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幽霊部員、誕生!?

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幽霊部員、誕生!?

リアクション

 その後もしばらく動物たちと戯れた後、一行はグラウンドと校舎の間の、運動部の勧誘ブースがずらりと並んでいるあたりへ来た。
 「女子野球部作りまーす! 野球の経験がない人でも、やる気があればOK! 一緒にいい汗流しませんかー?」
 声が大きい運動部員の中で、ひときわ大きな声を張り上げているのが秋庭 千夏(あきば・ちなつ)だ。千夏はエリサたちに気付くと、近寄って来て勧誘を始めた。
 「ねえ、キミ幽霊なんでしょ? 幽霊ならタッチアウトにならないから滅茶苦茶有利よ!?」
 大声で言われて、周囲の生徒たちは大慌てで千夏の口を塞いだ。しかし、「幽霊」という言葉が気になったのだろう、近くにいた教師がこちらを見た。
 「あー、先生、すいません」
 那木 照火(なぎ・しょうか)は、クリップボードを片手にその教師に近づいた。
 「かったるいんですけど、レポート作成のためにアンケート取ってるんですよ。提出期限が迫ってて……すみませんが、協力してもらえませんか」
 そのまま、ここだと騒がしくて回答が良く聞こえないなどと言って、教師をエリサたちから遠ざける。生徒たちはいっせいに胸を撫で下ろし、それから千夏を睨みつけた。
 「……ごめん。先生にバレるとまずいんだっけ」
 千夏は小さくなって謝った。
 「でも、女子野球部に入って欲しいのはマジで。ね、絶対有利だから!」
 『わたし、この身体から出られないので、他のみなさんとあまり変わりがないと思うんですけど……それでも有利になるんでしょうか?』
 エリサは野球のルールが良くわかっていないらしく、ぽかんとしている。
 「えええ、幽体離脱とか出来るのがお約束ってものじゃないの?」
 千夏はまた大声を上げかけたが、皆に睨まれて慌てて口を塞ぐ。
 『この身体に出たり入ったりですか? 出来ないですよ。だから、わたしも花音さんも困っているんです』
 びっくりする千夏に、エリサは申し訳なさそうに言った。
 「そっかー、残念だなあ……」
 千夏はがっくりと肩を落とした。そこへ、
 「あー、いたいた、やっと見つけたぜ!」
 『西洋魔法研究会』と書いたマジックローブをまとった緋桜ケイ(ひおう・けい)が、パートナーの魔女悠久ノカナタ(とわの・かなた)を引っ張って走って来た。
 「ほらっ、カナタ、別にぜんぜん怖くなんかないだろ!?」
 「……普通の人、ではないか?」
 カナタはしげしげとエリサを見る。
 「ああ、まあ、そう言われてみれば……」
 ケイは見た目だけでは幽霊が取り付いているとは思えないエリサを見て、もごもごと口ごもった。
 『あの、何か御用でしょうか?』
 エリサが目を瞬かせる。
 「いや、部の宣伝を兼ねて、コイツの心霊現象恐怖症を克服してやろうと思ってさ。悪いけど、協力してやってくんない?」
 『何をすればいいんでしょう……』
 エリサは明らかに不安そうだ。
 「う、うむ、ちょっと一緒にこの魔法のほうきに乗ってもらえぬか」
 緊張しつつカナタが手招きすると、エリサはおそるおそるほうきに腰かけ、カナタにしがみついた。
 「……暖かいのだな」
 普通に体温を感じる腕に、カナタは驚く。
 『身体は、花音さんの……生きている人のものですから』
 ほうきはゆっくりと宙に浮かんだが、二人乗せると重量オーバーなのか、足が地面から軽く離れるくらいまでしか浮かない。
 「どうだ、カナタ?」
 ケイがカナタに訊ねたその時、突然妙なものが人の輪をかき分けて走って来た。シャンバラ教導団の制服を着ているが、頭はリアルな熊で、しかもその頭に、緑色のべっとりとした液体がかかっていて、まるでSFホラーに出てくる「クリーチャーに襲われた何か」という雰囲気だ。
 『きゃあああああああ!!』
 びっくりしたエリサが、悲鳴を上げてバランスを崩す。ほうき全体のバランスが崩れて、カナタとエリサは、二人して地面に投げ出された。何だ、どうした、と人波がざわめき、生徒も教師も集まって来る。
 「待てッ!!」
 そのまま逃げ去ろうとした熊の行く手を、ヒーローっぽいコスプレをした男子生徒がふさいだ。『漫画研究会』に所属する早瀬龍也(はやせ・たつや)だ。
 「俺は、蒼空戦隊ソウクウガー! 学園の平和を脅かす者は、この俺が許さへんで!」
 見得を切るが、関西的イントネーションの決めゼリフに、周囲を遠巻きにする生徒たちから笑いが漏れる。どうやら、熊も含めてヒーローショーだと思ってくれたようだ。
 一方、熊の中身であるレヴィアーグ・葬賢(れびぃあーぐ・そうけん)は、龍也の出現に戸惑っていた。予定では、そのまま駆け抜けて逃走して終わりにするつもりで、まさか蒼空学園の生徒に行く手を遮られるとは思っていなかったのだ。しかし、シャンバラ教導団の生徒として、背を向けて撤退することは出来ない。
 「妖獣クマー、覚悟せいやぁッ!」
 叫びながら向かって来る龍也を突き飛ばし、あくまでも正面突破で逃走を試みる。龍也がそれに追いすがり、二人は人波の中で追いかけっこを始めた。エリサの悲鳴で集まってきた教師の数人は、迷惑な追いかけっこを止めようと二人の方に向かう。
 一方、菰上秋(こがみ・あき)は、人の輪からは離れた所でロケット花火を打ち上げて、先生たちの目を引こうとした。秋のパートナー、剣の花嫁のイリス アレンシア(いりす・あれんしあ)は、何事かと駆け寄って来る先生たちの足元へバナナの皮を投げる。
 「イリスさんっ! こんな所にバナナの皮なんか捨てちゃダメでしょう!!」
 女性教師がイリスを叱る。
 「ごめんなさいぃぃぃ、でも秋に手伝ってくれって頼まれたのぉ!」
 謝りながら、イリスは秋の方に向かってダッシュして来た。
 「菰上さん!?」
 女性教師が秋を睨み、イリスを追って走って来る。
 「うわっ! おい伊勢、ぼーっとしてないで手伝えっ!!」
 秋は、あんパン三個で涼司に買収されて手伝うことになった伊勢雲水(いせ・うんすい)に声をかけたが、雲水はマーチング部の可愛いコスチュームの女子生徒と話し込んでいて、見向きもしない。
 「裏切り者おおお……っ!」
 仕方がないので、秋は叫び声を上げながら、イリスを抱き上げて全速力で逃走した。
 「きゃっ!?」
 それを追おうとした女性教師が、突然つまずいた。
 「な、何??」
 足元を見るが、何もない。その間に、秋とイリスは人ごみの中へ姿を消した。
 (やれやれ、ひやひやさせてくれますね……)
 それをテントの影から見送って、秋月 四季(あきつき・しき)はそっと、手に持っていた強力テグスを巻き取った。先程、女性教師をつまずかせるのに使ったものだ。騒ぎが起きた時にこっそり、道の両側に出ているテントの支柱の間にこれを張り、女性教師が通るのを見計らって足に引っ掛けたのだ。
 (さて……騒ぎはおさまったようですね。エリサの近くに戻りますか)
 四季はひっそりと、エリサの所へ戻って行った。
 『先生はみんな、早瀬や菰上の起こした騒ぎに気を取られて、そこからは離れたみたいだ』
 校舎の上から双眼鏡を使って警戒をしているスメラギロクハ(すめらぎ・ろくは)から、涼司に連絡が入る。
 「何とか切り抜けたみたいだな」
 涼司はほっと胸を撫で下ろした。
 『はい。すみません、大きな声を出してしまって……。それに、花音さんの身体なのに、ちょっとすりむいてしまいました……』
 エリサはうつむいて、少し血がにじんでしまった膝を見下ろす。涼司はエリサの頭をぽんぽん、と軽く叩いた。
 「予想外のアクシデントだったし、仕方ないさ。よし、移動しよう。スメラギ、どっち方面が安全そうだ?」
 『第2グラウンドの方かな。随分人が集まってるけど、逆に紛れ込めそうです』
 「そう言えば、魔法剣術部が大々的な模擬試合をやるって言ってましたよ。エリサは音楽や手芸が好きみたいだけど、スポーツを見に行くのもいいんじゃないかな」
 榛原伊織(はいばら・いおり)がにっこりと笑って言ったが、エリサは首を横に振った。
 『わたし、戦いのようなものはあまり……』
 「戦いじゃなくて、ちゃんとルールのあるスポーツで、危険はないんですよ」
 伊織は諭すように言う。
 「見てみたら面白いと思えるかも知れないし、ちょっと行ってみようよ」
 倉田由香(くらた・ゆか)もエリサの手を引いた。
 『じゃあ……少しだけ』
 エリサはあまり気が乗らない様子で歩き出した。

 ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が企画した魔法剣術部の模擬試合は、当日飛び入りでも参加を受け付ける勝ち抜き方式で行われていた。武器は殺傷力のないものだけ、魔法も対戦相手を傷つけないように使う、ギブアップしたり場外に出た場合は負け、というルールだ。
 「あたしも、ちょっと挑戦してみようかなー……」
 『ええっ、危なくありませんか?』
 盛り上がる試合の様子を見て言い出した由香を、エリサは心配そうに引き止める。
 「大丈夫! 危険があったら審判が止めるし、救護の人もいるみたいだし」
 そう言うと、由香は足音も軽く、試合場の方へ走って行く。
 「エリサも一緒に応援しようよ! 大きな声を出すと、気持ちいいよ!」
 隣に座ったハビ・カルニセル(はび・かるにせる)がエリサの肩を叩く。だが、エリサは心配そうに胸の前で指を組み、息を詰めて由香の試合を見つめているばかりだ。
 結局、由香は2戦目で負けて、エリサたちの所へ戻って来た。
 「えへへへ、負けちゃった」
 無事に無傷で戻って来た由香を見て、エリサは大きく息をついた。
 「お疲れさまー。はい、これどうぞ。エリサにもね」
 ハビが、持っていたバスケットから自家製のレモンクリームを挟んだクラッカーを取り出して、由香とエリサに渡した。
 『……羨ましいです。ここでは、剣や魔法は「競技」なんですね……』
 渡されたクラッカーをかじりながら、エリサはぽつりと呟く。
 『わたしが生きていた頃は、剣も魔法も、人が死ぬ戦いの道具でしたから……』
 「そうでしたか……」
 伊織はそれを聞いて目を伏せた。パラミタではかつて、大きな戦いがあったらしいことが既に判っている。エリサが武器や争いを嫌がるのは、そのあたりに理由があるのかも知れない。少し強引だったかも知れない、と伊織は思った。
 『でも、ここでは安心して見ていていいんだっていうことは、わかりましたから』
 エリサは小さく笑って、伊織を見た。その時、
 「山葉さん、勝負だ!」
 マイクを握ったウィングが、エリサたちの少し後ろにいた涼司を指差して試合場から叫んだ。
 「受けて立つ!」
 涼司は立ち上がった。そして、
 「花音を……エリサを頼むな」
 と皆に言い、試合場へと歩んで行った。