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インベーダー・フロム・XXX(第3回/全3回)

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インベーダー・フロム・XXX(第3回/全3回)

リアクション


【2】 NOAH【4】


 ゴールドノアの礼拝堂にグランツ教の信者たちが集められている。数は二百人ほど。老人から小さな子供まで、さまざまな人間がそこにいる。ただ、彼らに共通しているのは、その顔に浮かぶ恐怖だった。礼拝堂の窓から見えるガーディアンと破壊される都市は、まるでこの世の終わりのように映ったことだろう。
 信者に紛れ込んだトゥーカァ・ルースラント(とぅーかぁ・るーすらんと)は目深に被ったローブのフードから、少し目を覗かせ、礼拝堂の様子を窺う。
「……あのあと即行ドブ掃除(教団に入るための慈善活動)して船に無理矢理乗せてもらったけど、なんで普通の人間がこの空間で平気なツラしてるじゃん?」
 礼拝堂の正面には、祭壇と超国家神の彫像。その前に木製の座席が等間隔で置かれている。部屋は吹き抜け構造で、二階の回廊から、一階を見下ろせる造りのようだ。海京の教会同様、意匠が凝らされ、床や壁、天井に美しい文様や絵画が描かれている。
 見たところ、シャドウレイヤーの効果を無効化するような装置は見当たらない。神官やテンプルナイツ、クルセイダーが何か特別なものを持っている様子もない。
 黒い狼マスコット”クーちゃん”に変身中のクドラク・ヴォルフ(くどらく・うぉるふ)に怪しいものがないか尋ねてみるが、彼女も首を振る。
「わからんじゃん」
 がしかし、実は答えは既に示されている。信者に紛れている彼女も聞いていたはずである。この部屋に来たメルキオールが「グランツ教の洗礼を受けた皆さんはこの空間の中でも平気」だと言ったことを。彼らがこの空間に適応出来ているのは、機械的な装置によるものではなく、彼ら自身の肉体に施された何かによるものだ。
「ん?」
 信者に紛れて、礼拝堂を歩き回っていた彼女は、ふとクルセイダーに囲まれていることに気付く。
「な、何の用じゃん?」
 するとクルセイダーの中から、司教・メルキオールが現れた。
「洗礼を受ける前の人間は信者と認めてはイマセン。トゥーカァ・ルースラントさん、アナタ、天学の人間デスネ。ここで何をしているのデスカ?」
「ば、バレてるじゃん……!」
 そこにもう一人クルセイダーがやってくる。
「黒崎天音はここにはいないようです」
「なるほど。尻尾を出しマシタカ。経歴に不審な点があったので怪しんでイマシタが、やはり我等に仇なす存在デシタネ」
「あの男はすぐに見つけ出します」
「ええ。よろしくお願いシマス。まぁまずはこちらのお嬢さんに”祝福”を与えマショウ」
 ただならない空気に信者たちがざわつき始めた。
「どうやら船内に、あの怪物たちを使役している悪しき組織の人間が忍び込んでいたようデス。デスガ、ご心配なく。ワタシの直属の”護衛隊”であるクルセイダーがおりマス。邪教の徒は超国家神の祝福の下、すぐに消え去るデショウ」
「……こうなったら!」
 トゥーカァはローブを脱ぎ捨てた。黒と赤のゴスパンクに、虹色のミラーシェード、彼女の魔法少女衣装があらわになった。
「七色の光に導かれてただいまデビュー! 虹の聖霊の使者、プリズム・ミラーシェード!」
 眼鏡をクィっと上げてポーズを決める。
「クーちゃん!」
 前に出たクーちゃんがクルセイダーに向かって、アボミネーションを放つ。
 しかし、これまでのクルセイダーの戦闘で何度か出ている事実だが、彼らに精神異常、状態異常を与えるスキルは通用しない
「げげげっ! やばいじゃんよ!」

「邪神に魂を売り渡した異端者が我等を邪教徒呼ばわりとは笑わせる!」
 無数の線が走ったかと思うと、扉が崩れ落ち、異様な空気を纏うテンプル騎士の英霊グレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー)が現れた。激しい怒りに身を焦がし、堅牢な鉄仮面の奥に見える瞳を稲妻の如く光らせる。
 一応、マスコットに変身しているのだが、申し訳程度に背中にチャックがあるだけで、マスコットらしからぬ殺気を振りまく。
「貴様らが十字軍の名を騙ることは許さぬ。詐称者に邪教の神官共。貴様らには神の愛も平穏も訪れない。ここで地の底に墜ちて逝け!」
 その横に、魔法少女ラインオーバーことシャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)が控える。
「……はぁ。イコンに興味があったから、学校の資料と転校の説明受けに海京に来ただけなのに。それなのに二十歳を過ぎて魔法少女をやる羽目に……」
 ゲンナリ顔を両手で叩き、ラインオーバーはこうなりゃヤケだと名乗りを上げる。
「越えちゃいけないライン(年齢的な意味で)を華麗に飛び越え、ここに参上! 魔法少女ラインオーバー!」
 有象無象の信者など自分が手を下すまでもないと捨て置き、グレゴはクルセイダーを怨敵と定めて、迫る。とは言え、こう開けた場所で立ち回るのは得策ではない。
 彼は二階に続く階段を認め、その中程で立ち止まった。振り向き様に追ってきたクルセイダーの鼻先を盾で殴り飛ばし、怯んだ隙に剣を喉元に深々と突き立てる。裂かれた喉から空気が漏れる不気味な音がすると、敵は爆散して紫の煙へと変わった。
「一対三十では勝てぬかもしれない。だが、一対一を三十回繰り返す状況を生み出せば勝機は生まれる!」
 四人、五人と敵を斬殺したところで閃光がグレゴを襲った。聖剣アシュケロンを銃として使う一団だ。
「賢しい真似をする! だがしかし!」
 グレゴは盾で身を守りながら跳んだ。そのまま階段の下に着地し、密集する信者たちの中に飛び込む。そこがクルセイダーのまっただ中であったのなら、彼らは平気で仲間ごと撃ち殺していたかもしれないが(信者たちの前ではそれも出来ないかもしれないが)、守るべき対象としている信者となるとそうは出来ない。
「貴様らなぞ、サラセン人の勇猛さに比べれば何のことはない! 神の名を侮辱するただの邪教徒が!」
 肉の壁に守られながら、グレゴは目に留まった敵を斬殺していく。だが、敵もただ無抵抗に倒されるはずもない。一人倒すたびに彼もまた手傷を負っている。
「うぬぅ……。これしきの傷、我が怒りの前では何も感じぬわ」
 滴り落ちる自らの血を踏み付け、グレゴは奮い立つ。
「シャノ……ラインオーバー殿!」
 再び囲まれたグレゴはラインオーバーを呼ぶ。
「も、もしかして”アレ”をやれと?」
「頼む!」
「いいですけど、耐えてくださいよ……!」
 ラインオーバーはファイアストームで、グレゴごとクルセイダーを焼き払った。
「刮目して見るがいい。この程度の炎など、鋼より強固な信仰心を持つ我には微塵も……おおおおおおおおおおおっ!!」
 対魔法の各種防御スキルで身を守っているにも関わらず、ラインオーバーの炎は強烈かつ痛烈に熱かった。
「防御スキルでも耐えきれない限界温度オーバーのオーバーファイアです!」
「ぐおおおおおおおっ!!」
 何事もオーバーしてしまう彼女の癖である。
「わ、我は真なるクルセイダー。貴様らのような紛い物ではない!」
「だ、黙れ、邪教徒。我等グランツ教のクルセイダーこそ真の騎士よ!」
 炎に包まれながらも、お互い一歩も退かず斬り合う。狂信には狂信。グレゴもまた死を恐れぬクルセイダー同様、自らを顧みることなく戦える存在だった。

「信者の皆さん! 目を覚まして下さい!」
 戦闘の続く礼拝堂に、アライグ……じゃなくて、タヌキとなったリカインと、魔法老女となった鞆絵が現れた。困惑する信者を余所に、リカインは講壇に上がった。
「あなた達は教団に騙されています。グランツ教は平和を愛する宗教じゃありません」
 信者達の顔色が変わる。
「現に、こんな姿にされてしまった私に、グランツ教は救いの手を差し伸べるどころか、その手をグーにして襲い掛かってきました。彼らが隠し持つ装置を壊せば、私はこのおぞましい姿から元に戻れるんです。あなた達が同じ立場だったらどうしますか!」
 彼女の切実な言葉に、信者たちは顔を見合わせた。それから、首を捻った。
「あの、いまいちよくわからないんだけど、まずその姿の何が嫌なの?」
「なっ! だってアライグマ……うう、口に出すのもおぞましい……なんですよ!」
「カワイイと思うけどなー」
「うんうん。嫌がる理由がよくわからん」
「ば、馬鹿な……!」
「大体、証拠もないのに人を疑うのはよくない。お前さんも、あの暴れてるバケツ頭(グレゴ)の仲間だろう。人の船に乗り込んで暴れるなんて、空賊のすることだぞ、空賊の」
「そ、そんなぁ」
「あまり伝わらなかったようですねぇ……」
 鞆絵はこれまで同様に守りを固め、クルセイダーの攻撃の受け役に徹する。
「うう、なんであんた達ばっか、信用されてんのよ!」
 リカインは悲しみのポンタスタンプ(肉球による殴打)でクルセイダーを張り倒す。
「そう言えば、援護を頼んだ狐樹廊さんはどうなりました?」
「え、ああ……。そう言えば、どうなったんだろ?」
 空京にいる空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)は遠隔呪法でメルキオールを攻撃するよう言われていたが、ここはシャドウレイヤーによって外界と隔絶した空間、外から呪法で攻撃することは不可能である。
 もっとも、シャドウレイヤーがなかったとしても、メルキオールに遠隔呪法が通用したかは怪しいだろう。これほどの綿密な計画を企てる人物ならば、外敵に備え、なんらかの防御を施していると考えるべきだ。

「……もしかしてチャンスじゃん!」
 グレゴとリカインの登場で騒然とする中、ミラーシェードを囲むクルセイダーはそちらの迎撃に向かって、ちらほらと姿を消した。あちらの方がより危険と判断したのだろう。彼女にとっては若干、無礼な仕打ちだが、この状況では有り難さが勝る。
「今じゃん今じゃん!」
 敵の視線が騒動に向かっている隙に、彼女は全力ダッシュで走り出す。
「残念デスガ、そちらの扉は封鎖してありマス。逃げる事は出来マセン」
 メルキオールは少しも慌てず彼女を追う。
「え、ま、マジで?」
 ミラーシェードはおもくそ体当たりするが、あっさり弾き返されてしまった。
「げげーっ!」
「どうぞ、安らかにお眠りクダサイ」
 メルキオールがアシュケロンを手にした……その時、前ぶれなく扉が開かれた。
「ら、ラッキー!」
 ミラーシェードとクーちゃんは一目散に駆け出し、すぐに姿が見えなくなった。
 メルキオールはそれ以上は追わず、扉の向こうにいる赤いリボンの黒猫に視線を移す。
「アナタの仕業デスネ」
「察しがいいね」
 黒猫はマスコットに変身した天音だった。
「一つ、聞いてもいいかな?」
「ナンデス?」
「君たちはこの世界の未来を書き換える為に、15年以上前の世界から来たんだろう? グランツ教と超国家神は何と戦っているんだい?」
「それはデスネ……」
 天音は耳をそばだてる。
「教えてあげマセン」
 彼は微笑んだ。
「それをアナタに答える理由はありマセンから」
「司教様はどうにもケチくさいね」
 天音はそそくさとその場をあとにした。