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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

リアクション


鏡の国の戦争 1


「雨か……」
 岡島 伸宏(おかじま・のぶひろ)のモニターに映る黒い雲が、ついに我慢しきれず雨粒を落としはじめた。
「嫌な天気ね」
 索敵から注意を逸らさず、山口 順子(やまぐち・じゅんこ)が伸宏の呟きに答える。
「ああ」
 雨は瞬く間に本降りになり、視界を遮るようになった。
 機内の二人に直接は届かないが、この様子では外はかなり雨音が五月蝿くなっているだろう。
「恵みの雨か、はたまた暗雲って奴なのか……」
「そろそろ、敵の勢力範囲にって……!」
 突如として、敵の反応をレーダーが示す。
「こんな近くに、しかもこんな場所に?」
「そりゃ、あちらさんだってこっちを無視はできねーもんな!」
 敵は、レッドラインと呼称されている大型が三つ、近くに小型のヘリがついてきている。
 あちらも突然の遭遇に驚いているようで、咄嗟の行動はお互いに無かった。時間が硬直したように、奇妙な一拍の間がおかれる。
「どうするよ」
 そう問いかけた先は、順子ではなく、湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)にだ。
「恐らく、あちらも偵察部隊といったところだ。空港に近寄られるわけにはいかない。ここで仕留める」
「了解」
「散開するぞ、機動性ならばこちらが上だ」
「おうよ!」
 ウィンドセイバーファスキナートル閃電の三機は、一斉に散開した。
 敵も恐らく同じ判断を下したのだろう。それぞれ三方向に素早く別れ、攻撃態勢を取る。
「ついでにデータも回収させてもらう」
 ウィンドセイバーがウィッチクラフトライフルで先制攻撃を仕掛ける。レッドラインはこれに持っていた盾を掲げて受け止めた。
「直撃したのに、随分頑丈ですわね」
 高嶋 梓(たかしま・あずさ)がそう零す。ライフルの弾丸を受け止めた盾にも、損傷は見受けられなかった。
「来ます、回避運動を」
「わかってる、早いな」
 こちらの攻撃に怯む様子なく、レッドラインは手にもった武器の届く距離まで詰め寄ってくる。突き出される槍のような獲物を回避しつつ、距離を取ろうと試みるが、レッドラインはしつこく追いすがる。
「援護します」
 富永 佐那(とみなが・さな)がレッドラインの横からレーザーマシンガンと多弾頭ミサイルランチャーを発射する。
 マシンガンを受けたレッドラインは、すぐに盾を掲げてマシンガンを防御しつつ、ミサイルの着弾地点から退いた。
「肩と胸に損傷を確認しましたわ。硬くて厄介なのは、盾だけですわね」
 エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)がそう報告する。
「そうね、けど相手の反応がいいですから、簡単ではありませんね」
「イコン相当とは言っても、相手は巨大な怪物、操縦するよりも動きがいいのは仕方ありませんわね」
 怪物には当然自分の視覚と自分の触覚、痛覚などの感覚が備わっているはずだ。生き物であれば当然の敏感さを、イコンで再現するには相応の苦労がいるだろう。
 とはいえ、ベテランのイコン乗りと称されるには、それはあくまで最低条件でもある。それ自体をことさら脅威として認識する必要はない。
 それを的確に表現する言葉は、
「油断ならない相手という事ですね」
 になる。
「すいみません、こちらに援護をお願いします」
 二体のレッドラインを相手に、近接戦闘を強いられている閃電から要請が入る。ファスキナートルはその要請に応えようと向きを変えた瞬間、
「強大なエネルギーを感知、あ、これ、回避を」
「わかりました!」
 白に近いオレンジ色の閃光が、雨雲を分断した。
 亮一と伸宏の無線に、二人の短い悲鳴が流れる。
「無事か」
「返事を、って、お前らしつこいんだよ!」
 二人の問いかけに、最初にザリザリとしたノイズが、少ししてノイズをまだ残しながらも、
「なんとか回避しました。無事です、機体の損傷は?」
「センサーに少し異常が出てますわね。他は、ええ、大丈夫ですわ」
 二人の声が戻ってくる。
「次のが来るかもしれない。できるだけ高度を下げてくれ。今の砲撃は、どこから来たかわかるか?」
「かなり距離を取った砲撃ですわね。ぎりぎりまで、こちらでも感知できませんでしたわ」
 亮一の問いに梓がそう答える。
「いまの砲撃は単なる威嚇にしては精度がよかった。おそらく、目の代わりがこの近くに居るはずだ……あいつか!」
 レッドラインと一緒に姿を現した小型ヘリをウィンドセイバーが撃ち落した。
「お、いきなり動きが悪くなったな。動揺したか?」
 レッドラインの一体を押し倒し、さらにもう一体の獲物を、閃電が打ち払った。槍のような武器はレッドラインの手を離れ、地面に転がる。
 レッドラインはすぐに盾を掲げて、それを軸にした格闘戦に切り替えようとしたが、一方の閃電は即座にその場から離れていた。盾の影に入って、先ほどのように追いかけるのを僅かに遅らせる。
 その僅かな時間が大事だ。
「大サービスだ、全弾くれてやる」
 ウィンドセイバーのバスターレールガン二門から、各三発ずつ、計六回の砲撃が行われる。
 レッドラインの盾は最初の一発を防ぐものの、盾を支える腕はそこが限界だったらしく、盾を跳ね上げさせ、無防備な胴体に弾が直撃。地面に倒れていたほうも、起き上がるこなく塵となった。
「残った一体が逃走してます、追いますか?」
「いや、一旦空港に帰還する」
 佐那に亮一はそう答えた。
「エネルギー残量は五割弱ですわね」
「俺達のはな。閃電の方は随分無理をさせられていた、あまり余裕はないだろう」
「悪いな。そうしてくれると助かる」



「この辺りか」
「偵察部隊が敵の大型怪物と遭遇したところでしたね」
 エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)は、クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)にそう返した。
「この距離まで十分に威力を保った長距離砲撃が確認されている。各員、油断するなよ」
「了解」
 偵察部隊は、遭遇戦を行ったあとも何度か出撃している。だが、派手な事になったのは最初だけで、それ以後は決められた偵察ルートを巡回し、敵影無し、異常無し、の二つの報告が繰り返されるだけだった。
「偵察部隊の遭遇戦は、空港を長距離砲撃で破壊するための部隊という事か」
「それはなんとなくわかるけどさ、そっから先は何も見つけられないってどういう事だと思う?」
 今の所、救助部隊として出動した彼らに敵影は発見されていない。
 雨のおかげだろうか、いくつかのセンサーは少し曖昧な数値を出すが、どれも許容範囲である。
 フォトンの操縦席の中で、クローラの呟きにセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)が言葉をかける。
「いやさ、偵察部隊が敵地奥まで突っ込めないのはわかるよ。けどさ、緩衝地帯付近まで敵影無しってのはどうだろうねって話」
「歩兵陣地を引き払ったのかもしれないな」
「なんで?」
「イコンに対して、歩兵は有効とはいえないからだ。ダエーヴァが大型怪物を最初から有していたのであれば、当然その扱いや運用は理解しているはずだ。歩兵を置いておく事に意味が無いと判断したのも、そこまでおかしくはない」
 レーダーと目視で敵を警戒しながら、フォトンは前に進んでいく。フォトンのだいぶ後方には、徒歩で進む部下のクェイルがあるが、思った以上に距離が離されていっていた。
 視界を悪くする雨と、全く整備されずにガラクタと瓦礫が山になっている道を、空中移動できないイコンに進ませるのは無理があったかもしれない。この調子では、予定通り黒い大樹に到着しても、クェイル達は工程の三分の一も進めていないだろう。
 地上の警戒を主とするエールヴァントのフォルセティは、その分広い範囲を索敵していた。
「なんか、今日は随分張り切ってるな」
「ルカルカちゃんのためなら俺は頑張る!!」
 アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)の気合に入りっぷりに、エールヴァントは若干嫌な感じがした。が、現状では気合が漏れ出している意外に、これといって問題は無い。索敵もきちんと行っている。
「ルー少佐のためって」
「彼女に婚約者がいるのは知ってるから。見る分には減らないじゃん」
「……?」
 アルフが何を言っているのか、エールヴァントが理解する前に、思考がセンサーに表示される大量の熱源に上書きされた。
「かなり早い速度でこっちに向かってくるのが、1、2、3、4、5、6、たくさん、すっげーたくさん来てる」
 ウルフの超感覚には何の反応も無い。こちらに向かってくる大量の何かは、殺意や悪意といった意図は持っていないもののようだ。
「少尉!」
「こちらでも確認した、ミサイルだ」
 こちらに飛来するのは、大量のミサイルの群れだった。
 フォトンはミサイルの正面に立つと、ミサイルをばら撒いた。ミサイルとミサイルがぶつかり、その爆発に他のミサイルが巻き込まれていく。
「これだけでは」
 低空を飛んでいるフォルセティも空を見上げて、向かってくるミサイルをライフルで撃墜していくが、飛来するミサイルの数からしてみれば、些細な効果だ。
「こっちが何を運んでいるのか、わかってるってか」
 ミサイルはどれもこれも、小型のものだ。少なくとも、イコンであれば一撃で撃墜されるなんて事はない。だが、輸送に用いているヘリは直撃すれば最悪撃墜されかねない。
「ありったけのミサイルをくれてやれ」
「最悪すり抜けたら、機体を盾にするよ」
 フォトンはミサイルをばら撒きながら防御姿勢も取り、向かってくるミサイルの通路を塞いだ。
「なに?」
 そこで、信じられない事が起こる。ミサイルが、突然方向を変えてフォトンをすり抜けたのだ。
「こいつら、怪物です!」
 フォトンとフォルセティの無線にザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の声が飛び込んでくる。
「怪物、だと?」
 ミサイルは黒い色をしていた。ミサイルとしては、決して珍しくない配色である。だが、このアナザーにとって黒い機械には、怪物に侵食された機械である可能性を示唆する事になるのだ。
「そう簡単に、こちらのヘリはやらせる訳にはいきませんね」
 飛び交うミサイルを狙い、アルマイン・ハーミットが空を舞う。ハーミットは次々ミサイルを撃沈していった。
 他の機体も、ミサイル迎撃に奮闘する。なんとかミサイルの群れが落ち着いた頃、強盗 ヘル(ごうとう・へる)が告げた。
「ミサイルのおかわりがくるぜ」
 レーダーの隅から、大量の反応が表示されていく。先ほどよりも多い。
「燃費は悪いですが……仕方ありません、全力で行きます!」
 怪物ミサイルによる飽和攻撃は、第一波、第二波、第三波、と続く。雨のようなミサイルを劇劇しながら、それでも歩を止めることなく救助部隊は前進を続けた。

 飛来する怪物ミサイルは、ミサイルの軌道の範疇で自由自在に動く。いきなり九十度の方向転換などはしてこない。
「適度に柔く、速度はそこそこ、試作兵器の実験対象には丁度よいの」
「少しやわらか過ぎるんじゃないかな?」
 佐倉 薫(さくら・かおる)エメラダ・アンバーアイ(えめらだ・あんばーあい)三船甲斐簡易移動ラボの甲板に出て、ミサイルの迎撃を行っていた。
 武器は、現在研究中の実験兵器の中から、射撃用のものをとっかえひっかえ使ってみている。どれもこれも、契約者が使うには無駄があるものの、兵化人間のような魔法のド下手くそに魔法を素で使わせるよりは効率がいい、そんな代物である。
「……確かに、どこかに当たれば爆発してしまうのであれば、魔法の効果が効いているのかどうか、という部分はいまいち判断できんのう」
 ミサイルを撃墜する程度の火力を有している。という一文が、果たして評価に値するのかも難しいところである。とはいえ、作戦はまだ始まったばかり、ひたすらミサイルだけを相手にし続けるわけではないはずだ。
「はっ、つい報告の内容について考えてた」
 猿渡 剛利(さわたり・たけとし)は自分で考えていた事に、自分で驚いた。報告係りとして、ただ書類を運ぶだけではなく口頭での解説や、質問に答えたりしなければならない。今回は使用感がわかるので説明は少しはマシかもしれない。
「ちょっと無茶な動きするぞ、振り落とされるな」
 甲板の三人に、三船 甲斐(みふね・かい)のあまり緊迫感の無い説明が聞こえる。と、ぐわんとラボは船体を傾けた。それぞれ、慌てて近くのものを掴んだり、斜めになっても動じた様子無くその場に立ってみせたりする。
 その横を、巨大なエネルギーの塊が駆け抜けていった。
 余裕を持って回避運動をしたようで、船体にも船の上の三人にも、船が傾いた時に転がった試作品がぶつかったところ以外に怪我も影響も無かった。
「今のが、砲撃か」
 話には聞いていたが、直撃すればイコンでもひとたまり無いだろう。
「おーい、ちょっといいか」
 無線で剛利に声をかけてきたのは、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。
「紫月さん、どうかしましたか?」
「今の砲撃の場所、検討つきますか?」
「甲斐、わかる?」
「わかるぜ。そろそろ行くのか?」
「長距離砲撃でお返ししてやりたいところだが、それで人質が吹き飛んだら元も子もないしな。その点、俺らなら何を壊せばいいか自分で判断できる」
「あいよ、じゃあ目標にラボを向けてカタパルト展開するぜ。コントロールはそっちの忍者に移す。好きなタイミングで飛びな」
 三船甲斐簡易移動ラボがゆっくりと船の先を動かして、目標にカタパルトが向くように調節した。その間に、リニアカタパルトが展開していく。
「進路、ミサイルの壁。目標、予測砲撃地点。システムだけはオールグリーン」
 甲斐が続ける。
「ユーハブコントロール」
「アイハブコントロール」
「さ、好きなタイミングで」
「騎神剣帝! 推して参る!」
「お、おう」
 言い切る前に、二身一体のイコンが射出された。
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)黒麒麟の上に唯斗の魂剛が騎乗した、武者騎馬と化した2人のイコンの合体モード、騎神剣帝モードだ。
「俺にも何か言わせろよー」
「次があれば譲るさ」
 垂と唯斗がそんな会話をしているところに、再び砲撃が放たれる。狙いは、たった今飛び出したイコンだ。何か危険な感じを敵も察しているのかもしれない。
「やっぱ、いきまーすとか、出ますとか、出撃するじゃ面白みないよな?」
 そんな事を口にしながら、垂はカタパルトの射出速度を無駄にしないよう丁寧に、そして華麗に砲撃を避けた。そのまま、ミサイルの壁に飛び込んでいく。
「今考える必要はないと思いますよ」
 手の届く範囲のミサイルを片っ端から破壊しながら、ミサイルの壁を突き破る。
 ミサイルを超えると視界が広がり、こちらを見上げるライオンヘッドと、その護衛と思われるレッドラインを二体確認した。