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リアクション
3.から騒ぎ
「うーん、こんな感じでしょうか」
蒼空寺 路々奈(そうくうじ・ろろな)から託されたエレキギターの調整をしながら、ヒメナ・コルネット(ひめな・こるねっと)は軽く眉根に皺を寄せた。
なにしろ、ソロのステージは、蒼空寺路々奈とパートナー契約を交わしてからほとんどやったことがない。
不安だった。
でも、この不安の大きさが、パートナーの存在の大きさであり、彼女が自分に寄せてくれた信頼の大きさでもあるのだろう。
「そうか、一人だけれど、独りじゃないものね。それは、観客のみんなも同じはず!」
ヒメナ・コルネットは顔をあげると、ステージから観客たちの方を見渡してみた。
赤々と燃える篝火に照らされて、ステージの周りに何人もの学生たちが集まっている。期待は力だ。
「いっくよー!」
ヒメナ・コルネットは、エレキギターをギューンと鳴らした。
音が響く。
音も力だ。
その力を全身に満たし、それを観客に分け与える。
コンサートが始まった。
「ソロなのに、いい音出してるじゃねえか」
一番前の方に陣どった新田 実(にった・みのる)が、満足そうにヒメナ・コルネットの演奏に耳をかたむけた。ステージ照明の映すヒメナ・コルネットの影と、篝火が映す新田実たちの影がうっすらと重なる。
「結局、何が独りで、何が独りじゃないんだろう」
蜂蜜酒の入った杯をかたむけながら、新田実は独りごちた。
パートナーは、困ったときにポケットから取り出す便利アイテムじゃない。それを実感したかったから、一人おいてきぼりにされるのは嫌だった。部屋にしまわれて飾り物にされるのはまっぴらだ。空回りしようが、足を引っぱろうが、それが自分ならばしょうがないではないか。だからこそ、タマこと狭山 珠樹(さやま・たまき)に執拗について回ったわけだが、それでよかったわけではなかった。もしかしたら、ポケットに入りたかったのは彼自身だったのかもしれない。ポケットにさえ入れないことが、不安の正体だったのだろう。けれども、タマは絶対にポケットには入れようとしなかった。その意味は、未だによく分からない。それとも、タマは冒険から帰ってきたときに、迎えてくれる自分がほしかったのだろうか。
「とにかく、今日は他のコントラクターたちを観察して、絶対に答えを出してやるぜ。待ってろよ、タマ」
新田実が気合いを入れなおしていると、なにやらもめている二人の女性が近づいてきた。
「ささ、わたくしたちもステージに上がりましょう」
「でもぉ……」
お姉さんに背中を押されている妹といった感じで、ルナ・シルバーバーグ(るな・しるばーばーぐ)が口籠もった。
「そんなんじゃ、いい男は寄ってこないですわよ。ここはひとつ、わたくしたちの美声でいい男をゲットですわ」
「そんな、お友達はほしいけど、別に男の子じゃなくっても。それに、クライブのギターじゃないと私……」
「大丈夫、大丈夫」
そんなことは関係ないと、イリス・カンター(いりす・かんたー)が、ぐいぐいとルナ・シルバーバーグをステージにむかって押していく。
「何やってんだ。飛び入りならさっさといってこいよ。そうだ、景気づけにこれ飲んでけばいいぜ」
そう言うと、新田実はテーブルの上にあったデカンターから蜂蜜酒をグラスに注いで、無理矢理ルナ・シルバーバーグに飲ませた。
「けほけほ……」
さすがに、ルナ・シルバーバーグが少しむせる。
「あら、貴公もやりますわね。いい男……の子ですわ。さあ、ステージへゴーですわよ」
「あ、なんか、今ちょっとカチンときた。おい!」
子供扱いされて怒る新田実を無視して、イリス・カンターはステージにルナ・シルバーバーグを引っぱりあげた。
「飛び入りは、大歓迎だよー!」
ちょうどバラードを歌い終わったヒメナ・コルネットが、喜んで二人を迎えた。
「それじゃあ、サービスメドレーいっくよぉー」
ギターを爪弾いてキーを合わせると、ヒメナ・コルネットは次の曲を演奏し始めた。
綺麗なルナ・シルバーバーグのソプラノに、イリス・カンターの力強いアルトが重なる。
「いいぞぉ!」
レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)が歓声をあげた。
いくつもの曲を混ぜ合わせてメドレーにして、ヒメナ・コルネットが場を盛りあげていく。
複雑なメロディーラインの変化にも、イリス・カンターもルナ・シルバーバーグも楽々とついてきていた。これは、演奏している方も気持ちがいい。
ところが、途中でルナ・シルバーバーグが軽く咳き込んでしまった。歌う前に無理矢理蜂蜜酒など飲まされたせいらしい。メロディーラインが途切れると思ったとき、フルートと横笛の力強い旋律が絡み合って、ソプラノパートを補完して曲を支えた。
ステージの下手から、横笛を吹く雨宮 夏希(あまみや・なつき)とフルートを吹くクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が現れる。
木管楽器を加えて、音がさらに広がった。
息を整えたルナ・シルバーバーグも復帰して、五人は様々な曲を連続して演奏していった。
☆ ☆ ☆
「盛りあがってますねえ」
グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)は、楽しそうにつぶやいた。
「どうです、お一つ」
持参したマシュマロのビスケットサンドを、メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)に勧める。
「ありがとー。いただくね」
テーブルの上におかれたランタンの明かりを頼りに、メリエル・ウェインレイドはビスケットをつまんだ。そのままポイと口に放り込むと、もぐもぐと頬ばる。
「しょへでばあ。めばばめだら、ぼりおどばいだぼよ……」
「いや、とりあえず食べ終わってからしゃべった方がいいですよ」
呑み込むよりも話すのが先だと言わんばかりのメリエル・ウェインレイドに、グレッグ・マーセラスは苦笑した。
「んぐっ。……でね、ドイツの洞窟で眠ってたところを、エリオットくんに見つけてもらったんだもん」
やっと口の中の物を呑み込んだメリエル・ウェインレイドが、あらためてグレッグ・マーセラスに言った。
「そうですか。私も、考古学を研究していましたから、そういった洞窟などへはよく入ることがありましたから。それでも、あなたのような機晶姫を見つけることができたとは、そのパートナーの方は、幸せな方ですね」
「ううん、違うよ。幸せなのはあたしの方だよ。だって、エリオット君に一目惚れしちゃったんだもん。きゃっ、言っちゃった」
メリエル・ウェインレイドが頬を赤らめて、照れ隠しにもう一つビスケットサンドをつまむ。
「びょれでね、ぎずびばっぼの。びぶ」
「いや、だからちゃんと呑み込んでから……」
やれやれと思いつつ、グレッグ・マーセラスは優しい気持ちでメリエル・ウェインレイドの話に耳をかたむけ続けた。こうやって、人を見守ることの、なんと楽しく、優しくなれることだろう。ときどきは、自分のパートナーも、自分のことをそんなふうに見てくれているのだろうか。
「いつもは、ぶっきらぼうなエリオットくんだけど、あたしには、ちゃんといろいろ話してくれるんだよ。もぐもぐ。それにしても、これ美味しいね」
御満悦で、メリエル・ウェインレイドが次のビスケットを頬ばる。
「ええ。私のパートナーも、これは絶賛してくれますから。ヨヤさんとお茶の席を設けるのなら、ぜひ持っていけと勧めてくれたんですよ」
嬉しそうに、グレッグ・マーセラスは言った。
すぐ隣に座るヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)が、ちょっとしたお茶会テーブルを作ろうと言いだしたのだ。
「あ、おーい、漆髪。こっちこないかー」
ヨヤ・エレイソンは、そばを通りかかった漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)を見つけて声をかけた。
「私?」
思いもかけないお誘いに、漆髪月夜が自分を指さして戸惑っている。
「そうそう、おまえだ、おまえ。クロテッドクリームとブルーベリージャムをたっぷり塗ったスコーンもあるぞー」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、漆髪月夜は一瞬にしてヨヤ・エレイソンの隣に座っていた。
「は、早いな。まあ、食べろ」
多少面食らいつつも、スコーンを勧める。
「最近、……本代で……おやつ代が……ない。これ……ちょっとうれしい」
両手に持ったスコーンをもぐもぐと頬ばりながら、漆髪月夜が美味しいという顔をする。
「そうか、うまいか。ありがとう。頑張って作ったかいがあるというものだ。喜んでくれると、お兄さんも喜んじゃうぞー。いやあ、今日は、あのへたれがいないんで、実に解放された気分なんだ。なにしろ、いつだってあいつの世話で手を焼いているからな」
祭りの雰囲気に多少呑まれているのか、普段生真面目なヨヤ・エレイソンも、だいぶ人あたりがよくなっている。
「刀真も……、私をあてにしすぎ……」
「そうなのか。それは大変だなあ。まあ、紙コップで悪いが、紅茶でも飲め。一応、ビンテージダージリンだ」
「わあ」
ヨヤ・エレイソンのさしだした紙コップを、漆髪月夜が喜んで受け取った。
「勝手に……動きすぎるし、光条兵器取り出すときに……よく間違えるし……。こくん」
「そういうときはがつんとやらないとな。うちのウィルが人様に粗相したときは、間違いなく逆さ磔なんだが。この間も、俺まで巻き込んでスライムに……」
ヨヤ・エレイソンは腕を組みながら、何か過去の嫌な出来事を思い出しているようだった。
「でも、刀真は……私のわがままも……きいてくれるし」
「うんうん」
聞きながら、ちょっとヨヤ・エレイソンの相好が崩れた。なんだ、結局のろけじゃないか。
「ずっと、そばにいてくれるし……」
「うんうん。それが、パートナーというもんだからな」
そう言って、ヨヤ・エレイソンは漆髪月夜にうなずいた。
☆ ☆ ☆
「いやあ、のびのびだよ」
本当にうーんとのびをしながらリア・ヴェリー(りあ・べりー)が言った。
「今日は、ド変態もいないし。平和だ、平和」
「それはよかったですわね。というか、どんなパートナーですの」
ちょっとした好奇心に駆られて、藍玉 美海(あいだま・みうみ)は訊ねた。薔薇の学舎の生徒のことだ、すばらしいド変態に違いない。これは、ぜひ沙幸との生活の参考にせねばならないだろう。めもめも。
「それは、口にしたくない」
きっぱりと、リア・ヴェリーは答えた。ちょっと、嫌な感触を思い出してブルンと身を震わせる。直後に、視線を感じた気がして、あわててあたりを見回した。
『どうかしたのか』
じっと二人の話を辛抱強く聞いていた紫煙 葛葉(しえん・くずは)が、テーブルの上を照らす蝋燭の明かりの下でそっとメモをさしだした。
「いや、変態の視線を感じた気がして……。さすがに気のせいだよな。ははは。僕も焼きが回ったもんだ」
照れ隠し笑いをしながらリア・ヴェリーが言った。
「それにしても、なんで筆談なんですの。まどろっこしいですわね」
藍玉美海が、紫煙葛葉のメモを指先につまんでひらひらさせた。
「話すのは……苦手……だ」
絞り出すように、紫煙葛葉が言った。
「確かに、しゃべらないと、なかなかのいい男ですけれど、やはりうちの沙幸さんにはかないませんわねえ。沙幸さんはもみがいのある巨乳ですから」
『俺は男だ』
カラカラと高笑いをする藍玉美海に、紫煙葛葉がすっとメモをさしだした。
「いや、男は無口な方がいいぞ。珠輝なんかも、黙って立ってればそれなりの見栄えのする男だからなあ。ただ、いったん口を開くと『リアさんの身に何かあったら責任とりますから!』なんて口走っておろおろすんだよなあ。ああ、これは、この間、僕が熱出して寝込んだときな」
『のろけか。さすが薔薇……』
「ち、違うぞ!」
藍玉美海のメモに、リア・ヴェリーは顔を真っ赤にして言い返した。
「パートナーなど、のろけてなんぼの存在ですわよ。のろけることもできないパートナーなんて、玩具としての価値がありませんもの」
「ええと、さすがにそこまでは……」
藍玉美海の言葉に、さすがにリア・ヴェリーはちょっと引いた。もしかして、自分は明智 珠輝(あけち・たまき)の呪縛から一生逃れられないのではないかとさえ思ってしまう。どうして、同タイプの人間に近づいてしまうのだろうか。
『さすが、魔女。年寄りの考えることは一味違う』
紫煙葛葉が書いたメモを見たリア・ヴェリーが、藍玉美海が見る前にそれを奪い取り、あわてて破り捨てた。こういう時の危機回避能力が、いつの間にかついてしまったのはパートナーのせいだろうか。
「いたのじゃー。魔女が、いたのじゃー!」
突然大声がしたかと思うと、羽入 綾香(はにゅう・あやか)が藍玉美海にむかって走り寄ってきた。
「な、なんですの!?」
藍玉美海が、少し面食らって後ろへ下がる。
「私、魔女に憧れてるんじゃ〜。魔女になりたいんじゃ〜」
「いや、そう言われても、あんたさんはどう見てもヴァルキリーでセイバーなのですが……。それに、魔女が、全部なのじゃ言葉じゃありませんし……」
「でも、なりたいんじゃー!」
「どうどうどう」
興奮する羽入綾香を、リア・ヴェリーが取り押さえておとなしくさせた。このへんは、なぜか手慣れたものである。
「だって、魔女のお話を聞きたかったのに、参加している魔女がとーっても少なかったのじゃ。それで、やっと見つけたと思ってのう。私はヴァルキリーじゃが、母はりっぱな魔女だったのじゃ。だから、私も魔女にいろいろと聞いて、少しでも魔女に近づくのじゃー」
羽入綾香が、ぱっつんロングを振り乱して叫んだ。
「はいはい、分かったから興奮しない。それで、何が聞きたいの?」
半ば諦めて、藍玉美海は訊ねた。
「何千歳なのじゃ?」
あっけらかんと羽入綾香が聞いた。
「殺す! アシッドミストで骨まで溶かす! わたくしは、まだ一七歳ですわ!」
暴れだす藍玉美海を、リア・ヴェリーは必死に押さえた。
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