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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
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●龍の舞と眷属と(1)

 ラックベリーの壇上にて、龍の舞が行われる。
七枷 陣(ななかせ・じん)も舞手の一人だ。
 だが最初、陣は舞に集中することができなかった。
 ――クソッ、気にしてしる場合じゃないのに。
 だが、意識しないようにすればするほど意識は迷う。意図して意識から外すことは、どうしたって難しい。
 どうしても気になるのである。ユマ・ユウヅキのことが。
 ――よりによって、あんな近くに位置取りしなくたって。
 そんなことすら憎らしい。
 ユマを陣が恨んでいるとかそういったわけではない。だが現状、好き嫌いで大別するなら『嫌い』としか言いようがない。
 理由は簡単だ。
 彼女は、かつてファイス……ファイス・G・クルーンを殺しに来た刺客だったのである。
 もうファイスのことを覚えてる者も少なくなった。彼女のことをそもそも知らないという生徒だって少なくはない。ファイスを記憶の彼方に葬ったのは結局、ユマとは別の存在だったとはいえ、ユマが追ってこなければ……という気持ちはある。
 そればかりではない。
 かつて大黒美空(おぐろ・みく)を目にして、ユマは恐慌に陥ったことがある。美空と過ごした短い貴重な時間、そこに瑕瑾があるとすればあの夜のあの瞬間だろう……後味の悪いものが残った。
 それだけ関連の深い場所にいたとはいえ、陣がユマ自身とはほとんど話したことがないというのは事実だ。友人である真司から、ユマが本当にいい人間であることも聞いている。
 だからといって、含むものがまったくないと言えば嘘になる。
 ――オレはどうしたいんや。ユマに謝ってほしいのか……? 何を? それとも消えてほしいのか……オレの目の前から?
 違う。そうじゃない。
 そのことは理解しているのに、割り切れないものは残っていた。
 陣の煩悶は表には出ないが、魂のレベルにおいて彼と一体であるリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)がこれを察知しないはずはなかった。
 同じことは小尾田 真奈(おびた・まな)にも言えた。
 二人はすぐに、陣が龍の舞にふわさしい精神状態ではないことを見抜いたのである。
 だがすでに龍の舞は始まっていた。すぐ眼前に百鬼夜行が押し寄せ、パティら護衛の者たちと戦闘を開始していることも見えていた。
 その上で舞を止めることはできない。
 ましてや、陣に直接何かを伝えるなどということは。
 一方、この葛藤を知ってなお、仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)は己の舞を乱さなかった。
 解決するのは陣自身……つまるところ磁楠は、そのことをよく理解していた。
 
 ――硝子細工。
 榊 朝斗(さかき・あさと)が連想したのはその言葉だった。背後にガラスの城を置いた状態で、それを護りながら闘っているような気がする。
 一兵たりとも背後にやれない。逃せない。
 なぜなら自分たちが抜かれれば、たちまち龍の舞を舞う者たちは無防備な状態で敵にさらされることになるから。
 しかも、それが崩壊すればツァンダの街が百鬼夜行の餌食になるのは明白だから。
 ――それなのに……!
 アームデバイスを全開にし、怪物の頭部に突き立てる。
 ――強い!
 朝斗が繰り出したのは確かに、鉄板すら貫くほどの一撃だった。
 なのに外骨格を有する蚊のような『眷属』は、これを受け止めた。
 バチバチ火花が散るが抜けない。装甲が抜けない。
「負けないで!」
 一人きりで闘っていたとしたら、たちまち朝斗は窮したことだろう。しかし今、彼の横には、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)の姿がある。
「今回は本気でやらせてもらうわよ!」
 飛び込んで来たルシェンの五体は、まばゆい光に溢れていた。その手が朝斗の腕を押す。メリッ、という音がしてついに外骨格が敗れた。
「ここは絶対に守ってみせる!」
 ルシェンだけじゃない。アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)も朝斗とともにある。
 アイビスの声はただの宣言ではない。叫びだ。耳にする者を萎縮させずにはおれない魂の咆吼。しかもこれは己のレゾナント・アームズの真なる性能を引き出すものでもあった。
 今のアイビスはただの人形ではない。いわばエメラルド色のしなやかな虎。肉食獣がとびかかるように敵(ターゲット)に躍りかかる。牙をたてるように威力を増した武装で、アイビスは蜂の頭部を二つに割った。
「正直、こいつら生理的に受け付けないのよね。こんな連中に街を蹂躙されるなんて……想像するだけで鳥肌ものだから!」
 誰かがプログラムした台詞ではなく、自分の言葉で喋っているのだろう。アイビスの目は輝いていた。ルシェンと息を合わせ、朝斗の両翼となって戦う。
 戦争に使うべき言葉ではないかもしれないけれど――朝斗は思った。
 今のアイビスは本当に生き生きとしている、と。
「グランツ教の思惑通りにいくと思ったら大間違いよ!」
 ルシェンのこの声に応じるは、小柄なブロンドの少女だった。
「当然! あんな連中に舐められてたまるもんですか!」
 それがパティ……パティ・ブラウアヒメルだと気づいた朝斗は、瞬時意外そうな目をしたものの、すぐに得心したように頷いた。
 邪魔! という乱暴な叫びと一緒に、パティは超音波を口から放って眼前、三メートルはありそうなカマキリに挑んだ。
「パティさん!」
 背中のロケットブースターが火を噴いた。怯んだカマキリとの距離を、朝斗は瞬間的に詰めている。
 怪物は大きな腕の鎌を振り上げるも、その動きが鈍っているのが見て取れた。超音波のダメージに加えて、龍の舞が効果を及ぼしているのだろう。
 朝斗の紅いロングコートがばたばたと突風に踊った。
 鋼鉄でも紙のように切り裂きそうな鎌をかわして、朝斗は上半身を捻り、力強い一撃をカマキリの顔面に見舞う。
 怪物の頭部はカマキリというより、トカゲのそれに似ていた。
 重力に引かれて落下する朝斗の体を、白い影が飛び越した。
「こいつっ!」
 それは刃の輝き。
 使い手の身長すら上回るほどの刀身。血を欲し興奮で汗に濡れたような切っ先。
 見た目の凶暴さはしかし、実際の威力からすればまだ控えめといえよう。
 なぜなら一刀両断したからだ。自在刀は。カマキリの頭部を。綺麗に。
 そればかりか斜めに滑ってその細首を叩き落とした。
 頭部をなくしたカマキリは右に左に揺れたが持ちこたえ、もう一度鎌を振り上げようとしてようやく、バランスを崩して横転した。黒カビだらけのパンのような色をした背中がパクパクと開いて閉じてして、無意味に翅を出そうとしていた。
 剣尖を先にして地面に、七刀切は着地した。
「ユーリ!」
 彼の本名を呼んでパティが手のひらを上げると、パン、と小気味良い音を立て切はタッチした。
「いいコンビだね」
 朝斗がにこりと微笑んで見せると、
「いやあ、まだまだ……」
 切は照れたように頬をかき、パティは「べっつにー」と言ってビーフジャーキーを自分の口に入れた。
 こんな日が来るとは――朝斗は感慨を禁じ得ない。
 クランジだったパティが共に戦う……。
 ――もしこの場に澪さん、もしくは美空さんがいたらどう思うだろうな。
 きっと「悪い冗談だ」なんて、さらっと言ってしまうのではないか。
 周辺の眷属はあらかた片付いた。さらに第二波、第三派が来るのは容易に想像がつくが、
「切め、いつになく張り切っておるわ。パティの存在があやつの活力を何倍にもしているようだ……」
 黒之衣音穏はいくらか苦笑気味に、槍を振るって近場の蟻(といっても大型犬ぐらいあるし、顔が鰐だ!)を貫いて片付けた。
「よう、パイか」
 倒れた芋虫……例によって波の大きさではなく、うじゃうじゃと鉤爪が生えている……から剣を引き抜き、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)が振り返った。
「なに、煉? 苦戦しそうだから手を貸してほしいって?」
「協力は求めたいが『苦戦』は今のところ縁がないかな」
「素直じゃなわね」
「どっちが……と言いたいが、パイ、しばらく見ないうちにいい顔するようになったな。恋人でもできたのか?」
 ここでパティの視線が、一瞬七刀切に向かったのを煉は見落とさなかった。
 ふっ、と笑ってパティの頭に軽く手を置く。
「……だったら、尚更こんな所で死ねないよな」
 邪険に手を払いのけてパティは頬を膨らませる。
「なによその『わかった。皆まで言うな』みたいな言い様は!」
「さあて……ところで、そろそろ新手が来るようだな」
 煉の顔から余裕が消えた。
 刃物のような目で見据える。
 前方。雲霞のように『眷属』が迫り来るのが見えた。