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リアクション
その頃。
ジャラジャラ。
分校の決闘システムを体験しに来ていた東 朱鷺(あずま・とき)は、なんとなく刺激を求めて、収穫祭の麻雀ルームへと流れ着いていた。
そこは、数学を教える沙 鈴(しゃ・りん)が運営するイベント。算数の授業の成果の発表の場として担当している麻雀を体験できる場所だった。
鈴は、かつての騒動の後も臨時教師としてしばしば分校に顔を見せ生徒たちとも馴染んでいたのだが、急激な校風の変化にいささか驚き気味だ。
「ここの麻雀は、あくまで教養の一つなんですから、気楽にいきましょう。そこの二人みたいに目をぎらつかせていては、勝てるものも勝てません」
鈴は、隣で打っている女子生徒に微笑みかける。ユリという名で鈴の数学教室の常連だが、麻雀は覚束ない。運が少なめの娘なのか一生懸命頑張っても手が入ってこないのだ。そういうツイていない生徒を狙うハイエナどもが続々と鈴の教室へやってくる。麻雀は、見る人が見れば一目で上手いか上手くないかがわかる。これを機会に一気にワッペンのポイントを稼ごうと勝負をかけてくる挑戦者も多いようだ。
カモが揃っていると見て取った朱鷺だが、これまでどういうわけか卓を支配できないでいた。陰陽師の本気を見せる時が来たらしい。
(ダマで、ソーズの混一。中、南が暗刻の両面待ち聴牌ですか。もう13巡目。無理せずこれをツモ仕上げて満貫で流れを変えてあげましょう)
朱鷺の川にはソーズの捨て牌もある。迷彩にもなっているし、待ち牌は他の川にも見えていない。これは出るだろう。
卓を囲んでいるもう一人は、詩穂のパートナー清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)だ。
どうして彼がここにいるのか? 詩穂がゲルバッキーとの戦いに備えてランクアップに励んでいるため、邪魔にならないよう時間ぶつしのつもりだった。彼女を手伝っても良かったのだが、積極的に決闘には関わるつもりは無い。幸い(?)麻雀には少々馴染みがある。外見的にも卓を囲むにふさわしい人物かもしれなかった。
(素人にも門戸を広げているため食い断ありルールじゃけん、それが命取りかのぅ。ドラ三萬暗刻と赤五筒でドラ四の断ヤオ聴牌の出来上がりじゃ。東朱鷺はソーズの染め手なのは見え見えじゃし、川に待ち牌はまだ一枚しか出ちょらん。わしが親じゃし、この局はもらおうかのぅ)
偶然というのは恐ろしい。何という濃い面子だろうか。文化祭のお遊び麻雀に、大人気ない本気の獣たちがしのぎを削る。その卓だけ殺気が違っていた。
「……」
鈴は八索を引いてきた。混一が仕上がっている朱鷺に対して一番危ないところ。だが、彼女はこれが当たり牌でない事を読んでいた。躊躇いもなくツモ切りする。
「あっ、ぽ、ポンです」
下家の女子生徒、ユリが思い切って泣いた。八索の刻子を晒して四筒を切ってくるという危なっかしい打ち方。赤五筒を抱えている青白磁が当たりそうで当たらない。
「……」
「くっ……」
朱鷺と青白磁は同時に呻く。さっきからこの調子なのだ。翻弄されるような卓の運び。上がれそうで上がれない。
「ふふっ。一索切り」
鈴は次巡も手配の中から危険牌を難なく通した。隣のユリが切りやすくするための道筋だ。
「あ、一索通るんだ。じゃあ私も」
「この朱鷺が人がいいからと、好き放題してくれますね。ですが、お遊びはここまでです。……ぐっ!?」
朱鷺はドラの三萬を引いてきた。今になってなんてこった。これを捨てると槓してドラ五になる青白磁がニヤリと笑った。
「降ります。四索切り」
朱鷺は、四、五索の三、六索待ち混一聴牌を崩し、四索を切り三萬を迎え入れた。残念ながら仕方が無い。みすみす親の手を大きくしてやるよりはマシだ。
「そ、それポンです!」
「え?」
もう一度ユリが泣いた。八索の他に四索まで明刻を作るとは。七索が捨ててあるのでスジのはずだが、ぬかったか? ノーマークだったのに。
「一索もう一枚切ります」
「……」
朱鷺は、今度は完全安牌の北をツモ切った。
(イヤなところを引いてきたのぅ。厳しいが、親の聴牌を崩したくないわい)
発を掴んだ青白磁は、どうするか迷った。押さえてもいいが、小娘どもが聴牌しているのもわかる。ここで手を崩すとノーテンのまま相手にツモられそうな気がする。
「場に一枚見えてるし、通らば通せじゃ!」
青白磁は、勢い良く発をツモ切った。
「ろ、ロンです」
「あほな?」
モブ女子生徒の当たり宣言に青白磁は目を丸くした。二枚も晒して聴牌気配が全くなかったのに。
「まあええわ。どうせ安い手じゃろ? 発のみかいのぅ? ほれ、点棒じゃ」
「え〜っと、これは。発と……混一色でしょうか」
上がったユリは、恐る恐る手役を確認する。
発の刻子と、赤い色の含まれていない索子の混一。二、三、四索の順子に四、八、発の明核、頭が六索というすごい手の内だった。
鈴は静かに告げる。
「緑一色。32000点の直撃ですね」
「げふぉっぐばぁぁぁっっ!」
青白磁は口から血を吹いてその場に倒れ伏した。
「……」
朱鷺の待ち牌、三、六索を持っていた鈴は無言で牌を伏せた。ノーテンだが、彼女の目的は勝つことではない。生徒たちに計算を教えつつ群がる狼どもを始末してやることだ。
朱鷺も唖然としていたが、我に返るとユリにビシリと指を突きつける。モブキャラのクセに目立つとはどういうことだろう。
「この朱鷺と、染め勝負に勝つとはやるではありませんか! もう本気ですよ。この分校に来てコツコツとポイントを貯めてきた黄ワッペンの朱鷺が全力で葬り去ってあげます!」
「え、ええええっっ!?」
ユリは完全にビビッていた。それに畳み掛けるように朱鷺はワッペンを差し出す。
「決闘です! 陰陽師の名にかけて、ここで引き下がるわけには行きません!」
「受けるといいですよ。きっといいことがあります」
鈴は、目を白黒させている女子生徒に耳打ちした。単に収穫祭のイベントを盛り上げようとしていただけだったが、決闘に巻き込まれるとは。これを機会に、噂の決闘システムを拝見させてもらうとしよう。
ユリも黄色ワッペンだった。二人のワッペンを重ね合わせると、『決闘委員会』のお面モヒカンたちが疾風のごとく現れる。
決闘委員会は、例によってスカウター(?)を差し出してきた。これを装着することが、決闘中であることの証だ。
(これが決闘ですか、しかし……)
鈴は不吉な引っかかりを覚える。だが、それを追求する前に勝負は始まろうとしていた。
「勝負は東風戦一回のみ。メンバーはこの四人でいいのか?」
決闘委員会の言葉に、青白磁は復活した。
「仕方ないのぅ。わしも引き続き卓を囲むけん。仕切りなおしじゃ」
収穫祭に遊びに来ていたら、偶然決闘に巻き込まれてしまった。そういった雰囲気で言う。
「おぬしらか、決闘を仕切っちょるのは。わしもここの分校の名物とかゆう決闘を見物したいんじゃけん。かぶりつきの最前列で見させてもらおうかいのぅ」
青白磁は、あくまで傍観者だ。決闘には参加しないが、麻雀は四人で打つのが普通だ。当事者たちの邪魔をしないよう、勝負の成立に手を貸すことにした。
決闘ルールの説明は、まあ詩穂から聞いたのと同じだ。青白磁はスキルの【嘘感知】と【エセンシャルリーディング】を使ってみたが特に異常は無い。
「わしは、ただ打つだけじゃけぇ。始めてくれ」
「いいだろう。なら決闘を始めよう。持ち点25000点の30000点返し。箱テンになったらその場で終了だ。終了時に点が多いほうが勝ち。それでいいな?」
決闘委員は頷く。スカウター(?)を装備したユリと朱鷺、そして鈴と青白磁での麻雀決闘が始まった。
親番を決め、サイコロを振る。
「ふふふ……」
さっそく、陰陽師である朱鷺の秘術が炸裂した。
手積みの雀卓を使ったが運の尽き。不可思議な力が働き積み込みによる天和の仕込みを完成させていたのだ。
「親番は朱鷺ですが、子たちは手配を整理する必要すらないですよ。上がりです。天和……おやっ?」
勢いに任せて14枚の牌を倒した朱鷺は目を疑った。陰陽の力が働いたはずなのに、手が揃っていない。
「どうしましたか? 役無しのチョンボですね」
鈴は微笑みながら言った。
まあ、相手がこんなことをしてくることくらいは分かっていたので、洗牌の時に【ランドリー】のスキルを応用して積み込みの妨害をしていたのだ。
「親の罰符で、全員に4000点ずつ支払いですよ」
「うぐっ」
朱鷺は早々とピンチに立たされた。自分の力以上のモノが働いている……?
「次は、わたくしが親ですか」
次巡。鈴は、悠々と手を仕上げる。元々麻雀の勝負のために準備は整えてあったのだ。計画通り敵を葬ってやるとしよう。
「まずは、軽く断ヤオ平和三面張聴牌でオープンリーチと行ってみましょうか」
【警告】スキルを応用した手順で、早々と対戦相手を牽制しつつも隣のユリをアシストしてやる。当たり牌見えてるんだから、出すなよ! と分かりやすく教えた。
もちろん、朱鷺も青白磁も出すはずが無い。最初からベタ降りだ。
「ツモってしまいました。裏が一枚乗って6000オール」
「ぎゃああああっっ!」
更には鈴の親は続く。【轟雷閃】を利用した稲妻ツモ的な何かで、またあっさりと上がった。それでも勝ちすぎないように程ほどに押さえておく。
「ツモ。オープンリーチ、ダブ東ドラドラの一本場で6100オール」
「ぐはぁっ」
「な、なんじゃこいつ。ただの打ち手じゃねえじゃろ」
朱鷺は、もう死に体だ。残り900点。リーチもかけられない。
このまま飛ばしてやってもいいのだが。
「……」
鈴の目的はここでトップを取ることではない。隣のユリをアシストして勝たせてあげることだ。臨時教師として本当に守るべき健気な生徒たち。彼女らに花を持たせてあげるのが、鈴の役割だった。朱鷺と青白磁を飛ばすのは、決闘中の本人に任せよう。
「……」
【至れりつくせり】スキルの応用で、下手に泣いて手の内を崩しつつ何とかしてユリに手を作らせる。まずは彼女を親にさせることだ。鈴はノーテンでグダグダ流しにかかる。とはいえ、朱鷺も罰符を払うと飛んでしまう。それで終わるのだが、生徒に直接勝たせてあげたい。
「槓。もう一つ槓」
鈴は絶妙の打ち牌でドラを作った。ユリの顔が真っ青になる。そりゃそうだ。白が明刻で手の内にドラが6枚以上乗っているはずだ。手の内バラバラなのに朱鷺と青白磁をハッタリの捨て牌で牽制してから、おもむろに当たり牌を振り込んだ。
「あっ、しまった!」
「ろ、ロンです。白、ドラ6です。ええっと……。……40符7翻ですから……、……12000点と二本場でプラス600点、だと思います。多分」
「はい正解。12600点ですね」
申し訳無さそうに申告するユリに、鈴は黙って点棒を支払う。これでバランスは整い、親が隣に移った。後は、血気にはやった挑戦者を始末させるだけだ。
(あの二人、協力してますね。ですが、朱鷺にはそんな手は通用しませんよ)
これまで沈黙を保っていた朱鷺の陰陽師としての魔力が火を噴いた。手牌をコントロールできるようなイカサマ連中に遅れを取るはずなど無い。これは運命。
次の局、朱鷺はとうとう必勝の手を自然体で作り上げていた。
白・発・中・東・西・南・北・一・九・一九・一・九。
六巡目でなんと国士無双、十三面待ち。
これをツモればまだ結果はわからない。次の青白磁の親番でもう一発かまして挽回だ。
場にヤオ九牌はほとんど見当たらない。これは、引ける……!
(わしもただ座っちょるだけじゃねえぞ。ダマでタンピン三色一盃口ドラドラ聴牌じゃ。これを沙から高めで直撃して、わしの親番で連荘じゃ)
決闘に関係ないが、女たちに麻雀で負けるわけには行かないと青白磁も気合で勝負手を仕上げていた。
緊迫した空気が卓を支配する。
「つ、ツモ」
震えた声は朱鷺の口から発せられたものではなかった。
ユリがただ事ならぬ気配で上がりを宣告する。
「た、多分、ツモと対々和だと思うのですが」
「そんな安手で朱鷺の神の配牌を流して……」
ん? と朱鷺は思った。この局は誰も泣いていない。ツモに対々和って、まさか……。
牌を覗き込んだ朱鷺は硬直した。想像していたよりさらに最悪だった。
一・一・一・九・九・九・一・一・一・九・九・一・一。 九 ← ツモ。
「清老頭、四暗刻。親のダブル役萬で32000オールですか」
鈴は、ふっと微笑んで言った。実のところ、最後は彼女任せだったのだが、出来すぎといえば出来すぎだった。
「おぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ」
「亜ぐ亜rjケアldfじゃ依緒かふぃあ;えmかおぢさ;ぇ;あけw3おあp@」
陰陽師と広島ヤクザ(?)は、叫びにならない声を上げながら真っ白になった。二人とも、箱を大きく下回りマイナスになって散ったのだった。
「勝負あったようだな」
決闘委員が闘いの終結を宣言した。敗者から勝者へとポイントが引き渡される。
「ユリくん、おめでとう。朱鷺が賭けていたポイントを獲得だ。君は堂々と勝利したのだ。このことを誇り、今後とも勝利を重ねたまえ。では」
お面のモヒカンたちは、仕事を終えるとあっという間に立ち去っていた。
「ふっ。今日のところは完敗です」
朱鷺は、すがすがしい笑顔で別れを告げた。手痛く負けたときほど胸を張って。誰かがそう言っていた気がする。
「また会いましょう」
朱鷺は、残念ながら決闘で敗れポイントを失って帰っていった。
この後どうなるのだろう。それはまたのお楽しみだった。
「ひどい目に遭ったわい。美味い広島焼きでも食って寝よう……」
青白磁も精神的ダメージを受けたようで、よろよろと部屋を出て行った。このことを詩穂に報告しなければ。
「なるほど。これは厳しいシステムです」
見送った鈴はポツリと呟いた。生徒たちと麻雀教室を続ける。
さて、どうしたものか……?