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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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■第 8 章


 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)風森 巽(かぜもり・たつみ)ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)の4人は、壱ノ島中央にある行政府を訪ね、太守モノ・ヌシとの面会を申し込んでいた。
 ロビーを抜けて総合窓口へ行き、簡単に用向きを伝えると番号札を渡されて「ソファに掛けて少々お待ちください」と言われる。お役所仕事などこういうものだ。しかしモノ・ヌシの秘書の1人が現れてからは比較的スムーズに行き、彼らは第二応接室との札が下がった部屋のとなりにある待合室へと通された。
 ほどなく続きのドアから秘書が現れ、まずリリがモノ・ヌシの待つ応接室へと招かれる。
 その部屋には船の上で見た、あの彼らを歓迎する演説を述べたふくよかな男がにこにこ笑いながら立っていた。間違いなく壱ノ島太守モノ・ヌシだ。
「忙しいなか、お目どおりたまわり感謝するのだよ」
「ようこそ、シャンバラからのお客人。あなたの来訪を心より歓迎いたします。
 しかしながら、あなたもご存じのように、本日わたしのスケジュールは多忙を極めております。あまり多く時間を割くことができません。ですので、余計なあいさつは省かせていただきたいと思います。
 用向きはどういったものでしょうか」
「うむ。リリは、リリ・スノーウォーカーというのだ。今日は、イルミンスールにあるザンスカール商会の代表として来たのだよ」
 リリは座るよううながされたソファにかけ、モノ・ヌシと向かい合う。
 すでに秘書からその説明は受けていたモノ・ヌシは、さらに発言を求めるようにうなずいて見せた。
「この浮遊島群がカナン国と交易を回復したのは喜ばしいことなのだ。だが、今のままではシャンバラはカナンを通してでないと浮遊島群と交易することができず、競争力の点でどうしてもザンスカールはカナンの商人たちに劣ってしまうのだ。ザンスカールは、直接航路を求めているのだよ」
 リリは島との位置関係から、イルミンスールに最も近い伍ノ島との交易ルートが開けないか模索していた。
 それを壱ノ島太守にするのはいささかおかしな話だが、浮遊島群の政治形態がどういったものかも把握しきれていない現状では、モノ・ヌシに腹を割って事情を説明した上でアドバイスをもらうのが適切でないかと思っていた。
 ふむ、とモノ・ヌシは指を軽く組み合わせる。
「伍ノ島との交易ルートですか。難しくはありますが、決して不可能というわけではないでしょう。イルミンスールの商人の方々がどういった物を交易したいのかにもよるでしょうが。
 危険な雲海に航路を通してまで交易する価値のある品であれば、コト・サカさまもご考慮くださるのではないかと思います」
 まず、ザンスカール商会として何が提供できるのか。そこを具体的に詰めて、書類として提出することを求められた。交渉の材料として何の書類も用意してこなかったのは、リリの不手際だった。
「交易品のリストをご提示くだされば、こちらも説得をしやすくなります」
 今すぐどうこうという話にはならなかったが、少なくとも航路開通は不可能と拒絶されたわけではない。モノ・ヌシからコト・サカに紹介してもらうという道も確保できた。
「分かったのだ。
 ひとつうかがいたいのだが、ここでは何を一番必要としているのだ?」
「いろいろとありますが、一番はやはり機晶石ですね。カナン国は残念ながら機晶石の備蓄に乏しい。それ以外の日用品や食料、資材で交易をすることになっています。もしシャンバラで一定量供給できる体制が整うのであれば、伍ノ島との交易ルートは十分確保できるでしょうね」
 リリと入れ替わりで入室したのは小次郎だった。
 小次郎はまず、手土産としてシャンバラの茶菓子と日本酒を差し出した。モノ・ヌシは初めて目にした酒に興味を示し、今が執務中であることを残念がった。
「これは今夜、各島の太守たちとの宴席でいただくことにします。さっそくシャンバラの美酒を味わえることに、きっと皆さん喜ばれることでしょう。
 特に、ミツ・ハさまは酒に目のないお方でしてね。お口に合うようであれば、交易品のリストに入れることを求められるかもしれません」
 最後、小次郎に身を乗り出してウインクし、茶目っ気を見せる。
 しかしモノ・ヌシ自身が一番喜んだのは、お茶受けとして秘書が出してきた茶菓子の方だった。彼が甘い物に目がないのは、その体型からも十分悟れるところである。
「甘い物は控えろと妻などは申しますが、良い習慣を身につけることが困難なように、悪い習慣を断つことは困難でして。悪癖と分かっていても、こればかりはやめられません。いやはや、シャンバラにはこのようなおいしい物があるのですな。大変うらやましい」
「ありがとうございます」
 ほくほく人好きのする笑顔で茶菓子を食べる様子をうかがいながら、小次郎は道中で仕入れてきていたモノ・ヌシという人物の評価を思い起こしていた。島の人々に愛され、絶大な信頼を得ている太守。
(太守ということは、その上の位の者がいるはずだが……)
「それで、客人はどういった用向きでわたしをお訪ねになられたのでしょうか」
「あ、はい」
 小次郎は、7000年断絶していた国交をなぜ回復しようと思ったかについて、単刀直入に訊いた。
 船員によると、国交回復にはこの太守が一番乗り気で、ほかの太守たちを説得してまで踏み切ったのだという。
「……それをご説明するには、まずこの浮遊島群の歴史について触れなくてはなりません。そのことについてはご存じですかな?」
「ほとんど何も。先入観なしでおうかがいできればと思いました」
「ふむ。では、まずそこからご説明いたしましょう」
 モノ・ヌシは棚から1冊の本と浮遊島群の地図を広げて、朝斗たちが図書館で調べたこととほぼ同内容の説明を小次郎にした。
 かつてここには世界樹が存在し、国家神がいたこと。それは衝撃的で、小次郎は息を飲む。
 そしてさらにモノ・ヌシは広げた地図に指を這わせ、告げた。
「それ以来、この浮遊島群は世界樹イルミンスールと世界樹セフィロトによる恩恵の余波を得ることで土地を安定させ、どうにか繁栄を続けることができました。しかし約3年前、突然それが途絶えて、この壱ノ島は苦境に陥りました」
「3年前……ネルガルの乱ですね?」
 壱ノ島はカナンに近いことから、カナンのセフィロトの影響を一番受けていた。
「そう聞いております。しかし当時、わたしどもは全く意味が分かりませんでした。作物は不作に陥り、雲海の魔物の勢力圏が広がって、船を襲撃される危険が強まりました。この島も弐ノ島のようになるのかと不安がる者も大勢いました。
 1年ほどでどうにか以前の状態へ戻ることができましたが、わたしは、このままではいけないと考えたのです」
「それで国交の回復に着手されたのですか?」
「はい。2年かけて太守たちを説得しました。われわれは己の力でこの平穏を維持していると思っていました。雲海の魔物のせいで世界から隔絶されているとはいえ、対抗手段も手に入れ、ここまで繁栄することができたのだと。しかし、それは錯覚でした。この浮遊島群はイルミンスール、セフィロトの恩恵によって生かされているにすぎないのです。また3年前のようなことが起きれば、浮遊島群はオオワタツミが生み出した雲海に飲まれ、島民は逃げ道もなく全員死ぬことになるでしょう。
 現状維持ではこの島は衰退するのみです。危険を冒すことになったとしても、外から新たな風を取り入れなくてはと思いました」
 そのとき、ドアをノックする小さな音がした。
 腰を上げ、モノ・ヌシはドアへ向かう。ドアは3分の1ほど開かれた。小次郎は聞かされた話を飲み込むことに意識の大半をとらわれ、特にそちらに注意を払っていなかったのだが、背中越しであってもモノ・ヌシの驚きと緊張が伝わってきて、そちらへ目を向けた。
 恰幅のいいモノ・ヌシの体に隠れて、だれが来たかまでは見えない。
「申し訳ありません。少し席をはずしてもよろしいですか?」
「……はい。どうぞ」
 駄目だと止める理由はない。どことなくあせり気味に部屋を出て行ったモノ・ヌシの様子をおかしく思いつつも、小次郎は座して待つ。数分後、応接室へ戻ってきたモノ・ヌシはまだ少し動揺しているようだったが、特に危害を加えられている様子はなかった。
 ただ、首から吊っていたペンダントがなくなっていた。飾り気のない、直径2センチほどの円形の皿のような銀色のペンダントだ。小次郎がそれを覚えていたのは、地図や本を指し示して説明をする際、ブラブラと揺れているのが視界に入っていたのと、そして船で見た、太守全員が同じ物を下げていたからだった。
 しかしこのとき小次郎はそれを不審には思わず、ただ単にはずしただけなのだろう、と考えるにとどめたのだった。