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第2回ジェイダス杯

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第四章 炎の中で


「火を消さなきゃっ」
「ダメですっ。さけさん。お嬢様に危険が及んだらどうするんですかっ?」
 飛空挺を火事の方向に向けようとする荒巻選手を止めたのは、常に冷静沈着な日野選手だった。ヴァイシャリーにも治安維持に従事する者達はいる。今日のような大きな大会が開かれている日ならば尚更だろう。人道的には誉められた行為ではないが、今はアイシア嬢と荒巻選手の安全を確保することが第一だと考えたのだ。
「だけど…」
 と、そのとき。納得がいかず渋る荒巻選手の横を、明らかに子供向けの特撮ヒーローのテーマソングとともに小さな物体が駆け抜けた。
「どけどけどけ〜い!!!」
 黒いマントを翻し、火事の現場に向かって白い子馬を駆っていったのは、ぬいぐるみのように小さなドラゴニュートファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)だった。
「待てよっ、ファル!」
 ファル選手の保護者である早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が慌てて追いかける。
「危ないよっ、ファルくん!」
 早川選手の白馬に同乗した百合園生ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)も声をかけるが、ファル選手は止まらない。
「きっと火事で逃げ遅れている人がいるはずだよっ。困っている人を助けることが騎士の勤めなんだから、僕は行かなくちゃっ」
 ファル選手の主張は尤もである。ここで見てみないふりをしてレースを進めても、後悔が残るだろう。
「ヴァーナー、キミは騎士道とはどんなものだと思う?」
 突然、早川選手に尋ねられたヴァーナー嬢は一瞬、首を傾げた。
 口元に手を当てしばし考え込んでいたヴァーナー嬢であったが、徐に口を開く。
「う〜とね、後悔しないように誰かを守ってあげたりとか。正々堂々と大変なことにぶつかっていくことかなぁ?」
 舌っ足らずな口調ながらも、彼女の答えは早川選手の琴線に触れた。
「よし、じゃぁ僕らも助けに行こうか。キミのことは僕が必ず守るからね」
「うんっ、呼雪お兄ちゃん、私も頑張ってみんなを助けるお手伝いをするね」


「アブねぇ、日奈々!」
 レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)は、片手で小型飛空挺の操縦桿を握ったまま多、同乗者である如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)をその腕に抱え込む。
 火の粉というよりも、火の玉といった方が良さそうなサイズの炎が飛んできたのだ。ついさっきまでこの界隈は静かな住宅街のはずだった。
 しかし突然、一軒の住宅から火が上がったかと思うと、瞬く間に炎が辺り一面を包み込んだのだ。
「大丈夫か、日奈々?」
 日奈々は幼い頃に事故で両目の視力を失ったらしい。気配を探る能力を高めることで日常生活に支障を来さないようにはなったが、いくら何でもどこから飛んでくるかすら分からない火の粉を避けるのは、健常者であっても難しい。
 レイディスは着ていた上着を脱ぐと、日奈々の頭の上からかけてやった。それから自分自身が盾になるよう日奈々の華奢な身体を胸に抱き込んだ。
「…あのぉ…レイディス…さん…私なら…大丈夫ですぅ……」
 腕の中で小さく首を振る日奈々にレイディスはぶっきらぼうな口調ながらも、優しさがこもった声で言い聞かせた。
「しばらく我慢してろよ」
「…だったら…私が道案内…しますぅ…」
 目が見えない日奈々にとっては、濛々と立ちこめる煙も炎も関係ない。
「頼むぜ、日奈々。曲がって欲しいときには服を引っ張るんだぞ」
 まずは日奈々を安全な場所に連れていかなくては。レースの勝敗よりも今は彼女の安全が第一だとレイディスは考えた。


「っって、何だよこれっ。何でいきなり火事が起きるんだよっ」
 住宅街で起こった火事に慌てたのは、レイディス選手達だけではない。間もなく住宅街を抜け、繁華街へと向かおうとしていたクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)選手達の一行も、突然後方から上がった炎に顔をしかめずにはいられなかった。
「レース参加者達は心正しき勇者様ばかりですものぉ〜。誰かが助けに行きますわよぉ」
 そう言って嫣然と笑ったのは、吸血鬼のオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)だ。
「まぁ、きっとそうだろうね。それよりも先を急ごうよ」
 あっさりと同意してみせたのは、オリヴィア嬢の契約者である桐生 円(きりゅう・まどか)嬢。縁もゆかりもない人の命など、道ばたに転がっている石ころ程度にしか思っていない…というのもあるが。円は、オリヴィアが勝つためには手段を選ばない人物であることを良く知っていた。
 しかし、あくまでも一般的な感覚を持っているクリストファーは納得がいかない。
「だけど、助けに行った方がいいって!これはっ」
「ボクもそう思います」
 クリストファーの契約者であるシャンバラ人クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)も同様の意見だ。
「君たちが助けに行かないっていうなら、俺とクリスティーだけでも助けに戻るよっ」
 強い口調で言いはなったクリスティーは、火事現場である住宅街に戻ろうと白馬の向きを変えた。
 クリスティーの強硬な態度に、円は密かに舌打ちをするとオリヴィアの耳元にささやきかけた。
「やっぱりこれってキミの仕業?」
「もちろん。吸精幻夜のスキルで住民たちを操ってみたのだけれど」
 図星をつかれたオリヴィアだったが、悪いとも思っていないのか、ぺろりと舌をのぞかせて笑っている。
「とりあえず住民にかけた術を解除して。このままクリスティーくん達だけ戻られたら、ボク達もリタイアせざるを得なくなっちゃうから」
 コソコソと小声で相談する円達に、クリスティーは声をかけた。
「どうしたの、二人とも。一緒に助けに行くの、行かないの?」
「もちろん行くよ。ボクはキミの騎士道とやらを信じてやる。だからキミもボクを信じろ」
 あくまでも傲慢で高飛車な態度を崩さない円に、クリスティーは密かに思った。
 …これは絶対に同行者選びを間違った…と。