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コーラルワールド(最終回/全3回)

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コーラルワールド(最終回/全3回)

リアクション

 
 
「遅れたわ、スポットはこの向こうね」
 結界によってスポットに至れず、ぐるぐると周囲を囲む根のとぐろの外側に、ニキータが聖剣を手に到着した。
 壁のようにそそり立つ根の幹を、グラビティコントロールを用いて駆け上がる。
 ボコボコと根が分かれて襲って来るが、フラワシのミーシャに対応を任せて、とにかく先へ進んだ。
 頂から、光の円が見える。
「あそこね!」
 視認した瞬間に、ニキータはポイントシフトで一気に距離を詰めた。
 根は、ニキータを絡め取ろうとするが、捉えきれない。
 ルカルカ達の援護を受けながら、ニキータはスポットに到達する。
 聖剣を掲げ、その中央に、一気に突き刺した。

 淡い光が広がった。
 優しい朝のように森が明るくなり、剣が、ゆっくりとスポットの中に飲まれて行く。
 春の空気のような暖かさが、契約者達の緊張を和らげる。



 イルミンスールの校長室にいたエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)と、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)は、同時に上を見上げた。
 見た場所はそれぞれ違っていたものの、考えたことは同じだった。
「イルミンスールが、何だか元気になったのですぅ」
「うむ。どうやら、世界樹の活性化とやらに成功したようじゃな」
 永いアールキングとの戦いに疲弊していたイルミンスールの、瑞々しい息吹を二人は感じる。
 エリザベートは、嬉しそうに笑った。
 アールキングとの戦いで、イルミンスールはずっと疲弊していた。心配していたのだ。
「よかった……」
 そんな様子を、アーデルハイトも微笑ましく見ていた。



 ぴくん、と、イルミンスールが反応した。
「……成せたか」
 と、ユグドラシルも呟く。
 自分の身に起きた変化を、二人とも感じ取ったのだ。
 パラミタの各地で、世界樹達も、生命力を増幅させているだろう。

 ぱらみいは、二人の横で、じっと虚空を見つめていた。
「……さよなら、マナちゃん」
 パラミタの世界樹の、最後に残っていた力は、コーラルネットワークに溶けた。
 最早二度と、『空の遺跡』に聖剣が、あの樹の面影が戻ることはない。


◇ ◇ ◇


 根の後を追いかけるキャンティを追いかける聖は、根の尻尾の一部が微かに光っているのに気づいた。
 ビー玉大程の、小さく、弱い光。
「お嬢様、あれを撃ち落とせますか?」
「もっちろんですわよぅ、わたくしを誰だと思ってるんですの〜」
 キャンティは一旦立ち止まり、銃を構えて狙いを定める。
 発砲した弾丸は、確かに光を捉えたが、やはり幹にめり込んだだけだった。
「――仕方ありません」
 と、ダッシュで距離を詰めた聖が、背負っていた対物ライフルを手早く設置する。
 多少の照準の狂いは構わず、光を狙って撃った。
 弾は命中し、幹が抉り取られる勢いで爆ぜ、木片と共に、小さな光が弧を描いて宙を舞う。
「フシャアアア!」
 それにキャンティが飛びついた。


「方法を考えよう、カラス。
 聞いてくれ。俺はアールキングを助けたい。アールキングは本当は、邪悪な樹なんかじゃないんだ……。
 一緒に、生きよう」
 カラスは、これ以上無い程の憎悪を以って、呼雪を睨みつけた。
 早川呼雪の説得は、カラスの心には届かなかった。
「闇を知らない者の声なんか、聞かない。
 アールキングが、闇を統べる世界樹でないと言う奴なんか死ねばいい。
 お前達になんか、アールキングを助けられるもんか!
 アールキングが死ぬのなら、私も、一緒に行くわ……」
 ――一緒には行けない。
 アールキングは、既に壮絶な最期を遂げていて、此処にあるのは意思も持たない残り火に過ぎない。
 アールキングにとって、自分など塵に等しいことなど、カラスは本当は、解っている。
 それでも、一緒に行きたかった。
 闇に染まった世界樹が司る世界でなら、か弱く非力な、光からも闇からも隠れて生きるような小さな闇でも、きっと何にも怯えず生きて行けるのだと信じた。
 アールキングは、小さき自分を覚えてすらいないかもしれない。
 それでも、彼が気紛れに与えた力のお陰で、自分はここまで来れたのだ。
(ごめんなさい、アールキング……復活させられなかった……)
 倒れた黒い少女が、小さな、黒い小鳥に変わる。
 それはすぐにボロリと崩れ、砕けた塵は風に散らされ、後には何も残らなかった。



 びくっ、と、突然体が撓り、朝永真深が痙攣を始めた。
「う、うううっ!」
「お、おいっ、どうした!?」
 苦しそうにもがく真深に、トオルが慌てる。
「うぁ、あああっ、あーっ」
 口から泡を吹き始めた真深に、トオルを押しのけて、シキが容態を見た。
 暴れる真深の様子を手早く確認した後、トオルを振り返った。
「トオル、向こうを向いてろ」
 ぎゅっと眉を寄せてから、トオルは「馬鹿にすんなよ」と返す。

 今、真深はパートナーを失ったのだろう。
 その影響は人それぞれだが、現れた症状は、決して治るものではない。
 苦しむ真深を楽にしてやるべく、シキは腰のナイフを引き抜いた。



(根の動きが鈍くなりました。弱体化を始めた模様です)
「ああ、惰性で動いてる感じだな」
 ゴスホークの操縦席。
 ヴェルリアの報告に、同じことを手応えとして感じていた真司は頷く。

「とは言っても、気は抜けないわ!」
 ルカルカは、未だスポットへの侵入を諦めない根の動きに、緊張を解かなかった。
 力の供給はなくなり、増殖は止まったが、まだ残っている力で動いているのだろう、根の動きは、急速に弱まっているけれども、止まらない。
 最後の瞬間まで、ルカルカは油断なく防御を続け、やがて――

 力を使い果たした根の動きが止まり、堅くなり、パキンと砕けて、崩れて行く。



 ヘルは、そっと右手を開いた。
 聖から受け取った小さな欠片が、そこに握られている。
 最初にカラスの手にあった時よりも、若干欠けて小さくなっていたが、微かに、まだ生気のようなものを感じた。
「……これが、大元かぁ……」
 枯れてはいないが、急速にそれが失われて行くのも感じる。
 アールキングの、最後の残り火が今、消えようとしていた。

 呼雪が、欠片の乗るヘルの手の上に、そっと自分の手を重ねた。
「どんなに時間をかけても、彼の怨嗟を解きたい……。
 一緒に生きよう、アールキング。
 行き場が無いならこの身に巣食えば良い。
 ちっぽけな場所で済まないが、貴方さえ認めてくれるなら、この器は揺り籠に、魂は子守唄になれる」
 欠片の反応は無い。
 これにはアールキングの意思はなく、復活しない今は、ただの力の残滓に過ぎなかった。
「……それは、無理ですぅ」
 イルミンスールが教えた。
「人一人の体で、アールキングを維持することはできませぇん。
 逆にその欠片の力で、あなたの病を癒すことなら、できるでしょうけどぉ……」
 ヘルが目を見張る。
「……ねえ、さっき、アールキングの根があったら、とか何とか、言ってたよね?」
 ヘルは、気になっていたことをイルミンスールに訊ねた。
「それ、詳しく聞かせてくれない?
 選ぶって言ってもさ、予備知識無しの人達に選択を委ねるのはどーかと思うわけで」
「予備知識など、必要あるまい」
 ヘルに顔を向けないまま、ユグドラシルが呟く。
 イルミンスールは、ちらちらとユグドラシルを窺っていたが、つんとそっぽを向いているユグドラシルが、それでも止めようとして来ないのを見て、声をひそめた。
「都築中佐を、助けてあげられたのですぅ」
 異常な程の生命力を持つアールキングの根を、都築の蘇生に利用すれば。
 都築は、コーラルワールドにて死亡した。
 だが、アガスティアは、その魂を自らの内に、このコーラルワールドの中にまだ留めている。
 契約者達が、それに気付いて彼を助けることができるのなら、その選択に委ねようと。
「もう遅い……」
 ユグドラシルが、低く呟く。お前達は、選択しなかった。