか……煙草の匂いがしてなかったら疑えとか言われておりまして」
「……そういうことか」
Κは手を放した。してやられたようだ。
つるりとクドは岩場に滑り落ちたが、すぐにぴょんと立ち上がって、
「待って下さい。まだ話は終わっておりません。どうぞ首を絞めて下さい。そうでないと話しませんよ……」
などとうりうりと迫ってくる。Κは心底嫌そうにふたたびクドを絞めた。
「ふふ……そうでなくてはッ!! おっと、見破った話ですよね。煙草のことがなくたって、お兄さんは気づいたに違いないのです。お兄さん一度嗅いだ乙女の匂いは忘れません。そして今回Κさんの匂いをどこからともなく感じましてね、ふふ」
Κはふたたび舌打ちして手を放した。クドを無視して道を戻ろうとするが、
「待って下さい。せっかくです。お兄さんと遊んでいきませんか? もう、すっごく遊んで差し上げますよ!」
クドは転がるようにしてΚの行く手を塞いだ。ところがΚは黙って、柄のない長剣を抜いたのである。
「おっと武器ですか! しかしお兄さんは武器を持ってきていないのですよ。だって、肌を触れ合せた乙女に対して凶器など向けられませんからね……ノーノー! 刺したら駄目です。誤解を招く言い方はお気になさらず!」
ひょこひょこと剣先をかわしてクドは続ける。
「お兄さん、どこまでいっても紳士ですからね。そう、紳士ですから。しかし無抵抗でやられるような被虐趣味をお兄さんは持っていな――あ、すいません。持ってました。一方的にやられる……ああ、なんて魅惑的な……!」
「どけ」
だんだん怖くなってきたのか、クドを触らないようにしてΚはその眼前を抜けようとした。
「や、でも今回は100%趣味に走る訳にはいきませんので、無抵抗ではいられません。ゆえに、この『極上の花束』2つでお相手いたしましょう! 二刀流です!」
などと言いながらなんと、クドはパンツの中から極上の花束を二本、さっと出したのである。どうやって入れていたのかは謎だ。
「さあ、乙女なΚさん。あなたには剣よりもこれが似合う! どうぞ持って行きなさい。お兄さん心づくしの……! ああ、逃げないで」
これで逃げるなと言うほうが無理というもの、Κは「やめろ!」と一声叫んで北に向かった。
「どうしてー!」
「そんな所から出したものなぞ触れるか!」ものすごく正直なことをΚは叫び返した。
「おお常識的な考え……! けれどお兄さんも紳士としての意地がある! 命をかけて紳士という自分を貫きます!」
「来るなーっ!」
Κは体当たりしてクドを海に落とした。
「あふっ! この冷たい海に裸で……なんというプレイ! お兄さんのM心が疼きます……って流れ早いっ! はああ〜」
くるくる渦を巻きながら、クドはどこかへ流されていった。
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