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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
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 『調査に赴く者たち』

 一夜明けた翌日、拠点の整備と並行して、付近の調査に赴く契約者の姿があった。

(言っていた通り、拠点に相応しい条件の建物はすぐに見つかった。これを整備して使うのは妥当として……他に、この世界の事を知る手掛かりはないかな。
 天秤世界、この世界は歪だ。まるで蠱毒に似ている。最後に勝利した者が富を得るのではなく、この世界を作った者……言うなれば『神』が勝利した種族を何かに利用しようとしているのかも。
 ……考えすぎかもしれないけどね)

 上空から、周囲に敵性気配のないのを確認して、清泉 北都(いずみ・ほくと)が羽を羽ばたかせて降りる。クナイ・アヤシ(くない・あやし)も続いて降りてきた後、見つけた建物の残骸へ足を踏み入れていく。
「『禁猟区』に反応しない敵が潜んでいるかもしれません。北都、十分に警戒をしてください」
 すぐに北都の護りに入れる位置にクナイが控える中、瓦礫が散乱する建物内を慎重に歩いていく。上部から爆薬のようなもので吹き飛ばされたような格好の建物は殆ど原型を留めていなかったが、わずかに残る面影からここが何かの観測所であったかもしれないと想像する。
「今戦いを続けている、龍族か鉄族かの観測所かな。それとも過去に滅んだという種族のものかな。
 書物……いや、文字の一つでも見つかるといいんだけど」
「文字、ですか……。 ! 北都、あちらを見てください」
 クナイが示す先、ひび割れた壁に模様のようなものが刻まれているのを北都も見つける。近寄り、慎重に指でなぞりながら解読を試みる。
「…………、全部を読むことは出来ないけど、『羽持つ我ら』というのだけは分かった」
「羽持つ我ら……それは私の様な者の事を指すのでしょうか」
 守護天使であるクナイが、自身の羽を羽ばたかせて答える。
「どうだろう……これだけじゃ特定は出来なそうだね。龍族と鉄族も言いようによっては羽を持っているわけだし――」
 瞬間、上空から甲高い轟音が響く。すぐさまクナイが北都を庇う位置に立ち、二人は空いた空を見上げる。
「戦闘機……あれが、鉄族かな」
 上空を飛び過ぎる、地球で見たものに近い形の戦闘機。
「ここは、両種族の勢力範囲のちょうど中間地点に位置すると聞きます。おそらく互いに、私達が現れたことに薄々気付いているでしょう」
「そうだね。……戦いに、なるのかな。やっぱり」
 長い間、この閉鎖された世界で一つの『富』のために戦い続けている龍族と鉄族。富がなんなのか、そもそも本当に富が存在しているのかという証拠は、何一つない。
(嫌な感じだね……落ち着かない。時間は決して待ってくれない、けれど分かることはあまりにも少ない……)
 重い空気が辺りを支配しかけた所で、その空気に気付いたクナイが気を紛らわせるように提案する。
「北都、一旦拠点に戻りましょう。北都の淹れたコーヒーが飲みたくなりました」
「…………、そうだね、そうしようか。
 分かった、特別の一杯を御馳走するよ」
 建物へ背を向け、二人は拠点への道を戻る。


「ふぅ。大分飛んで来たよね、これでどのくらいの広さが分かったことになるのかな?」
「どうじゃろう……。しかし、もっとあちこちで戦いが行われていると思ったのじゃが、そうでもないようじゃな。
 大規模な戦いが行われた後と聞く、案外双方とも戦いに疲れておるのかの?」

 小型飛空艇に乗り、上空から天秤世界を撮影していたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)が、拠点から方角的には南西の地点で休憩を取る。拠点を中心に、年輪を重ねていくように地図を作成してみれば、まだ途中の段階ではあるが大まかな勢力関係が分かってきていた。
「拠点から北西の方角が、龍族の勢力範囲。南東の方角が、鉄族の勢力範囲。北西〜北東、南東〜南西は、どちらでもない範囲。
 それぞれの勢力範囲には龍族または鉄族だけが生活していて、どちらでもない範囲には2つの種族以外の色んな姿をした人が生活してる……まとめるとそんな感じかな」
「うむ、それでほぼ間違いなかろう。太陽がない故、どちらか北でどちらが南か分からぬのが厳しいのう。とりあえずはこの通りに見るしかあるまい。
 ……いやはや、一時鉄族であろう戦闘機に追従された時は、肝が冷えたわ。ミサイルの一発でももらおうものなら、多少の傷、では済まなかったろうな」
 撮影中に遭遇した鉄族との邂逅を思い、ミアが心底安堵したような表情を浮かべる。こちらに敵意がないこと、この世界に来て日が浅いのでどうなっているのか調べている旨を包み隠さず答えると、戦闘機は攻撃を仕掛けることなく去っていった。
「相手も、ただ闇雲に攻撃してくるわけじゃないってことかな。あっ、ボクの百合園生の淑女としての雰囲気が伝わったからかな」
「……あえてコメントはせぬぞ。……うむ、話は通じるという事が分かりはしたが、同時に鉄族にもおそらく龍族にも、我らの事は知れていよう。
 それぞれの長に挨拶に行った者たちが、穏便に事を済ませてくれると良いのだが」
「そうだね〜。……そうそう、龍族でも鉄族でもない人たちの事だけど……なんか、見覚えがある気がしない?」
 レキの疑問に、ミアも同意するように頷く。
「パラミタで見る種族に特徴が似ている者がおったな。彼らはもっと化物じみているかと思ったが、そうでもなかった。
 彼らは一体何なのじゃろうな。神のご神託にでも縋りたい気分じゃよ」
 呟くミア、実際に試してはみたものの、よく分からない声のようなものが聞こえた以外は何も聞こえてこなかった。
「自分で調べろ、ってことなのかな。うぅ、謎だらけだね。
 ……あっ、そろそろ充電が切れそう。一旦拠点に戻ろうか」
 端末の電池ランプを確認して、レキがミアに言い、二人は一旦拠点へ戻る。
 ……その後の二人の調査により、各勢力範囲の位置を示した地図が契約者に渡る運びとなった。


「さて、わしらもそろそろ周辺の探索に出よう。この建物もそうだが、過去に存在した種族の建物があれば、手掛かりになる。
 ホリイ、おぬしはバロウズで拠点整備に力を貸してやってくれ。流石にその機体を用いては目立ち過ぎるだろう」
「そうですね〜、ちょっと寂しいですけど、分かりましたです。
 拠点の周りの索敵とか頑張りますから、皆さんも気をつけて行ってきてくださいです」

 大型イコン、バロウズの管理をホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)に任せ、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)を連れ、周辺の探索に出る。目的は甚五郎が言っていた通り、龍族と鉄族以前の種族の手掛かりを発見することである。
「あ、もしかして探索目的ですか? 良かったら一緒に行動しません?
 さっき、このすぐ向こうで見たことのない人影を見たって報告があって。一人だと流石に危ないかなって」
 そこに、軍用バイクに乗ったシャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)が声をかけてくる。互いに自己紹介を済ませた後、甚五郎はシャノンが言っていた事柄について尋ねる。
「見たことのない人影とは、デュプリケーターのことか?」
「多分そうじゃないかって。襲い掛かってはこなかったけど、逃げる様子もなくて、何だか怖いって言ってたわ」
「ふむ……向こうから襲って来なければ、ひとまずは手を出さずにいきたいな。
 羽純、ブリジット、警戒しつつ行くぞ。二人とも体調に問題はないな?」
「ああ、問題ない。パラミタとは違う世界故、何かしらの異常でもあるかと思っておったが、平気だ」
「ワタシの方も問題ありません。他の機晶姫の皆さんも特に問題なく行動されているようですね。イコンも正常に稼働しますし、世界が異なることでの影響は加味しなくても良さそうです」
 状況を確認し、甚五郎とシャノンは南西方向に進路を取り、進む。ちょうど2つの種族の勢力範囲の間を進む形でしばらく進んでいくと、それまで代わり映えのしない光景だったものが多少の変化を見せる。
「これは……明らかに人の手が入っていますね。耕作でしょうか、ともかく過去にここで何らかの種族が食料を生産していた形跡が見られます」
 一面に広がる、妙にきっちりと切り分けられた場所を、バイクを降りてシャノンが調べていく。
「こっちは……稲作だろうか。この溝は灌漑のための水路に見えるな」
「そうですね、ワタシもそう思います。……見てください羽純、あちらに僅かですが、倉庫だったと思しき建物が見えます」
 ブリジットが示した先、確かに倉庫と思しき建物の面影があった。
「よし、そっちも調査してみよう」

「うわっ、埃が……けほ、けほっ!」
 半分風化していた扉を、外すようにして開けると中から大量の埃が舞い上がる。一行は顔をしかめつつ窓を開け、溜まった埃を外へ逃してから内部の調査を開始する。
「ふむ……慌てて物を持ちだした痕跡が感じられるな。……お、良い所に道具がある。どれ、“見てみよう”」
 言い、羽純が今にも折れそうな農耕具に触れる。すると羽純の脳裏に、その物が“見た”光景が映し出される。相当ノイズ交じりで詳しくは分からなかったが、どうやら戦いを前にして慌てた人々の様子、その後、激しい爆音が響いて光景が途切れた。
「あっ……折れてしまいました」
 そして、触れていた農耕具がまるで砂が落ちるように崩れ去る。他に手掛かりになりそうなものを探してみるが、見つからなかった。
「ここにも過去、種族の一つが生活を営んでいたのね。……そしておそらく、戦いに巻き込まれて……」
 シャノンの言葉に、周りの空気が重くなったように感じる。誰がここを襲撃したのかは分からないが、ここで戦いがあり、被害があったのは事実であるように思われた。
「……ともかく、手掛かりは得た。この場所を記録し、他の契約者に伝えよう」
 甚五郎がそう言った所で、ぐぅ、と腹の虫が鳴る。時間の感覚が曖昧な天秤世界では、今が昼過ぎであるというのは時計を見ないことには分からない。
「もうこんな時間か。腹が減っては十分な調査が出来ない、休憩にしようか」
「あ、それでしたらいいものがありますよ」
 シャノンが、バイクに備え付けたケースから、ランチボックスを取り出す。中にぎっしりと詰め込まれていたうちの一つを渡された甚五郎は、それがハンバーガーであると知る。
「……うむ、美味いな」
「あたし、ジャンク分が切れるとダメなんですよね。だからいつも多めに持って来てるんです」
「……機晶姫における機晶石のようなものかの」
「おそらく、シャノンさんの場合はその認識で間違いないかと」

 ハンバーガーと他愛もない会話で、漂っていた重苦しい雰囲気を払拭した一行は、その後も周辺の調査を続ける。