リアクション
集結 「これが、そのフリングホルニ? 涼司君から聞いた通り、独特の形をしていますね」 純白のイングリット・アサルト、アクア・スノーから、ツァンダの飛空艇港を見下ろして山葉 加夜(やまは・かや)が言った。 山葉 涼司(やまは・りょうじ)が各校に伝えた通り、エリュシオン帝国からやってきた新型空母がそこに停泊していた。 曲面の多いなだらかなフォルムは、優雅であると同時に、かなりデザイン的な形状をしている。翼のようなフローターウイングなどは、水鳥の翼を思わせる。飛行甲板には二本の滑走路を有しており、全長200メートルを超える大型空母だ。上品なグリーンを基調とした塗装は、戦闘用の艦と言うよりも、遊覧船を思わせる落ち着いた色調となっている。 「着艦します」 「りょーかいだよ」 山葉加夜の言葉に、ノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)が誘導ビーコンをオートパイロットに同期させた。 フリングホルニの右の滑走路に、アクア・スノーが減速して着艦する。二足歩行型のイコンの基本として、平常時の着地は垂直降下か、接地点のやや上で相対速度0にしてのものになる。 アクア・スノーが着艦すると、滑走路奥にあるハッチが左右に開いた。 『そのまま、ハッチ内へ進んでください。リフトでイコンデッキへと移動させます』 指示に従って、山葉加夜がアクア・スノーをリフトの上に移動させた。だいたいの脚部のサイズに合わせて、必要であれば補助プレートがせり上がって脚部を固定する。 『固定確認。リフトダウン』 アナウンスと共に、アクア・スノーを載せた巨大なリフトが下部イコンデッキへと沈んでいった。 『小型飛空艇の方は、イコンリフト脇の貨物リフトを利用してください』 左の滑走路に誘導された天城 一輝(あまぎ・いっき)たちが、乗ってきた二台の小型飛空艇アルバトロスを貨物リフトの上に移動させた。イコン用リフトと比べればはるかに小さいが、それでも数台の小型飛空艇を載せて余裕ある大きさだ。 天城一輝の小型飛空艇にはコレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)が、ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)の小型飛空艇にはユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)が乗っている。 「山葉校長の話だと、艦内要員も募集しているという話だったが、これは働きがいがありそうだな」 壁伝いに降りていくリフトから、イコンデッキを見渡しながら天城一輝が言った。 広大なイコンデッキの左右にはイコンハンガーがならび、かなりの数のイコンが格納できるようになっていた。さすがは、空母をうたうだけのことはある。 「この艦を、敵に蹂躙させるわけにはいきませんわ」 小型飛空艇アルバトロスによって運んできた資材を振り返って、ローザ・セントレスが言った。 「その通りなのだよ」 リフトが着床する。ローザ・セントレスにうなずきつつ、ユリウス・プッロが小型飛空艇から降りた。 「みんなのお世話は、あたしに任せてよね。仕事以外のことは気にせず、全力を出してほしいんだもん」 コレット・パームラズも小型飛空艇から降りる。 残った天城一輝とローザ・セントレスが、小型飛空艇を固定ラックへと移動させていった。 天城一輝たちを追いかけるようにして新たに降りてきたリフトには、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の乗ったグラディウスの姿があった。ロイヤルガードエンブレムの描かれたシールドを構え、真紅のマントを羽織った金色のイーグリット・アサルトだ。 その横の貨物用リフトには、ボリュームのあるケンタウロス型のSインテグラルナイトの横に、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)とオリヴィエ博士改造ゴーレムのローゼンクライネが立っていた。 蒼空学園からの参加組は、地の利もあってか、ツァンダ港に停泊しているフリングホルニに続々と集結しつつあった。 御凪 真人(みなぎ・まこと)と名も無き 白き詩篇(なもなき・しろきしへん)の操るパラスアテナ・セカンドが、その重厚な機体を滑走路に着地させた。砲撃に特化した大幅な改造は、本来ほっそりとした女性的なフォルムのブルースロートを、コームラントのような重砲シルエットにしてしまっている。 反対側の滑走路には、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)とロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)の乗るヴェルトラウム・ツヴァイス・システムエスが降り立った。着陸と同時に、翼状に広がったフィンをゆっくりと閉じていく。もはやS−01の原形をとどめていない機体は、ベースとなった機体の長所のすべてを捨てて格闘に特化したものとなっていた。 二機がリフトでイコンデッキへと運ばれると、上空待機していた新風 燕馬(にいかぜ・えんま)とザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)の乗るブラウヴィント・ブリッツと、無限 大吾(むげん・だいご)と西表 アリカ(いりおもて・ありか)が乗るアペイリアー・ヘーリオスに着艦シグナルが送られた。 両機ともプラヴァーをベースとしているが、ブラウヴィント・ブリッツは高機動パック仕様のオーソドックスなフォルムのプラヴァーだが、アペイリアー・ヘーリオスはステルス仕様のプラヴァーを極端な砲撃仕様に改造してあった。パラスアテナ・セカンドが砲台にも等しい仕様なのと比べると、こちらは大口径砲を携えた重装射撃兵という趣だ。 多種多様なイコンのフォルムは、まさに発展途上の兵器としての可能性を示すものではあるが、その分最適化されているとは言いがたく、パイロットの力量が性能を大きく左右する要因でもある。 続いて、ルーシッド・オルフェール(るーしっど・おるふぇーる)と瀬乃 和深(せの・かずみ)の乗るゼアシュラーゲンが降りてきた。こちらもプラヴァー・ステルスをベースとしているが、直線的なフォルムはプラヴァーの丸みを帯びた装甲の面影を残してはいない。突撃猟兵タイプの武装を揃え、ステルスの特徴を大きく利用した機体のようであった。 『間もなく本艦は出港します。イコン、固定急いでください』 ゼアシュラーゲンがイコンデッキに降り立ったところで、艦内アナウンスが聞こえた。広いイコンデッキでは、ホールのように音がよく響く。 「これは、思ったよりも広いな。艦内警備と言っても、簡単じゃなさそうだ」 イコンデッキだけでこれかと、酒杜 陽一(さかもり・よういち)がちょっと頭を悩ませた。逆に言えば、これだけの広さであれば、どこかに抜けがあっても不思議ではない。 「ツァンダでは、俺たちが最後か?」 すでにハンガーに固定されたイコンたちを一瞥して、瀬乃和深がルーシッド・オルフェールに訊ねた。 「そうみたいだね」 ルーシッド・オルフェールが、開いているハンガーにゼアシュラーゲンの背を押しあてる。固定アームが降りてきて、機体をハンガーに固定した。 コックピットを出てタラップに乗ると、他のパイロットたちが何やら集まっているのが見下ろせた。 「こちらでIDカードを配っています。艦内での行動に必要ですから、必ずお受け取りください。でないと、密航者として拘束されてしまいますので御注意を」 ニルス・マイトナーとフレロビー・マイトナーの姉弟が、端末とカードを前にしてパイロットたちを呼び集めていた。 「お名前をお願いします」 「小鳥遊美羽です」 「はい、たかなしみわさんですね……」 ニルス・マイトナーが、端末で個人名を打ち込んでカードのメモリに記憶させてから、それを小鳥遊美羽に手渡した。今撮ったばかりの顔の映像も、カードのOEL部分に表示されている。 「ええと、ローゼンクライネの分ももらっておいた方がいいだろうか?」 「多分、必要だと思いますが」 ちょっと戸惑うコハク・ソーロッドに、ベアトリーチェ・アイブリンガーが言った。 「はい。艦内で活動するのであれば、登録してください。イコンの方にも、後で識別信号のコードを配布します」 もちろんだと、ニルス・マイトナーがコハク・ソーロッドたちに答えた。人型のゴーレムとはいえ、人と共に艦内を移動するのであれば必要であろう。 「天城一輝だ。そういった作業は、後で俺たちにも手伝わせてもらおう」 名乗ってから、天城一輝が申し出た。もともと、メカニックとして協力するために来ている。何も、イコンパイロットだけが仕事ではない。むしろ、これだけのイコンを運用するとすれば、メカニックの手の方が足りないだろう。 「それは助かります」 案の定、ニルス・マイトナーが協力を喜んだ。 「いろいろと、提案もあるのですわ」 「それは、ブリーフィングのときにお願いします」 ローザ・セントレスの言葉に、ニルス・マイトナーが答えた。 「よければ、メイドとして、いろいろお手伝いするんだもん」 「そうですね。でしたら、あちらに話をしてもらえますでしょうか」 コレット・パームラズに言われて、ニルス・マイトナーが館内の案内しているフレロビー・マイトナーを指して言った。 「はい、次の方」 「ほら、燕馬君、ぼーっとしてない!」 眠たげな新風燕馬を、ザーフィア・ノイヴィントが軽く突いた。 「こちらに行けばいいんですね」 ポケットに引っ掛けるようにしてIDカードをつけると、御凪真人が案内をしているフレロビー・マイトナーに訊ねた。 「うん、その奥にあるエレベーターで、第二艦橋に上がれるから。そこで待っててよね」 「なんだか、迷ってしまいそうじゃな」 長い通路を見て、名も無き白き詩篇が言う。 「なんだか、ちょっと御大層すぎる気もするが……」 「帝国だもん。だからでっかいんだもん。多分」 御凪真人たちの少し後ろから第二艦橋へとむかうエヴァルト・マルトリッツのつぶやきに、ロートラウト・エッカートがあっけらかんと答えた。 ニルヴァーナを狙う賊がいると聞いてやってきたエヴァルト・マルトリッツであったが、ロートラウト・エッカートほど単純に考えてはいない。敵が帝国の反逆者だと言うことは、その扱いや、作戦の主導権でいろいろとありそうだ。とはいえ、仮に帝国にいいように利用されるのだとしても、敵の狙いはシャンバラの施設であり、ニルヴァーナだ。利害では一致しているはずである。 「それにしても、なかなか壮観な眺めだな。小隊を組むイコンも集まってくるから、もっと凄いことになるぞ」 「楽しみだよね」 無限大吾の言葉に、西表アリカが答えた。すでに、仲間のイコンどうして連携できるように、いくつかのイコンで小隊編成を取り決めてきている。 イコンデッキの端には、非常用のゲートがあった。戦闘によってリフトや上甲板が使用不能になったときなどに、直接イコンデッキの艦首部分から発進したり降下したりするための物だ。他にも、甲板中央部に抜けるハッチが用意されていたりもする。 「ここなら、十二分にイコンのメンテナンスが受けられそうですね」 「じゃあ、ボクは、ここでイコンを調整しているからぁ、加夜は挨拶に行ってきてぇ〜」 ハンガーに固定されたアクア・スノーを見あげながら、ノア・サフィルスが言った。 そのとき、ゴオンっと低い金属的な音がイコンデッキに鳴り響いた。繋留アームが外れた音だ。微妙な加速が人体に感じられる。フリングホルニが出港したのだ。 |
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