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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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12




 ギギ、と重たく錆付いたような音と共に、僅かに開いた隙間はゆっくりと広がり、大きな扉が押し開かれていく。直ぐにでも飛び込もうとしていた面々はしかし、徐々に広がった光景に踏み出しかけた足を思わず止めた。
 今まで通ってきた回廊と、良く似た風景。しかし決定的に違うのは、地面に当たる部分は巨大な時計の文字盤となっていることで、その周囲を無数の時計が漂っているのだ。それぞれの時計が違う時間を刻みながら、カチカチと鳴る音が反響して、心を落ち着かなくさせる。
「この時計一つ一つが記憶なんでしょうかね?」
 興味深そうに周囲を見回しながらの朱鷺の言葉に、恐らくね、と天音は頷いた。
「流石、と言うべきかな、この情報量……さて、僕らの望む記憶はどこにあるのやら」
 半ば独り言のように呟く天音の横で、ザカコは何かを思いついたように視線を彷徨わせると、中空に手を差し出すように伸ばした。
「大ババさま、そこにいらっしゃるんでしょう。お力添えを願えませんか?」
 確信を持った声に、ふう、と溜息のような声がすると同時、その手を取るようにしてふわりと光が灯ったかと思うと、しゅるりと輪郭を変えたそれは、アーデルハイトの形を取って肩を竦めた。今までは声しかなかったものだが、記憶の封印が解かれたことで、姿を取るだけの力が戻ったのだろう。
「残留思念のようなものじゃと言うたであろうに。まあ良い」
 苦笑すると、手にした杖をくるりと回転させて、皆から距離を取るようにして文字盤の中央へ立ったアーデルハイトは、ザカコたちを向き直って目を細めた。
「説明するより、実際に目にする方が良かろう……覚悟は良いな?」
 アーデルハイトの問いに、敢えて口にするまでもない、と皆が頷くのに、その杖の先が、浮遊しているうちの一つの時計に触れた。
 その瞬間――周囲の光景が一変した。どこが果てかもわからなかった周囲に、大地と草木が現れ、頭上を黒く変色した、不気味な空が覆った。空気の動きなどは無く、全てが止まったままのため、アーデルハイトの記憶の中にある視界を、を立体映像化したようなものだ、と判ったが、だが何より皆の視線を釘付けにしたのは、恐らくその時、若かりしアーデルハイトの隣にいたのだろう、かつての女王、アムリアナ、そして。
「……あれは、世界樹か?」
 葉も枝も力を失って腐り落ち、枯れたそれらを撒き散らしながら傾き行く、巨大な樹。今まさに滅びゆかんとする世界樹の姿に、ミアが痛ましげに眉を潜めたが「そうじゃ」と頷いたアーデルハイトは、当時のことを思い出してか、彼女以上に酷く苦い顔で続けた。
「あれは……先代のイルミンスールじゃ」
 驚愕に目を見開き、皆が言葉を一時失う。
「あれが……!?」
 信じられない、と声を上げたのはコウだ。
 現在のイルミンスールよりもはるかに巨大で、完全であれば強大な力を持っていただろう筈のイルミンスールは、ばきばきと音が聞こえてきそうな程に枝はへし折られ、傾き、あとは枯れ落ちるのを待つばかりといった有様だ。
「い、一体どうして、あんな姿に……」
 既に過去のことだと判っていても、あまりの光景に誌穂の声が震える。その手をぎゅうと握るようにしながら、セルフィーナがアーデルハイトに視線を向けた。
「教えてくださいませ。貴方は、知っていらっしゃるのでしょう?」
 その問いに応えるように、アーデルハイトが揺らした杖に呼応し、カチンと針の進む音と共に視点が切り替わる。映し出されたのは、絞め殺そうとでもするかのように、樹全体に根を這わせ、イルミンスールを滅ぼそうとしている、もう一つの世界樹の姿だ。巫女を同化させた珠と似たものを周囲に浮遊させた、永い時を経たと判る巨大な幹や、茂る枝葉の形作る威厳を持った姿は、確かに世界樹ではあるのだが、記憶の中であってさえも判る、その色濃い闇の気配は、世界樹のものとは思えない邪悪さだ。
「あれは……あれも、世界樹なのですか?」
 信じられない、と言うように朱鷺が呟くが、アーデルハイトは静かに「そうじゃ」と頷いた。
「五千年前、先代のイルミンスールを滅ぼした世界樹じゃ」
 その言葉に、改めて対照的な二本の樹を眺めて、セルフィーナが眉を寄せる。
「世界樹……あんなにも、邪悪なものが……」
 呟いたザカコに、アーデルハイトは続ける。
「酷い戦いじゃった。わしらは、シャンバラ刑務所を作り上げ、その最下層へとあ奴を封じたのじゃが……」
「……シャンバラ刑務所を、作り上げた?」
 その言葉に、天音が軽く眉を寄せたのに、アーデルハイトは頷く。
「そうじゃ。シャンバラ刑務所はそもそも、あ奴を封じるために作ったのじゃからの」
「……こんがらがってきましたわ」
 一気にもたらされた情報に、山海経をはじめとして、皆は一様に聞き逃すまい、見逃すまいとしていたが、真っ先にノートが音を上げて首を振った。
「封じられていたのは、アーデルハイト様の記憶の方でしたわよね?」
 なのに実際には、封印をかけたはずの世界樹は封じられている、という。これでは、立場が逆ではないのか、と、首を傾げたノートの疑問はもっともだ。
「そうですね……何故、あの世界樹に関する記憶が封じられていたんです?」
 引き継いでザカコが問うと、アーデルハイトは厳しい顔で眉を寄せ、かつての敵を睨み据えた。
「恐らく、わしらに封じられることが既に、あやつの狙いの内だったのじゃ。記憶を封じることで我々に気付かれぬようにし、地下に潜んで、世界中にその根を張り巡らせるために……」
 そして、大陸が力を失い始めた今、望みを果たすべく動き始めたのだ。


「あ奴の名は”アールキング”。一万年前、ニルヴァーナより降り立った、動く世界樹じゃ」